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つれずれ2024 〜      アイコン  アイコン  アイコン    戻る
アイコンアイコンアイコンアイコンアイコン 7月15日(月) 「植物はありのままに」
 サトイモを植えたら大きくなってきた。虫にやられたが、駆除してからは順調に育っている。庭ではセイヨウニンジンボクやムクゲが咲き、ミナヅキが咲き、ムラサキシキブも咲いている。
アイコンアイコンアイコンアイコン 4月15日(月) 「植物はありのままに」
 気温が高いためか、ジューンベリー、ライラック、チューリップ、ツツジなど今年は綺麗に
アイコンアイコンアイコンアイコンアイコン 3月30日(土) 「植物はありのままに」
 クリスマスローズ、アーモンド、ユキヤナギ、スイセン
アイコンアイコンアイコンアイコンアイコン 3月8日(金)〜3月17日(日) 「トルコ旅行」
 キャンセルももったいないので出かけました。ゆったりとのうたい文句とはかなり違いなかなかハードな日程でした。
 ガイドのグルさんは最高でした。
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アイコンアイコンアイコンアイコンアイコン 「洞窟ホテルや有名5☆ホテルに連泊」
  思い切って出かけて良かった
 添乗員やガイドさんが日程を調整して、思い出に残る楽しい旅行ができました。
アイコンアイコン 1月21日(日) 「大変な年の始まり」
 施設の引き払いや清算、家の後片付け、市役所等での各種手続きや葬儀場への支払いなどがほぼ終わり、
 今日は本当に久しぶりにゆっくりと朝を迎えた。
 サンルームの花を眺めるとホッとする。
 1月 9日(火) 「大変な年の始まり」
 兄弟で今後の手続きなどを大まかに決めて、久しぶりに四人でゆっくり食事をした。
 その後金融機関に行き、手続きのことなどを聞いたが思いの外時間がかかったので、夕食も外食となった。
 ふと気がつくと正月も終わり、社会は通常に動いている。
 大震災情報は新聞等で入ってきてはいるが、自分たちの事で手いっぱいで他人事のように感じているのが現状だ。
アイコン 1月6・7日(土・日) 「大変な年の始まり」
 納棺からお通夜、葬儀、母の妹たちや親戚が別れを悲しみ、母にお世話になったという方や近所の人たちが別れにやって来た。通夜・葬儀の会場は花一杯で飾られお願いした以上に良いものであった。母の親戚は皆高齢なので、納骨には雪のちらつく中、息子夫婦だけで行った。本堂は天井も高く広いので、外同然の寒さでストーブにくっついての読経となった。寒さのせいかとても長く感じられ、終わった後の座敷での和尚の話も耳に入らないほどであったが、49日の日程を決めて終わった。とにかく早く温まりたいと家に帰った。
 1月 4日(木) 「大変な年の始まり」
 4日早朝、携帯が鳴る。病院から直ぐに来て欲しいとの連絡。病院に着くと母の心臓は止まっていた。体を触ると温かい。まさか・・・・・・・・・
 こちらが落ち着くのを待っていたのか、しばらくして当直の医師が来て死亡の診断を下した。
 またしばらくすると、看護士が装着されていた医具を外し、着物に着がえさせてくださった。看護士から葬儀社に連絡をしてもらうと2時間ほどかかるとの事であった。
 待っている間に担当の医師も来て、お悔みと共にこんなに早いとは思わなかったと驚いていた。朝も明けてきたので兄と息子に連絡を入れた。
 葬儀社の方が見えられ、斎場葬儀場とも混んでいて通夜・葬儀は6日・7日になると言うことだった。先導して家に着き、大急ぎで家の中を片付け準備して母を迎えた。母の身支度をしている間に残りの準備をして、お坊さんや親戚に連絡をした。次に葬儀社さんと葬儀の打合せを始めた。何が何だか分からない時間が始まった。
 1月 3日(火) 「大変な年の始まり」
 
朝、病院の看護士から電話があり、状況は余り良くないから家族には連絡した方が良いかもしれないと告げられる。1日の様子からは信じられなかったが、兄と息子たちに連絡をして病院に向かった。病院に向かう途中で息子たち家族が病院に向かうのに会う。病室に入ると苦しそうな母の姿があった。大丈夫だよと体をさすると落ち着いて眠るが、しばらくすると苦しい様子になる。人数と時間が制限されているので息子たちと交代をした。看護士さんたちに宜しくとお願いをして家に戻った。まだ正月3日なので、親戚には明日になったら連絡をすることにした。
アイコン 1月 1日(月) 「大変な年の始まり」
 今年の初日は病院で母の主治医から話を聞くことだった。今回治療を始めたが回復のスピードが極めて遅いことと食欲がないことが気にかかるとのことだった。治療の方針の確認を求められ、無理な苦しい対応はしないとなった。この状態が半年1年と続かかもしれないし、近々に終了するかも知れないということだった。その後母に会うと、喉が乾いたと訴える。水分制限を受けているのでカップに残っているものを渡すと、ちょっと喉を潤し返してきた。食事を食べないと元気にならないと言うと美味しくないと返してきた。家の様子を尋ねるので写真を見せ大丈夫だと写真を見せると宜しく頼むと言う。長居は出来ないのでまたねと病院を後にし、お総社さんに初詣に行き母の回復や家内安全をお願いしてきた。
  アイコン  あけましておめでとうございます
         楽しいことをたくさんするにゃん。      
アイコン 2024年1月1日(月) 「明けましておめでとうございます」

 今年もまたまた二人と一匹の正月となった。雑煮とおせちと御屠蘇で、新しい年を迎えたことを祝った。

  が、午後4時ごろ2階でだし忘れた人への年賀状を作っていると、いきなり警報がなり「大地震です、大地震です。大きなゆれに警戒してください・・・・・・・・・・・」しばらくすると本当にグラグラぐらぐらと長い間揺れました。緊急放送の大きなチャイムの音と放送に、クリちゃんが落ち着きなく動き回る。テレビをつけると能登半島付近を震源とする地震が発生したと報いる。そして今度は「大津波です、大津波です。海や海岸付近にいる人は今すぐ避難してください」と津波の高さは3mと言う。ここは大丈夫だが、海近くは大変な事になる。東浦や西浦海岸の集落には避難指示が出た。

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