現代ステリー小説の読後評2001〜2002

2001年月購入作品の感想

『ポップ1280』(ジム・トンプソン/扶桑社)★

 去年買いそびれた「このミステリーがすごい!」を今年は購入できたのだが、さっそく目を通してみると、海外編で「コフィン ダンサー」が10位、「悪魔の涙」が19位にランクされていた。「ボーン・コレクター」ほどではないにしろ、十分にうならされたディーバーの作品を押さえ込むような作品とは一体どんなものなのだろうと、珍しく海外編1位の作品を買ってみた。それがこの書である。しかし、読み始めての最初の感想は「はぁ?」という感じ。ラストも評価が分かれるところではないか。とにかく登場人物の誰もが、頭の足りなさそうな下品な連中ばかりで、実際話の内容も下品きわまりない。なんと1964年の作品で、舞台も1900年台初頭のド田舎という設定のため、科学捜査なんかとは縁もゆかりもなく、それがまあ新鮮といえば新鮮かもしれないが、話の展開もそれほどショッキングなものはなく淡々と進んでいくので、現代の複雑なトリックに彩られたミステリーに慣れた読者は物足りなさを感じてしまうのではなかろうか。この話のウリである主人公の犯罪がエスカレートしていく様子も言われているほどインパクトはないので、とりあえず読んでみるにしても過剰な期待は抱かない方がいいと思う。

 

2001年10月購入作品の感想

『鉄鼠の檻』(京極夏彦/講談社)★★★

 やっと出た!京極堂が活躍する超ブ厚い文庫シリーズ(笑)第4弾!今回は約5センチの厚さ。箱根の山奥に京極堂も知らない寺が存在し、そこで僧が次々に殺されていく。犯人は?動機は?さすがにこれは並の 読者には推理不能。しかし、物語の随所で語られる宗教(特に禅宗)についてのうんちくは比較的苦痛に感じることなく頭に入ってきて、最後に全ての謎が解き明かされたとき、それらの知識を総合するとこの話の結末には十分納得させられる。最後の最後まで京極堂の活躍らしい活躍が見られないところが物足りないという京極堂ファンもいるだろうが(榎木津ファンもちょっと不満かも)、普通のミステリーファンには十分に楽しめる1冊。禅宗の入門書としてもこれ以上のものはなかろう。勉強になるミステリー小説というのはそうはあるまい。知的欲求が旺盛な方に特にオススメである。

 

2002年月購入作品の感想

『燃える地の果てに(上)(下)』(逢坂剛/文藝春秋)★★

 正月に読む本を探していたところ、99年『このミス』2位だったこの作品が文庫化されたものを書店で発見し購入。30年前に実際に起こったスペインでの核兵器搭載機の墜落事件をもとにしたフィクション。その30年前の話と現代の話が並行して物語は進んでいく。過去の部の主人公・古城がフラメンコのギタリストという「?」な設定と、上・下巻に分かれた物語の長さ、そして最初のページに紹介される登場人物の多さに、最初はちょっと引いてしまうが、読み進んでいくうちに少しずつ物語に引き込まれていく。船戸与一の『砂のクロニクル』をちょっと思い出してしまったのだが、自分のイメージしているミステリーとは違い、スパイ小説みたいな感じ。この話のミステリーというと、そのスパイの正体が分からないことなのだが、はっきり言ってその正体は十分に読者の予想の範囲内である。しかし下巻のラストに近づき、過去と現代の話がつながり始めたとき、スパイの正体とは全く関係のない部分で、読者をある衝撃が襲う。そして「そうだったのか!」と思った矢先、ラストでもう一度その自分の納得が大きくズレていたことに気が付かされてさらにショックを受けるのだ。なんとかラストまで読み切った人には、このようにそれなりの感動が与えられるが、そこまで根気が続かない人もいるかもしれない。読みやすい文章であるし大作だとは思うが、これは必読!とまでオススメかというと、個人的にはそこまでは言えない。

 

2002年月購入作品の感想

『エンプティー・チェア』(ジェフリー・ディーヴァー/文藝春秋)★★

 「リンカーン・ライム」シリーズ第3弾をハードカバーで購入。平凡な誘拐事件で幕を開ける本編は、全編の半分まではその平凡な事件の話である。「ディーバーのことだから、当然それだけで終わるわけはないはずだ、大どんでん返しへ向けて色々な伏線が張られているのだろう」と思いながらも、少々パワー不足を感じるのも事実である。後半に入り、アメリアの大胆な行動によって物語が大きく動いてもそれは変わらない。しかし、第4部の終盤に突然のクライマックスへ。さらにラストの第5部もまったく油断が出来ない。これでもか!これでもか!とばかりにディーバーの腕がさえ渡る。残り数ページになってもそれが止まらないのだから恐れ入る。とにかくラストは期待していい。ただし、やはりいつもの思わずうならされる科学捜査がなりを潜めている点に、少々物足りなさを感じるのは確か。しかし、ライムファンにはオススメできる1冊。

『屍鬼(しき)』(一)(小野不由美/新潮社)★★

 99年の「このミス」4位にランキングされた、3500枚を越えようかという超大作が02年2月についに文庫化された。もともと(上)(下)に分かれていた本作品は、文庫化にあたって(一)(二)がまず刊行され、3月に(三)〜(五)が刊行予定となっている。舞台は、四方を山に囲まれた人口1300人あまりの外場村。昔から卒塔婆を作っていたからその名がある閉鎖的なその村に、洋館が移築されたものの誰も引っ越してこないことに村人達が疑問を感じている、という設定から物語は始まる。「卒塔婆」「洋館」といった「いかにも」という古典的なキーワードに、あまり期待しないで読み始めると、実際最初はかなりの苦痛を感じざるを得ない。冒頭の、いきなりラストシーンと思われる場面の描写にちょっと引き込まれるものの、その後の前半は特にこれといった事件が起こるわけではなく退屈きわまりない上に、一番苦痛だったのは次々と紹介される登場人物たち。読み仮名の振ってある名前が出てくればそれは新登場の人物なのだが、とにかく出るは出るは…。村人を全員紹介するつもりなのではないかという勢いに閉口してしまう。とても覚えていられない。巻頭に登場人物一覧表をつけてくれ!と言いたくなる。後半でやっとミステリーらしく死人が出るが、村人達の今ひとつ緊迫感のない対応にいらだちを感じてしまう。

『屍鬼(しき)』(二)(小野不由美/新潮社)★★★

 二巻に至って加速度的に死者の数が増えていく。医学ミステリーを思わせる展開に、一瞬クライトンの影がよぎるが、死者の数と同様に増え続ける転居者たち、死者達の死亡直前の辞職など、謎の病気以外にも謎は増えていき、あくまでミステリーの王道を行かんとする主張がそこに見られる。今ひとつ曖昧だった主人公的立場の人物も、村で唯一人の医者である敏夫と、寺の副住職である静信の二人に絞られ、感情移入しやすくなり、一巻の前半では考えられなかったぐらいに物語に引き込まれている自分に気が付く(登場人物が多すぎるせいで、今ひとつ二人のキャラが立ちきっていないところがちょっと気になるが)。唯一不満を感じるとすれば、それは謎の病気の事実を外部に漏らすまいとする敏夫の態度。この巻の終盤で静信にいさめられる場面で彼のその心理状態も説明されるのであるが、とうてい納得がいかない。こういう医師の行動は犯罪行為に近く、後で訴えられても仕方がないような行動だ。あまりに非現実的だと思うのだが。まあ、とりあえず終盤でその件は二人の話し合いにより片がつくのだが、また新たな事件が発生…。ああ、三巻が待ち遠しい。

 

2002年月購入作品の感想

『屍鬼(しき)』(三)(小野不由美/新潮社)★★

 三巻は3月に入ってすぐに四、五巻とともに発売となった。さて今回は、医学ミステリーの様相を呈していた二巻から、いきなりホラー路線に転換する。謎の病気の正体がついに明らかになるのである。しかし、その荒唐無稽な結論に、主人公の一人である敏夫があっという間に到達する点には違和感を抱かずにはいられない。筆者は、読者が感じるであろうその違和感をもう一人の主人公・静信の困惑によって和らげようと試みているのだが、あまりにトントン拍子に話が進むのであまり効果はない。ただ、ここまでの展開にイライラを募らせてきた読者にとっては溜飲を下げることになってよかったかもしれない。断っておくが、まだまだ中盤なので、何もかもスッキリするわけではない。村に起こっている現象に気づく者は主人公達を含めても少なく、しかも彼らはお互いに連携を組んでいるわけではないので、事態はなかなか好転しない。読者は十分にハラハラドキドキできる。私が一晩で読み切ってしまったことがそれを証明している。

『屍鬼(しき)』(四)(小野不由美/新潮社)★★

 どんどん救いようのない状況に陥っていく村の様子に、読者はイライラを募らせるだろう。主人公の一人である医師の敏夫をはじめ、かろうじて生き残っている村人達がまったく外部に村の危機を通報しようとしないからである。そのような、内に籠もろうとする村人達の心理状態を筆者はことあるごとに説明はしているものの、やはりそれは十分ではなく読者にストレスを与えている。それも筆者の計算のうちなのかもしれないが…。話がここまでくると、最後には村に自衛隊が来るのか?いや米軍の特殊部隊か?と想像もふくらんでくるのだが、結末は1巻の冒頭のままなのだろう。どういういきさつであの結末につながるのかは五巻を読むまで定かではないが、やはり先が見えてしまっていては楽しみも半減する。構成ミスだ!という読者の怒りを買わないように、五巻での結末にかけての「ひとひねり」に期待したい。

『屍鬼(しき)』(五)(小野不由美/新潮社)★★★

 もうとにかく救いようのない話のまま終わってしまうのだろうと思いきや予想以上の急展開!自衛隊も米軍の特殊部隊も結局現れないが、その展開にはそれまでたまっていた読者のイライラは一気に吹き飛ぶはずだ(ただし、人によっては強烈な後味の悪さを残して…)。冒頭のシーンにつながるラストの展開も決して不満には感じなかったし、エピローグも悪くないと思う。ずっと納得のいかなかった、村の状況が外部に漏れない理屈も、この巻で繰り返しこねられているのでそれはもうどうでもよくなった。最後まで読み切った読者にだけ、この作品が決してありがちなホラー小説ではなく、人間の存在というものを十分に考えさせてくれるきっかけを与えてくれる素晴らしい文学の一つであることを教えてくれる。おススメの小説がまた一つ増えて嬉しい限りである。

『新宿鮫W無間人形』(大沢在昌/光文社)★★★

 新宿鮫シリーズは安心して読める(ハズレのないと言う意味で)作品だということが分かっているので、先を急ぐことなく、何も読むものがなくなった時にぼちぼち買って読もうときめたのだが、ヒマになったわけではなかったものの、2年前には発売されていたWをついに購入して読んでみた。「キャンディ」と呼ばれるドラッグの密売ルートを探る鮫島を描く作品で、今回は本シリーズのヒロイン・晶も登場する。『屍鬼』を読んだ後だからなおさらそう感じたのかもしれないが、筆者は実に登場人物の描き分けが上手い。登場する人物のキャラクター像がすぐにイメージでき、そして容易に定着する。読んでいてそういう意味での苦痛はまったくない。敵味方にかかわらず、誰もが実に生き生きと描かれている。今回も大きいトリックはなく、ある人物の正体が終盤に判明してちょっと驚かされる以外、特にうならされるところはないが、あらゆる登場人物のキャラの立ち方は特筆ものであり、ストーリーも満足のいくものだ。終盤に正体の判明するその人物を前半でもう少し詳細に描いてくれていれば、終盤での意外性がより高まっていたろうにと思われるところが惜しまれる。ラストも前回同様、ちょっとあっけなさすぎか。

 

2002年月購入作品の感想

『新宿鮫X炎蛹』(大沢在昌/光文社)★★★

 Wを読み終えて、すぐに勢いでXも購入してしまった。タイトルの「蛹(さなぎ)」とは、別に犯罪組織のコードネームでもなく、なにかの抽象的表現でもなく、「蛹」そのものである。今回の鮫島のターゲットの一つはなんと害虫の蛹なのである。そしてホテル連続放火犯。この両者を追うために、防疫官の甲屋、消防庁の吾妻が鮫島と組む。鮫島は一匹狼的存在であり、これまで味方と言えば上司の桃井と鑑識の藪くらいだったが、この二人の相棒の登場で、これまでとはひと味違った鮫島の捜査を楽しむことができる。実は鮫島の当初のターゲットは外国人窃盗グループだったのだが、これに連続娼婦殺人犯も加わり、主人公が同時に4つのターゲットを追うという複雑なストーリーを筆者は巧みに描いている。前作からのレベルダウンは全く感じられない。特にトリックもなく、結末があっけないのは前作と同じだが、これはもう筆者のスタイルなのだから、どうこういうものでもないかという気がしてきた。とにかく安心して読める1冊である。

 

2002年購入作品の感想

『新宿鮫Y氷舞』(大沢在昌/光文社)★★★

 このシリーズで文庫化と同時に購入したのは今回が初めて(実はノベルズ版ではすでにZも[も出ている)。基本的に安い文庫版を購入するというのが、旬にあまりこだわらない自分のスタンスで、しかも名作が文庫化されてもすぐに飛びつくこともなかったのだが、とりあえず今回はシリーズの文庫化のスピードにたまたま追いついたということで…。さて今回の作品は、導入部でいきなり「?」な気分を味わうことになるが、これも本作品の大事な伏線となっている。例によって、これから本作品を読もうとしている人のために物語の内容には触れないが、巻末の解説で評論家の西上氏も指摘している「脇役や悪役も血の通った人間として描かれている」点が、本作品最大の魅力であろう。すでにおなじみの上司の桃井や鑑識の藪、恋人の晶などは言うに及ばず、最後まで姿を見せない国会議員の京山と、今回鮫島のメインの敵となる京山の元部下・立花の存在感は半端ではない。そして個人的に最も気に入ったキャラは、鮫島の同期にして彼とは全く別の道を歩んでいるキャリア・香田である。是非とも今後も作品にどんどん登場して欲しいキャラだ。いつも気になる結末も今回は満足できた。本作品は、現時点で本シリーズ中ベストの作品と言えよう。

『OUT(アウト)』(上)(下)(桐野夏生/講談社)★★★

 97年にベストセラーとなり、「このミス」1位獲得に続き、日本推理作家協会賞を受賞、さらにTVドラマ化までされた本作は、文庫化を待ち望んでいた作品のうちの1つであった。映画化決定とともに文庫化されたものを即購入して読み始めたが、上巻を読んでいて感じるのは、ひたすら登場人物達の愚かさに対する不愉快さだけであった。主人公達と同じような境遇にある主婦は日本中に大勢おり、そのような方々にはある種の共感を呼び起こすのだろうが、やはり個人的に主人公の雅子以外(邦子・弥生・ヨシエ)は救いがたい存在だ。こういうタイプの主婦は、たいした努力もせず、先も見通すことができなかった自分のせいで今があることになぜ気が付かないのだろう。こういう人間に限って、自分の不幸を社会や配偶者のせいにするのである。もちろん主婦の読者層は自分を愚かな彼女たちには重ねないであろう(たとえ自分にピッタリあてはまっても)。当然、男勝りでカッコイイ雅子に自分を重ねて憂さを晴らすのだ。男の自分の視点から見ても雅子は非常に魅力的なキャラである。他の主婦と同様に家庭やパートをはじめとする様々なものに苦しめられながらも、決して諦めずにクールに突き進んでいく。下巻では、上巻での不愉快さを忘れるくらいの痛快さを味わうことができる。これから読もうと思っている人のために、ハッピーエンドなのか、悲惨な最期が待っているのか、本作のエンディングについて語るわけにはいかないが、その第7章は予想外、かつ期待通りだったとだけ言っておこう。オススメの1冊(2冊か)が、また増えた。

 

2002年月購入作品の感想

『理由』(宮部みゆき/朝日新聞社)★★★

 99年に「このミス」3位に入り、それ以前にあの「直木賞」を受賞したベストセラーがついに文庫化された。宮部氏の作品は『火車』以来久々で、お盆休みに一気に読破した。期待を胸に読み始めると、まず誰の視点から書かれているのか戸惑うが、やがてこれは事件後に取材したルポライターの視点で書かれていることが分かる。事件の関係者が、事件後に事件を振り返って次々にインタビューに答えていくという斬新な手法で書かれているのである。事件と同時進行の形で書いていく方がよりスリリングな作品になりそうなものだが、これはこれでそれ以上の効果を生んでいる。多くの人物が事件に関わっており、その重層的な展開も大いに魅力なのだが、関係者が事件後に冷静に事件について語ることによって、事件の詳細や関係者の事件当時心理状態がよりはっきりと読者に伝わってくるのである。そして多くの関係者の織りなすそれぞれのドラマは、決して破綻することなく、それぞれが読み応えのあるものになっており、そのドラマの厚みに読者はただただ圧倒されるばかりである。競売をはじめとする司法のシステムやマスコミの姿勢、そして現代という歪んだ時代全体に対する警鐘など、社会的問題についても包含されているこの作品は読み応え十分である。ページをめくるごとに事件の真相が少しずつ明らかになっていく快感を是非とも味わっていただきたい。

『神聖喜劇 第一巻(大西巨人/光文社)★

 これはミステリーではないのだが、職場の先輩に勧められて貸していただいた。もともと1978年に刊行されたものだが、今年7月に第1巻が修訂版として再販されたものを、また読みたくなって購入したという。その先輩は、自分も愛読している京極夏彦氏の書も読むというので、もしかしたらもの凄く小難しい哲学的な小説なのではと少々かまえていたのだが、読み始めてみると抵抗感なく読み進めることが出来た。内容は、簡単に言えば作者の体験をもとにした戦争小説である。この第一巻では、新兵として対馬要塞で訓練を受ける主人公が描かれている。上官にいじめ抜かれる主人公かと思いきや、主人公はもちろん他の登場人物においても、それほどひどく暴力を受けるような場面はなく、主人公が持ち前の記憶力を駆使してディベートをするがごとく危機を回避したり、あるいは心の中で上官に反感や疑問を抱く姿が主に描かれる。徹底的に反抗する熱血漢でもなく、かといっていつも傍観を決め込む臆病者というわけでもない。新兵らしく、まだ様子見という感じで、必要に応じて上官に意見する程度で特に大きな問題は発生しない。その現実離れしていない性格については読者にとってみれば共感しやすいところか。ただ現実離れした主人公の記憶力の証として次々に引用される軍の規則の条文については、後半になるとさすがに食傷気味になり苦痛ですらある。しかし、軍隊という未知の世界に触れ、今まで考えることのなかった様々なことを考え、精神的に成長を遂げていく主人公は確かに魅力的である。この巻は平穏に終わるが、第二巻以降、色々と波瀾万丈な展開が待っているようだ。全五巻ということなので、是非続きも読んでみたい。

 

2002年購入作品の感想

『絡新婦の理(じょろうぐものことわり)』(京極夏彦/講談社)★★

 「鉄鼠の檻」文庫化から1年。この作品と同年に発表された「絡新婦の理」もついに文庫化された。解説を含めると1400ページ近く、今までの作品以上に非常識な厚さの文庫本である。目潰し魔による連続殺人事件から、舞台は連続絞殺事件が起こる富豪の織作家が創設した女学校へ。この前半の途中から描かれる女学校の話はありがちな少女ミステリーを読んでいるようで少々退屈。ただでさえ先は長いのに、そんなに引っ張らなくても…と思ってしまう。京極堂の登場でやっと「らしく」なってくるが、並行して進展している2つの事件は少しずつ繋がりが見えてくるものの、なかなか減らない残りページを見るたびに溜息が…。1000ページを過ぎたあたりから京極堂の本格的な活躍が始まり、やっと心地よく(?)読み進めることができ、超複雑な事件が収束するラストシーンには感動すら覚えるが、それ以上に「やっと読み終えた」という安堵の気持ちの方が上かも。最後に冒頭部を読み直してやっと納得という構成(本当のラストシーンは一番最初に書かれている)は面白いが、やはり正直「疲れた」というのが正直な感想。余程の京極フリークでないと最後まで読破できないと思う。

 

2002年10購入作品の感想

『神聖喜劇 第二巻(大西巨人/光文社)★

 第2巻の第3部に入っても第1巻の雰囲気は変わらない。日本の戦争目的について村上少尉の講釈が延々続き退屈なことこの上ないのだが、第3部の第2に入って話は一転する。入隊前の主人公の、愛人との逢い引きの様子が事細かに描かれているのである。これまでの話の雰囲気からは想像もつかない内容に驚かされた後、場面は第3部の第3で再び冒頭のシーンに戻り、今度は新兵の身分についての話が延々と続く。また退屈な話に逆戻りかと思いきや、作者は思わぬ罠を仕掛けており、戦争目的を改めて村上少尉に聞かれた二等兵二人が、揃って少尉が話の中で懸命に否定した内容を大真面目に答えた場面には思わず笑ってしまった。いかにも堅そうな作者なので、ユーモアとしてねらっているのか実際あったことをただ真面目に書き記しているだけなのか正直つかみきれない。第4部に入ると、酒保(売店みたいなもの)とか女郎屋とか給与などののんびりした話が次々と出てきて、予想していた戦争物の雰囲気とはどんどんかけ離れて行くばかり。これから戦争が激化していく様子を浮かび上がらせるための演出なのだろうか。もう少し先を読まないと評価しがたい作品である。部ごとに文章のスタイルを変えているところは面白い。

 

2002年12購入作品の感想

『どんどん橋、落ちた』(綾辻行人/講談社)★★

 10月に綾辻氏の新しい文庫が出ていたことに2カ月気が付かなかった(作品自体は99年のもの)。さて、内容はというと一応続き物になっている5編からなる短編集で、最近やたら長編を続けて読んでいた私には気軽に楽しめる一冊であった。悩める(?)綾辻氏本人が作中に登場し、「本格推理小説とはかくあるべし」ということを、意外な切り口の作品を並べることによって読者に示してくれている。第1話「どんどん橋、落ちた」では、さっそく気持ちよく騙された。第2話「ぼうぼう森、燃えた」では、第1話の教訓を生かし謎の半分は解いたが、完全解答は無理だった。第4話「伊園家の崩壊」は某有名漫画のブラックなパロディだが、著者があとがきで述べているようにこれがこの書の中では一番の本格小説と言えるかも知れない。とにかく、長編は苦手だけど綾辻作品にちょっと興味があるという方にはオススメである。話はそれるが、館シリーズの新作「暗黒館の殺人」を早く書き上げてほしい!

『神聖喜劇 第三巻(大西巨人/光文社)★

 相変わらず平和な1冊。前半の第5部は主人公の所属する部隊が大船越という所へ外出する話。たいした事件も起こることなく淡々と終了する。第6部は部隊に異変が発生し、やっと緊張感が味わえるかと思いきや、話がなかなか進展しないまま次巻に続くという形で終了。部隊で起こった異変とはある兵士の銃の部品のすり替え事件なのだが、「特殊部落」出身の冬木がもっとも疑われているらしいことを臭わせつつ結論は出ぬまま次巻へ。また主人公が思いつくままに漢文を書き記して捨てた紙が何者かに拾われて上官に届けられ、危険思想の現れではないかと疑われるが、これも主人公が呼び出される場面で終わってしまうのである。結構欲求不満の溜まる1冊であった。主人公の視点から詳細に語られる各登場人物の人間性や、それらに対する主人公の分析、そして各場面場面での自己分析は、興味深くはあるのだが…。様々な作品の引用、およびそれらに対する主人公(おそらく筆者自身)のコメントの部分は、相変わらず膨大なのだが、正直読み飛ばしたくなった。第4巻の展開に期待したい。

『フリークス』(綾辻行人/光文社)★★

 『どんどん橋、落ちた』より遙か昔の2年以上前に文庫化されていた作品を今頃気が付いて購入。「夢魔の手-313号室の患者-」「409号室の患者」「フリークス-564号室の患者-」の3本を収録。2番目に収録されている「409号室の患者」は光文社刊の「秘密コレクション23」に収録されていたものをすでに読んでおり、今回再度読み直したがこれは秀逸。記憶を少しずつ取り戻していく記憶喪失患者を描いた作品だが、最後のどんでん返しが見事。「夢魔の手」は、話が二転三転し読者を振り回した挙げ句、最後は意外な結末へ。「409号室の患者」のような作品をすでに読んでいるだけに、かなり警戒しつつ読み始めたため、全く予想できないオチというわけではないが、そうきたか!と満足できる読者は多いはず。最後の「フリークス-564号室の患者-」は、作品中にも名前が出てくるが私の愛読する江戸川乱歩の臭いがぷんぷんする古典的な作品。「読者への挑戦」もあり楽しませてくれるのだが、パターンが前作2編と似たようなもので新鮮味に欠けることと、結末の読後感に「どんどん橋、落ちた」を読み通したときの後味の悪さに通じるものがあることなどから好き嫌いが分かれよう。

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