ココロの共有・共鳴、寄り添い、そしてひとつ屋根の下。
 
グループホーム 
  

が できるまで」

平成10年1月
私の妻が自宅のトイレで倒れ、様子がおかしいとの連絡が子供から入る。妻に対し病院へ行く様に話し、病院にて診察の結果くも膜下出血である事を告げられ緊急入院、検査の結果出血の所が分からない為手術が出来ない現状であり安定するまで入院する事となる。この時は、意識も、判断能力も社会生活を送るのに問題はなかった。

平成10年2月
症状も安定し2月退院前日の昼突然意識不明となり緊急手術となる。6時間の手術の結果医師より2日間の命と宣告される。その日から病院に泊まり寝ずの介護に携わる。妻はいびきを掻いたり、話しかけても返事かない日が数日続いたが意識が戻る。

平成10年8月
病状も安定したのに伴い日常生活復帰に向けて他の病院に転院 し今後の支援を探るため一ヶ月の検査入院となる。妻に対する対応に疑問を感じる。

平成10年9月
検査入院が終了し次の日からデイケアーに通院する為病院と打ち合わせをしタクシーにて帰宅途中に交通事故にあう。三時間後妻が硬膜化出血で緊急手術4ヶ月の入院となる。

平成10年12月
病院を退院し再度ディケアーに通院その後ディサービスを併用して利用する。機能訓練等を実施し精神状態の安定を図る。私が経験したこと、見たことに対し疑問が生まれる。

平成15年7月
四年間介護家族として関わった思いを形にしたく1年前から東京に都度足を運び認知症の勉強、研修、脳の勉強や、画像の勉強、法律の勉強を会社に勤めなが実施し、7月に29年勤めた会社を早期退職する。

平成16年7月
どの様な形が良いか自分が経験した介護経験が生かされるかを思案しグルーホームに行き着く。認知症でもその人らしく、人間らしく関われれば既存の能力が発揮出来るすばらしさがあるはずと信じ て歩んだ三年間の成果がグループホームつくしの開設となる。

平成18年7月
毎日が猫の手も借りたいぐらい大変ですが、なぜか楽しくやりがいのある日々を過ごしています。これも御入居頂いた方々の暖かい思いやりや感動を与えて頂けるからこそ我が人生にくいなしの日々。
感謝感謝