――邂逅(かいこう)――


 トロウ国トロウ州南部地区ギーニースの、そのまた南部にある繁華街ケルメンス通り――。
 地図に掲載されるような正式な名称ではない。誰がどういう由来でそう名づけたのか、幾つもの説があり正確には分らない。20年前の存在法改正以来、法的には存在を許されたカオエルフ、ゴブリン、オーク等の闇種族たち。だがその差別、偏見が払拭されたわけではないし、その差別と偏見はそのまま暴力という形となって具現する。


 そのためそんな不遇(ふぐう)に対抗するために、闇種たちはその繁華街に寄りそうように一箇所に集まった。やがて店が産まれ客が集まり、そして更にその客を当て込んだ店が集まり、見る間に増殖を続けて行った。

 創造と破滅。始まりの神(アルカーナ)破壊の神(カニクヴァ)が共に狂喜しているかのようなこの通りは、だが確実に生きていた。道が生まれたかと思えばそこに店が押し通り、店が潰れた翌日にはそこは更地になり、更に翌日にはそこに店の建築が始まる――この違法建築の集合体は爆発的な新陳代謝を繰り返す。血流のように人が流れ、澱んだ個所は即座に潰され、新たな血道が生み出される。
 その騒音はまるで鼓動(こどう)か。一ヶ月ごとに看板と経営者が変わるプレハブがあるかと思えば、その隣にある武器店は二十年来変わらぬたたずまいを見せる。十人程度の受け皿しか持たない宿があれば、その隙間にねじ込むように小規模経営の賭博屋がある。風俗店の真ん前に託児所があるのは、快楽と出産の神(ヴァルンツェ)の皮肉だと勘ぐりたくもなる。


 まさに混沌である。


 短命種のフェアリー種でさえ、この地は目まぐるしい速度で破壊と創造を繰り返す。この地区の担当役員が正確な地図を作成しようとこの繁華街に踏み込んだ時、帰りには通った道が新築の店に塞がれていた。などという笑い話すら残っている。
 はっきり分っていることは、トロウ州が20年という年月をかけ、ようやく闇種族と呼ばれた者たちに対するスタンスを固めた頃には、この繁華街が無視できないだけの経済効果と税収を産み出していたという事である。

 また、礼節と親愛の象徴とも言われる象頭巨人種(パイフールゥ)の奉仕活動の結果、この繁華街に住まうホームレスたちは適度な仕事と収入、そしてその一部を納税する義務を覚え、そして権利を主張する知恵を身に付けていた。

 立ち並ぶ露天。捻じ曲がる道。行き止まりにはオレンジ色のジャケットを着たボランティアのパイフールゥ種が奉仕活動を続けている。この繁華街に散乱するゴミが圧倒的に少ないのは、彼らを始めとするボランティアや、小銭目当ての闇種の子供たちの活動がより顕著だからである。
 二十年前の法改正位後、トロウ州は貧困な土地をいくつか選択し、その地区を闇種たちに与えることによって区画整備を行おうと試みた時期があった。だがその試みに強く反発したのは、カオエルフやゴブリンなどの『当事者』よりも、人間やパイフールゥなどの『部外者』たちであった。
 彼ら部外者は、トロウ州が立案した存在法改正地区復興計画に反発した。このケルメンス通りがあるギーニース南部地区も、もちろんその復興計画が適応された地区であったが、その計画の実行は諦めて久しい。


 道路法、建築法、上下水道法――ありとあらゆる土地法から逸脱した地区――それがケルメンスと通りなのである。


 また、この地はトロウ州との折り合いもすでに付いてしまった色合いが強い。こういった場面では知恵の働くゴブリン種は、様々な屁理屈やそれを押し通す策、そして僅かな賄賂を上手く織り交ぜながら、あらゆる違法を合法にし、また違法は違法のまま放って置かせるように導いた。州としてもわざわざ高い税金を投入してここを小奇麗に区画整理したところで、結局税収が減ってしまう事に等に気付いていたのである。

 直接的にしろ間接的にしろ、この繁華街が出す経済効果と税収は、トロウ州が無視できない規模にまで膨らんでいた。無論脱税を行う店も少なくはないが、ボランティア集団の活動やゴブリン種やカオエルフ種の『制裁』により、そのような不正を行う店は遠からず淘汰(とうた)される。良くも悪くも、ゴブリン種は金銭にしっかりとした『プライド』を持っていた。貰うものは貰うし、払う必要がある面ではきっちり彼等は払うのだ。

 そんな様々な種族の思惑と活動の結果、この地は混沌であるがゆえの、規格化されない活気が生まれた。決して清らかではないものの、この地は確実に命を産み、育んだのである。



 そんな猥雑(わいざつ)喧騒(けんそう)も、夜になれば相応の静けさを取り戻す。
 儲けには意地汚く、そして無駄は徹底的に嫌うこの繁華街の主役ゴブリン種の性格上。もっとも稼ぎ時である昼から夕方、そして夜始め辺りまではぎっしりと店が開き、客足が減る深夜にはとっとと店を畳んでしまうのである。

 結果――日付が変わろうかという時間には、この繁華街はあっと言う間に静寂が満たされる。



 そんな静寂の中――。



 もったいないと言われ街灯が整備されない闇の中。小さな人影が歩いてゆく。


 一言で表せば、その人影は奇妙であった。


 まず第一印象ではその奇妙さは感じられない。だがよくよく見やると、どうしても拭えない不可解さがその人影にはあった。
 だがそれを明確に表現するのは難しい。強いて挙げれば歩調であろうか。この時刻はパイフールゥ種が定期的に見廻りを続けているとはいえ、決して安全ではない時刻である。汚泥は活気も産んだが、同じに別の穢れ(けがれ)も呼び寄せる。

 そんな時刻に出歩く者は、理由はなんにしろ危険に目をつぶるだけの明確な目的を持っている。よってその歩みは目的に向かって一直線。余分なものは一切無い。
 だが、その人影の歩みはその法則に当てはまらない。まるで散策でもしているかのように、緩やかな戯れ(たわむれ)が感じられる。かと言って「無目的」と弾ずるには、その歩みにはまるで赤い絨毯の上に歩を運ばせる王族のような絶対的な強い意思を感じさせた。

 強い意思を孕ませた散歩――そんな矛盾をいともあっさりと内包したその人影は、その歩みを途絶えさせる事なく一定の速度で進んで行く。

 一瞬――その人影に月明かりが射す。その青白い輝きが浮きあがらせたものは、人間種の少女であった。多く見積もっても20には届かないであろうその姿。高貴な出自であろう事は疑いもないその清楚な顔立ちと、なぜか短く整えられた絹糸のような髪――。

 本来貴族の娘は、社交界でその身をアピールするために様々なヘア・スタイルを行えるよう、髪は伸ばすのが普通である。だが、この高貴さが香る少女は、まるで男性のように髪を短く整えていた。
 そしてその井出達――男装の麗人と言うには少々年端が足りぬはずなのだが、その赤く輝く瞳に満ちる絶対的な意思力が、その(あなど)りを口に上らせない。

 本来清楚な存在はか弱く、脆いものだ。清楚さとは十分な庇護の元でのみ許されるものであり、強さとはある種の汚れをその内に蓄えていくものなのである。だが、この少女にそれは一切ない――外界との拒絶――そんな絶対的な俗世の否定によって、彼女はこの穢れた街に立ちながら、その身に漂う潔感を図々しいまでに付与する。



 やがて――彼女の歩みは夜の道のりから、闇の道のりへと変わる。昼さえも闇を纏う路地――この活気の象徴とも言える繁華街にあって、尽くの喧騒を拒絶する場所。


 街とは不思議なもので、雑踏が大きくなればなる程、その均衡を保つかのように寂れた場所が発病する。無企画の代名詞であるようなこの予防のない街には、その偏りがより顕著に具現する。


 絶望を内包した冷櫃(れいひつ)な路地――。


 しかし少女は平然とそこに歩みを寄せる。恐れる様子も怯む様子も一切無い。病的なまでに変わらない――いや、変えないその足取りは、まるで滑るかのように淡々と闇の本陣を目指す。まるで――それこそが少女の本質であるかの様に。
 やがて――人影は歩みを止める。理由は簡単で、そこが終着であるからだ。

 10階から12階建て程度のビルディングに囲まれた空白地帯。建築するに狭く、ただ放棄するには少々広い――そんな空間。ビルとビルとの間に挟まれて発生した無人の地は、規模こそ違えど、そこは『異界』であった。

 少女は、そこに降り立つ。
 そこは――くだらない思い出の、くだらない地であった。




■   ■   ■   ■   ■




 3階から(・・・・)5階建て(・・・・)程度のビルディングに囲まれた空白地帯。建築するに狭く、ただ放棄するには少々広い――そんな空間。ビルとビルとの間に挟まれて発生した無人の地は、規模こそ違えど、そこは『異界』であった。

 異界とは、正界の法が一切通用せぬ場所。

 それを証明するように、その場所には二つ(・・)の『先客』が存在した。
 一つ目の『先客』は、地に横たわる男。年齢は三十代から五十代までならば、どことでも言えそうな人間種。
 取り立てて明言するような異常はそれからは感じられない。手足が変形しているわけでもなければ、泳ぐような血を吐き出しているわけでもない。眼球が飛び出てもいなければ、脳漿がこぼれているわけでも無かった。


 少女はつまらなげに息を吐く。その男は、ただの死体(・・・・・)でしかなかった。

 ならば特に問題はない。なぜならばここはビルに囲まれた異世界。世俗の弱法など関与できない弱肉強食の世界。
 少女はあっさりとその死体から興味を失うと、もう一つ(・・・・)の『先客』へと視線を向けた。

「――――」

 初めて、少女に乱れが生じる。とは言っても、正確なリズムを刻んでいた呼吸が、極僅かに停止しただけではあるが。現に呼吸は再開され、メトロームのように正確なリズムを刻んでいる。

 そこに立っていたのは、一人の男――。年齢を二十を過ぎて幾ばくか――と言ったところか。
 人間種――。身長は人間種男性の平均よりも若干低め。体重は人間種男性の平均よりも若干高め。
 だがその身から感じられるものは低い身長から生じる脆弱さでも、高い体重から生じる愚鈍さでもなかった。
 例えるならば満載した武器貯蔵庫――その棍棒のような手足から感じるのは名匠が打ち上げた宝剣であり宝具。ゆえにそれは完成された要塞のそれだ。

 男はそれまで一切少女の方に視線を投じず、その蛇のような眼差しをただただ横たわる男へと注いでいた。
 やがて――その男から完全に体温が奪われるのを視覚で確認したかのように――完全なる死亡を確認すると、ようやく男は視線を首ごと少女へと向けた。

「――何者だ?」

 男の薄い唇から漏れ出でる、高くも低くもない平坦な声色。その声からは、殺人現場を覗かれた動揺も、そして見目麗しい少女を目の当たりにした興奮も感じられない。

「……ははっ」

 それを、少女は軽い笑いで返す。

「その言葉は君の脳漿(のうしょう)に記録されている辞典の、何ページの何行目から導き出された台詞かな? いくつの社交的対処法が記録されているかは知らないが、また旧世代の化石のような者が出てきたな」
「…………」

 その言葉を受け、男はいぶかしがるように眉根を寄せる。

「よせよせ。そんな人間らしい(・・・・・)反応は不要だ。そのような『皮』をかぶらずとも、ここはそんなものを必要としない世界だ。まったく――そこにある死体よりも死体らしい存在が、生者の真似なぞをするな」

 鈴の音を転がすような愛らしい声色で、それは酷く非人間的な台詞を続ける。それを受けて、男は眉根に寄せた皮を、眉間の筋肉を弛緩させることによって解消した。


 それは――


「――素晴らしい。完成した『(ユニット)』を見るのは200年ぶりだ。どこに残っていた遺物(アーティファクト)だね? 君は」

 まるで200年以上の時を生きたかのようにのたまう十代の少女は、興味深げに男を見る。
 その流麗に紡がれる異常言語――その好奇心に溢れる赤い眼光――そのいずれに反応したのか。



 男は、爆ぜた――



 ただ一直線に――愚昧なまでに一直線に。蒙昧に少女を目指し、男は特殊な歩法で爆ぜ出でる。その余りの速度は、彼女の側からスクリーンで見れば、まるで男が巨大化したかのように捉えられたかもしれない。
 だが少女は、その非現実に笑みだけで応えると――

「起きろ」

 とだけ呟いた。


 異界は直ちに異常の法を執行する。現世の法ならば動かぬと定められた地に横たわるその存在は、異界の皇女の詔勅(しょうちょく)承り(うけたまわり)、その身を起こし、二本の足で支えた。

「―――」
「襲え」

 男と少女の間に立ち塞がったその死体は、死体のままで動き出す。
 明らかに違法。
 あってはならない違反。
 死とは停止。動かぬもの。
 否、動いてはならぬものだ。


 だが、この世界ではその法も通用しない。そこは真の無法地帯。いかなる現象も症状も、この地にあっては『世界』の法も通じない。
 死体はただ両腕を振り上げ、そしてただ男へとめがけ振り下ろす。



 ――ズ・・・ズズン!!!――



 だがその衝撃は超常異端。人間の生態法から外れた膂力(りょりょく)を持つその死体は、その腕を破壊槌(はかいさい)の如くにして、男へと叩きつける!


 ――ボグリ――



 胡桃(くるみ)かなにかを圧し潰すような音が響き、あっさりと腕が砕け散る。

「ほう。こいつは恐れ入る」

 少女は果たして驚いたのか感嘆したのか……。死体は男が頭部を守らんと遮らせた腕すら砕けず、その破壊槌のようは両腕を、完全に(・・・)粉砕させた(・・・・・)


「―――」
「―――」


 だが、その程度で死体は止まらぬ。
 そして――蛇の眼光を持つその男も、それは重々承知していた。
 標的の腕を砕いた事に奢らず、またそれでも動く死体に怯まず、ただ腕が砕けた。その結果生ずる自分の優位点のみを確認し、男は更に前に出る。

「――――――っ!!!」

 それは果たして死体の悲鳴であったのか――。呼吸が停止している死体は声を出すことはできない。だが明らかに死体は何かを発し、空気を震わせた。それは蛇の男の耳に届き、鼓膜を振るわせ内耳に届いたのだろうか――。
 それを確認する間もなく、男は死体へと絡みつき、重要関節を(ことごと)く砕き切った。

「―――――――っ!?」

 今一度響き渡る死体の悲鳴。死体はその身を築く要所を尽く破壊され、結果その身を保てず地へ沈んだ。

「――つくづく恐れ入る。なんの概念武装も持たず。いかなる聖具も(たずさ)えず、ただ己の身体のみで、この『外れた者』を滅するか。いやはや、飽きれるばかりだな」

 パン・パン・パン――。少女は心底感嘆したかのように、清潔な白色の手袋を打ち合せる。そこから生じる気の抜けた音は、余りにもこの空間では不似合いであった。

「いや、まったくもって素晴らしい。200年前に見た『駒』でさえ、貴様ほどではなかった。まったく人というのは恐ろしいな。いかなる訓練かは知らぬが、そこまで自らを兵器と化す事が――」




 ――ズグリ――




 瞬間――少女の右腕が捻り曲げられ、圧倒的な膂力によって引き千切られた。


「―――」


 それを確認して始めて、少女は男の接近を認識する。






「―――やれやれ」

 少女は嘆息交じりに呟くと、ただ一歩、後方へと跳躍する。




 ――タ…………………ン――




 その距離、実に7テーセル(14メートル)。どんな種にも到達できぬ、圧倒的な距離――。

「素晴らしい」

 その声は、少女が発したものだった。

「視力、聴力、嗅覚、味覚、触覚、筋力、瞬発力、持久力、耐久力、判断力、決断力、分析力、応用力――ありとあらゆる要素で私が上回る」

 抉り取られた右腕をなんら意識する事なく少女は言葉を続ける。片腕となった男装の麗人は、それでもなお完璧な存在であった。





「――だが、お前の方が強い(・・・・・・・)





 その完璧な存在が、敗北を認めた。






「これは困った。視力も聴力も嗅覚も味覚も触覚も筋力も瞬発力も持久力も耐久力も判断力も決断力も分析力も応用力も上回るこの私が、なぜか貴様に劣っている事だけは理解できる。その解を導き出す方程式は築けぬのに、解だけは脳裏に導き出される。不可解かつ不愉快、実に不本意。だが、それが間違っていないと確信している」



 男が一歩、前に出る。



「この世界で、貴様が最強だ。やれやれ、不愉快極まりないよ。この感覚は」

 少女は晴れやかな表情で、一歩後ろに下がる。

「強者は縄張りを御主張かな? それは最もな要求だ。私はこの世界において貴様よりも弱者。強者の欲求は謹んで拝受(はいじゅ)せねばならぬ存在だ」

 やがて、男に当てられるかのように、二歩、三歩と、少女は後ろへと歩み続ける。

「…………」

 男はそこで、歩みを止める。朗らかに笑みを投げかける少女に、冷徹な眼光を注ぎ続ける。

「私は退散するとしよう。ここは貴様――いや、君の所有領土だ。ああ、だが――」

 滑るような足取りで、少女くるりと90度体を横に向けると、残った左腕を軽く動かす。

右手だけは(・・・・・)返してくれ(・・・・・)

 地面に叩き落されていた右腕が、まるで巨大な芋虫のように這いずると、


 たちまちのうちに少女の足へすがり付き、

 フトモモを這い、

 腰を経て、

 胸にすがり付き、

 肩へ辿り――。



「……ふむ。まぁこんなものだろう」


 当たり前のように、少女の右腕は復活していた。


「――――」
「おや? これを見ても反応がないかね? やれやれ、完成された『(ユニット)』とは、実に面白味が無いな」

 少女は呆れたように嘆息すると、くるりと、もう一度90度体を横に向ける。

「――――」

 合計180度――つまり、少女は完全に背を向けた。蛇の男にとって、それは攻撃力ゼロの存在と認識される。

「では私は忙しい。戯れはここまでにして退散させていただこう。こう見えてしがない中間管理職でね。色々と雑事が多い身だ」

 だが、その認識から導き出された解答は『動くな』という命令。しかも、生命に関わる状態にのみ発せられる最高位命令であった。
 少女はゆらりと頭だけを動かす。その顔は、怖気が走るほどの美貌――。

「――正解だ。そこで爪の先ほどでも前に出れば、君は死んでいた。まったく、完成された駒は素晴らしいな。いかに自らが発する命令であろうとも、そこまで愚直に従えるか」

 男の無表情の鉄面に、じわりと……汗が流れ落ちる(・・・・・・・)
 それを見て、少女はくすりと微笑むと――

「いずれ、どこかでまた邂逅(かいこう)出切るかもしれぬ。その偶然を楽しみにしているとしよう。私はカーミラルシュ・リューゲンだ」
「…………」

 男は、それを、少女の、名前と、理解した(・・・・)

「……ライン……ヴァン」

 男は、そして、少女の、質問に、返答した(・・・・)

「…………え?」

 少女はそれを、ポカンと外見相応の純朴な表情で見やった。思わず体を30度戻し――そこで意思力で停止させる。それ以上は1度でも振り戻れば、なぜか自分が完全敗北してしまう気がしたからだ。
 そんな無意味な意地に気づいて、少女は笑う。

「はは。そうか。ではラインヴァン。いつかあるやもしれぬ邂逅を期待しよう」

 男は、答えない。
 少女はそれに満足すると、その蛇の目を王と奉る異界から、早々に撤退した。





■  ■  ■  ■  ■



 10階から(・・・・・)12階建て(・・・・・)程度のビルディングに囲まれた空白地帯。建築するに狭く、ただ放棄するには少々広い――そんな空間。ビルとビルとの間に挟まれて発生した無人の地は、規模こそ違えど、そこは『異界』であった。

 少女はそこで、その歩みを止める。

「ライン……ヴァン? ……ああ、あれが『透明な(インビジルブル)』ラインヴァンだったのか」


 盗賊協会の最終手段――。
 彼は自らが主であり、自らを駒として戦う。
 自らが命を下し、自らが承り、自らが命を賭ける。
 盗賊協会首領にして、彼自身も『(ユニット)』 。
 その究極の決戦術は、その姿を認識させず事無く処理する。



 つまり――。



「ああ……私は、珍しい者を見ていたのだな」




 カーミラルシュ・リューゲンにとっては、ただその程度の瑣末事であった。






 END