現代ミステリー小説の読後評2011〜2012
※タイトル横に【ネタバレ注意】の表記がある作品はその旨ご注意を
2011年1月購入作品の感想 『愚か者死すべし』(原ォ/早川書房)【ネタバレ注意】★★ 寡作なミステリー作家の1人である作者は、「このミステリーがすごい!」
で出版した全ての作品が上位にランクインするという快挙を成し遂げている。「そして夜は甦る」で1988年版(創刊号・1988年作品)2位、「私が殺した少女」で1989年版(1989年作品)1位、「天使たちの探偵」で1991年版(1990年作品)5位と、3年連続
上位ランクイン後、「さらば長き眠り」で1996年版(1995年作品)5位、そして今回購入した「愚か者死すべし」で2006年版(2005年作品)4位を獲得。
当然期待値も高く、昨年読んだ私立探偵・沢崎シリーズ第2弾「私が殺した少女」に引き続き、本作も楽しみにして読み始めた。 『空飛ぶ馬』(北村薫/東京創元社)★★
著者の作品では、「スキップ」と「盤上の敵」を過去に読んだことがあるが、正直微妙な印象しか残っていない。特に後者は「このミス」2000年版(1999年作品)8位となっているが、そのトリックの巧みさ以上に後味の悪さが気になった。今回は、作者のデビュー作であり、「このミス」1989年版(1988年作品)2位に輝いた作品ということで期待したかったが、女子大生と落語家がメインというよく分からないキャスティングで、しかも殺人事件などは起きないミステリーと聞いて、せっかく購入したものの、今ひとつ乗り切れないまま読み始めた。 『愛おしい骨』(キャロル・オコンネル/東京創元社)★★
基本的に文庫化されてから読んでいる「このミス」ランキング上位作品だが、最初から文庫で刊行されているものもあり、最新の「このミス」2011年版(2010年作品)海外編1位に輝いた本書がまさにそうだったので、海外編であまり「当たり」を体験したことはないのだが、久々に購入し読むことにした。 |
2011年2月購入作品の感想 『悪の教典』(貴志祐介/文藝春秋)★★★ 最新の「このミス」2011年版(2010年作品)海外編1位作品に引き続き、国内編1位作品を図書館で見つけ、さっそく借りて読むことに。ハードカバーの上下巻に分かれた本作品は、それぞれの厚みも結構あって読むのに時間がかかりそうに思えるが、あっという間に読み切ってしまった。これだけ物語に引き込まれる作品も久しぶりである。主人公の蓮実聖司は、とある私立高校の若手英語教師。生徒に絶大な人気を誇り、同僚の教師からの信頼も厚かった。しかし、それは、あくまでも表の顔であり、裏ではあらゆる手を使って自分に不都合な人物を排除することに躊躇することのない悪魔だったのである。上巻では、蓮実の現在の学校での裏表のある生活を描きながら、並行して子供の頃からの悪癖が少しずつ明らかになり、これまでに殺している人間の数も少なくないことが判明する。下巻では、学校祭準備中の夜の校舎内で、自分の悪事の証拠を消し去るため、学校に居残っていた自分が担任をしているクラスの生徒全員を殺害することを決意した蓮実が、恐ろしい計画性で暴走を開始する。果たして生徒は生き残ることができるのか、それともサイコキラー・蓮実の完全犯罪は成立してしまうのか、という物語である。倫理的に、生理的に受け付けないという読者も中にはいようが、多くの読者は最後まで目が離せないはずだ。いつもついつい作品のあら探しをしてしまう自分も、今回は特に突っ込みどころもなく、ノンストップで楽しませてもらった。「このミス」のみならず、「本屋大賞」「直木賞」にもノミネートされているのも納得。ミステリーファンならずとも一読を勧めたい。 『双頭の悪魔』(有栖川有栖/東京創元社)★★ 「このミス」1993年版(1992年作品)6位作品。作者と同姓同名の英都大学推理小説研究会のメンバーである大学生を主人公に据えたシリーズの第3弾。作者の作品は「朱色の研究」(1997年)を読んで印象が今ひとつだったため長らく手を付けていなかったのだが、2年前にシリーズ第4弾「女王国の城」(2007年)を読んで、シリーズの過去の作品にちょっと興味を持 ったので、書店で文庫を見つけ早速購入して読み始めた。「女王国の城」同様、非常に読みやすい作品なのだが、研究会のメンバーの1人が怪しい団体のいる土地に行ったまま帰ってこず、それを残りのメンバーで連れ戻しに行く、という展開が第4弾と全く同じ(第4弾では部長の江神、第3弾はヒロインのマリア)というのは(読んでいる順番は逆なのだが)かなりいただけない。そこは我慢して読み進めるが、マリアがいる四国の山奥の芸術家が集まった木更村に、 彼女を連れ戻そうとやって来た友人にも親にもはっきりした説明をせず追い返すマリアにかなりイライラさせられる。事件に巻き込まれているわけでもなく、自分の意志で村にとどまっているのなら、周囲を心配させないようにきちんと説明すればいいだけの話だろう。そして、メンバーが闇夜に紛れて侵入する場面があるのだが、メンバーの1人の織田の豪快なくしゃみであっけなく村の住人達に発見されてしまう。作者は笑いをとるつもりだったのかもしれないが逆効果だろう。 そこも我慢して読み進めていくと、鉄砲水によって木更村と夏森村は分断され孤立した上に、それぞれの場所で殺人事件が発生。そして作者は、本格ファンにはたまらない「読者への挑戦」をそれぞれの事件について突きつけるのである。マリアとともに木更村の一時の住人となった江神の推理により木更村の事件の犯人が、夏森村にとどまっていたアリスの推理によって夏森村の事件の犯人が明らかになったと思ったら、第3の殺人事件が発生し、作者は「読者への最後の挑戦」を突きつけるという、なかなか凝った展開だ。3つの事件の犯人はなんとなく事前に見当はついたが、自分は完璧に論理的な説明まではできなかったので、最後の謎解きを楽しみにしながら読み進めた。しかし、その結末に納得はできるものの、全ての謎が吹き飛んだという爽快感や感動は今ひとつだった。 |
2011年3月購入作品の感想 『叫びと祈り』(梓崎優/東京創元社)★★ 「このミス」2011年版(2010年作品)3位作品。5編の短編からなる本書は連作推理小説という形態。海外の動向を分析する雑誌を発行する会社に勤め、海外取材に明け暮れる青年・斉木が全ての物語共通の主人公であり、第五回ミステリーズ!新人賞を受賞した第一話「砂漠を走る船の道」、スペインで失恋した友人・サクラの恋人の失踪の謎を斉木が解く、書き下ろし作品・第二話「白い巨人」、ロシアの修道院からの、そこに眠る不朽体の列聖の願い出に対し、査問官として遣わされた神父に同行した斉木が、ある犯罪に気付く第三話「凍えるルーシー」、アマゾンの奥地で発生したエボラ出血熱で、ある先住民族が滅びようとしていたそのさなかに起こった殺人事件に巻き込まれた斉木を描いた書き下ろし作品・第四話「叫び」、そして、ある施設内で友人の不思議な話に耳を傾ける斉木の姿を描いた書き下ろし作品・第五話「祈り」の5編である。第一話と第二話には、叙述トリックが仕掛けられているが、第一話のポイントはそこではない。その見所は、第四話とも共通するのだが、意外な殺人の動機である。世界を舞台にした作品ならではの、およそ日本ではありえない動機がそこにはある。第二話はそういう意味では期待はずれであった。第三話に向けてワンクッション置くための恋愛小説的な物語で、伊坂幸太郎の「アヒルと鴨のコインロッカー」の影響を感じ る。第三話は、ホラー的なものを狙ったのだろうが、意外な動機も一応描かれているものの、少々中途半端な印象。そして、前述の第四話を経て、最終の第五話へと続くのだが、ここでそれまでの四つの物語を見事に収束させている。今回は大絶賛とはいかないが、今後の活躍が楽しみな作家がまた一人増えた。 『隻眼の少女』(麻耶雄嵩/文藝春秋)★★
「このミス」2011年版(2010年作品)4位作品であり、「週刊文春ミステリーベスト10」でも4位だった作品だが、原書房の「本格ミステリ・ベスト10」では、堂々の1位を獲得。これはと思い、『祈りと叫び』に引き続き図書館で借りて読むことにした。作者・麻耶雄嵩氏の作品を読むのはこれが初めてなのだが、問題作ばかり書く作家と聞いていたので、これも興味を引いた。 『楽園』(宮部みゆき/文藝春秋)★★★
「このミス」2008年版(2007年作品)8位作品であり、文庫本を購入して読んだのだが、結論から言うと、なぜこの作品が8位なのか大いに疑問。7位の「
サクリファイス」
よりは明らかに上だと思うし、5位の「首無の如き祟るもの」、3位の「女王国の城」にも決して負けていない。とにかく作者の「読ませる力」は凄いとしか言いようがない。逆に言えば、その「読ませる力」に引き替え内容が今ひとつという評価があるのかもしれないが、個人的には全くそんなことは感じなかった。 |
2011年4月購入作品の感想 『水魑の如き沈むもの』(三津田信三/原書房)★★ 「このミス」2011年版(2010年作品)7位作品。かつて、「このミス」にベスト10入りしたシリーズ第2弾『首無の如き祟るもの』(08年版5位)、第3弾『山魔の如き嗤うもの』(09年版8位)を読んで、大絶賛というわけではないもののホラーの要素を含んだミステリーという仕立てにちょっと惹かれたので三たび挑戦してみたのだが、結論から言うと微妙。怪奇幻想作家の刀城言耶は、女編集者の祖父江偲を伴い、奈良の山村で執り行われるという珍しい雨乞いの儀式を取材に行くのだが、その四つの村では水魑という神を奉り、それぞれの村の宮司が交代で雨を降らせる増儀、雨をやませる減儀といった儀式を執り行っていた。一番の権力者である水使龍璽宮司は、その儀式の力を強めるため、そしてそれによって自分の地位を維持するため、秘密の仕掛けを作っていた。その仕掛けの謎が解けないまま、言耶が見学することになった増儀の最中に、神男を務めた龍璽の息子の龍三が何者かに殺害される。警察を呼ぼうとしない龍璽に不信感を抱き、13年前の同じような事件と結びつけて考える言耶。そして、次々に神男が襲われていく中で、龍璽に犯人捜しを強要された言耶は関係者を集め、自分の推理を明かす…という物語なのだが、その最後の犯人の指摘が実に中途半端で、犯人は二転三転どころか四転五転する。それが、どんでん返しの連続で面白いと思う人もいるのかもしれないが、どの推理もあまりに強引で納得のいくものがなく、「なるほど!」という爽快感がほとんど味わえない。ただただ振り回されるだけという感じ。なんとか一応最終的に真犯人は絞られるのだが、それでも全然すっきりしない。蔵の秘密も結局謎のまま。これでは7位より上はないという判断にもなるだろう。本書の帯では「人気シリーズの最高峰」と謳っていたが、これまでに読んだシリーズ3作品の中から、あえてベストを選ぶとすれば、ホラー色が強く出ていた『首無の如き祟るもの』であろう。さすがに5位に入ることだけはある。しかし、ホラーという個性も大事にしてほしいが、やはりミステリーの部分にもっと力を入れてほしい。シリーズ作品としての魅力は十分にあるので、是非、作者には、「このミス」3位以内を狙える真の「最高峰」を書いてほしいと願ってやまない。 『トギオ』(太朗想史郎/宝島社)★ 2009年「このミス大賞」大賞受賞作品。文庫化されたところを、たまたま書店で見かけたので購入。「このミス」2011年版に「このミス大賞」作家による読み切り作品が3編収録されていたが、太朗氏の作品「少年カルト」だけ異様なインパクトがあったからである。帯には、「このミス大賞、最終選考委員絶賛」とあるが、「このミス」を読んだ限りでは、実際にはかなり賛否両論だったような記憶がある。ちなみに「大賞史上最大の衝撃作」というコピーは間違ってはいない。なんと言っても、いきなり冒頭で主人公は死んでいるのである。主人公が死んで100年近く経ってから、彼の弟と客人の会話を傍観する主人公の視点から書かれた本作は、とにかく色々な意味で破格である。第一部「山村」では、近未来の貧しい山村を舞台に、捨てられた男の子を拾い弟にしたために村八分にされて、とことんいじめられる主人公が描かれる。テレビドラマなどでもいじめられながらもたくましく生きる主人公を描いた作品はよくあるが、正直何が面白いのか全く理解できない。ひたすら不愉快なだけではないか。多くのテレビドラマのように、いじめに耐え抜いて最後は人生の勝者となるという話なら、まだ少しは理解できなくもないが、この作品の主人公は負けっ放しで全く救いようがない。第二部「港町」では、村と弟を捨てた主人公が、組織の中で不正に蓄財し、結局ばれてしまう。正直あまり印象に残っていない。第三部「東暁」では、港町を捨てた主人公が、憧れの大都会・東暁にたどり着く。しかし、ろくな経歴のない若者に、憧れていたような生活などできるはずもなく、落ちるところまで落ち、無残に死んでいくのだ。物語の中のどこにもミステリーの要素はなく、オチも全く理解できない。後書きで指摘されているように、鋭い人間観察眼は作品のあちこちで見られるが、やはり荒削りな印象は否めない。なかなかまねのできない独特の世界観を持っていることは認めるが、それだけで大賞に選ばれてしまってよかったのかどうか。まだまだ発展途上の作家だと思う。 |
2011年5月購入作品の感想 『奇偶』(山口雅也/講談社)★
「このミス」2003年版(2002年作品)3位作品。過去の「このミス」上位作品はだいたい読んでいるのだが、未読のものも結構ある。本作品もその一冊だった
が、「このミステリーが読みたい!2011年版第3位」という帯のコピーに惹かれて購入した。文庫化されたのは5年近く前なのだが、作者が特に気になる作家ではなかったため、これまで放置していた。 『Yの悲劇』(エラリイ・クイーン/早川書房)★★★
ここ数作品の読書で「当たり」に恵まれなかったため、久しぶりに海外の「名作」と呼ばれるものに手を出すことにした。「東西ミステリベスト100」(1986年)第1位、「ミステリが読みたい!2010年版海外ミステリオールタイムベスト100forビギナーズ」第7位という、超鉄板作品である。ミステリ好きを自称しながら、こんなにも有名な作品を読んでいなかったのかと嘲笑されそうだが、実際読んでいなかったのだからしょうがない。実は読書記録を取る以前に読んでいたのではと、淡い期待を抱いて読み始めたのだが、全く記憶にないストーリーだった。
上に挙げたもの以外にも、様々な過去のミステリーランキングで上位の常連となっている本作だが、実は海外ではそれほど高評価ではなく、日本のミステリファンに特に受けがよいらしい。 『謎解きはディナーのあとで』(東川篤哉/小学館)★★
2011年「本屋大賞」受賞作ながら、なぜか「このミス」では24位。ネット上の書評でも「期待を裏切られた度ナンバー1」とか「出版社の強力なキャンペーンのおかげで売れた本」などと結構酷評されており、それで逆に興味を持って図書館で借りて読むことに。 『リアル鬼ごっこ』(山田悠介/幻冬舎)★ 著者が高校生に人気がある作家であることを以前から聞いていて、昨年「リアル鬼ごっこ2」が劇場公開され話題になってから、一度読んでみようと思っていたので、著者のデビュー作である本書を図書館で見つけて借りてみた。 『さよならドビュッシー』(中山七里/宝島社)★★★
過去9回の「このミステリーがすごい!」大賞受賞作(第1回のみ大賞ではなく金賞)全12作品のうち、最近読んだ『トギオ』を含めて5作品を読了していたが、今回6作品目として選んだ本書は、第8回(2009年)時に、その『トギオ』と同時受賞した作品であり、それを図書館で見かけて借りてみた。『トギオ』にあまり良い印象がなかったので、それと同レベルの作品ではないかと少々心配していたのだが、それは良い方向に裏切られた。最初から最後まで、まったく隙のない優れた音楽ミステリー小説である。実を言うと「最後にどんでん返しがある」という帯の言葉から、第1章を読んだ段階で、おそらくこういう仕掛けではないかと予想していたオチは見事に的中してしまってちょっと拍子抜けしたのだが(その仕掛けに至る犯人の心理までは予想できなかった)、それを補ってあまりある感動がこの作品にはある。ミステリーの要素など入れなくても、十分に青春小説として成立するだけの力がある。また、著者の音楽と医学に対する知識には感服するしかなく、やはり優れた小説家というものは多かれ少なかれ誰にも負けない専門分野の知識を持っているものだということを思い知らされた。そしてその蘊蓄も決して嫌味ではなく、本作を彩る素晴らしい材料となっている。 『シャーロック・ホームズの冒険』(アーサー・コナン・ドイル/角川書店)★★★
『Yの悲劇』に引き続き海外の「名作」に挑戦。と言っても今回は間違いなく過去に読んだことのある作品である。小学生と高校生の時に読んでいるはずで、一度読んだ本を読み返すことなどほとんどない自分にとっては珍しいこと。昨年「東西ミステリベスト100」(1986年)第10位、「ミステリが読みたい!2010年版海外ミステリオールタイムベスト100forビギナーズ」第6位というランキングを見たときには正直驚いた。小学生の時に読んだ印象が強く子供向けの作品という印象が強かったからである。今回購入したのは角川文庫で、なんと昨年刊行されたばかり。「ボヘミア王のスキャンダル」「赤毛連盟」「花婿の正体」「ボスコム谷の惨劇」「五つのオレンジの種」「唇のねじれた男」「青いガーネット」「まだらのひも」「技師の親指」「独身の貴族」「エメラルドの王冠」「ぶな屋敷」の12編が収められているが、子供向けなんてとんでもない、いずれもハズレなしの傑作ばかりだ。 |
2011年6月購入作品の感想 『連続殺人鬼カエル男』(中山七里/宝島社)★★★
第8回(2009年)「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した『さよならドビュッシー』と『トギオ』の2冊を読んだが、その個人的評価は前述の通り前者の圧勝。そこで気になっていたのは、その前者『さよなら〜』の作者・中山氏は、同賞に2作同時に応募し、審査員の評価はどちらの作品も甲乙付けがたかったという話だった。結局まったく何の賞も受賞することのなかった、もう一つの作品が本作である。読みたいというミステリーファンの要望が強かったため、いきなり文庫化されたということだが、先に結論を述べさせてもらうならば、これはもう大傑作である。B級の臭いがぷんぷんするタイトルに騙されてはいけない。「このミス」は何らかの賞を、この作品に与えるべきであった。確かに『さよなら〜』は、推理小説であるから勿論犯罪が絡んでいるとはいえ、爽やかで明るい青春小説の面も持っており、それと比べると、本作は最初からエログロのダークな世界まっしぐらで、どちらが売り出しやすいかと考えたら前者になるのは仕方がないことだが、トリックの仕掛けの緻密さに関しては明らかに『カエル男』の方が上を行く。とにかくどんでん返しの連続で、最後の一行まで読者を楽しませてくれる作者の技量は疑う余地がない。作者を「職人」と呼んだ、あとがきの書評家のコメントは実に的確である。 『シャドウ』(道尾秀介/東京創元社)★★ 「このミス」2007年版(2006年作品)3位作品。この年の作品は、1位の『独白するユニバーサル横メルカトル』を読んで以来、全く読んでいない。よほど『独白する〜』の印象が良くなかったからだろうか…よく覚えていない。今回、『シャドウ』という見たことのあるタイトルを書店で見つけて買ってみたら、その2006年度作品だったというわけだ。第7回本格ミステリ大賞受賞作でもある本作品の主人公は、小学5年生の凰介。母親の病死から数日後、幼なじみの亜紀の母親が、夫の職場の研究棟の屋上から飛び降り自殺を図る。その後、亜紀は交通事故に遭い、亜紀の父、凰介の父も薬に頼るようになり…というように、凰介の周囲では次々と不幸の連鎖が続いていく。読んでいて驚いたのは、つい先日まで読んでいた『連続殺人鬼カエル男』と、非常に似た雰囲気を持った作品であったことだ。『カエル男』ほどのグロさやダークさはないものの、子供に絡んだ性的な描写があるところなどは似ている。そのあたりは『カエル男』同様に、読み手の好き嫌いが出てきそうな所である。読み進めていくと何カ所かサプライズがあり、結末で大きな仕掛けの謎が明かされた時には、確かに「なるほど!」と、うならされるものがあったが、正直、ラストに至るまで、何か不安定なものを感じ、こんな話で大丈夫なのかと不安な部分が多々あった。一番気になったのは、凰介が作品中で3回見た謎の映像。凰介は、絡み合う男女とそれを見つめる子供の姿の映像が、あることをきっかけに目の前に浮かぶことに悩むのだが、その謎解きに拍子抜け。ラストの感動的なアイテムとのつながりは一応あるのだが、事件の真相に迫る凰介の特殊な能力か何かかと期待した読者は、さぞがっかりしたことであろう。『シャドウ』には「家族のつながり」という感動的テーマが背景にあるとは言っても、作品の緻密な作り込みという点では『カエル男』の方が遙かに上だと思う。とは言っても、読んで損のない作品であることは保証する。 『ダック・コール』(稲見一良/早川書房)★★★ 前回の『シャドウ』のように、「このミス」のランキング上位作品も年によっては1〜2冊しか読んでいないものもあり、1992年版(1991年作品)の上位作品も、1位の『行きずりの街』と2位の『毒猿
新宿鮫U』の2冊しか読んでいなかった。特に1位の『行きずりの街』の印象が良くなかったため、3位以降を読もうとしなかったのだと思われる。しかし、調べてみると、3位作品の『ダック・コール』は、「『このミス』が選ぶ過去10年のベスト20(1998年10周年記念版より)
」の3位に選ばれており、その1位と2位は『行きずりの街』でも『毒猿
新宿鮫U』でもない。しかも、第4回山本周五郎賞受賞作品と言うではないか。これは、と思い、書店で文庫本を購入してみたわけである。 『死亡フラグが立ちました!』(七尾与史/宝島社)★★ 第8回(2009年)「このミステリーがすごい!」大賞において、大賞は逃したものの、「隠し玉」に選ばれて出版されたのが作者のデビュー作となった本作品。さえないライターの陣内は、敏腕美人編集長の岩波から、謎の殺し屋「死神」の正体を突き止めて取材するよう命令される。期限内に実現できない場合はクビということで、高校時代の先輩で東大卒の天才投資家の本宮に助けを求めるが、知り合いのヤクザの証言もあり、存在自体が怪しかった「死神」が実在することを確信するようになる。また、一方で、妄想刑事と呼ばれていた定年間近の板橋と新人刑事の御室のコンビも、「死神」の正体に近づきつつあった。果たして彼らは「死神」を追い詰めることができるのか、という物語であるが、はっきり言って突っ込みどころ満載である。この「死神」は、直接手を下すわけではなく、様々な調査や下準備をして、ターゲットを死に追い込むという方法で目的を達成するのだが、ここでまず無理がある。サブリミナル効果という使い古された手法でターゲットを動かし、あらかじめ協力者にセットさせておいたバナナの皮で転倒させて殺害するという最初の事件は、いかにも苦しい。そして、そういう厳しい部分を、あくまで小説だからと割り切ったとしても、それ以上に残念に思えてならないのは、この作品全体にミステリに必須のサプライズ的な部分が全くなく、すぐに先が読めてしまうところだ。過去の田中家一家殺人事件の犯人も事件のあらましが紹介されたとたんに読者には誰か分かってしまうし、現在の「死神」についても、読んでいるとかなり早い段階でその正体に気が付いてしまう。登場人物のキャラクターは皆よくできていて、そこは好感が持てるのだが、作者はもう少し読者に「やられた!」という感想を持たせるような工夫をしてほしい。読み進めながら、あまりに先読みが的中するので、我ながら驚いて(がっかりして)いたのだが、最後に本宮と岩波がくっついて陣内が呆然とするというサプライズがあるだろうという予想は見事に裏切られた。話を盛り上げるのに一役買っていた刑事二人を終盤であっさり殺してしまったのも失敗だと思う。少なくとも新人刑事の方は生かしておいて、今後シリーズ化する時のために残しておくべきだった。「将来、大賞受賞作を上回る人気を獲得し、『選考委員の目は節穴か』と言われることになるかもしれない」と巻末の解説にあったが、その心配はないだろう(『さよならドビュッシー』を上回ることは絶対にないが、『トギオ』を上回ることはあるかもしれない)。 『煙か土か食い物』(舞城王太郎/講談社)★★
「このミス」2002年版(2001年作品)9位作品。順位的には微妙なところだが、同郷の同世代の作家ということで、以前から興味があったので、借りて読んでみることにした。最初からインパクトは絶大。句読点無視で、時にはセリフがひたすら連続し、とにかくひどく粗暴な文体、暴力だらけの内容には、嫌悪感を抱く読者もいるであろう。しかし、良く言えばノリノリのスピード感溢れる爽快な作品で、個人的には嫌いではない。「土か煙か食い物」というタイトルも謎めいているが、「人間死んだら焼かれて煙になるか、埋められて土に還るか、獣に食べられるかのいずれかだ」という意味の、主人公・奈津川四郎の祖母の言葉で、作品中に何度も出てくる。実際、作品中では多くの人物が死にかけたり、死んだりする。 |
2011年7月購入作品の感想 『ラットマン』(道尾秀介/光文社)★★
「このミス」2009年版(2008年作品)10位作品。作者の作品は、先日『シャドウ』(2007年版3位)を読んだばかりで、昨年読んだ『龍神の雨』(2010年版9位)に続いて3作目。 『殺人ピエロの孤島同窓会』(水田美意子/宝島社)★★
第4回(2005年)「このミステリーがすごい!」大賞で大賞を受賞したのが『チーム・バチスタの栄光』。そして、その年、該当者なしだった優秀賞の代わりに特別奨励賞を受賞したのが本作品である。 『写楽 閉じた国の幻』(島田荘司/新潮社)★★★
「このミス」2011年版(2010年作品)2位作品。この年の作品は、1位、3位、4位、7位と4冊読了していたが、本作品だけは、その分厚さと、ミステリーらしからぬタイトルに少々腰が引けてしまい、今更ながら図書館で借りて読むことにした。作者の作品は、
随分昔に『奇想、天を動かす』(1989年版3位)を読んだきりで、
読後評は★3つと高評価をつけているが正直あまり印象に残っていない。したがって、それほど期待せずに読み始めたのだが、その面白さにすぐに引き込まれた。タイトルから、『ダヴィンチ・コード』の日本版みたいな感じをイメージしていたが、全然違っていた。 |
2011年8月購入作品の感想 『ボトルネック』(米澤穂信/新潮社)【ネタバレ注意】★★ 「このミス」2007年版(2006年作品)15位作品。勧めてくれる人がいて、早速文庫本を購入し、夏の家族旅行の電車内で読んだ。この作者の作品で読んだことがあったのは、2008年度版(2007年作品)の『インシテミル』で、すっきりしない結末で読者を悩ませようという手法に気持ち悪さを感じたことが印象に残っているが、これは作者が意図的に行っていることらしく、本作でも同様の結末が用意されている。 『夜の蝉』(北村薫/東京創元社)★★
「このミス」1991年版(1990年作品)2位作品。今年1月に、本作の前年に刊行され、やはり「このミス」2位をとったシリーズ第1弾『空飛ぶ馬』を購入して読んだが、そのあと続けて読んだ奥さんがシリーズを全て購入してくれたので、シリーズ第2弾の本作を今回借りて読むことに。本作は、「朧夜の底」「六月の花嫁」「夜の蝉」の3編を収録している。 『冬のオペラ』(北村薫/角川書店)★★ 「このミス」1994年版(1993年作品)6位作品。『夜の蝉』に引き続き、奥さん からレンタル。第1話「三角の水」では、叔父の経営する不動産会社に勤める姫宮あゆみが、勤め先のある同じビル内に開かれた探偵事務所に興味を持つ。なぜなら、その看板には「探偵」ではなく「名探偵」と記載されていたからである。大胆にも、ホームズに対するワトソンよろしく名探偵・巫(かんなぎ)弓彦の記録者となることを志願したあゆみだったが、勤め先の先輩の妹のトラブルをあっという間に解決した彼の手腕に舌を巻く。第2話「蘭と韋駄天」は、巫との仲を叔父に疑われたあゆみが、巫に彼女ができれば自分が疑われることはないのにと考えていたところに、巫にふさわしい女性と出会うというエピソード。自慢の蘭を盗まれたと騒ぐ友人の相談に乗っていた女性・椿が、あゆみのメガネにかなったのである。あゆみの期待通り、巫はこの事件も見事に解決。しかし、椿は、巫との仲を深めることなく京都へ帰っていくという物語。そして、この2つの短編に続く中編の第3話「冬のオペラ」が、この作品のメインディッシュである。京都で椿に再会したあゆみは、椿の勤める大学で水木教授の変死体を発見する。巫の出番とばかりに彼に電話したあゆみであったが、なんと巫は、その電話の内容だけで犯人が分かったと言う。円紫シリーズと同じような作品の雰囲気と、先が読めてしまう展開が微妙ではあるが、この作風が好きな人はやはり好きなのだろうと思う。 |
2011年9月購入作品の感想 『ディスコ探偵水曜日』(舞城王太郎/新潮社)【ネタバレ注意】★
「このミス」2009年版(2008年作品)9位作品。この年は、1位から『ゴールデン・スランバー』『ジョーカー・ゲーム』『完全恋愛』『告白』『新世界より』というように、個人的には当たり年だった印象がある。6位以下で未読の作品は、文庫化が遅れていた6位の『カラスの親指』と9位の本作のみであった。前者は今年の7月に、後者は2月に、やっと文庫化されたため、とりあえず図書館で借りて読むことに。借りてまず驚かされたのは上・中・下巻に別れたそのボリュームと、ライトノベル全開の萌えな表紙。また、6月に読んだ『煙か土か食い物』で炸裂していた舞城節は、さらにパワーアップしており、読み始めても、いきなり最初から何が書いてあるか分からない。努力してしばらく読み進めると、タイトルにもなっているディスコ・アレクサンダー・イエスタデイいう名前の東京在住のアメリカ人の探偵が主人公で、誘拐犯(?)から取り返したものの親が引き取らなかった6歳の少女・梢と一緒に住んでおり、なぜか梢の体には、11年後の未来の梢の意識が時々トリップしてくるという、とんでもない設定であることが分かる。しかも、トリップしてきている間は、
彼女の体の大きさも17歳のサイズになってしまうのだ。頑張って読んでいても、ついて行けなくなることが多々あるので、ネタバレになるかもしれないが、展開を忘れないようにあらすじを記録しつつ書き進めることとする。 『名もなき毒』(宮部みゆき/光文社)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2007年版(2006年作品)6位作品。この年の上位ランキング作品で読了しているのは、1位の『独白するユニバーサル横メルカトル』と3位の『シャドウ』のみ。他の年度でも、1、2冊しか読んでいない年がいくつかあるが、やはりその1、2冊が今ひとつだと、それ以外の作品も手が出しづらくなるということか。実際、前者はインパクトはあったが、ただ毒々しかっただけの印象、後者に関してはほとんど印象に残っていない。というわけであまり高くない期待値をもって読み始めた本書であるが、幻冬舎からハードカバーで発売されたあと文庫化されておらず、2009年にノベルズ化されたものを図書館で借りた。 |
2011年10月購入作品の感想 『カラスの親指』(道尾秀介/講談社)★★★
「このミス」2009年版(2008年作品)6位作品。この年のベストテン作品で、唯一読んでいなかった最後の1冊で、7月に文庫化されていたものを図書館で借りた。「『ゴルゴ13』ハリウッドで映画化か」というニュースにつられて、『ゴルゴ13』の文庫版を150冊以上大人買いしてしまったために、10月に読んだミステリは、この1冊のみである。道尾作品としては、06年の『シャドウ』、08年の『ラットマン』、09年の『龍神の雨』の3作品を読了しているが、個人的な感想としては今ひとつという感じであった。そこで今回の本作だが、結論から言うと道尾作品の中ではベストと言えると思う。 ※9月に130数冊まとめ買いしたコミック「ゴルゴ13」文庫版を読むのに忙しく、ミステリー小説の読書は、年内ストップ状態。読書と言えば、年末に次男に勧められた「少年H」(2002年6月刊行)を読んだくらい。「ゴルゴ13」はもうすぐ読了できそうで、「このミス2012年版」も購入済みなので、年が明けたらまたミステリーに復帰したい。 |
2012年1月購入作品の感想 『ジェノサイド』(高野和明/角川書店)★★★
「このミス」2012年版(2011年作品)1位作品。週刊文春ミステリーベスト10第1位、第2回山田風太郎賞受賞、本の雑誌2011年上半期ベスト10第1位、日経おとなのOFF2011年上半期ミステリベスト10第1位というように各方面で絶賛され、2011年ダントツトップのミステリー小説に間違いはなかろうと、文庫化を待たずに購入し、正月休みに一気読み。 『ユリゴコロ』(沼田まほかる/双葉社)【ネタバレ注意】★★★
「このミス」2012年版(2011年作品)5位作品。この年のベスト10のあらすじ紹介を一通り読んでみて、すぐにでも本を手にとって読んでみたいと思ったのが、1位の「ジェノサイド」と、この「ユリゴコロ」の2作品だった。 『ミステリ・オペラ』(山田正紀/早川書房)★
「このミス」2002年版(2001年作品)3位作品にして、第55回日本推理作家協会賞、第2回ミステリ大賞受賞作品。ずっと気になっていたのだが、最近、文庫版が図書館に入ったので借りて読むことに。 『奇面館の殺人』(綾辻行人/講談社)★★★ 2011年末に刊行されたばかりの新刊であるため、「このミス」にはまだランキングされていない。それなりの評価を受ければ、2013年版(2012年作品)
に収録されることであろう。自分が最も敬愛するミステリ作家の新刊と言うことで、世間の評価もランキングも抜きで購入したが、近年の館シリーズの自分の評価は今ひとつで、
第7弾『暗黒館の殺人』が「このミス」2005年版(2004年作品)第7位、
第8弾『びっくり館の殺人』が「このミス」2007年版(2006年作品)第36位という結果にも納得であった。「このミス」2010年版(2009年作品)第3位の『Another』では、見事な復活を見せてくれたが、まだまだ安心できず、随分前から刊行がアナウンスされていた今回の館シリーズ最新刊の『
奇面館の殺人』には大いに期待していたのである。 |
2012年2月購入作品の感想 『天城一の密室犯罪学教程』(天城一/日本評論社)★
「このミス」2005年版(2004年作品)3位作品。「このミス」ランクイン作品にしては珍しく、2012年2月現在でも文庫化されておらず、ハードカバー本を借りて読むことに。聞き慣れない筆名の筆者は、かつて乱歩の弟子的なポジションにあり、本職が大学教授ということもあって寡作であったため、幻の探偵作家と呼ばれているらしい。本作は、密室犯罪にこだわる筆者が、密室犯罪を類型化して分類し、それぞれに作例を提示するという、教科書的な構成となっている。試みとしては面白いとは思うが、肝心の小説が正直面白くない。本文中にも、自分の作品が読者に受け入れられなかった旨の言葉が何度も出てくるが、それも納得である。作品が書かれた時代もあるが、内容が一読して理解しがたい部分が多々あることに加え、緻密に過去の探偵小説を研究し分析している割には、著者の発明したトリックには納得のいかないものが多い。第1部で活躍する刑事の島崎、そしてその彼を振り回し、あっという間に真相にたどり着く、第3部に登場の探偵役・摩耶との掛け合いは、ちょっと今風ではあったが、「ポツダム犯罪」での二人の執拗なやりとりはさすがにやりすぎで辟易した。 『伝説なき地』(船戸与一/講談社・双葉社)★★
記念すべき「このミス」の創刊号(1988年)1位作品。この年のランキング作品で読了しているのは、7位の「迷路館の殺人」(綾辻行人)のみ。いくら古いとは言え1位作品ぐらいは読んでおくべきだろうと思っていながら、これまで手を出さずにいたのは、同じ船戸作品で「このミス」1993年版(1992年作品)1位の「砂のクロニクル」を読んだときの印象があまり良くなかったからである。
珠玉のミステリを期待していたのに、いざ読んでみると、なぜか中身は「このミス」が対象ジャンルに含めている冒険小説で、しかもかなりの長編で読むのが苦痛だった記憶がある。しかし、創刊号の1位にさすがにハズレはないだろうし、第42回日本推理作家協会賞、第7回日本冒険小説協会大賞を受賞した作品でもあり、「このミス」には1988年から2001年の間に8作品もランクインしている(1位1回、3位2回、6位1回、14位2回、15位1回)実績に敬意を表し、遂に読むことに。最近まとめ読みした「ゴルゴ13」の原作を担当したこともあるという話にも親近感を持った。ちなみに、読んだのは講談社文庫ではなく、日本推理作家協会賞受賞作全集として刊行された双葉文庫の方である。 『ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと奇妙な客人たち〜』(三上延/メディアワークス)★★
「このミス」2012年版(2011年作品)24位作品。随分ランクが下の作品だが、新しく、かつ、奥さんが購入していたため借りて読むことに。見るからにライトノベルだが、中身もライトノベルチックである。主人公は、幼い頃に祖母の本を勝手に読もうとして厳しく叱られ、それ以来本を読むことができなくなってしまった、就職浪人中の五浦大輔23歳。彼は、祖母の遺品の本の価値を調べるために、古本屋にそれを持ち込むことにしたのだが、その古本屋は、高校時代に若くて美しい女性を見かけて以来、ずっと気にしていた店であった。店主が入院中であることを知った大輔は病院へ向かうが、かつて店で見た美しい女性が、篠川栞子(しおりこ)という現在の店主であることを知って驚く。人見知りの激しい栞子ではあったが、本に関する知識は膨大で、本について語り出すと止まらない。本を読むことができない大輔であったが、本を読みたいという欲求は人一倍あり、栞子の話に懸命に耳を傾けている内に、古本屋の店員になることを栞子から頼まれる。栞子は安楽椅子探偵よろしく、膨大な本の知識を生かして大輔が持ち込む事件の謎を次々と病室で解き大輔を驚かす。後半で、栞子が入院している理由が明かされ、その原因となった事件の解決がクライマックスとなっている。 『ビブリア古書堂の事件手帖2〜栞子さんと謎めく日常〜』(三上延/メディアワークス)★★ 刊行されて間もないため「このミス」2012年版(2011年作品)にはノミネートされていないが、次年度版にはランクインするかもしれない。前作を読んだときには特に深い感銘は受けなかったのだが、続編を読むと、この独特の世界観が自分にとって結構心地よいことに気付かされた。紹介されている古書が堅苦しい物ばかりでなく、今回は漫画まで取り上げてくれているところで急に親近感がわいた読者も多いだろう。ライトノベルっぽいとはいえ、ヒロインの栞子は決して特定の読者に媚びた今時の萌えキャラではなく、失踪した母親に並々ならぬ憎しみを抱いているという、簡単に人を寄せ付けない暗部を持っているところが、絶妙なバランス感覚を生んでいる。評価は★二つしかつけていないのだが、続きが早く読みたい不思議な作品である。 |
2012年3月購入作品の感想 『THE WRONG GOODBYE ロンググッドバイ』(矢作俊彦/角川書店)★ 「このミス」2005年版(2004年作品)4位作品。先月読んだばかりで、かつ、がっかりさせられた「天城一の密室犯罪教程」の1つ下にランクされた作品なので警戒はしていたのだが、案の定であった。タイトルから分かるとおり、古典的名作であるレイモンド・チャンドラー「長いお別れ」のオマージュともいうべき作品である。探偵役の主人公(本作では刑事)が、酔いつぶれた不思議な男に奇妙な友情を感じ、男の頼みで彼が飛行機に乗るために空港まで車で送るが、後に彼には殺人容疑がかかっていることが発覚し、彼の死亡が伝えられた後も、彼の無実を晴らすべく主人公が動き回るハードボイルド小説、という成り立ちまでそっくりである。独特の気の利いた言い回しには、所々目を見張るものもあるが、ハードボイルドというほど主人公はハードではないし、話を読み進めれば進めるほど退屈してくるのも事実だ。 「長いお別れ」は結構楽しめた記憶があるが、とてもそれを超えたとは言えない。ハードボイルドというジャンルが自分の肌に合わないということを再確認した作品でもあった。 |
2012年4月購入作品の感想 『おやすみラフマニノフ』(中山七里/宝島社)★★★
第8回(2009年)「このミステリーがすごい!」大賞受賞作『さよならドビュッシー』と
、同賞の最終選考に残りながら何の賞も受賞せず、それでも出版された『連続殺人鬼カエル男』
は、どちらも文句なしの傑作であったが、これは前者の続編で「岬洋介シリーズ」第2弾となる。 『隠蔽捜査』(今野敏/新潮社)【ネタバレ注意】★★★
「このミス」2006年版(2005年作品)20位作品。まさかこんなに下位の作品とは知らずに図書館で借りて読み始めたのだが、予想は良い方に裏切られた。「警察小説」というだけでちょっと読み疲れそうという不安があったのだが、その不安があったのは最初の数ページだけであった。 『隠蔽捜査2果断』(今野敏/新潮社)★★★
「このミス」2008年版(2007年作品)4位作品。前作の続編で、大森署の署長に左遷された竜崎の指揮によって突入したSATが立て籠もり犯を射殺し、人質を無事救出したものの、犯人の拳銃に弾丸が残っていなかったことが判明し、竜崎が窮地に立たされるという物語である。しかし、新天地でも彼は多くの人々を次々と味方に付けていき、遂に事件の真相を見事に明らかにする。第1弾に登場した魅力あるキャラクター達も再登場し、物語を盛り上げてくれ
る。「厳しい訓練を日々受けているであろう特殊部隊がそんなへま(あえて詳しく述べないでおく)をするのか?」といった突っ込みどころもないわけではないが、第1弾に勝るとも劣らない傑作であると言えよう。 |
2012年5月購入作品の感想 『死の泉』(皆川博子/早川書房)【ネタバレ注意】★★
80歳(1930年生まれ)を越えてなお作品を書き続けていることにまず驚かされるが、「このミス」2012年版(2011年作品)では『開かせていただき光栄です』で堂々の3位にランクインしたことにさらに
驚愕。そこで、まだ手つかずであった「このミス」1998年版(1997年作品)3位作品の『死の泉』を読むことに。 『神様のカルテ』(夏川草介/小学館)★★
最初に断っておくが本書はミステリではない。たまには人が死なない作品を…と思い立ち、評判の良書をあたっていく中で本屋大賞2010年2位作品の本書を選んだ(本書でも何人も死ぬのだが)。 『猫を抱いて象と泳ぐ』(小川洋子/文藝春秋)★★
今回もミステリではない。芥川賞作家である著者の作品で、様々なランキングの上位にランクインした話題の本が、昨年文庫化されたのを知り読むことにした。 |
2012年6月購入作品の感想 『舟を編む』(三浦しをん/光文社)★★★
3作連続でミステリー外の読書となった。今回
選んだのは「本屋大賞2012」で他を圧倒しダントツの1位に輝いた『舟を編む』。今まで読んだことのない辞書の編纂をテーマとした物語である。読んだことがないというか、実際に、そのようなテーマで書かれた小説は、少なくとも日本には存在していなかったのではないか。主人公は、玄武書房の営業部から辞書編集部に異動してきた「まじめくん」こと馬締光也。辞書の編纂を生き甲斐としてきた松本先生と、定年を前にした玄武書房の荒木にとって、後継者がいないことが悩みの種だったが、荒木が見つけてきた馬締は、営業部では変人扱いされていたものの、まさに辞書作りにうってつけの逸材であった。チャラい社員として知られながら辞書に愛着を持ち始め、いつしか馬締をサポートし始める西岡、いつもいい味を出している契約社員の佐々木さん、そして馬締が想いを寄せるヒロインで馬締と同じ下宿に住む女性板前の林香具矢…。登場人物達が織りなす心温まるドラマの数々に、いい気分になっていると、突然13年後に舞台が飛んで驚かされるが、それくらい辞書の編纂というのは大変な仕事ということ。馬締以来、辞書編集部に久々に補充された岸辺も、最初は慣れない環境に苦しみながらも次第に辞書の世界にはまっていく…。 |
2012年7月購入作品の感想 『砂の狩人』(大沢在昌/幻冬舎)★★★ 「このミス」2002年版(2003年作品)4位作品。3月に読了した『THE WRONG GOODBYE ロンググッドバイ』で、ハードボイルドというジャンル は自分に合わないということを再確認した はずであったが、さすがは大沢在昌、読ませてくれる。かつて捜査一課の優秀な刑事だった西野は、未成年の殺人犯の再犯を確信し、無抵抗な彼を射殺して辞職していた。漁師町で静かに暮らしていたそんな彼に近づいてきたのは女性キャリアの時岡。東京で、暴力団組長の子女が次々に殺害されており、容疑者が警察関係者と考えられることから、内密な捜査を依頼するためであった。一度は拒否したものの、追い詰められた様子の彼女の依頼を最終的に受け入れた西野は、東京に舞い戻って捜査を開始する。暴力団の一部は、犯人を中国人と考え、中国人狩りを始めたため、暴力団と中国人の全面戦争になりかけるが、それを食い止めるため西野は奔走する。暴力団・禿組が中国人狩りのために放った殺人集団・マニラチームリーダーの水越、連続殺人事件の犯人を知る中国人グループの中心人物の馬、そして九州から娘の敵討ちのため上京してきた暴力団・西輝会組長の泉田など、駆け引きの相手は増えていく一方で、警察の助けを借りることもできず、暴力団・芳正会組長の腹心・原と、現役のマル暴刑事・佐江と共闘し、死を恐れず数々の困難に立ち向かっていく西野の姿は、最後まで読む者の心を捉えて放さない。下巻に入って時岡の口から語られる驚愕の真実は、ある程度予想の範囲内であったが、その後も、新展開が次々と用意されていて、最後の最後まで全く退屈することがない。『新宿鮫』シリーズよりも気に入ったかもしれない。『新宿鮫』シリーズは、[の「風化水脈」以来、もうお腹いっぱいという感じで、しばらく遠ざかっていたが、そろそろ戻ってみようかという気になった。 『ビブリア古書堂の事件手帖3〜栞子さんと 消えない絆〜』(三上延/メディアワークス)★★
今年2月に、1、2巻を続けて読了したが、奥さんが3巻を購入してきたため早速借りた。サブタイトルに入っている「絆」の文字は、震災以降、やたらあちこちで目について食傷気味。こんな所にも使うのかと、そのあざとさがちょっと引っかかったが、気にせず読み始めることにした。 |
2012年9月購入作品の感想 『折れた竜骨』(米澤穂信/東京創元社)★★
「このミス」2012年版(2011年作品)2位作品。
これまでに読んだ著者の作品『インシテミル』『ボトルネック』とは全く趣を異にする作品で、舞台は現代の日本ではなく12世紀末のヨーロッパ。魔術と剣と謎解きという、これまでの作品とは全く違う世界観に、新境地を切り開いたかと思いきや、デビュー前に「問題篇」は別の形でネット上に公開されていたと言うからちょっと驚いた。 |
2012年10月購入作品の感想 『マリアビートル』(伊坂幸太郎/角川書店)★★
「このミス」2011年版(2010年作品)6位作品。伊坂作品は過去に6作品読んだが、『グラスホッパー』と『ゴールデンスランバー』の2作品には★3つの評価を付けている。しかし、実は『グラスホッパー』はあまり印象に残っていない。『マリアビートル』は、その『グラスホッパー』の続編。東京から盛岡に向かう新幹線の中で繰り広げられる「殺し屋達の狂想曲」というキャッチコピーがぴったりの物語。 『追想五断章』(米澤穂信/集英社)★★
「このミス」2010年版(2009年作品)4位作品。先月読了したばかりの『折れた竜骨』に引き続いての米澤作品である。 『開かせていただき光栄です』(皆川博子/早川書房)★★ 「このミス」2012年版(2011年作品)3位作品。「第12回本格ミステリ大賞」小説部門賞を受賞したほか、「2011週刊文春ミステリーベスト10」第3位、「ミステリが読みたい!2012年版」第3位にランクイン。5月に読了した、著者67歳の時に刊行された『死の泉』に続き、81歳の時に刊行された本作品をついに読む機会を得た。 『春期限定いちごタルト事件』(米澤穂信/東京創元社) 【ネタバレ注意】★
この作品は「このミス」
にはランクインしていない。最近続けて読んだ米澤作品『折れた竜骨』『追想五断章』で、過去に読んだ『インシテミル』『ボトルネック』から受けていた印象がだいぶ変わったので、ちょっと他の作品を読んでみたいと思うようになり、2007年版10位の『夏期限定トロピカルパフェ事件』、2010年版10位の『秋期限定栗きんとん事件』を読むことにしたのだが、このシリーズの最初が本作品だったため、ランク外でも一応読んでおかねばならないだろうと判断し、読み始めた次第である
(『冬期限定〜』は未刊行だが、その4作で完結予定らしい)。2004年12月に書き下ろしの文庫作品として世に出たものであるが、2001年に『氷菓』(当時はあまり売れなかったらしい)でデビューした著者がメジャーになるのは、2004年2月に発刊された『さよなら妖精』が「このミス」2005年版で20位にランクインしてかららしいので、本作品が発表された当時は、まだそれほど注目されておらず、本作品もランクインもしなかったものと思われる。今や「このミス」の常連作家となり、2010年版では作家別投票1位に輝いていることからは想像もできないが、本作品を読んでみて、メジャーになってからの作品だったとしても、内容的にランクインは厳しかったのでは?と思えるのも事実。 『夏期限定トロピカルパフェ事件』(米澤穂信/東京創元社) 【ネタバレ注意】★★
読了したばかりの『春期限定いちごタルト事件』の続編で、「このミス」2007年版(2006年作品)10位の本作を続けて読んだ。前作がかなり期待はずれだっただけに不安も大きかったのだが、結論から言えば、本作は「ちゃんとミステリになっている」。さすがに10位にランクインしただけのことはある。前作も読んでおいて正解。読んでいなくても本作は楽しめるが、やはり各キャラクターの前知識は事前に持っていた方が本作をより楽しめるのは確か。前作は、助走であり、アイドリング。本作で、ヒロイン・小佐内さんのキャラクターの魅力が一気に加速する。 『秋期限定栗きんとん事件(上/下巻)』(米澤穂信/東京創元社) 【ネタバレ注意】★★
『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』に引き続き、同時に借りてあった続編の「このミス」2010年版(2009年作品)10位の本作までを一気に読んだ。1作目は★ひとつ、2作目には★2つをつけたが、3作目
は限りなく★3つに近い★2つ。 『白銀ジャック』(東野圭吾/実業之日本社)★★ 「このミス」2011年版(2010年作品)91位作品。「このミス」創生期から常連作家だった東野圭吾は2006年版『容疑者Xの献身』、2010年版『新参者』で1位を獲得。そして2011年版では、いきなり文庫で発売され、しかも1ヵ月で100万部売れて話題になった本作品が、なぜか結果は91位。2010年10月発売というノミネートタイミングがギリギリだった影響も大きいと思われるが、長い間気になっていた本作をついに読む機会を得た。 『名探偵の掟』(東野圭吾/講談社)★★★ 「このミス」1997年版(1996年作品)3位作品。前回の『白銀ジャック』で改めて東野圭吾作品にハズレ無しを再確認したこともあって、過去の「このミス」上位に東野圭吾作品の読み残しを探したところ、本作を発見。さっそく借りて読むことに。 『どちらかが彼女を殺した』(東野圭吾/講談社) 【ネタバレ注意】★★★ 「このミス」1997年版(1996年作品)13位作品。前回の『名探偵の掟』
を読んで、もう少し真摯にミステリ小説を読まなくてはいけないと反省させられ(前回コメント参照)、結末で犯人を明かさないという形で(犯人を導き出せる材料は提示されている)、著者が読者に挑戦している本作をさっそく読んでみることにした(決してヒマではないのだが、2009年12月の月8冊の記録をまた更新して今月10冊目)。 |
2012年11月購入作品の感想 『ハサミ男』(殊能将之/講談社) 【ネタバレ注意】★★ 「このミス」2000年版(1999年作品)9位作品。少女二人を絞殺し、殺害後にその喉にハサミを突き立てるという連続猟奇殺人犯を、世間は「ハサミ男」と読んでいた。「ハサミ男」が3人目の獲物を決め、周到な準備をしていざ殺害に及ぼうとしたその日に、「ハサミ男」は自分と同じ手口で殺害された目標の少女の遺体を発見する。出版社でアルバイトをして生計を立てながら自殺未遂を繰り返す「ハサミ男」は二重人格者であり、もう一人の人格である「医師」にそそのかされて真犯人を追い始める…という物語である。 『綺想宮殺人事件』(芦辺拓/東京創元社)★ 「このミス」2011年版(2010年作品)10位作品。さらに「2011本格ミステリベスト10」4位、「週刊文春ミステリーベスト」8位と記された帯を見て、相当に期待して読み始めたのだが、正直、40ページほど読んだところで読むのが嫌になった。とにかくどうでもいい蘊蓄が多すぎる。京極夏彦の作品でも延々と続く蘊蓄に閉口して斜め読みしてしまったことが結構あったが、蘊蓄のジャンルがあらゆる方面に飛びまくる本作は、その比ではない。これはものすごく限定された読者向けの作品ではなかろうか。各ランキングで本作に投票した方々に問いたい。「本当に面白かったのですか…?」と。「面白いか」「面白くないか」ではなく「すごいか」「すごくないか」で投票したのなら仕方ないが、身近に本書を薦められるレベルの知人がいないのは確かである。 『屋上ミサイル』(山下貴光/宝島社) 【少しネタバレ注意】★★ 2009年第7回「このミス大賞」大賞受賞作品。このミス大賞関連では、まだまだ未読の作品が数多く残っているのだが、その中から2009年に『臨床真理』(柚月裕子)と大賞をダブル受賞となった本作を選んだ。 『臨床真理』(柚月裕子/宝島社) 【少しネタバレ注意】★★ 上記の『屋上ミサイル』とともに2009年第7回「このミス大賞」大賞を受賞した作品。
本作と『屋上ミサイル』のどちらを大賞にするか4人の審査員の意見が真っ二つに割れて、結局両方が受賞したといういわく付きの作品だが、最初に個人的な結論を言わせてもらうと、本作の方が圧倒的に上ではないかということだ。 |
2012年12月購入作品の感想 『川の深さは』(福井晴敏/講談社)【少しネタバレ注意】★★★ 「このミス」2001年版(2000年作品)10位作品。作者が第43回江戸川乱歩賞に応募した作品で、もし受賞していればこれがデビュー作となったはずの作品であったが、結局落選して、翌年の『Twelve
Y. O.』で第44回江戸川乱歩賞を受賞し、こちらがデビュー作となった。本作の続編という形となっている『Twelve Y.
O.』、そしてその続編とも言える『亡国のイージス』の刊行後、やっと刊行されるという、少々ややこしい状態となっている。かなり以前から読まねばと思っていたものを、やっと読む機会を得た。 |