現代ステリー小説の読後評2003〜2004

2003年購入作品の感想

『わが名はレッド』(シェイマス・スミス/早川書房)★★

 「このミステリーがすごい!2003年版海外編」第3位「闘うベストテン2002海外ミステリー編」第2位に輝いた作品。最初から文庫本での発刊だったので早速購入。主人公は犯罪組織のブレーン「レッド・ドック」。殺人もするが殺し屋ではなく、組織のために犯罪のプランを作って売るのが彼の仕事である。その彼が、ある犯罪プランを14年前にスタートさせた。憎んでいる警官の赤ん坊をさらい授産学校の前に捨てた後、自分の姪が赤ん坊を産んだという偽の出生届を作成した。レッドの壮大な復讐計画は読み進めるにしたがって浮かび上がってくるのだが、なぜか犯罪を憎む心よりも彼の芸術的とも言えるパズルが完成するところをみたいと願う気持ちが勝っている自分にも気が付かされる。ピカソという連続殺人鬼の介入という不確定要素が絡んでもレッドの計画は滞りなく進んでいく。彼の計画は果たして成就するのか?彼の計画の全貌は物語の中盤にはほぼ明らかになるが、最後まで物語の展開からは目が離せない傑作。ちょっとラストシーンのあっけなさに物足りなさも感じなくはないが、まあ現実とはそういうものだろう。とは言っても決して読んで後悔することはないはず。

『ヘルズ・キッチン』(ジェフリー・ディーヴァー/早川書房)★★

 あのリンカーン・ライムシリーズのジェフリー・ディーヴァー最新作が文庫で発刊されたので即購入。この作品はライムシリーズとは無関係で、映画のロケーションスカウト、ジョン・ペラムを主人公としたシリーズの新作(第3弾の完結編らしいが1、2作目は国内未刊行?)。犯罪が日常的な地区、ヘルズ・キッチンを舞台にした口述記録映画を製作しようとしていたペラムは、彼の中心的取材対象であった老婆が彼の目の前で放火の罪で逮捕されたことに衝撃を受ける。彼女の無罪を信じて命懸けでギャング達から情報を集めようとするペラムだったが…。孤独で危険をかえりみないワイルドな熱血漢、まさにハリウッド映画にありがちな主人公で、特殊なペアを主人公に据えたライムシリーズとは趣が異なり、読み始めてもディーヴァーらしさが今ひとつ感じられない作品だが、最後まで一気に読ませてくれる力は十分。特にラストはディーヴァーらしいどんでん返しがちゃんと待っていてくれる。「このミステリーがすごい!2004年版海外編」の上位に必ずランキングされるはずだが、ライムシリーズを越えていないことは断っておく。

『盤上の敵』(北村薫/講談社)★★

 「このミステリーがすごい」のランキングとは全く関係無しに奥さんの書棚から借りた1冊。無関係と言っても、著者は何度も「このミス」に顔を出している常連である。当然かなりの期待を抱いて読み始めたのだが、この作品には気になる著者の前書きがあった。「これは盤上の出来事−つまり寓話」「読んで傷ついたというお便りをいただいたので安らかな心を得たいという方には不向き」という言葉である。まず一つ目の言葉については、「このミステリーは人間が描けていない」という批評家のありがちな攻撃に対し、あらかじめ張った防御線かと思ったのだが、さにあらず。あくまでも善と悪の「戦い」を描いたものであるということを言いたかったようだ。人間は、これでもかと言わんばかりに描いてある。最初のうちは鬱陶しく感じられるくらいに。しかしこれも衝撃の結末へ向けての伏線の数々であることを後に思い知らされることになる。そして二つ目の言葉はまさにその通り。純粋な人ほどダメージは大きいだろう。正直言ってそこまでやるかという感じ。この作品のメインとも言えるトリックがあれば、もっと読後感のいい作品はできたはず。確かに、内容の残酷さと合わせて後味の悪い結末も、現実とはこういうものだと著者は読者に突きつけたかったのかもしれないが、好き嫌いは分かれよう。個人的にはトリックに感心させられたので「嫌い」とまでは言わないが、著者の「安らかな心を得たいという方には不向き」という言葉はまさに真実なので、これから読もうと思われている方は、そこのところを検討してからの方がよかろう。

『陰陽師』(夢枕獏/文藝春秋)★★

 ここ数年ブームになっている「陰陽師・安倍清明」だが、稲垣吾郎主演のNHKのTVドラマ「陰陽師」を見るまでは実はよく知らなかった。その後、三上博史主演のフジテレビのTVドラマ「陰陽師」、野村萬斎主演の映画「陰陽師」、フジのドラマの原作である岩崎陽子著のコミック「王都妖奇譚(おうとあやかしきたん)」、真崎春望著のコミック「安倍清明」など一通り見たが、ちゃんとした小説で読みたくなった。そこで、清明本の中でも比較的メジャーで、NHKのドラマと映画版の原作でもあり、運良く「王都妖奇譚」、「安倍清明」とともに奥さんの書棚にあった夢枕獏の小説を読むことに。最初は清明の解説本かと思えるような書き出しであったが、途中から小説の体裁はきちんと整えている。読んでいてまず感じたことは、非常に爽やかな雰囲気であること。「闇が闇として残っていた時代」の、様々な人間の怨念が形になった「鬼」の類を扱っているのだが、読んでいて恐怖や後味の悪さを感じることはほとんどない。清明と博雅のコンビはいかにも女性ウケしそうなキャラで、特に清明の不可思議な魅力にかなうキャラはそうはおるまい。上記以外にも多数、小説化、コミック化されていることからもそのことが伺える。強烈な感動を期待するような作品ではないが、不思議な力を持つ美男が活躍する、サラリと読める小説をお求めの女性の方々にはピッタリの作品であると言っておこう。一つ付け加えておけば、映画版の野村萬斎はまさにイメージ通りのはまり役であるということだ。

『亡国のイージス(上・下)』(福井晴敏/講談社)★★★

 この書を読み終えてまず思ったことは、なぜこの書が『このミス2000年度版』の3位なのかということ。勿論それに値しないというわけではなく、その逆である。なぜ1位ではないのか、ということなのである。この年度の1位、2位の作品を読んでいないのでなんとも言えないが、もしこの評価が正当ならば、1位、2位の作品は想像を絶する素晴らしい作品に違いない。それぐらいこの作品は傑作である。日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会賞、大藪春彦賞をトリプル受賞したのにも納得である。冒頭の「主な人物紹介」欄の人物の多さと、序章で一人一人丁寧に語られていく彼らの人物紹介に、読むのが苦痛になる作品ではないか少々心配も感じていたのであったが、それは杞憂であった。上下巻と結構な量があるが、まったく無駄がなく、読み飛ばそう等と思う部分はこれっぽっちもなく、最後までぐいぐい読ませる力がある。海上自衛隊を舞台にした冒険小説なのであるが、読者には刻々と変化していく状況に振り回されるという楽しみ(?)が待っているため、あえてストーリーにはあまり触れないでおく。発表からすでに3年以上過ぎているが、日本人に自分の属する「国家」とはこういうものなのだという現実を突きつけるこの問題作を今から読んでも決して遅くはない。お世辞抜きにオススメできる1冊。

『朱色の研究』(有栖川有栖/角川書店)★

 珍しく『このミス』の情報に頼らず、書店でなんとなく購入した1冊。臨床犯罪学者の火村英生が、教え子の貴島朱美から2年前の未解決殺人事件を解決して欲しいと依頼された直後に、友人の有栖川有栖(筆者自身が主要登場人物の一人として出てくる)とともに謎の人物に呼び出され、新たな死体を発見するところから物語は始まる。最終的には3つの殺人事件を一気に解決することになるのだが、探偵のようなこともしている火村をあえて呼び寄せるという真犯人の意図を考えれば、メインとなる犯罪の犯人はなんとなく予想がついてしまう。しかし本格ミステリと謳っている割には全ての材料が読者に提示されているわけではないので、読者が犯人を完全に特定することはできない。ここで犯人当ての楽しみは少々そがれる。それを決定づけるのは、ラスト近くで登場する「車高が3メートル近くある軽トラック」(これは解説でも触れられているので読書前の人にも教えても問題ないだろう)なのだが、車高が3メートルもあったらそれは軽トラックとは呼ばないのでは?と突っ込みたくなるし、種明かし自体もそれほど驚かされるものでもない。殺人の動機はなかなか文学的なもので印象的ではあるが、殺人に至るまでの心情の動きが今ひとつ描き切れていないので、読者の多くを納得させられるかというと厳しいものがあると言わざるを得ない。火村に問い詰められ反論していた犯人が、突然罪を認める部分もあっさりしすぎていて違和感を感じる。読後に刊行当時の『このミス』でどのくらいにランキングされているのか調べてみたが、やはり20位までのランキングには入っていなかった(笑)。決して駄作などと言うつもりはないが「普通の推理小説」というのが正直な感想。ただし、『このミス』98年度版に掲載されている「覆面座談会が選ぶ過去10年のベスト20」に、同じ作者の『双頭の悪魔』が3位にランクインしているので、これはいつか読んでみたいと思っている。

 

2003年購入作品の感想

『神聖喜劇 第四巻(大西巨人/光文社)★

 ついに隊長室に呼び出された東堂だが、いけ好かない片桐伍長と堀江隊長を論破する姿は痛快。後半でも東堂の野砲操作に難癖をつける大前田班長に、自分操作の正当性ををなんとか納得させるが、まだこの問答には続きがあるようで、これは第五巻のお楽しみのようだ。そして前巻から続く銃の部品のすり替え事件については、「特殊部落」出身の冬木が疑われたまま進展を見ない。しかし、東堂は独自の調査で彼の過去を知り、上官達の彼への不当な扱いに憤りを感じ、無実の罪をかぶせられている状態の冬木を救うことを決意したところでこの巻は締めくくられる。以上のような、主人公が持ち前の優れた記憶力と論理的に相手を論破する能力で権力に立ち向かっていこうとするこの物語の根幹の部分は面白くないことはないが、それに付随する膨大な文書の引用とそれらに対する解説部分についてはやはり閉口し、さすがにかなりの部分を読み飛ばす結果となった。筆者は自分の見聞したこと及びそれらに対する思索すべてを記録にとどめるためにこの書を記したと思われ、毎日日記をつけることを欠かさない自分としては、その気持ちは分からないではないが、読者すべてがそれにつきあう必要はないと思われる。また実際に完璧につきあった読者はほとんどいないだろう。なにせ、物語中に野砲が登場すればその扱い方まで図説付きで延々解説し始めるのだ。余程のマニアでなくては真剣に読むまい。結局第四巻まで期待していたような感動は得られていないが、最後の巻となる第五巻でその願いが成就できることを切に願う。

『マークスの山(上/下)』(高村薫/講談社)★★★

 「このミステリーがすごい!94年版」第1位作品。2003年1月に文庫化されたばかりの全面改稿版。昭和51年に南アルプスで発生した心中事件と殺人事件が、16年後に東京で発生する連続殺人事件につながっていく。しかし読者には犯人の正体は知らされるものの、彼の殺人の動機と、過去と現在の事件のつながりについては知らされない。読者はそれを知りたいがために物語にどんどん引き込まれていくのである。ただ登場する刑事達については、人数が多すぎて少々混乱するかもしれない。初登場時には各人の説明があるものの、その後の描き分けが今ひとつのような気がする。さすがに主人公の合田刑事はよく描けており、決して若くはないオヤジ刑事なのだが多くの読者は不思議な親しみを感じるはずだ。他にも彼の元妻の兄・加納や殺人犯マークスと暮らす真知子など、人間臭い人物達がこの作品を引き立てている。下巻の最初あたりは少々ダレた感じがするが、第5章「結実」から物語は一気に加速し、最後まで一気に読ませてくれる。事件の結末は予想の範囲内ではあるが、その描写は非常に芸術的。直木賞受賞はダテではない。文句無しにオススメの一冊。

『奪取(上/下)』(真保裕一/講談社)★★

 「このミステリーがすごい!97年版」第2位、さらに日本推理作家協会賞、山本周五郎賞をW受賞した作品ということで大きな期待を抱いて読み始めた。一人の若者が友人の借金返済のために偽札作りに取り組むという単純明快な話なのだが、単純すぎるというか前半の主人公のヤクザに対するナメ切った態度とかが、あまりにマンガチックでリアリティがない。後半でヤクザに対する徹底した対応策をとる主人公達を描くことによって、彼らの成長を表現しているつもりなのかと思ったが、最後の解説によると「読者に肩の力を抜いて愉しく読んでもらいたい」という作者の意図があるらしい。中盤から後半にかけての偽札作りへの主人公の取り組みは半端でなく、それが犯罪行為と分かっていても絶対に成功させてやりたいと多くの読者は願いつつ読み進めるはずだ。それぐらい読者を物語に引き込む力を持った作品である。しかし、結末がまたしてもマンガチックであまりにあっけない。読書前の方がここを読むことも考えてあまり詳しくは書けないが、ラストシーンでの主人公達の気持ちの切り替え方は、感情移入の度合いが大きかった読者ほど納得のいかないものであろう。そして駄目押しのエピローグ。そんなに軽いオチでいいのか?正直かなり不満であった。結論としては、時間つぶしにマンガを読む気分で気軽に読書を楽しみたい方には最適な作品であるが、作者の代表作である「ホワイトアウト」のような本格的なものを望む読者には多少の不満を感じる作品だということだ。あと、偽札作りの描写があまりにリアルで細かいので、悪用されないかと余計な心配をしてしまう作品でもある。

 

2003年月購入作品の感想

『神聖喜劇 第五巻(大西巨人/光文社)★

 ついに最終巻を読むことになった。冬木の濡れ衣の汚名をすすぐべく奔走する東堂達。一向に戦地に赴く様子もなく、この冬木の問題でさんざん話を盛り上げてきたものだから、この問題解決こそがこの壮大なストーリーのクライマックスになるのかと、戦地が最後の舞台となることを期待していた私としては、ただでさえ少々拍子抜けしていたのに、解決のシーンは確かに展開としては自然なものの、多くの読者の期待を裏切っているのではないかとも思えるくらい淡泊なものであった。ここでこの巻の半分が終了である。残り半分で、どう盛り上げるのかと思いきや、仁多班長による末永いじめに東堂達が抵抗する話と、大前田軍曹に関する事件の話とで、あっけなく終わってしまった。次の任地へ赴く東堂を描くラストでは、それなりに余韻を感じさせるが、直前の事件における大前田軍曹の行動が全く予想外の唐突なものだったので、なおさら中途半端な感じがしてならない。あえて感動を覚えたシーンを挙げれば、それは仁多班長による末永いじめに東堂達が抵抗する話の中での村崎古兵の活躍である。これから読む方のために詳しくは述べないが、いわゆる「いい話」である。ちなみに相変わらずの膨大な他の書物の引用部分は完全に読み飛ばした。結論としては、差別問題を考えるテキストとして、あるいは当時の日本軍の練兵の様子を知る資料としての読み甲斐はあるかもしれないが、現代人の一般的な読書の対象としては少々厳しいものがあるのではないかと思う。主人公・東堂がめぐらせる様々な思索、人間観察の様子は非常に興味深いが、あまりに筆者の覚え書き的な部分が多すぎて、純粋に物語を楽しめないと言う点がこの小説のネックではなかろうか。

 

2003年月購入作品の感想

加筆完全版宣戦布告 上・下(麻生幾/講談社)★★★

 遠方への出張のため新幹線の車内で読むために以前から気になっていた本書を購入。何が気になるって、漂着した潜水艦から脱出した北朝鮮の特殊部隊が逃げ込み、警視庁のSATや自衛隊と戦いを繰り広げる舞台が、現在自分が住んでいる敦賀半島なのである。多くの小説が舞台は東京で、様々な東京の地名が出てきても全くピンと来ないのに比べ、知っている地名が次々に出てくると嫌でもテンションは上がるもの。相変わらず記憶力が悪く、多数登場する人物の名前は覚えきれずに、読んでいる箇所と登場人物紹介の冒頭のページを行ったり来たりするのはいつものことだが、とにかく、敦賀半島に潜む北朝鮮の特殊部隊を捜索するSATや自衛隊員の緊張感の伝わり方ときたら半端ではない。寝る直前まで読んでいた二晩はしばらく興奮して寝付けなかったほど。それだけに、後半、話が拡大しすぎて敦賀半島のシーンが減ってしまったのは残念。自分が敦賀の住人だからというわけでなく、緊張状態がアジア全域に拡大し、いくら戦闘機同士、潜水艦同士が対峙するような展開になっても、結局は生身の人間の戦いにはかなわないからである。そのような展開によって前半の緊張感がかなり薄らいでしまったことは間違いない。それでも最後まで読者をグイグイ引きつける力は本物。成立する前から有事法反対の世論に疑問を持っていたが、この書で確信に変わった。平和ボケした日本人にガツンと一発くらわしてくれるこの作品は、間違いなく超オススメの1冊と言えよう。

 

2003年月購入作品の感想

『巷説百物語』(京極夏彦/角川書店)★★

 出張の帰りの車内で『宣戦布告』を読み終えてしまうことが確実だったため、あらかじめ出張先の書店で購入しておいた1冊。文庫本としては新刊で、先に発売されている同著者の講談社と中央公論社の文庫本とカバーデザインが統一されているところがにくい。妖怪ものっぽい雰囲気から、妖怪を現代の犯罪者に重ねる京極堂シリーズをイメージしたのだが、実際には妖怪が実在しそうな江戸時代が舞台。それでも、やはり「この世に怪異などはなく妖怪話の裏には人間の犯罪がある」というこの作品のコンセプトは京極堂シリーズに通じるものがある。妖怪より怖いのはやはり人間である、ということを思い知らされる作品。戯作者志望の百介ほか3名が、旅をしながら様々な事件を解決していく1話完結の短編集という体裁をとっているが続編もあるのだろうか?京極堂シリーズのような長いうんちくもなく読みやすいが、京極フリークには逆に物足りないかも。京極作品の入門用としてオススメ。

 

2003年月購入作品の感想

『塗仏の宴 宴の支度(京極夏彦/講談社)★★★

 目次(書内では「目録」と記されている)を見ると、妖怪らしき名前が6つ並んでいる。これまでもこのシリーズは妖怪をタイトルに付けてきたので、今回は短編集かと思いつつ、最初の「ぬっぺっぽう」を読み始める。いつものように得体の知れない抽象的な内容でちょっと構えてしまうのだが、「関口」という聞き慣れた登場人物の名前に少し安心する。そしてその彼に持ちかけられた話とは、伊豆山中の山村が消えたとの噂の真相を調査すること。かつて(昭和13年まで)その村で駐在をしていた男が、戦後、再び村を訪れてみると、村の様子が変わっており、村の名前を知っている者はおろか、その男の知っている人物が誰一人住んでいないというのである。しかも、現在の住人達は生まれたときからここで暮らしていると主張し、もちろんその男のことも知らないと言う。その異様な物語の中にあっという間に引き込まれ、いままさにその謎が解かれようとしているとき、物語はプツンと終わってしまう。狐につままれたような気持ちで次の「うわん」を読み、さらに次の「ひょうすべ」を読むと、これらが独立した短編でなく、壮大な長編であることに気が付く。しかもこの本だけでも、お約束のブ厚さなのに、巻末の自作以降の予定欄には「塗仏の宴 宴の始末」とある。どうやら、とんでもない長編らしい。
 ちなみに「うわん」は、衝動的に自殺しようとする、子供の頃故郷を飛び出し、その後故郷の全ての住人が移住した謎の解明を求め彷徨う男=村上を救う朱美という女の話。ある人物の登場で村上の自殺衝動の原因は解明されるのだが…。
 次の章「ひょうすべ」で遂に我らが京極堂が登場。妖怪「ひょうすべ」に関するうんちくに最初は少々疲れるが、「ひょうすべ」を子供の頃に祖父と一緒に見たものの、その祖父に今そのことを尋ねるとそんなものは知らないと言われ悩む女性・麻美子の悩みを、京極堂はたやすく解決してしまう。
 次の章「わいら」では、京極堂の妹・敦子が主人公を務める。敦子の危機を救った謎の女性の登場、しかし、その2人にさらなる危機が。そして彼女たちを救ったのは破天荒な探偵・榎木津…。
 次の章「しょうけら」では、覗きの被害にあっていると訴える女性・春子の相談に乗る刑事・木場が登場。これまでの物語に登場した様々なキーワードと同じものがこの話の中でも並べられる。全ては一つに繋がるのだろうか。
 これで役者は揃ったと思いきや、最後の章「おとろし」では、なんと前作限りの登場人物と思われていた織作茜までが登場。そして、次巻「宴の始末」に引き継がれる前に衝撃のラストが待っている。
 11月初旬にやっと読み終わったが、評価は「宴の始末」を読んでからとしよう。

 

2003年11月購入作品の感想

『塗仏の宴 宴の始末(京極夏彦/講談社)★★

 前巻「宴の支度」に勝るとも劣らない分厚さには今更驚きはしない。さらに登場人物は増えてゆくが、彼らにはこれでもかといわんばかりのディティールの描き込みがなされるため、その掘り下げによって混乱はしないものの、やはりこれだけの厚さの本は読むのに時間がかかるため多少は戸惑うことも。そして、膨れ上がった関係者達は問題の地である韮山の人戸村に集結し、京極堂がこの事件の全貌を皆の前で暴くのだが、感想としては正直今ひとつ。解けた謎のひとつひとつには確かに「なるほどね」と思わせるものはあるが、「そうだったのか!」というほどの衝撃はなく、事件の黒幕の動機もやはり今ひとつ。京極堂シリーズの集大成というべき展開であったが、これでお仕舞いというのだけは勘弁してほしい。もっと京極堂や他のキャラの活躍を見たい。

 

2004年月購入作品の感想

『動機』(横山秀夫/文藝春秋)★★

 『半落ち』で『このミス03』の1位を獲得した横山氏の作品。本作は、『このミス01』で2位を獲得し、第53回日本推理作家協会賞短編部門も受賞しており、いつか読みたいと思っていたのだが、実は1年胃錠前から文庫化されていたことを最近知って購入。4編の短編を収録しており、その1作目が表題にもなっている『動機』である。主人公・貝瀬の提案で一括保管されることになった警察手帳30冊が一度に紛失した。内部犯行と見て捜査をする貝瀬の掴んだ意外な真実とは…という話である。前回も同じことを書いたが、正直完成された非の打ち所がないというほどの感動はなく、「なるほどね」程度の読後感なのだが、本書の表題になるだけのことはあって、なかなか味のある作品だと思う。
 2作目の『逆転の夏』は、女子高生殺人の過去を持つ男が、匿名の殺人依頼の電話に苦悩する話で、『動機』以上に生々しい人間の姿を描いていて、かなり引き込まれる。しかし、結末があやふやで、複数の人間との関係の終わり方が、どれも今ひとつ現実感に欠ける印象があってすっきりしない。
 3作目の『ネタ元』は、女性新聞記者が主人公。自分の書いた記事が原因で新聞社間の競争が激化。ただでさえ女記者だから…という目で見られがちな彼女の立場がより苦しくなってきたときに、ライバルの新聞社の人間から意外なことを聞く…という話だが、今回の4作品の中では、これが最もリアルに感じられた。オチが少々軽めな印象だが、重苦しい展開のあとで一息つくにはちょうど良い加減か。
 4作目の『密室の人』は、裁判の最中に居眠りをしてしまい窮地に追い込まれる裁判官が主人公。この話は、話のあちこちに散りばめられる伏線が少々目立ってしまっていて、だいたいのオチが見えてしまうのが今ひとつだが、決してデキが悪いわけではない。
 3作目を読み始めたあたりから、横山氏の作品はテレビドラマ向けの話だなあと思っていたら、あとがきによれば、すでに『動機』と『逆転の夏』は、それぞれ上川隆也、佐藤浩市主演でドラマ化されたらしい。あとは『半落ち』が文庫化されるのを待つとしよう。

 

2004年月購入作品の感想

『オーデュボンの祈り』(伊坂幸太郎/新潮社)★★

 デビュー4作目の『重力ピエロ』が直木賞候補になり、『このミス04』でも3位にランキングされた著者のデビュー作がこの『オーデュボンの祈り』。『このミス』にこそなぜかランキングされなかったものの第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞したこの作品が文庫化されたと聞いて早速購入。主人公はさえないシステムエンジニアで、やけを起こしてコンビニ強盗を起こす。逃亡中に気がつくと見知らぬ島にいた。その島は本土からは忘れ去られた島で、そこには言葉をしゃべる案山子がいて、やがてその案山子が殺される…。と、はっきりいってとんでもなく奇想天外な話である。この設定だけ見たら馬鹿馬鹿しくて読む気すら起きないのが普通であろう。が、一応話題作なのだから何かあるのだろうと思って読み始めると、確かに止まらない。どきどきはらはらするわけでもないのだが、なんとなく夢見心地で読まされていく感じである。読み終わって「これはすごい!」というタイプの書ではないが、独特の味わいのある作品であることは確か。まさに、朝方のうつらうつらしている時に見る夢のようなそんな感じの作品である。『重力ピエロ』が文庫化された折りには是非読んでみたい。

『脳男』(首藤瓜於/講談社)★★

 『このミス』上位にランキングされたことはないが、2000年にこの作品で第46回江戸川乱歩賞を受賞。発表されたときから興味があったが、昨年秋に文庫化されていることを知り早速購入。なかなか読む時間がなく、ゴールデンウイーク中の5月3日に一気に4時間かけて読破。冒頭は、連続爆弾犯・緑川のアジトに踏み込む無骨な刑事・茶屋を描く。そこで茶屋が逮捕した男は心を持たない男・鈴木一郎。経歴不明のこの男の正体に、精神鑑定を依頼された医師・鷲谷真梨子が興味を示し、あちこちに足を運び、ついに彼の過去を暴き出す。この書の奇抜なタイトルと、「心を持たない男」という設定に、つい異常な狂気の人物をイメージしてしまうが、鈴木というこの男、実は全く普通の紳士的な人物として描かれる。読み進めていくと好意すら抱かせる好人物だが、そのうち何かをやらかすだろうという読者の期待は最後に裏切られるのか否か?それは読んでのお楽しみだが、刑事・茶屋、医師・真梨子の魅力的な人物像は見事に描き出されており、「脳男」こと鈴木も含めて、この3人の登場人物で続編ができるんじゃないか、と思いながら読んでいたら結末はまさにそんな感じだった。衝撃的パンチのある作品というわけではないが、乱歩賞にふさわしい良くできた作品だと思う。

 

2004年月購入作品の感想

『灰夜 新宿鮫Z』(大沢在昌/光文社)★★★

 文庫本発売直後に書店で見つけたのだが、その時は「新宿鮫シリーズはもういいか」という感じで購入しなかった。その後急に2泊3日の出張が入り、そのお供に結局購入することに。しかし、読み始めるとさすが大沢在昌で、マンネリズムに陥ることなく最後まで読者を飽きさせず楽しませてくれる。主人公・鮫島は冒頭でいきなり檻の中である。そして舞台は九州の某所。新宿という鮫島の庭を遠く離れた場所で、しかもキャリアながら警部どまりという鮫島の現在の状況を作った宮本の手紙が今回の事件の発端という、新宿鮫シリーズ読者には何とも魅力的な設定である。宮本の旧友で鮫島と意気投合する夜の商売人・古山、悪徳警官・上原などの脇役も充実しており、よく描かれている(ヒロイン(?)晶は結局出番なし)。必読の書というわけではないが、新宿鮫シリーズ読者なら読んで損はなかろう。

 

2004年月購入作品の感想

『邪魔(上・下)』(奥田英朗/講談社)★★★

 去年の夏に読んだ『宣戦布告』以来、久々にページをめくる手が止まらなくなる作品に出会うことができた。高校生・渡辺裕輔の視点から語り始められるこの物語は、最後も彼の視点によって締めくくられるのであるが、彼は本作品の主役ではない。夫が放火の疑いをかけられ精神的に追いつめられていく普通のパート主婦・及川恭子と、7年前に最愛の妻を亡くし、それ以来不眠症に悩んでいる刑事・九野薫の物語が平行して語られていく。読み進めていくと、恭子には『OUT』の主人公・雅子の姿が自然と重なってくる。九野には、かなり立場は違って反論も多かろうが『新宿鮫』の鮫島が重なって見えたが、これは先日読んだ『灰夜 新宿鮫Z』に登場した悪徳警官・上原と、本作品で九野を追い回す悪徳刑事・花村が全く同一人物ではないかというくらいキャラがかぶっているせいもあるのだろう。2人の主人公は、様々なものからどんどん追いつめられ、衝撃のラストへ向かって物語は突っ走っていく。まったくといっていいほど隙のないこの作品にあえて何か批判的なコメントするとすれば、登場人物が皆愚かで感情移入できるキャラが不在である、ということぐらいしか挙げられないかもしれないが、冷静に考えてみれば、愚かに見える登場人物達の様々な行動を我々は何一つ責めることはできないのである。あれだけ大きな悲しみを背負えば人はこうなるであろう、あれだけ追いつめられてパニックになれば人はこういう行動もとるであろうという具合に、納得できる場面の方が実は多いのではないだろうか。下巻の帯に「あまりに切ない犯罪小説」というコピーが見られるが、人生多かれ少なかれ「切ない」ものではなかろうか。そんなことを考えさせられる1冊であった。とりあえずオススメ度は最大値としておこう。

 

2004年月購入作品の感想

『白夜行』(東野圭吾/集英社)★★★

 巻末にあの『不夜城』の筆者・馳星周が解説文を寄せているが、彼のコメントが本作の全てを的確に語っている。本作の謎に関わる点には一切触れておらず、読書前に目を通しても一向に問題はないので、読もうか読むまいか悩んでいる方がおられれば、まず解説から読んでみてもよかろう。結論から言えば本作は傑作である。先月購入した『邪魔』に続いて、連続ヒット、いやホームランという作品である。『このミス2000』の2位作品ということで、以前から注目はしていたのだが、2年も前に文庫化されていたのを知らず、今頃になって書店で見つけて即購入した。物語は、1973年、大阪の廃墟ビルで一人の質屋の男の死体が発見されるところから始まる。被害者の息子・桐原亮司と、容疑者の娘・西本雪穂のその後20年あまりの人生が描かれるのだが(読者の中心層となるであろう30代、40代が懐かしく思えるその時代その時代の社会事象や犯罪事件などが事細かに作中に織り込まれて、作品のいいスパイスになっている)、裏表紙に記されたあらすじから、亮司の雪穂に対してのゆがんだ復讐劇かと思いきや、さにあらず。そのあたりはとにかく読んで確認してほしい。二人の周辺では様々な犯罪が発生するのだが、それらが全て複雑に絡み合い、本作の結末に対して何一つ無駄のない点に、読者は読中ひたすら感心するであろう。そして読後は、何とも言えぬ余韻の中で、ただただ感動するばかりなのである。何より秀逸と思われる点は、解説者も指摘しているように、前述の二人の心理描写を全く描くことなしに、彼らの行動を記述することのみで(その行動すら読者に臭わせるだけで記されていないことも多い)、彼らの心理・人間性を見事に描ききっているところである。ごくまれに彼らの口から発せられる短いセリフがそれらを臭わすことはあるが、決して核心の部分を吐露したりはしない。何から何まで計算され尽くされている感のあるこの作品のラストにどのような幕引きが用意されているのか期待に胸膨らませながら一気に読み進めたが、当然ラストも期待を裏切らなかった。オススメ度は、先月に引き続き最大値と言わざるを得ない。

 

2004年月購入作品の感想

『黒祠の島』(小野不由美/詳伝社)★★

 『このミス』2002では20位内にすらランクインされなかった作品だが、帯に『原書房2002本格ミステリベスト10』3位と書かれて書店に平積みされている文庫版を見たらちょっと興味がわいた。あの『屍鬼』の作者だから大きくはずすこともあるまい…とそのうち買うつもりでいたら奥さんが買ってきた。黒祠とは明治以来の国家神道から外れた邪教のこと。作家の葛木志保が失踪し、パートナーの式部剛は彼女がその黒祠がいまだ残る島に向かったことを突き止める。そこで式部は連続殺人事件に遭遇し…という話なのだが、この島の住人の怪しさが、式部の上陸時は「彼は生きて出られないのでは?」というくらい不気味で緊張感があったのに、意外と普通の人ばかりで思ったほどスリルが味わえないところでまず肩すかし。また、志保が子供の頃住んでいた廃屋が何度か登場するのだが、そこへ式部が入り込むときはドキドキハラハラさせてくれるのかと思いきや全くそんな展開はなし。ラストの謎解きは、半分反則、半分感心といった感じ。あと、葛木と式部の関係が最後までどうも分からない。「仕事上のパートナーというだけでここまで必死に彼女を捜すだろうか?きっと何かあるはずだ」と最後まで読んだが結局そのあたりの説明は全くなし。読者の想像におまかせしますということなのだろうが、ちょっと寂しい感じ。結論としては、決してハズレというわけではないが、必読でもないということで…。

『百鬼夜行ー陰』(京極夏彦/講談社)★★

 京極堂シリーズとリンクした妖怪がらみの短編を10編収めた作品。登場人物がリンクしているのは最後の「川赤子」でやっと気が付いたが、あとがきによると全編リンクしているようにも受け取れる。残念ながら数人しか分からなかった。
 @「小袖の手」…杉浦は出ていった妻の着物を眺めながら、風変わりな家族構成の隣家に思いをはせる。隣家の2階で暗闇からのびた白い手が少女の首を絞める場面を目撃した杉浦は…という話なのだが、ラストシーンに残る余韻が不思議な気分にさせてくれる…。
 A「文車妖妃」…病院の娘である主人公の女性は病弱で快活な妹に嫉妬して生きている。そんな妹のまわりに現れる10センチほどの女。主人公には本人に自覚のない癖があるようなことを臭わせるが結局結論が出ないまま読者を突き放すような結末。そこが作者の狙いなのかもしれないが微妙。
 B「目目連」…4年前妻に自殺された飾り職人・平野は、日増しに誰かの視線を感じるようになる。精神科医の分析で様々なことが明らかになっていくが、医者は結局人を救えないということか…。
 C「鬼一口」…新聞の活字を組むのを仕事にしている元軍人の鈴木は、時々子供の頃に悪いことをすると鬼が来て頭から喰ってしまうと脅かされていたことを思い出す。薫紫亭の主人の語る鬼の定義はなかなかに興味深い。過去の強烈な経験がトラウマになっているというのは「目目連」と共通しており、結末のパターンは「文車妖妃」に通じるものがあって読者の想像にお任せするという感じだが、最後に登場する蒐集家こそがもう一人の自分ということなのであろうか。
 D「煙々羅」…消防手の棚橋は、謎の風呂敷包みを側に置いて、引退した堀越に自分が消防手になった理由を語る。執拗に煙に固執する棚橋の姿に異様なものを感じ取る堀越は風呂敷包みに中身を知ったとたんに…という話だが、読者には早い段階で包みの中身の見当はつく。にしてもかなり気色の悪い話。
 E「倩兮女」…「けらけらおんな」と読む。笑うことを知らずに育った女教師・山本は、女性地位向上運動の活動家でありながら、社会的地位のある男性に求婚されたことに戸惑いを感じている。そして求婚されて以降、常に誰かに笑われているという強迫観念にとらわれていた。あっけない結末の多いこの短編集の中で、この作品はたいした余韻もなく幕が下ろされてしまい少々不満が残る。
 F「火間虫入道」…元刑事の岩川は、ある少年の存在によって自分が全てを失ったことを振り返る。仕事人間の虚しさを思い知らされる一編。
 G「襟立衣」…新興教団の教主を祖父に持つ主人公は、全てを見透かす祖父に常に畏れを抱いていた。祖父が死に、父が死んだ後、彼は…。これもまた唐突な最後を迎えるのだが、読み返してこの主人公が「鉄鼠の檻」に登場する人物だとやっと気が付いた。相変わらず唐突な最後なのだが、あまり本流とのリンクにこだわりすぎるのもどうかと。
 H「毛倡妓」…本編でおなじみの刑事・木下は娼婦の取り締まりの後、実家に奇妙な部屋があったこと、そしてそこで子供の頃に見たものを思い出す。そしてなぜ自分が娼婦が嫌いなのか、その原因に思い至る。本短編集の中でもっとも幽霊話らしい話。本当にオーソドックスな話だが一番好みかも。
 I「川赤子」…主人公は作家・関口、そして中禅寺敦子、鳥口守彦と本編のメンバーが次々に登場する。本編の1作目「
姑獲鳥の夏」につながっていくらしい終わり方をしているが、それ以上に見所がなく、本編の読者へのサービス的な作品か。

 

2004年10月購入作品の感想

『永遠の仔(一)〜(三)(天童荒太/幻冬舎)★★★

 『このミス』2000の1位作品がついに文庫化されたため即購入。5巻に分冊され3巻までが同時発売された。ミステリーというより純文学のような作品だが、本格推理ものでなくとも3巻まで十分に満足できた。現在11月上旬発売の4、5巻を待っているところ。

『天使の囀り』(貴志祐介/角川書店)★★★

 『このミス』99の5位作品。ずいぶん前に文庫化されていたのだがやっと購入。アマゾン学術調査隊のメンバーが帰国後次々と謎の自殺を遂げていく。彼らが現地で食べた猿に原因があるらしいが、それが超自然現象いわゆる呪いなのか、何かのウイルスなのか、それが主人公にも読者にも分からない。自殺者に共通なのは、死の直前まで「天使の囀り」が聞こえていたということ。そして被害者は、調査隊のメンバー以外にも拡大して…という話なのだが、原因が明らかになってくるにつれ、かなり生理的不快感で耐えられない読者も出てくるであろう。しかし、その発症のメカニズムから登場人物の生活スタイルまで、全ての設定がリアリティにあふれており、全く無駄がないところに感心させられる。ラスト近くになってあっけなく黒幕が姿を現し、ものすごいスピードで問題が終結に向かっていくところに少々違和感を覚えたが、こういう作品にありがちな不快感たっぷりの余韻を残す終わり方ではなく、感動的ともいえるラストシーンが用意されているところにはただただ脱帽であった。

『バトルロワイヤル(上・下)』(高見広春/幻冬舎)★★

 『このミス』2000の4位作品。映画化もされ、その過激な内容に国会にまで取り上げられた問題作をやっと購入した。筆者のデビュー作で、第5回日本ホラー小説大賞の最終候補作品に挙げられながら、ある中学のある1クラスの中学生42人が、孤島で最後の一人になるまで殺し合うという内容のせいで、あっけなく落選したという曰く付きの作品である。いかにも現代の中高生が喜びそうな内容で、実際に大いに売れたようだが、読み始めてみて審査員の気持ちは痛いほど分かった。まず「高校生が書いたのか?」というガキ臭い文体にいきなり拒絶反応が出た。これは意識的にやっているのかもしれないと流したところで、いよいよ集中的に批判を浴びた教師役の登場だが、そのネーミングといいキャラクターといい、とにかく悪趣味すぎる。帝国主義的に描かれた仮想国としての日本らしき国が舞台だが、その設定もかなり乱暴で無茶苦茶である。ただ意外にも中盤以降は、文章に味が出てきて(単に自分が慣れただけか)、それなりに先を読ませようとする力もあり、結末もまあ納得できる範囲ではあるのだが…。問答無用で切り捨てるべき作品だとはいわないが、やはり、あとがきで池上冬樹氏が絶賛するような作品だとも思えない。綾辻行人氏の「殺人鬼U」を読んだときにも思ったことだが、いくら表現の自由があるとはいえ、倫理的に書いてよいものといけないものがあるのではないか。私はそう思う。少なくとも中高生にはこういうものを読んでほしくない。大人の読み物としてはそれなりに評価はしたい。

 

2004年11月購入作品の感想

『永遠の仔(四)(五)(天童荒太/幻冬舎)★★★

 待ちに待った4、5巻が発売されて即購入。幼い頃、心に傷を負い、精神科に入院していた1人の少女と2人の少年が17年後に再会し、物語が動き出す。3人のまわりで何件かの殺人事件が起こるが、ミステリー小説という感じはほとんどせず、純文学を読んでいるような感じであった。すべての登場人物の描き込みがとにかくものすごい。それでいて全く無駄がない。だからこそ、読者の推理欲をかきたてるような作品が好みなのだが、この作品はそのような要素がなくともドラマに完全に引き込まれてしまう。それだけで十分に満足できる作品であるにもかかわらず、五巻に入るとこれまでの様々な謎が畳みかけるように次から次へと明らかになっていき、この作品がミステリー小説であることを再認識させてくれる。それも極上の、である。読者のぼんやりと抱いていた推理をことごとくひっくり返していく様は、読んでいて爽快ですらある。そしてエピローグの舞台に立つのがまさかこの人物だとは思わなかったが、そのラストシーンはひたすら感動である。はっきりいってこの作品には全く不満点というものが存在しない。大抵の作品には、納得のいかないところ、物足りないところ、逆に不必要にくどくてうっとうしいところなど、何らかの不満点というものが必ずあるものなのだが、それが全く見あたらないのだ。今年は多くの傑作に出会うことができたが、この作品は文句なしのベストである。生涯読んだ作品の中でのベストと言い切ってしまってもよいかもしれない。是非ご一読願いたい。

『奇術探偵 曾我佳城<秘の巻>(泡坂妻夫/講談社)★

 『このミス』2001の1位作品で、<秘の巻><戯の巻>の2冊に分けて文庫化された。引退した美人女流奇術師の曾我佳城が、次々と難事件を解決していく短編集なのだが、1980年から2000年にかけてと比較的最近連載(『小説現代』等)されたものにしては何かレトロな感じが漂う作品である。串目匡一という少年の助手がいるところなど、小林少年を助手にする明智小五郎を彷彿とさせる。そこまで古くさくはないにしても雰囲気は70年代ぐらいにまではさかのぼりそうな感じがする。ビッグな女流奇術師というと、やはり引田天功氏を思い出してしまうが、主人公の曾我佳城は既に現役を引退しているということもあって、あそこまできらびやかな登場はしないのものの、実写化されるとしたらやはり引田天功氏しか演じられそうにない。さて、一つ一つの作品についてだが、正直感動に値するものは見られなかった。2001年は『このミス』にも書かれているように、これといった話題作のなかった年で、曾我佳城の長年のファンが短編集にまとめられたのを機に、記念に投票してみたという感じだ。味のある作品もあるのだが「それはないだろう」という作品もいくつかあった。発表順に収録されているわけではなく、佳城が脇役でちらりと登場する「空中朝顔」を最初に持ってきたのはなかなかのセンスである。作品自体はトリックを主役にせずに独特の味わいを出している点はいいと思うのだがそれ以上のものがあるかというと微妙…。続く「花火と銃声」「消える銃弾」「バースデイロープ」も「なるほどね」とは思うのだが今ひとつ。次の「ジグザグ」については序盤はかなり惹きつけられるのだがオチがいけない。これで納得する読者はいないだろう。次の「カップと玉」は古典的すぎる。暗号をモチーフにした作品なのだが、今どきこんな暗号を誰も使わないし、あっても誰も解こうともしない。続く「ビルチューブ」「七羽の銀鳩」「剣の舞」「虚像実像」「真珠婦人」も「なるほど」レベル。どれも決して駄作などではないのだが、最新の話題作の数々と比べるとどうしても古典的で見劣りしてしまうのは仕方がないということだ。

『奇術探偵 曾我佳城<戯の巻>(泡坂妻夫/講談社)★

 『曾我佳城全集』の下巻にあたるのが、この<戯の巻>だが、冒頭の「ミダス王の奇跡」はタイトルこそ物々しくて期待させるものの、やはり「なるほど」レベルの作品。
 次の「天井のとらんぷ」は、以前に短編集が出版されたときにタイトルにもなった作品で「流行」をテーマとしたものだが、天井にトランプを貼り付けるという行為が流行するということ自体に無理を感じる。トランプは1枚でも欠けたらいくつかのゲームができなくなってしまうものなのに、そんなくだらないことに使う人が大勢出てくるとは思えない。ただ「人間には物を貼りたいという欲望がある」という記述には大いに同感させられた。確かに子供はシールのたぐいが大好きであるし、大人がそのようなことをしないのも単にそのような機会がないだけのことであろう。
 次の「石になった人形」も「なるほど」レベル。
 しかし、次の「白いハンカチーフ」あたりから少し面白くなってくる。だんだん佳城ワールドに染められてきてしまったせいであろうか。佳城が出演するテレビ放送の内容を台本仕立てで表現した話で、番組の放送中に佳城がある犯罪の犯人を見つけてしまうという展開なのだが、物語中の全く本筋には無関係と思われていた要素が、しっかり結末の伏線になっているところなどは感心させられた。
 次の「浮気な鍵」というのも、そういうトリックが実際できるのかどうかは別にして、主人公で乱暴な物言いをする尚子というキャラがなかなか面白い。最初はかなり不愉快さすら感じさせる存在だったが、場面場面で豊かな表情を見せ最後まで憎めない女性だった。
 次の「シンブルの味」は邪道な奇術を扱った話でこれも悪くない。エピローグもなかなかおしゃれ。
 次の「とらんぷの歌」は、トランプ手品のタネの一つに「セット」と呼ばれるものがあるということを知らなかったので、それだけでも勉強になった。そしてその「セット」も犯人探しの材料の一つとなるのだが、最後のどんでんがえしについてはどうか。理屈抜きのこういう手もありか、と結構新鮮ではあったのだが、犯人の動機に全く言及しない結末は賛否分かれるところであろう。
 次の「だるまざんがころした」は、ローマの奇術師ミステリーニの製作した奇術道具を、奇術研究家の北村が、佳城をはじめとする日本の奇術好きな者たちが楽しみに待つ日本へ持ち帰るというところから始まる。そして日本で発生する大事件の後に必ず警察に届く「だるまさんがころした」という怪文書。この2つの出来事がつながりを見せ、最後に…という展開なのだが、最後のオチはちょっと引っかかるところ。そんな犯罪じみたことした人のことを、そんなにさらりと書き流していいのか、という違和感が…。
 そういう意味では次の「百魔術」も同じ。奇術師が集まって百の奇術を行った後に怪異が起こるという、江戸時代の会を再現したところ、現代の怪異として一人の奇術師が苦しんで死んでしまったという話なのだが、最後のシーンでの佳城の曖昧で無感情な反応はいかがなものかと…。
 次の「おしゃべり鏡」は、3人の少年が奇術の発表会に連れて行かれ、串目匡一ら3人の奇術師の奇術を見るところから始まるのだが、さすがに本職の奇術師が書いているだけあって、これまでの作品でもそうであったが、様々な奇術の不思議な世界を実に臨場感たっぷりに描いてあって、それだけでもかなり楽しませてくれる。例によってこの後殺人事件が発覚するのだが、読者にはそれまでの話で犯人は分かってる。アリバイが崩れてることに気が付かない犯人が、警察で嘘の供述を始めるところで終わるという展開はなかなか斬新であった。
 そして、衝撃の最終回「魔術城落成」である。佳城のライフワークであった魔術城こと「佳城苑」の建築が遂に完了を迎えようというところで事件が起こる。この話の結末には2度の驚きが待っている。そして、これまでの話の中で佳城に感じていた違和感がピークに達するというか、これで納得できるというか、そういう感覚を味わうことになる。要するに佳城は、こういう探偵物にありがちな普通の主人公とは違うのである。感情的になることはなく、常に沈着冷静で、決して過ちを犯さず、決して悪事を見逃さず、完璧にことをこなしていく、といった完成された人間像を彼女に抱き続けていたからこそ、これまでの違和感があったのだ。佳城も1人の生身の人間だったのだと痛感させられると同時に、これまで不満点を多く感じていたこの一連の作品が意外と嫌いではない自分に気づかされた最終話であった。

 

2004年12月購入作品の感想

『Twelve Y.O.』(福井晴敏/講談社)★★★

 年末に書店で「2004年『このミステリーがすごい!』第2位」と書かれた帯を見て、去年のランクイン作品はこんな名前の作品だったっけと思いながらも買ってしまったのだが、帰ってからよくよく見ると、「第2位」と書かれた下に『終戦のローレライ』と小さく書かれている。要するに、昨年度第2位にランクインした『終戦のローレライ』という作品と同じ作者の作品ですよ、ということらしいのだ。「これは詐欺ではないか!」と少々憤慨したが、表紙に「第44回江戸川乱歩受賞作」と印刷されているのを見て、気を取り直して読み直した。あの「亡国のイージス」の作者の作品であり、氏のデビュー作であるという点にも興味をそそられたのは言うまでもない。この作品のテーマは「亡国のイージス」と共通で、日本の国防について辛辣な問題提起をするものである。沖縄から米軍が撤退し、その原因が「12(トゥエルブ)」という名のテロリストの工作によるものだと判明する。ダイスから盗み出した最強最悪のコンピューターウイルス「アポートシスU」と謎の兵器「ウルマ」を用いて、米軍撤退後も暴走を続ける彼の真の目的は!?そのようなミステリアスな展開が、主に落ちこぼれ自衛官・平の視点から描かれている。「亡国のイージス」のような衝撃的などんでん返しがそうあるわけではなく、ラストシーンにちょっと救いがありすぎる点など、気になる点がないではないが、十分に満足できる作品である。国防3部作と呼ばれる作品群の最後の1冊『終戦のローレライ』と、本作品の前年に乱歩賞候補になった『川の深さは』も、いつかは読まねばならないだろうと思わされた。

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