テレビ(白黒)は当時(昭和30年代)
でした。
これは昭和30年に、東京・上野公園の街頭テレビを見に集まった人たちです。

私の知っている当時(昭和30年代)主流の14インチ型テレビ(白黒)
懐かしいTV番組
| 〜ジェスチャー〜 | |
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| 出演者のソファーだけでいいシンプ ルなセットですが、金語楼たちの面 白おかしいジェスチャーで人気のあ ったクイズ番組です。1953年に始 まり15年に渡って放送された長寿 番組の一つで「・・・・で」は手を二回 叩いたり「・・・・を」はお尻に手を当 てて尾の形にしたり、「・・・・に」は 背に荷物を担ぐフリをしたりで、例 えば「カッパに恋をしたキュウリ」な どを当てるのです。聴視者は前もっ てテロップで答えを知らされている ので、的外れな回答者の演技に大 笑いしたものです。 |
白組キャップテンの柳家金語楼と赤組 キャップテンのターキーこと水の江滝子 中央は司会者の小川宏。 他の出演者は毎回ゲストとして各界の スターが出演します。 |
| 〜私の秘密〜 | |
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| シンプルなセットと言えば「事実は小説 より奇なりと申しまして・・・」と司会者・ 高橋圭三の名セリフで始まるこの番組 もそうですね。1955年から1967年ま で12年間も続いたクイズ番組で長寿 番組の一つです。 高橋圭三アナが辞めた後は、八木治郎 アナが引き継ぎました。 |
NHKがまだ内幸町にあった頃、私は NHKホールにこの「私の秘密」の公 開放送を見に行った事があります。 当然、生放送ですし、白黒放送でした のでカラフルなセットではなくて白黒 に綺麗に写るための地味なセット風 景でした。たしか、月曜日の7時30 分からで、その後の番組「歌の広場」 も続いて見たと思いますが、出演者 は全く覚えておりません。 |
| 〜お笑い三人組〜 | |
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| 落語家の三遊亭小金馬(現金馬)、物 まねの江戸家猫八、講談の一竜斎貞 鳳の三人三様の持ち味を生かした、 ギャグとコントのコメディー番組でトリオ 物の元祖でしょう。1956年から1966 年の10年間、続いた番組でした。 |
東京下町の「あまから横丁」で展開される 人情コメディー。 ラーメン屋の小金馬は音羽美子と兄妹、 サラリーマンの貞鳳は桜京美と新婚夫婦 、クリーニング屋の猫八は楠トシエと恋人 同士という設定でした。 「はっちゃん」 「おたまちゃん」 「ウ〜」 のギャグは有名。 |
| 〜夢であいましょう〜 | |
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| 土曜の夜八時から始まるバラエティー 番組。この番組で坂本九ちゃんの「上 をむいて歩こう」梓みちよのレコード大 賞受賞曲「こんにちは赤ちゃん」、ジェ リー藤尾の「遠くへ行きたい」などの有 名な曲が生まれました。 |
「こんばんわ」とチョッと横へ首を傾げた 挨拶が有名になった、中島弘子の司会 で始まるこの番組は1961年から196 6年まで続きました。音楽も中村八大・ 永六輔の六八、名コンビでした。 出演者は中島弘子、黒柳徹子、渥美清、 三木のり平、E・H・エリック、坂本九ほか。 |
| 〜事件記者〜 | |
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| 1958年から1966年まで続いた社会派 ミステリードラマです。「ひさご」のおチカ さん、お茶汲みのみっちゃん、中央日々 のガンさん、東京タイムスのアラさん達が 活躍していました。それに藤岡琢也も記 者として出演してました。 |
永井智雄の相沢キャップを始め、園井 啓介のヤマさん、原保美のベーさん滝 田祐介のイナちゃん大森義夫のOBで ある白髪の老人・八田さんなど、東京 日報を中心として警視庁詰め新聞記者 の取材合戦を描いたドラマです。 |
| 〜ひょっこりひょうたん島〜 | |
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| 「みなすぁ〜ん」とドンガバチョ大統領 吹き替えの藤村有弘の声が聞こえてき そうですね。「ひょうたん山」の爆発で流 された、ひょうたん島の住民が作った共 和国の物語の人形劇です。1964年か ら1969年まで続いた人気番組です。 |
声の吹き替え・出演者では藤村有弘、 楠トシエ、中山千夏、熊倉一雄、若山 弦蔵、その他。 キャラクターもドンガバチョ大統領、や さしいサンデー先生、海賊トラヒゲ、天 才少年博士など多彩。 |