現代ステリー小説の読後評2007〜2008

2007年購入作品の感想

『生首に聞いてみろ(法月綸太郎/角川書店)★★

 「このミステリーがすごい!」2005年第1位作品。なかなか文庫本が出ないのでハードカバー本を珍しく図書館で借りた。探偵役の主人公は、筆者と同姓同名の推理作家・法月綸太郎。父親が警察のお偉いさんというありがちな設定がいきなりひっかかる。しかもこの父親、最初は余り有能そうではない。そこは置いておいて、まず物語は、高校の後輩のカメラマン・田代周平の個展を主人公が訪れるところから始まる。そこで田代に憧れる娘に出会うのだが、偶然にもその娘・川島江知佳の叔父は主人公の知り合いの翻訳家・川島敦志で、彼女の父は著名な前衛彫刻家の川島伊作であった。敦志は、兄の伊作と最近まで絶交状態にあったが、主人公にその理由の多くを語ろうとしない。やがて伊作が病死し、その直前に完成した江知佳をモデルにした石膏像の首が何者かに持ち去られるという事件が発生する。江知佳の殺人予告と考えた敦志は、江知佳の元恋人で伊作に退けられたカメラマン・堂本峻を疑い、主人公に相談する。堂本以外にも、伊作の元妻で娘の江知佳を十六年前に捨てて歯科医の各務と再婚した律子、伊作との再婚も近かったという伊作の秘書・国友レイカ、伊作の回顧展を成功させようと奔走するやり手の美術評論家・宇佐見彰甚など、怪しい人物が次々に登場するが、首を持ち去った犯人は見つからないまま、江知佳は殺されてしまう。江知佳の生首が、宇佐見の元に届けられたのである。これで宇佐見はシロかと思いきや、彼は警察の前から姿を消し、謎は深まるばかり。ラスト近く、突然犯人が逮捕される。主人公の、ここまでの調査の結果が父親を通じて役立ったことは間違いなさそうだが、江知佳を救えなかった上に、この時点でまだ事件の全貌は解明されていない。特に目立った活躍もなく、キャラクターのはっきりしない主人公の魅力が今ひとつ伝わらない。この事件には、過去のある事件が関係しているのだが、その事件が表沙汰にならなかった理由がかなり苦しく感じるのは自分だけだろうか。伊作がある人物に騙されてその事件に関与しているのだが、彼のある勘違いによって事件に関与することになったという経緯もかなり綱渡り的に感じられる。だから、なおさらラストの主人公による事件の全貌の解説がものすごく必死なものに感じられるのだが…。「このミス」では「堅牢なロジックで隙なく構築された傑作」と絶賛されているだけに、ついあら探しをしてしまったようだが、確かにあちこちに張り巡らせてある伏線といい、緻密ながら読みやすい文章といい、素晴らしい作品であることは間違いない。

 

2007年購入作品の感想

『葉桜の季節に君を想うということ』(歌野晶午/文藝春秋)★★★

 「このミステリーがすごい!」2004年版(2003年度)第1位作品。このミス以外にも、本格ミステリベスト10第1位、週刊文春ミステリーベスト10第2位、第4回ミステリ大賞小説部門受賞、第57回日本推理作家協会賞長編および連作短編部門受賞など、多くのミステリー賞を総なめにした話題の本が、2007年5月にやっと文庫化された。秀逸なタイトルにも惹かれるが、この実績を見て期待するなという方が無理な話である。
 主人公は「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎。同じフィットネスクラブに通う久高愛子から、祖父が不審なひき逃げ事故で死亡し、疑わしい悪質な霊感商法会社を調べてほしいと依頼される。そんな折、駅のホームで自殺を図ろうとした麻宮さくらを助け彼女に惹かれていく。現実の物語と並行して、探偵時代の成瀬、悪徳商法会社によってどんどん悪の道に引きずり込まれていく古屋節子の物語が語られていく。
 読み始める前にネットでいくつかの書評を読んだが、これだけの賞をとりながら意外にも賛否両論であった。叙述トリックが簡単に見破れるとか、かなり強引な展開のあとの言い訳じみた説明に悲しくなったなどと、中にはかなり辛辣な意見も見受けられたが、自分の読後の感想としては決してそこまでひどい作品ではない。むしろ自分は賞賛する側に立ちたい。叙述トリックといえば、昨年読んだばかりの「暗黒館の殺人」を思い浮かべるが、そちらよりもこちらの方がはるかに騙される読者は多いはずだ。強引と言われる展開も、言い訳じみていると言われる巻末の補遺部分も言うほど気にならない。突っ込みたい部分が全くないわけではないが、突っ込みどころ満載の作品は他にいくらでも知っている。あの「終戦のローレライ」をさしおいて、2004年版「このミス」1位になったのも、「〜ローレライ」がどちらかといえばSFなのに対し、「葉桜〜」が本格推理なのだから十分うなずける。数々の賞を受賞したことも納得できる傑作だ。
 あえて言わせてもらえば、「葉桜〜」というタイトルがラストシーンで読者に「なるほど」と思わせるものであったとしても、読者がそのタイトルに期待したような爽やかな感動は正直得られないかなと思う。読者が得られる感動のほとんどは、その計算された叙述トリックに対してのものがほとんどであろう。本格推理に恋愛小説のエッセンスなど不要なのかもしれないが、この美しいタイトルを読後に読者の心の中にもっと輝かせるためにも、もうちょっとそちらのほうでも頑張ってほしかったというのが正直なところ。

 

2007年購入作品の感想

『探偵ガリレオ』(東野圭吾/文藝春秋)★★

 図書館で、最近話題の青春小説「一瞬の風になれ」を借りて読んでみたものの、高校生ならともかく自分が読むにはちょっと爽やかすぎるなあと思っていたところ、同じ図書館で「このミステリーがすごい!2005年第1位…」という帯が目に留まってさっそく借りることに。しかし帰ってよく見てみれば、「…第1位『容疑者Xの献身』を生んだ人気シリーズ第1弾」という文字が。1998年5月に刊行され2002年に文庫化されたこの作品は、調べてみれば過去に「このミス」にランキングされたことはないことが分かってちょっとがっかり。それでもせっかくだから読んでみると…。
 第1章「燃える」では、夜中に自販機前にたむろする若者の頭が突然炎上して焼死。第2章「転写る(うつる)」では、どうやって作られたのか分からないアルミ製のデスマスクが池の中から発見され、後に死体も見つかって…。こういった難事件を、警視庁の刑事・草薙の友人・ガリレオ探偵こと大学助教授の湯川学が解決していくというストーリーである。だが、この2話の展開にはかなり無理があるように感じる。第3章「壊死る(くさる)」も、裏表紙に「心臓だけ腐った男の死体…」という紹介のされ方をしているが、読んでみると話が微妙に違って少々失望。第4章「爆ぜる」は海水浴場で突然爆死する女性の話。最後の第5章「離脱る(ぬける)」は、少年が幽体離脱して見えないはずの景色が見えたという話…。このように5つの話はいずれも最初はインパクトがある事件ばかりなのだが、解決に向けてのドラマ性が今ひとつで、事件が解決されてしまうとさらに物足りなさを感じるといった印象は拭えない。まあ、これはこれで推理小説を手軽に楽しむという意味では十分な作品であるし、現在シリーズものとして人気を博しているところを見ると、このあとの展開はそれなりに面白くなっていくのであろう。また1話完結のスタイルはこのままTVドラマにもできそうだ。作者は湯川のキャラを佐野史郎をイメージして作ったそうであるし。とりあえず『容疑者Xの献身』は読んでみたいものだ。

『後巷説百物語』(京極夏彦/角川書店)★★★

 京極作品がまた新しく文庫化されたのでさっそく購入した。今回は付録(?)として物語の舞台マップ、年表、登場人物相関図などが「巷説百物語シリーズ解説書」なる名前を付けられて1枚のチラシにまとめられて付属しているのがありがたい。京極堂シリーズとの関連性も一目瞭然で、京極ファン必須のアイテムであろう。
  第1話「赤えいの魚」では、主人公・山岡百介はすでに一白翁という老人になっており、若い者達に幻の島へ渡ったという自分の体験談を語る。百年以上も外界と切り離されていた島は独特の掟によって支配されており、そこへ上陸することになった百介の壮絶な体験には、作中の若者達でなくとも多くの読者が強く惹きつけられるであろう。この話だけでも第130回直木賞を受賞したことに納得してしまう。
 第2話「天火」も同じように老人となった百介が語る昔話なのだが、主要登場人物の一人・御行の又市が、無実の罪で代官に捕らえられ殺されてしまうというショッキングな話だ。どういうオチが付くのかは読んでからのお楽しみということで。
 第3話「手負蛇」は、次のような事件がことの発端である。大百姓の塚守伊佐治の死後、その弟の粂七が跡を継いだが、素行不良の伊佐治の遺児・伊之助が、ある日首筋を毒蛇にかまれ死んだという。祟りの塚と呼ばれ、誰も近づかないその場所に金が隠してあると思った伊之助は、その塚の中の石の箱を開けた途端、中にいた蛇にかまれたらしいのだが、その蛇は言い伝えによると七十年前に入れられたものだというのだ。蛇が七十年も箱の中で生き続けることは可能なのか?頭を抱える一等巡査の剣之進。実はここにも又市の仕掛けがあった。三十数年前に仕掛けられた仕掛けが、ついに動いたことを知り、百介は深い感慨に浸る。トリック自体はたいしたものでなくとも、そのドラマチックな背景にはただただ感服。
 第4話「山男」では、「山男」と呼ばれる者の子供を産んだという女性が発見され、罪のない子供のためにいずれ戸籍を作らねばならないと考えた剣之進は、「山男」の正体が人か化け物か、はっきりさせねばならないと、いつものように頭を抱えているところから物語が始まる。百介は「山男」に関するひとつの話を剣之進達に聞かせるのだが、その後、剣之進は見事に事件を丸く収め、与次郎は百介の話の真相を見事に言い当てる。又市、百介達の仕掛けが、若い世代に少しずつ受け継がれていく様が描かれている。
 第5話「五位の光」の話の内容も受けた第6話「風の神」は、まさにシリーズ最後を飾るにふさわしい作品だ。百介は、一時期共に生きた仲間の一人・山猫廻しのおぎんの孫娘・小夜と暮らしているのだが、小夜の母親、つまりおぎんの娘を殺した下手人をついに見つけ出した。百の怪異を語り、その最後に怪異が起こると言われる「百物語」の会にその人物を呼び出し、ある仕掛けによって復讐しようというのが今回の話である。百介の意図したものとは少々変わった結末を迎えることになるのだが、そこにたいした意外性はない。むしろ予想通りの展開になるのだが、実に綺麗にまとめている。時代は明治に入り、世の中から化け物はいなくなった。いや、もともとそんなものは存在しなかった。そして、百介もこの世を去った。しかし、架空の化け物という存在を利用して事件を解決する「仕掛け」の術は、又市・百介から見事に若い世代に受け継がれた。近代化が進み、化け物という存在が忘れ去られていけば、その仕掛けも成立しなくなる日が来るであろうことは想像に難くないが、そこで我々は悲しむ必要はない。この後の時代に続く京極堂シリーズで、京極堂が妖怪達を復活させてくれることを我々は知っているから…。
 最後に忘れてはいけないのが巻末の小野不由美さんの解説である。ここで京極堂による妖怪復活のことも語られているのだが、この解説は、京極作品を実に分かりやすく的確に分析してくれていてお見事。巻末の解説というと、作中の文章の引用ばかりのものや、執拗に作品を褒めちぎったものが多い中、少しの無駄もなく、京極作品のスタンスと魅力を完璧に語ってくれている今回の解説は秀逸である。今回が完結編とはいえ、このあと「前巷説百物語」が控えている。時代的にはシリーズの一番最初に来るものであるが、これも今から楽しみである。

 

2007年月購入作品の感想

『スキップ』(北村薫/新潮社)★★

 北村薫氏は、うちの奥さんの好きな作家の一人で、調べてみると早稲田大学ミステリクラブ出身だということもあって、これは期待できそうだと思い、とりあえず勧められるままに彼の作品の中から1つを選んでもらい読んでみた。平成7年8月刊行で文庫化も平成十一年七月とかなり古い作品なのだが、まったく古さは感じられない。といっても主人公は昭和40年台の初めで17歳の女子高生。その彼女の心が25年後の自分の中に飛んでくるというとんでもない設定なのだ。主人公はその文明の劇的な変化をはじめとした天変地異にただ驚くばかり(主人公にとっては超未来世界と言いつつも10年以上前の作品だけあってまだカセットテープが普通に使われているところはご愛敬)。医学的に言えば、現在、夫も17歳になる娘もいる42歳の主人公が、17歳から現在までの記憶を突然喪失してしまったということになろうが、彼女には現代に心が飛んでくる直前までの記憶が鮮明にあり、「心が時を超えて飛んできた」としか言いようがないわけだ。もちろん戸惑うのは本人だけではない。まずは家族である。しかし、彼女の心と同じ歳の自分の娘は素直に現実を受け入れ、夫も彼女が現代で普通に生活できるように協力する。現在ちょうど舘ひろし主演で、父と娘の心が入れ替わって、そのままお互いの役を社会の中で演じてうまく生活していくというドラマをやっているが、このあたりのスムーズな展開は「やっぱり小説だな」とちょっと思ってしまう。現代の彼女は高校の国語教師なのだが、同業者である夫のアドバイスによって、17年の人生経験しか持たない彼女が見事にその現在の環境に適応してしまうのである。同僚からも生徒からも全く疑われることなく、日々の授業や業務をこなしていく彼女の姿は、あまりに非現実的だ。はっきり言ってあり得ない。普通なら本人はパニック状態のまま家に閉じこもろうとするだろうし、家族も主人公を入院させ治療に専念させるはずだろう。そのまま仕事を続けよう、続けさせようなんてことはしないはずだ。また、巻末の解説の「朝日新聞のコラムに『周到に性を排除している』という批評があるが、本作品のテーマは『性』ではなく『時』である」という本作品擁護のコメントにもひっかかるものがある。もちろん小説というものは、作品のテーマに合わせて主人公の行ったであろう言動を取捨選択して書くものであろうが、だからといってテーマ以外のことに一切触れないというのは違うだろう。やはり一般の読者なら朝日紙の指摘通り「周到な性の排除」を感じるはずだ。だが、逆に言えば不満に感じる点はその程度とも言える。劇的な環境の変化に耐え、なんとか42歳の自分として生きようとする前向きな主人公の姿には素直に感動できる。また個人的には、主人公が回想する昭和40年代の描写に涙が出そうになる。自分は主人公とは20年ほど歳が若いが、昭和の古き良き時代の雰囲気はそれなりに分かる。ここに強い感慨を抱く読者は大勢いるだろう。最後に、ラストは評価の分かれるところであろう。ネタバレになるが、結局彼女は元に戻らない。記憶喪失という病気が直った時、42歳の自分は17歳の心で生きた時間のことを覚えているのだろうかとか、この作品はやはりSFで、彼女の心が17歳の時代に戻った時、そこで42歳の自分が代わりにしばらく生活していたことを知るのだろうかとか、そういう展開を色々想像して楽しみにしていたのだが、全くそういうものがない現実的な終わり方なのである。綺麗と言えば綺麗な結末だが、期待を裏切られたという読者の方が多そうな気がする。

 

2007年11月購入作品の感想

『百器徒然袋ー風』(京極夏彦/講談社)★

 10月に京極堂シリーズの文庫版の新刊が出ていたのでさっそく購入したものの、多忙のためしばらく放置してあったのを11月に入ってやっと読み始めた。収められている作品は「五徳猫」「雲外鏡」「面霊気」の3篇。前作の「百器徒然袋ー雨」は、その名の通り「器」を題材にした短編集だったが、今回はいきなり招き猫。表紙からして、これまた怪しげな招き猫である。今回の主人公は、いつの間にか変態探偵・榎木津率いる薔薇十字団に加えられてしまった不運な男・電気配線工の本島…。
  「五徳猫」…紙芝居作家の近藤と、招き猫の挙げている手は左右どちらかで賭けをした本島は、招き猫発祥の地と聞いた豪徳寺を訪れ、そこで偶然榎木津に依頼をしたいという女性二人と出会う。依頼主の美津子は奉公先から暇をもらって、幼い頃に別れた母親に会いに行ったが、記憶を頼りに訪れた家にいた老婆は人違いだと主張するので、いったい本当の母親はどうなったのか、もしや化け猫が母親を喰い殺して成り代わっているのでは…という話に。そこに榎木津探偵が登場し、まとまる話もまとまらなくなりそうなところで我らが京極堂が登場し、過去の殺人事件と成り代わりのからくりの全てを暴くという展開。今風の笑いのエッセンスが随所に見られ、これまでの重苦しい作風とは随分代わって、かなりライトな仕上がりになっている。
  「雲外鏡」…運に見放された本島は、前の事件において榎木津達の活躍のせいで損害を被った加々美興業にさらわれ監禁される。なにやら怪しい芝居をさせられて脱出に成功するが、それは誰がどう見ても不自然な芝居で、案の定、本島には身に覚えのない殺人の容疑がかけられる。加々美興業が榎木津へ復讐するために仕組んだものであったが、榎木津は勿論のこと、京極堂にも助ける気は全くなく、途方に暮れる本島。「五徳猫」以上にライトで、はっきり言って結末も見え見えの、今どきの子供向けの探偵マンガのようなノリなので、往年の京極堂フリークには物足りないのではないかと心配になる。京極堂シリーズの入門編というか、初心者向けというか、そういう位置づけの作品という感じ。
  「面霊気」…本島の隣人・近藤の部屋に空き巣が入ったらしい。貧乏人の部屋に空き巣が入るというのも変な話だが、さらにおかしなことに、なくなっているものもあれば増えているものもあるという。その中には、古物商の今川が目を輝かせるほどの貴重な面が…。このあたりは今川の独特な語り口もあって、蘊蓄話も全く鬱陶しく感じられず、なかなか引き込まれる。そして、そんな折、榎木津探偵事務所に勤める元刑事の益田に連続空き巣の容疑が。浮気調査のため益田が張り込んだ家で、その後ことごとく空き巣事件が発生していたのである。前回の本島同様、益田も榎木津への復讐劇に巻き込まれ、誰かにはめられたというわけで…。これまた軽めの展開で最後までこんな感じなのだが、エピローグが非常にいい味を出していて気持ちよく本を閉じることができる。京極堂シリーズには個性的なキャラが多数存在し、作品ごとにそのそれぞれのキャラを活かした物語が展開するのだが、何といっても今回の主役はあの榎木津である。今回のようなノリもたまにはありかな、と思わせてくれる一作だった。

『チーム・バチスタの栄光』(海堂尊/宝島社)★★★

 「このミス」ランキング上位の作品はなるべく読むようにしているが、その「このミス」が一般に公募して選ばれる「このミス大賞」の受賞作はこれまで読んだことがなかった。ところが職場の同僚に勧められた本がたまたま第4回2006年「このミス大賞」の大賞受賞作品だったので、これ幸いとばかりに早速読んでみることに。「東城大学医学部付属病院は、米国の心臓専門病院から心臓移植の権威、桐生恭一を臓器統御外科助教授として招聘した。彼が構築した外科チームは、心臓移植の代替手術であるバチスタ手術の専門の、通称”チーム・バチスタ”として、成功率100%を誇り、その勇名を轟かせている。ところが、3例立て続けに術中死が発生。原因不明の術中死と、メディアの注目を集める手術が重なる事態に危機感を抱いた病院長・高階は、神経内科教室の万年講師で、不定愁訴外来責任者・田口公平に内部調査を依頼しようと動いていた…」以上、表紙カバー折り込みあらすじより…。これは面白そうだと、さっそく読み始めたが、医学小説にありがちな難解さはほとんどなく、まれに飛び交う専門用語も特に気にならない。落ちこぼれ医師の視点で描かれているおかげでもあろうが、とりあえず読者は置いてけぼりをくらわなくてすむ。しかし、この落ちこぼれ医師が主役と思いきや、後半に第2の主人公とも言うべき人物が登場。調査の結果として自分の手には負えないという田口の訴えに対し病院長・高階が頼ったのが、探偵役の厚生労働省の変人役人・白鳥。田口の聴取とは対照的な方法で、バチスタスタッフの素顔を次々に暴いていく白鳥の手法に圧倒される田口。あとは読んでのお楽しみということにしておくが、一気に最後まで読めてしまう傑作である。「このミス大賞」の審査員のコメントの中には「文章を書き慣れていない」「書き方が律儀すぎる」といったものもあって、確かにベテラン作家の作品と比べると多少ぎこちない部分も見られるものの、一般読者には気にならないレベル。いつの間にか竹内結子主演での劇場版も完成し、書店には文庫本が積まれていた。この文庫本は買っておこうか。今後、他の「このミス大賞」大賞受賞作も是非読みたいと思う。

『ブレイクスルー・トライアル』(伊園旬/宝島社)★★

 「このミス大賞」の大賞受賞作品に連続挑戦。今回は第5回2007年受賞作品の「ブレイクスルー・トライアル」。タイトルの「ブレイクスルー・トライアル」とは、セキュリティ企業が主催する侵入ゲームイベントの名前。様々な最新鋭のセキュリティシステムが取り付けられた技術研究所に挑戦者チームが侵入し、最も早く指定のマーカーを持ち帰ることができたチームに懸賞金1億円が与えられるというこのイベントにエントリーしたチームは12チーム。その中の3チームに焦点を当ててこの物語は進んでいく。「ル○ン三世」にでもありそうな話だが、小説としては珍しいものなのか。しかし、「チーム・バチスタの栄光」を読んだ直後では、どうしても見劣りしてしまう部分が目立つ。主人公・門脇と、その相棒の丹羽には、簡単に人には語れない大きく重い過去があって、このゲームに勝利することによってそれを清算しようという目的があるという、そのあたりのドラマはなかなかなのだが(丹羽の父・遠屋敷が研究所内に作った私室のエピソードとかもぐっとくる)、それ以外がどうにも中途半端。謎の多い主人公チームのバックアップ要員・中井は、途中「おっ」と思わせる演出があるものの、結局期待したほどの活躍は見せないし、加島、堀内といった女性キャラも、登場人物紹介の欄にしっかり主人公率いる第1チームメンバーとして書かれている割りには一瞬でフェードアウトしてがっかり。強盗犯で編成された第2チームは、リーダーの破風崎の描き方が中途半端。第3チームに関しては、読後全く印象に残っていない。物語の流れ的には、冒頭部からいきなりぎこちない。しばらくすると勢いが出てくるが、肝心の侵入脱出というクライマックスシーンにドキドキハラハラ感がほとんどない。最新鋭のセキュリティシステムもそれほど驚くようなものもなくどこかで聞いたものばかり。セキュリティの一環としての番犬はさすがに古すぎだろう。カバー折り返しのあらすじには「凶暴な番犬」と書いてあるが全然凶暴じゃないし…。決してハズレとは言わないが、期待値には届かなかったというのが正直なところ。次回作に期待したい。

 

2008年月購入作品の感想

『独白するユニバーサル横メルカトル』(平山夢明/光文社)★★

 最近の「このミステリーがすごい!」の上位入賞作品はなかなか文庫化が進まないため、2007年版(2006年度)第1位作品を図書館で借りることに。この作品は、タイトルと同名のものを含む全8編の短編集なのだが、本格ミステリーを期待してはいけない。この作品を一言で言い表すと「毒」である。平凡で平和な日常にうんざりしている人が刺激を求めるにはうってつけだが、相当な「毒」だけに読者を選ぶだろう。書く方も異常だと思うが、これを読むのが楽しいという人間もかなりの異常者だと思う。しかし、この独特の世界観は読むとくせになる人も確かにいそうだ。

  「C10H14N2(ニコチン)と少年」…裕福な家で何不自由なく暮らす「たろう」は誰もが認める模範的な子どもであった。家の裏の湖のほとりで暮らす浮浪者の「おじいさん」に興味を示す「たろう」。町の人はいい人ばかりだと思っていた「たろう」と「おじいさん」だったが、2人は町の人々の汚い一面に少しずつ気が付いていく…。「です・ます」調で語られる文体が不気味な雰囲気を醸し出す。そして読者を突き放す衝撃のラスト。いかなる善人であっても環境次第で毒されていくというメッセージ性の強い作品。

  「Ω(オメガ)の聖餐」…昔は大学で数学の未証明問題に取り組んでいた主人公の「俺」は、今やチンピラまで落ちぶれ、射殺された前任者の代わりに「くさりかけの象」とも例えられる「オメガ」の世話を任される。元サーカスの大食い男だった「オメガ」は部屋に閉じこめられ、組織が始末した人間の死体の処理をやらされていた。世話人は、死体を解体して「オメガ」に喰わせるのである。「オメガ」は人間の脳を食べることで異常なまでに知識を増やしていた。未証明問題すら解けてしまうほどに…。「オメガ」の死後、「俺」が選んだ道とは…。これも衝撃的なラストが待っているが、平山作品を受け付けない者は、この時点でもうアウトだろう。

  「無垢の祈り」…いじめられっこの「ふみ」は、学校にも行けず、宗教に溺れる母、飲んだくれの義父のいる家にも帰れず、連続殺人事件の現場を回り、メッセージを書き残すことが日課となる。そのメッセージは、「ふみ」が追いつめられていくたびに、より切実なものに変わっていった。「こんにちは」から「あいたい!あいたい!あいたい!」というように…。「ふみ」は殺人鬼にすべてを壊してほしかったのだ。彼女の願いは果たして届くのか。本来頼るべき善なるものと信じていたものに失望すると、人は悪にすらすがるようになり、悪そのものになる。これも社会的メッセージがこめられた作品のように思う。

  「オペラントの肖像」…連続殺人鬼「卵男(エッグマン)」は、捜査官カレンに逮捕され、死刑囚監房に入れられるが、被害者を遺棄した場所をしゃべらないため死刑を免れている。「卵男」は一緒に投獄されている囚人205号が、自分を監視し、死体を遺棄した場所を聞き出すためのアンドロイドではないかと疑いを持つ。しかしカレンと205号には別の任務があった…。実現しそうな近未来の監獄ドラマである。

  「すさまじき熱帯」…主人公ヒロは、人でなしの父・ドブロクの誘いに乗り、某国のジャングルの奥地へ向かった。暴力団が覚醒剤生産管理の現地責任者として送り込んだ元自衛官が、巨額の資金で彼の地に王国を築き組織を裏切ったため暗殺指令が出ている、という仕事の内容を現地で聞かされたヒロだが、今さら引き返すこともできない。何者かに襲われたヒロ一行の運命は…。これもかなりえぐい。肉食泥鰌の描写は読むに耐えない。

  「独白するユニバーサル横メルカトル」…擬人法を用いた文学作品は数あれど、地図が主人公という作品はいまだかつてあっただろうか。主人公はタクシーの運転手が愛用していた道路マップ。ご主人様である運転手の犯罪をそれとなく手助けしていた道路マップは、やがてその息子に受け継がれ、息子も罪を重ねてゆく。息子の犯罪を隠すため道路マップが選んだ方法とは…。シュールなラストに期待してもらおう。

  「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」…主人公「MC」の仕事は「ドン」が送り込んでくる「獲物」を「工房」で拷問にかけること。「MC」は拷問のプロなのである。尋常ではないその仕事内容から、相棒の「タタル」は気がふれて自殺したが、「MC」は夢の世界に逃避することによって平静を保つことができていた。新しい助手「ハンプ」を得た「工房」に次の「獲物」である女「ココ」が送られてくる。いつものように手際よく拷問の限りを尽くす「MC」だが、なぜか「ココ」は拷問中に「MC」しか知らないはずの「MC」の夢の内容を語りだした。「ココ」に隠された秘密とは…。

 ここまで読んだあなたは相当平山ワールドに染まっているはず…。確かにインパクトはあるが、これが1位というのはどうなのだろうか…。

『アヒルと鴨のコインロッカー』(伊坂幸太郎/東京創元社)★★

 「独白する〜」とともに図書館で借りた「このミステリーがすごい!」2005年版(2004年度)第2位作品。大学生になったばかりの椎名が、アパートの隣の部屋に住む河崎に一緒に書店を襲おうと誘われる「現在」と、ペット殺しの若者グループに狙われるペットショップの店員・琴美と元彼の河崎、そして琴美と一緒に住んでいるブータン人のドルジの3人の物語が描かれる「2年前」の場面が交互に語られるスタイル。はっきり言って最初はどうもしっくりこない。なぜ椎名は、たかだか辞書1冊のために書店を襲うという河崎の計画に乗るのか?なぜ30分も裏口でドアを蹴っていろという意味不明な指示になぜ平気で従うのか?なぜ琴美は、何度も危険な身にあいながらなかなか警察に通報しないのか?ご都合主義的な展開に結構イライラさせられる。終盤のどんでん返しで物語の全貌が見えてからは、いくつかの謎も解けてだいぶストレスも減るが、そういう展開ならそういう展開で、もう少し泣かせる方向に持っていけるのではないかと思わされる。持っていき方によっては感動的なドラマに仕上げられたはずなのに、なぜこんなにドライに終わらせてしまうのか。ストーリーが相当面白いだけに「もったいない」というのが正直な感想。

 

2008年月購入作品の感想

『警官の血』上下巻(佐々木譲/新潮社)★★★

 以前にも書いたように、大抵の場合、文庫化されるまで「このミス」上位にランクされた作品を読むことはないのだが、自分がミステリー好きなのを知った職場の先輩が、2008年版(2007年度)第1位のこの作品を貸してくれたので、珍しく新しい作品を読むことができた。
  戦後間もない昭和23年に警官となった安城清二が、管轄内で起こった「男娼殺害事件」「国鉄職員殺害事件」という二つの事件に疑問を感じていたある夜、職場近くの五重塔が炎上。翌日、跨線橋から転落して死亡しているのが確認された清二は、持ち場を離れて自殺したとされ、殉職扱いにもしてもらえなかった。父の不名誉な死に納得できず、その汚名を晴らすべく跡を継いで警官となった息子の民雄は、過激派への潜入捜査を命じられ精神を病むが、なんとか父と同じ駐在所勤務につくことができた。その駐在所勤務直前に、父の気にしていた事件のことを耳にし、自分も事件のことを調べ始めるが、ある日、五重塔炎上当日の写真に、自分が知っているある人物の姿が写っているのを見つけ、その人物に会いに行った直後、再び精神に異常をきたし、人質を取って立てこもっていた薬物中毒の男に強引に立ち向かった結果、撃たれて殉職してしまう。そして、その息子・和也も警官となる。父同様に特命を受け、捜査員・加賀谷と行動を共にする和也は、任務を全うした後、ついに祖父と父の死の真相を知ることになる…。
  親子3代に渡って受け継がれる「警官の血」のドラマであるが、史実を背景にして描かれる3人の警官の人生は、実に重厚でリアル。読む者をその世界にぐいぐい引き込む。特に、清二と民雄のドラマに関しては、それぞれ独立させても十分に1つの小説として成立するのではと思えるくらいの出来映えなのだが、肝心の謎の解明は和也編を待たねばならない。その和也編だが、その前の2編があまりに重厚なため少々軽く感じてしまう上に、ラスト近くになっても、なかなか謎解きに関する話にならず、読者を不安にさせる。一応ラストで謎は解けるのだが、予想の範囲内で特別なサプライズ感はない。しかし、親子3代の中で最強の警官となった和也の姿を描いたエピローグも含めて、それらの不満を補って余りある魅力がこの作品にはある。ミステリー小説という視点で見てしまうから、そのような不満を感じるのであって、そういう視点を持たなければ、究極の警察小説として多くの読者を満足させる傑作と言えよう。

 

2008年月購入作品の感想

『震度0』(横山秀夫/朝日新聞社)★★

 「このミス」2006年版(2005年度)第3位作品。この4月に文庫化され、8月にやっと購入。「半落ち」で衝撃を与えてくれただけに期待も高まる。
 阪神大震災の前日、N県警の警務課長・不破が失踪した。自ら姿をくらませたのか、それとも事件に巻き込まれたのか…。悪夢に悩まされ警察内では出世の限界が見えている本部長・椎野、椎野に見切りを付け警察庁長官の座を目指すために早急に事を収めたい警務部長・冬木、幼い息子を事故で失い心に深い傷を持ち災害現場のことをもっとも気にしている警備部長・堀川、現場での実績を背景に今の地位を築き刑事部を見下す冬木と敵対する県警の良心とも言える刑事部長・藤巻、外見はいいが口が軽く電話魔の一面を持つ生活安全部長・倉本、不破の秘密の一つを握り同期でありながら格上のポジションにいる倉本との立場の逆転をねらう交通部長・間宮といった県警の6人の幹部の思惑が複雑に絡み合う。お互いの弱みを握り足を引っ張り合おうとする一方で、阪神大震災の被災状況にも不破の生死にすらもいつの間にか関心を持たなくなり、必死で組織の体面を保とうと足掻く幹部達の様子に、警察組織というものの恐ろしさを垣間見た。同じくらいに幹部の妻達の関係にも醜悪なものを感じた。夫達の対立と比べればあまりに次元の低い低レベルな見栄の張り合いなのだが、幹部達の家族が公舎という狭いエリア内でお互いを強く意識しながら生活している様子は読んでいるだけで息が詰まり、こんな生活は絶対にしたくないものだと強く思った。もちろん作品自体はフィクションなのだが、男の争いにしても女の争いにしても、現実もそうは変わらないと思われた。
 さて、作品自体の批評だが、とりあえず最初から最後まで気をゆるませることなく一気に読ませてくれる。とにかく権力に魅せられた登場人物達の醜悪な言動の数々に、気持ちの良いスリル感や痛快感はほとんど味わうことはできないが、そういう人物達に嫌悪感と同時に一種の親近感を感じてしまったのもまた事実である。人間味あふれた登場人物達のやりとりは文句なく面白い。ただ、この作品の落ちに、ちょっと「半落ち」とかぶるものを感じてしまったのは自分だけだろうか。これから読もうという人のために念のために言っておくと、まったく違うと言えば違うので心配は無用だ。しかし、やはり同じような臭いを感じてしまう。あと、本書の冒頭部分に公舎と本部庁舎の見取り図が載っているのだが、あれは果たして必要なのか。てっきり本部庁舎内や公舎内で事件が起きるのかと思ってしまった。冬木夫人のリアリティのなさ(将来の長官夫人とはとても思えない頭の悪そうなキャラ設定)にもちょっと違和感を感じた。そのあたりは些細なことなどで、トータルとしては「このミス」第3位作品という肩書きにふさわしい傑作と言える。

 

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