逢魔ヶ刻 外伝 作:みかん缶


静かなる町…―――
空は夜の闇…―――
月は鈍く輝き…―――
灰雲が流れていく…―――

影が…瞬く…―――

もう季節は初夏の陽気を醸し出していると言うのに、
夜になれば、そんな空気も一変して、冷たい空気が辺りを包み込み。

こんな夜には、化物どもが動き出すのだ、と誰かは言った。噂話でしかないけれど。
…でも、もしかしたら噂話は…『本当の話』だからこそ、語り継がれていくのかな…?


――…ガタ、ガタン…ガタ…

夜の風に窓が揺れ、音を鳴らす。
半開きの窓から、冷たい風が流れ込んでくる。


部屋の寒さに、はっ、娘は目を覚ました。
ふるっ、と身体を震わせ、辺りを見まわす。
流れる視線は、窓に辿り着き止まる。

そういえば、今日は暖かいから、と思って窓を開け放していたのにすぐ気が付いた。
しかし、今の部屋はひどく肌寒い空気に包まれていた。


天気が変わったのかしら、と思った。
そっ、と起き上がり、寝台から降りる。

窓を閉めて、布団を足さなきゃ…。小さく独りごつ。
部屋の隅に畳んである春先に使っていた、掛け布団を寝台に乗せ…
窓へ…向かう…。

――――――――…影が…瞬く…。

窓枠に手をかけた瞬間、目の前の闇が、黒く瞬いた。ばさり、という音と共に。

「きゃ…!?」

窓の隙間から部屋へ、闇が流れ込んでくる…暗く重い闇が。
それと共に、何故か部屋が霧に包まてゆく…。

霧と闇が、一点に集束していき…徐々に人の形へ変わっていく。

娘はただそれを立ち尽くし、呆けて眺めているだけだった。

闇と霧は、金の糸を紡ぎ、紅の宝石を輝かせ、青白いとも言える様な肌色の絹を織り上げ…人の形を生す。



「…ふむ。」

娘は、魅入ってしまった。その姿に。

その姿、その目から視線を離せなかった。

「こ…こんばんは…ど、どちら様でしょう。」

「…今晩は。」


素頓狂な娘の返事も意に介せず、闇を纏う少女は答える。


「私は、お前を『食べ』に来た。」

明らかに異質な言葉を、しかし事も無げに言い放つ。

娘は、意味が理解出来るか出来ないかよりも、ただ抗えなかった。

「さあ、御出で。」

その言葉に導かれるままに、歩を進め、近寄る。

娘の目はもう、常人から見れば、何か『持っていかれた』ようにしか見えなかったの、かも知れない。

少女は、すぐそこにまで来た娘の肩に、腕を回し抱き寄せた。

そして、耳元で囁く。

「馳走になろう、その『血』を。」

そして、少女は娘の首元に齧り付く…。


ずるり、と何かが根こそぎ持っていかれそうな音が聞こえたかと思うと。

身体中から、どっ、と全ての体液が噴き出した。

目も鼻も口も皮膚も、股下も…。そして首元から止め処なく溢れる『赤』

そんな、全てが堕とされるような感覚の中で言葉が聞こえる。

『私の名は…カーミラルシュ・リューゲン。 魂に刻んでおけ、後にお前の主となる者の名だ。』

そう聞こえた気がした。目の前から美しい闇が溶けて、また熱い空気が流れ込んでくる…―――

(ぷつん)



―――…その数日後、然る良家の一人娘が失踪したと言う記事が、新聞の三面に載った事を付け加えておく。