蒸し暑い夏の夜。闇の中、赤々と燃え盛る火は留まることを知らず、既に瓦礫の山と化
したビルをなおも焼き続けていた。周囲の消防車から放たれる放水も、さほど効果は無
く「焼け石に水」の様相を呈していた。駆けつけたテレビ局が野次馬の中で声を張り上
げている。
その人だかりから少し離れた場所に、二機のARM――つまり作業機械がまるで夜の闇
に同化しているかのように、静かに立ち尽くしていた。
 「で、今回俺達が呼ばれた理由は?  ただの火事じゃないッスか。」
閉鎖され、熱の篭るコクピットの中で少年が、さもやる気の無い声で言った。
汗でしなる髪を指でかきあげ、画面に映る初老の男性を見ている。
 「・・・ハッキリと言えば誤報だ。」
 「・・・・・・はぁ?も、もっかいお願いします隊長。」
男性の返答に、気の抜けた声をあげる。僅かな休養の時間を割いて駆けつけて2時間
弱。睡眠を要求する本能を押さえつけてまで出動してきたというのに。それが全て徒労
だったというのだ。聞き返すしかない。認めなくない。
 「誤報だ、と言ったんだ。材木を人影と見間違えたらしい。」
 「・・・ならなんでここにいるんスか、俺達。」
残念ながら、徒労だというのは事実だったらしい。
 「一度関わった事件だ。最後まで見届けるのが筋だろう?」
 「はぁ・・・眠いッスよぉ!」
そうとわかった瞬間、緊張で押さえつけられていた本能が一気に解放された。眠気・疲
労・倦怠感。最早限界寸前である。一刻も早くベッドに倒れこみたい。
 「これも仕事だ。我慢するんだな。・・・一つ言っておく。寝るなよ、達哉?」
 「オニ・・・・」

正に心を見透かされている。目を瞑った瞬間にコレだ。眠る以外に何をしろというの
だ。見たところ火災はまだ収まりそうにない。かといって自分達の出番があるわけでも
ない。気が付くと、達哉はハッチを開けて燃え上がる火へと歩を進めていた。
 「しっかし何でまたこんなトコが火災になるのかねぇ」
現場は廃ビル。数年前まではとある宗教団体が活動拠点としていたらしい。現在の政治
体制に異議を唱えていたため、危険思想として国から強制退去を命じられた。それに反
対する信者がビルに立てこもったため、機動隊も出動し大掛かりな事件となったことを
覚えている。  「・・・そういや、あの団体どうなったんだろ。」
当時はまだ自分もただの高校生だった。友達と野次馬としてこの場所に駆けつけ、機動
隊に散々どやされたあげく、補導までされてしまったのだ。あの時は「見るくらい構わないじゃないか」
と思っていた。  だが、今はあの機動隊員の気持ちがよくわかる。本当に野次馬というものはウザった
い。 ガヤガヤと無駄に騒ぎ立てるだけで、被災者の救出に手を貸そうともしない。他人事だ
と思っているのだろうか、ただ面白がって見ているだけなのだ。邪魔でしょうがない。
 「俺が人を救う立場になるとはね・・・。」
吹き抜ける冷たい風を肌で感じながら、達哉はフッと思い出し――そしてすぐにやめた。
 「ガラじゃない、よな。」
そう呟いて視線をビルに戻す。先程まであれ程燃え上がっていた炎も、大分沈静化して
おり、周囲の消防隊員からも安堵の表情が伺えた。どうやらそろそろ眠れそうである。
 「―――戻るか。」
現場に背を向け、立ち尽くす巨人の下へ達哉は歩を進めた。ホースから飛び散る水滴
が、熱を帯びた道路に水溜りを作り、静かに、だが確かにその男を見ていた。
現場から立ち去る達哉の側を、走り抜けていく男を。


MENUへ