現代ステリー小説の読後評2011〜2012

※タイトル横に【ネタバレ注意】の表記がある作品はその旨ご注意を

2011年購入作品の感想

『愚か者死すべし(原ォ/早川書房)【ネタバレ注意】★★

 寡作なミステリー作家の1人である作者は、「このミステリーがすごい!」 で出版した全ての作品が上位にランクインするという快挙を成し遂げている。「そして夜は甦る」で1988年版(創刊号・1988年作品)2位、「私が殺した少女」で1989年版(1989年作品)1位、「天使たちの探偵」で1991年版(1990年作品)5位と、3年連続 上位ランクイン後、「さらば長き眠り」で1996年版(1995年作品)5位、そして今回購入した「愚か者死すべし」で2006年版(2005年作品)4位を獲得。 当然期待値も高く、昨年読んだ私立探偵・沢崎シリーズ第2弾「私が殺した少女」に引き続き、本作も楽しみにして読み始めた。
 シリーズ第4弾である本作も、作中の雰囲気は第2弾と全く同様で、まさにハードボイルド。ここから先のあらすじは、自分の読書記録メモを兼ねてかなり詳細に記しているので、これから本作を読もうとしている人は注意してほしい。大晦日の朝、沢崎は、伊吹啓子という女性から銀行強盗を自白し自首した父・哲哉の無実を証明してほしいという依頼を受ける。元暴力団員で現在は料理店主として成功している哲哉が拘留されている新宿署で、哲哉狙撃事件に巻き込まれた沢崎は、狙撃犯の車に自分の車をぶつけるが、2発目の銃弾は、哲哉を警護していた若い警官・東海林を殉職させてしまう。新宿署を哲哉が出るタイミングを狙撃犯に連絡した人物は、署内にいた誰だったのかが問題になるが、同時に哲哉が義弟・別所文男の身代わりで自首してきたことも明らかになる。狙撃犯の車を見失った直後に見かけた不審車のナンバーから、その不審車の在処を突き止めた沢崎は、別所とともに老資産家の設楽(しだら)が、監禁されているのを発見し救出した。設楽を誘拐した黒幕には逃げられたが、強盗後逃走中に老資産家誘拐犯と知らず彼らに捕まってしまった別所は大人しく自首し、伊吹父娘に感謝される沢崎。その沢崎の元へ、狙撃犯からの脅迫電話、そして設楽の娘から仕事の依頼の連絡が入り、そしてその直後、警視庁公安課員を名乗る税所(さいしょ)という不審人物の訪問を受け、設楽が「三日男爵」と呼ばれる政界のスキャンダルを一手に管理する人物であることを教えられる。そして、設楽の元を訪れた沢崎に対する設楽の依頼とは、自白剤によって誘拐犯にしゃべってしまったスキャンダルのネタ漏れを心配して設楽の元に政界から集まった7億以上の大金を、誘拐犯の元に口止め料として送り届けるという仕事であった。哲哉に別所の身代わりになることをそそのかしたのが、暴力団員の羽根田であることを突き止めた沢崎であったが、羽根田はすでに何者かによって消された後で、そのことについて哲哉と話し合っていた沢崎は再び狙撃を受ける。狙われているのはやはり哲哉なのか、それとも沢崎なのか…。7億円の現金輸送の仕事を果たした沢崎であったが、沢崎と間違われて射殺されたらしい誘拐犯の1人の死体が発見されたことで、狙撃犯のターゲットは哲哉から沢崎に移ったと思われた。しかし、最初の狙撃のターゲットが哲哉ではなく、誤って撃たれたと思われていた警官の東海林だったとしたら…という疑いが浮上し、羽根田殺しにムラシマという刑事が関わっているらしいことが判明して事件は急展開を迎える。税所こそが、設楽の財産を狙う誘拐犯の黒幕だと知った沢崎だが、沢崎は彼の犯罪に興味はなかった。東海林の中学時代の同級生から東海林の秘密を聞き出した沢崎は、田島警部補にそのことを伝え、ムラシマを含めた3人の警官が今回の警官殺しに関係していることが明らかになる。4人目の警官が手配されたところで事務所に戻った沢崎は、そこで真の黒幕と対峙する、といった物語である。
  身近にいた警官こそが実は事件の黒幕だったという展開は、今ではテレビドラマ等でもすっかり定番となっているが、様々な人間模様、中盤以降の加速していく展開など、「このミス」4位作品にふさわしい読み応えある内容となっている。上位の3作品のレベルを考えると、それ以上が厳しいことも納得できる。 ちなみに文庫版では書き下ろしのエピローグが追加されているので、ハードカバーしか読んでいない方も、一度読み返してみるといいかもしれない。

『空飛ぶ馬(北村薫/東京創元社)★★

 著者の作品では、「スキップ」と「盤上の敵」を過去に読んだことがあるが、正直微妙な印象しか残っていない。特に後者は「このミス」2000年版(1999年作品)8位となっているが、そのトリックの巧みさ以上に後味の悪さが気になった。今回は、作者のデビュー作であり、「このミス」1989年版(1988年作品)2位に輝いた作品ということで期待したかったが、女子大生と落語家がメインというよく分からないキャスティングで、しかも殺人事件などは起きないミステリーと聞いて、せっかく購入したものの、今ひとつ乗り切れないまま読み始めた。
 内容はと言うと、女子大生の「私」が、大学の加茂先生を通して、彼の教え子で彼女自身がファンだった落語家の円紫師匠と知り合い、日常の中で「私」が抱いた様々な疑問を、相談に乗った探偵役の円紫師匠があっさりと解いていくという短編集である。読み始めてまず思ったのは「この人は文章が上手だな」ということ。そしてとにかく読みやすいということ。古典や落語に特に興味はないので読みづらいのではないかと心配していたのだが、抵抗なく実にすらすらと読めてしまう。第1話「織部の霊」は、加茂先生が子供の頃に実物を見たこともない織部の掛け軸を夢に見たのはなぜかという謎を解く物語。第2話は、円紫師匠のなじみの喫茶店で、女性の3人組が砂糖を紅茶にどんどん入れていたのはなぜかという謎を解く物語。第3話「胡桃の中の鳥」は、友人2人と温泉旅行に出かけた「私」が、友人の車のシートカバーが剥がされた謎を解く物語。第4話「赤頭巾」では、歯医者の待合室で隣に座った女性から「毎晩9時頃公園に赤いものを着た女の子が現れる」という話を聞かされた「私」がその謎を解く物語。そして、この書のタイトルにもなっている第5話「空飛ぶ馬」は、「私」の近所の酒屋の若主人である国雄さんが幼稚園に寄付した木馬が、一晩だけ消えた謎を解く物語である。文庫版巻末の解説で、安藤昌彦氏が1話ずつ実に的確なコメントをされていたので、これ以上書きようがないのが正直なところなのだが、安藤氏一押しの「赤頭巾」よりも「織部の霊」の方が個人的にはインパクトがあった。安藤氏の周辺で評価が高かったという「砂糖合戦」は、「盤上の敵」同様、女性の残酷さが気分を悪くする。「胡桃の中の鳥」の謎解きは、実際にあり得ないトリックなので、今ひとつの印象。「空飛ぶ馬」もいい話ではあるがタイトルにするほどの作品とは思えない。5作品いずれの物語も、殺人どころか、事件すら起きていない日常の中の謎を題材にしたミステリーという点が斬新であるが、やはりお薦めは「織部の霊」と「赤頭巾」か。

『愛おしい骨(キャロル・オコンネル/東京創元社)★★

 基本的に文庫化されてから読んでいる「このミス」ランキング上位作品だが、最初から文庫で刊行されているものもあり、最新の「このミス」2011年版(2010年作品)海外編1位に輝いた本書がまさにそうだったので、海外編であまり「当たり」を体験したことはないのだが、久々に購入し読むことにした。
 舞台はカリフォルニア州の小さな町コヴェントリー。どこかで犯罪を犯すなどした逃亡者も流れてくるこの町は、広大な森に隣接しており、ある日、その森に入った17歳と15歳の兄弟のうち、弟だけが帰ってこなかった。そして20年後、陸軍の犯罪捜査部に所属していた兄のオーレン・ホッブスは、家政婦のハンナ・ライスに手紙で呼び戻され町に帰ってくる。夜明けに何者かが、ホッブス家の玄関先に弟・ジョシュアの骨を一つずつ置いていくという異常な事態に、オーレンは保安官のケイブル・ハビットと組んで、事件の真相に迫っていくという物語である。なかなかインパクトのある設定であるが、骨を置いているのは誰か、弟を殺害したのは誰か、という問題以外にも、さらに次々と謎が謎を呼ぶ。町の人々は皆、何らかの秘密を抱えており、容疑者は次々と浮かび上がる。愛犬を剥製にし、夜間徘徊をするなど異常行動をとるようになった兄弟の父で元判事のヘンリー、粗暴な副保安官・デイヴ、誰も近づかない図書館の司書で、町の怪物と恐れられているデイヴの母・メイヴィス、過去にオーレンと関係のあったホテルの女主人・イヴリン、オーレンに屈折した愛情を寄せる鳥類学者・イザベル、その義父でやり手の弁護士・アディソン、その妻でアルコール中毒に苦しんでいるイザベルの母・セアラ、元警官で、仲間に裏切られたことにより警官を憎んでいる大学講師・スワン、作家としての名声を取り戻すことを企むゴシップライター・フェリス、イヴリンと組んで怪しい降霊会を催す霊媒師・アリス、そしてケイブルより一枚上手の州女捜査官・サリー。それぞれの人間関係が複雑にからみあい、彼らの意外な素顔が明らかになっていく中で、オーレンは少しずつ事件の真相に近づいていく。
 最初の触れ込みでは、主人公・オーレンが、保安官・ケイブルと名コンビを組んで、事件解決に向かうような印象だったが、ケイブルは単に怪しい町の人物の1人という感じで早々に脇役の1人に紛れてしまい、まずここで拍子抜け。その後も、決して面白くないわけではないが、特にクライマックスがあるというわけではなく、淡々と物語は進んで行き、最後に唐突に犯人が指し示される。犯人の殺人の動機が今ひとつで、作品中何度も強調されているジョシュアを時間を掛けて殺害したのはなぜか、という理由も結局はっきりしない。ある人物が、ジョシュアのリュックをずっと隠し持っていた理由もよく分からない。あら探しをし始めるときりがないのだが、個人的な結論としては「微妙」という評価。ただ、ラスト近くのオーレンとイザベルのダンスシーンや、ハンナについて語られるエピローグは非常に印象的で、映画化されてもおかしくないという感想を持った。

 

2011年購入作品の感想

『悪の教典(貴志祐介/文藝春秋)★★★

 最新の「このミス」2011年版(2010年作品)海外編1位作品に引き続き、国内編1位作品を図書館で見つけ、さっそく借りて読むことに。ハードカバーの上下巻に分かれた本作品は、それぞれの厚みも結構あって読むのに時間がかかりそうに思えるが、あっという間に読み切ってしまった。これだけ物語に引き込まれる作品も久しぶりである。主人公の蓮実聖司は、とある私立高校の若手英語教師。生徒に絶大な人気を誇り、同僚の教師からの信頼も厚かった。しかし、それは、あくまでも表の顔であり、裏ではあらゆる手を使って自分に不都合な人物を排除することに躊躇することのない悪魔だったのである。上巻では、蓮実の現在の学校での裏表のある生活を描きながら、並行して子供の頃からの悪癖が少しずつ明らかになり、これまでに殺している人間の数も少なくないことが判明する。下巻では、学校祭準備中の夜の校舎内で、自分の悪事の証拠を消し去るため、学校に居残っていた自分が担任をしているクラスの生徒全員を殺害することを決意した蓮実が、恐ろしい計画性で暴走を開始する。果たして生徒は生き残ることができるのか、それともサイコキラー・蓮実の完全犯罪は成立してしまうのか、という物語である。倫理的に、生理的に受け付けないという読者も中にはいようが、多くの読者は最後まで目が離せないはずだ。いつもついつい作品のあら探しをしてしまう自分も、今回は特に突っ込みどころもなく、ノンストップで楽しませてもらった。「このミス」のみならず、「本屋大賞」「直木賞」にもノミネートされているのも納得。ミステリーファンならずとも一読を勧めたい。

『双頭の悪魔(有栖川有栖/東京創元社)★★

 「このミス」1993年版(1992年作品)6位作品。作者と同姓同名の英都大学推理小説研究会のメンバーである大学生を主人公に据えたシリーズの第3弾。作者の作品は「朱色の研究」(1997年)を読んで印象が今ひとつだったため長らく手を付けていなかったのだが、2年前にシリーズ第4弾「女王国の城」(2007年)を読んで、シリーズの過去の作品にちょっと興味を持 ったので、書店で文庫を見つけ早速購入して読み始めた。「女王国の城」同様、非常に読みやすい作品なのだが、研究会のメンバーの1人が怪しい団体のいる土地に行ったまま帰ってこず、それを残りのメンバーで連れ戻しに行く、という展開が第4弾と全く同じ(第4弾では部長の江神、第3弾はヒロインのマリア)というのは(読んでいる順番は逆なのだが)かなりいただけない。そこは我慢して読み進めるが、マリアがいる四国の山奥の芸術家が集まった木更村に、 彼女を連れ戻そうとやって来た友人にも親にもはっきりした説明をせず追い返すマリアにかなりイライラさせられる。事件に巻き込まれているわけでもなく、自分の意志で村にとどまっているのなら、周囲を心配させないようにきちんと説明すればいいだけの話だろう。そして、メンバーが闇夜に紛れて侵入する場面があるのだが、メンバーの1人の織田の豪快なくしゃみであっけなく村の住人達に発見されてしまう。作者は笑いをとるつもりだったのかもしれないが逆効果だろう。 そこも我慢して読み進めていくと、鉄砲水によって木更村と夏森村は分断され孤立した上に、それぞれの場所で殺人事件が発生。そして作者は、本格ファンにはたまらない「読者への挑戦」をそれぞれの事件について突きつけるのである。マリアとともに木更村の一時の住人となった江神の推理により木更村の事件の犯人が、夏森村にとどまっていたアリスの推理によって夏森村の事件の犯人が明らかになったと思ったら、第3の殺人事件が発生し、作者は「読者への最後の挑戦」を突きつけるという、なかなか凝った展開だ。3つの事件の犯人はなんとなく事前に見当はついたが、自分は完璧に論理的な説明まではできなかったので、最後の謎解きを楽しみにしながら読み進めた。しかし、その結末に納得はできるものの、全ての謎が吹き飛んだという爽快感や感動は今ひとつだった。

 

2011年購入作品の感想

『叫びと祈り』(梓崎優/東京創元社)★★

 「このミス」2011年版(2010年作品)3位作品。5編の短編からなる本書は連作推理小説という形態。海外の動向を分析する雑誌を発行する会社に勤め、海外取材に明け暮れる青年・斉木が全ての物語共通の主人公であり、第五回ミステリーズ!新人賞を受賞した第一話「砂漠を走る船の道」、スペインで失恋した友人・サクラの恋人の失踪の謎を斉木が解く、書き下ろし作品・第二話「白い巨人」、ロシアの修道院からの、そこに眠る不朽体の列聖の願い出に対し、査問官として遣わされた神父に同行した斉木が、ある犯罪に気付く第三話「凍えるルーシー」、アマゾンの奥地で発生したエボラ出血熱で、ある先住民族が滅びようとしていたそのさなかに起こった殺人事件に巻き込まれた斉木を描いた書き下ろし作品・第四話「叫び」、そして、ある施設内で友人の不思議な話に耳を傾ける斉木の姿を描いた書き下ろし作品・第五話「祈り」の5編である。第一話と第二話には、叙述トリックが仕掛けられているが、第一話のポイントはそこではない。その見所は、第四話とも共通するのだが、意外な殺人の動機である。世界を舞台にした作品ならではの、およそ日本ではありえない動機がそこにはある。第二話はそういう意味では期待はずれであった。第三話に向けてワンクッション置くための恋愛小説的な物語で、伊坂幸太郎の「アヒルと鴨のコインロッカー」の影響を感じ る。第三話は、ホラー的なものを狙ったのだろうが、意外な動機も一応描かれているものの、少々中途半端な印象。そして、前述の第四話を経て、最終の第五話へと続くのだが、ここでそれまでの四つの物語を見事に収束させている。今回は大絶賛とはいかないが、今後の活躍が楽しみな作家がまた一人増えた。

『隻眼の少女(麻耶雄嵩/文藝春秋)★★

 「このミス」2011年版(2010年作品)4位作品であり、「週刊文春ミステリーベスト10」でも4位だった作品だが、原書房の「本格ミステリ・ベスト10」では、堂々の1位を獲得。これはと思い、『祈りと叫び』に引き続き図書館で借りて読むことにした。作者・麻耶雄嵩氏の作品を読むのはこれが初めてなのだが、問題作ばかり書く作家と聞いていたので、これも興味を引いた。
 主人公は信州の無名の温泉宿・琴乃湯を訪れた大学生の種田静馬。彼は、神によって龍が倒された伝説が残る龍ノ淵での自殺を考えてこの地を訪れたのであったが、そこで出会った水干姿の隻眼の探偵・御陵(みささぎ)みかげに助手見習いとして雇われることで生きる目的を見つける。みかげは、同名の女性名探偵の娘であり、修業のため、元刑事の父とともに全国を渡り歩いていたが、この地の旧家で大昔に龍から村を救った神・スルガ様の子孫である琴折(ことさき)家で起こった連続殺人事件を、2代目御陵みかげとしてデビューするための最初に解決する事件にしようと決めたのである。静馬を見下し自信満々に推理するものの、ミスを連発するみかげといい、「究極の謎、究極の名探偵 そしてちょっぴりツンデレ!」という帯のキャッチフレーズといい、ライトノベル的なノリの冒頭部分は、正直期待感を削ぐに十分なものであった。水干姿のモデルを、表紙や裏表紙に配してくれたおかげで、ヒロインのイメージを印象づけることに成功しているが、これがセルタッチの今風のイラストだったりすると購入層はまた変わってきそうである。このような設定から、シリーズ化を狙っているのだろうと思いきや、事件は前半の第一部「1985年・冬」であっさり解決し(といっても突っ込みどころはかなりあったが)、後半の第二部は、なんと18年後の「2003年・冬」である。ヒロインは一気に三〇代。これでは、シリーズ化も何もあったものではない。ここからどう展開するのかは、読んでみてのお楽しみということにしておくが、簡単に触れておくと、18年後に琴乃湯を訪れた静馬が、琴折家で同じような連続殺人事件が発生したのを目の当たりにし、再びその事件解決に取り組むというものだ。この事件解決のスピードが前半と比べると余りに速く、読みながら残り少ないページ数でどうやって終わらせるのか、もしかしたら解決なしで幕引きという斬新なエンディングが待っているのかとハラハラしたが、一応きちんと完結する。しかし、その展開は色々な意味ですごい。かなりの掟破りな展開に読者は唖然とするはずだ。自分も含めて素直に受け入れられない読者も多そうで、このあたりが、「本格ミステリ・ベスト10」1位と「このミス」4位の差となって表れているように思われる。とは言っても、ミステリファンには一読の価値は十分にあると言っておこう。

『楽園(宮部みゆき/文藝春秋)★★★

 「このミス」2008年版(2007年作品)8位作品であり、文庫本を購入して読んだのだが、結論から言うと、なぜこの作品が8位なのか大いに疑問。7位の「 サクリファイス」 よりは明らかに上だと思うし、5位の「首無の如き祟るもの」、3位の「女王国の城」にも決して負けていない。とにかく作者の「読ませる力」は凄いとしか言いようがない。逆に言えば、その「読ませる力」に引き替え内容が今ひとつという評価があるのかもしれないが、個人的には全くそんなことは感じなかった。
 「模倣犯」事件から9年後、その事件に巻き込まれたライターの前畑滋子は心に傷を負ったまま苦しみ続けていたが、同業者を通じて、萩谷敏子という女性が、死んだ一人息子の等が持っていた「超能力」について調べてほしがっていることを知る。等は、土井崎茜という女子中学生が両親に殺害され埋められていたことを、事件の発覚前に絵に描いていたというのだ。その子供の能力に「模倣犯」事件もからんでいることが分かった滋子は、その調査を引き受けることにする。調査の過程で、様々な人間模様が浮き彫りになり、また並行して、女子小学生の視点で語られるもう一つの別の物語が進んで行く。「ガリレオ」シリーズのように、あり得ないことを科学的、論理的に解明していくのかと思いきや、結果的に超能力を完全肯定している点にも、特に違和感を感じない。あえて不満点を挙げれば、ラストが少々バタバタして物足りなかったことか。具体的には、いきなり滋子達が探していた人物が事件を起こしたらしいことがニュースになったと思ったら、そこで敏子が彼の家に行きたいと言いだし、滋子と一緒に彼の家に向かうという強引な展開や、第13章が丸々手紙の形態になっている必然性についての疑問や、茜が殺害される直前にやってしまったことというのが、それほど意外性に富んだものでなかったことなどであるが、それを含めてもやはりこの作品には3位以上がふさわしい。

 

2011年購入作品の感想

『水魑の如き沈むもの(三津田信三/原書房)★★

 「このミス」2011年版(2010年作品)7位作品。かつて、「このミス」にベスト10入りしたシリーズ第2弾『首無の如き祟るもの』(08年版5位)、第3弾『山魔の如き嗤うもの』(09年版8位)を読んで、大絶賛というわけではないもののホラーの要素を含んだミステリーという仕立てにちょっと惹かれたので三たび挑戦してみたのだが、結論から言うと微妙。怪奇幻想作家の刀城言耶は、女編集者の祖父江偲を伴い、奈良の山村で執り行われるという珍しい雨乞いの儀式を取材に行くのだが、その四つの村では水魑という神を奉り、それぞれの村の宮司が交代で雨を降らせる増儀、雨をやませる減儀といった儀式を執り行っていた。一番の権力者である水使龍璽宮司は、その儀式の力を強めるため、そしてそれによって自分の地位を維持するため、秘密の仕掛けを作っていた。その仕掛けの謎が解けないまま、言耶が見学することになった増儀の最中に、神男を務めた龍璽の息子の龍三が何者かに殺害される。警察を呼ぼうとしない龍璽に不信感を抱き、13年前の同じような事件と結びつけて考える言耶。そして、次々に神男が襲われていく中で、龍璽に犯人捜しを強要された言耶は関係者を集め、自分の推理を明かす…という物語なのだが、その最後の犯人の指摘が実に中途半端で、犯人は二転三転どころか四転五転する。それが、どんでん返しの連続で面白いと思う人もいるのかもしれないが、どの推理もあまりに強引で納得のいくものがなく、「なるほど!」という爽快感がほとんど味わえない。ただただ振り回されるだけという感じ。なんとか一応最終的に真犯人は絞られるのだが、それでも全然すっきりしない。蔵の秘密も結局謎のまま。これでは7位より上はないという判断にもなるだろう。本書の帯では「人気シリーズの最高峰」と謳っていたが、これまでに読んだシリーズ3作品の中から、あえてベストを選ぶとすれば、ホラー色が強く出ていた『首無の如き祟るもの』であろう。さすがに5位に入ることだけはある。しかし、ホラーという個性も大事にしてほしいが、やはりミステリーの部分にもっと力を入れてほしい。シリーズ作品としての魅力は十分にあるので、是非、作者には、「このミス」3位以内を狙える真の「最高峰」を書いてほしいと願ってやまない。

『トギオ(太朗想史郎/宝島社)★

 2009年「このミス大賞」大賞受賞作品。文庫化されたところを、たまたま書店で見かけたので購入。「このミス」2011年版に「このミス大賞」作家による読み切り作品が3編収録されていたが、太朗氏の作品「少年カルト」だけ異様なインパクトがあったからである。帯には、「このミス大賞、最終選考委員絶賛」とあるが、「このミス」を読んだ限りでは、実際にはかなり賛否両論だったような記憶がある。ちなみに「大賞史上最大の衝撃作」というコピーは間違ってはいない。なんと言っても、いきなり冒頭で主人公は死んでいるのである。主人公が死んで100年近く経ってから、彼の弟と客人の会話を傍観する主人公の視点から書かれた本作は、とにかく色々な意味で破格である。第一部「山村」では、近未来の貧しい山村を舞台に、捨てられた男の子を拾い弟にしたために村八分にされて、とことんいじめられる主人公が描かれる。テレビドラマなどでもいじめられながらもたくましく生きる主人公を描いた作品はよくあるが、正直何が面白いのか全く理解できない。ひたすら不愉快なだけではないか。多くのテレビドラマのように、いじめに耐え抜いて最後は人生の勝者となるという話なら、まだ少しは理解できなくもないが、この作品の主人公は負けっ放しで全く救いようがない。第二部「港町」では、村と弟を捨てた主人公が、組織の中で不正に蓄財し、結局ばれてしまう。正直あまり印象に残っていない。第三部「東暁」では、港町を捨てた主人公が、憧れの大都会・東暁にたどり着く。しかし、ろくな経歴のない若者に、憧れていたような生活などできるはずもなく、落ちるところまで落ち、無残に死んでいくのだ。物語の中のどこにもミステリーの要素はなく、オチも全く理解できない。後書きで指摘されているように、鋭い人間観察眼は作品のあちこちで見られるが、やはり荒削りな印象は否めない。なかなかまねのできない独特の世界観を持っていることは認めるが、それだけで大賞に選ばれてしまってよかったのかどうか。まだまだ発展途上の作家だと思う。

 

2011年購入作品の感想

『奇偶(山口雅也/講談社)★

 「このミス」2003年版(2002年作品)3位作品。過去の「このミス」上位作品はだいたい読んでいるのだが、未読のものも結構ある。本作品もその一冊だった が、「このミステリーが読みたい!2011年版第3位」という帯のコピーに惹かれて購入した。文庫化されたのは5年近く前なのだが、作者が特に気になる作家ではなかったため、これまで放置していた。
 本書を一言で言えば、ミステリーと言うより、ひたすら「偶然」というものについて論じた私小説的な作品である。2カ月前に津波を原因とする原発事故が発生し、数日前に「911事件」の首謀者が殺害されるニュースが流れたばかりであるが、本書を読み始めると、いきなり国内の原発事故の状況が描かれており、「911事件」がリアルタイムで描写されていることに驚かされた。これも「偶然」のなせる業か。
 主人公は、推理小説作家の火渡雅。『私は奇妙な偶然の連鎖を体験した。非常に生起確率の低い事象を、いくつも体験した。原発の事故、猿が文章を書いたこと、クラップスの連続、骰子の出目の偶然、同一の場所での二度の落下事件、名前や人間関係の思わぬ偶然の暗合、夢に出てきた幽霊のお告げ…偶然の連鎖は、まだまだ、ありました。探していた本のページが偶然開く、いわゆる《図書館の天使》の導き、小説の中の創作と現実の暗合、そして、ステーキ・ハウスの行列や原因不明の交通渋滞なんていうのも…』(下巻・p315より)というように、主人公の周囲には次々に偶発的と思われる事件が起こり、連続した死亡事故の裏に宗教団体がからんでいること、そして、恋人がその団体に連れ去られたことを知った主人公は、何者かの意図がそこに働いているのではないかと推理する。読者も、真犯人は誰かと必死に頭を働かせるわけだ。しかし、その努力は全て無駄に終わることを約束しよう。前述したように、本書はミステリーとか推理小説といった範疇に入る作品ではなく、「偶然」と言うものに対してひたすら主人公(=主人公と同じような闘病生活を送った作者)が悶々と思索にふけるというものである。複雑な事件に対する明快な解決が提示されることに期待を持った読者を決して喜ばせる結末は待っていないことを今のうちに記しておく。
 作者自身が、偶然によって苦しめられたこと、そしてそれによって考えさせられたことを、世に訴えたいと思った気持ちは分かるが、推理小説のような体裁をとる必要が果たしてあったのかどうか。作者が推理小説作家だからといって、彼自身が本書を推理小説だと謳ってもいないのに、我々読者が勝手に珠玉のミステリーを期待するのが悪いのだろうが、感動的な結末を期待していた読者は間違いなく裏切られる。また、登場人物達が「偶然」について論じるに当たって膨大な著書が提示されるが、正直まったくついていけなかった(自分が本作からふとイメージした同じようなテーマの志賀直哉の「城之崎にて」が登場しなかったのがちょっと残念だった)。はっきり言ってそのような部分は苦痛でしかなく、しかもそのような部分が本書の多くを占めるため、本書に読書の喜びを見いだすのは相当に奇特な読書家に限られるのではないか。
 確かに従来のミステリーの枠から逸脱している点で「このミステリーはすごい!」と言えるが、「すごい」と「素晴らしい」は違うのだということを改めて思い知らされた(特に「このミス」の海外編では、過去に何度も同様の思いをしてきた)。「このミス」2003年版では、「バカミス」(ばかばかしいミステリー)部門で本書が金賞を受賞しているのにも納得だ。従来のミステリーは読み飽きたという人にのみ勧められる作品である。

『Yの悲劇(エラリイ・クイーン/早川書房)★★★

 ここ数作品の読書で「当たり」に恵まれなかったため、久しぶりに海外の「名作」と呼ばれるものに手を出すことにした。「東西ミステリベスト100」(1986年)第1位、「ミステリが読みたい!2010年版海外ミステリオールタイムベスト100forビギナーズ」第7位という、超鉄板作品である。ミステリ好きを自称しながら、こんなにも有名な作品を読んでいなかったのかと嘲笑されそうだが、実際読んでいなかったのだからしょうがない。実は読書記録を取る以前に読んでいたのではと、淡い期待を抱いて読み始めたのだが、全く記憶にないストーリーだった。 上に挙げたもの以外にも、様々な過去のミステリーランキングで上位の常連となっている本作だが、実は海外ではそれほど高評価ではなく、日本のミステリファンに特に受けがよいらしい。
 さて、冒頭で紹介されている登場人物が多い作品には、いつもながら抵抗を感じてしまうのだが、とりあえず序盤はすんなりと読み進めることができた。 舞台は1930年頃のニューヨーク。港でヨーク・ハッターという富豪の水死体が上がる。ハッター家の独裁者・エミリー夫人に虐げられ続けてきた末の自殺と思われたが、今度は、エミリー夫人と前夫との娘・ルイザの毒殺未遂事件が起こる。そしてついにエミリー夫人がマンドリンという不思議な凶器で撲殺(正確には殴られて気絶した後の心臓麻痺)されるが、ルイザの毒殺を再び行おうとした犯人が偶発的に殺害したものか、最初からエミリー夫人を狙ったものかの判断に苦しむサム警視と探偵ドルリイ・レーン。ハッター家には、多くの狂気じみた人々が住んでおり、容疑者は次々に浮かぶが、決定的な証拠が見つからぬまま時間だけが過ぎていく。レーンは独自に物証を手に入れていくが、なぜか真相を明らかにせぬまま最後に事件解決を諦めてしまう。ここまで読んだ段階では、さんざん思わせぶりなことを書いてきて、これはないだろうと失望したものであるが、事件が風化しかけた頃に、レーンは、自宅を訪れたサム警視とブルーノ検事に恐るべき真相を語るのであった。それまで無駄かと思われたここまでの膨大な叙述がすべて事件解決の糸口につながっていることが明らかになる、このラストシーンは確かに圧巻。気になる部分もないではないが、多くのミステリーファンに読み継がれているのも納得の作品である。自分が特に気に入ったのは、最後の最後。探偵がこのような事件の幕引きをするミステリー小説が他にあっただろうか。たぶんこれだけの名作なのだから、自分の知らないところで多々利用されているのかもしれないが、非常に印象的なエンディングであった。

『謎解きはディナーのあとで(東川篤哉/小学館)★★

 2011年「本屋大賞」受賞作ながら、なぜか「このミス」では24位。ネット上の書評でも「期待を裏切られた度ナンバー1」とか「出版社の強力なキャンペーンのおかげで売れた本」などと結構酷評されており、それで逆に興味を持って図書館で借りて読むことに。
 主人公は天下の「宝生グループ」総帥の娘で、なぜか刑事をやっている麗子。自分が金持ちであることをいつもひけらかし、麗子をいつも困らせているセクハラ上司の風祭警部は、国産スポーツカーメーカー「風祭モータース」の御曹司ながら、麗子が自分以上のお金持ちのお嬢様であることを知らない。風祭を馬鹿にしている麗子であるが、麗子自身も決して優秀な刑事とは言えず、いつも捜査が行き詰まった状態で帰宅する。そこに救いの手を差し伸べるのが、麗子の運転手兼執事の影山である。影山は、麗子の忠実なしもべながら、麗子から事件の経過を聞くと「この程度の真相がお判りにならないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか」「ひょっとしてお嬢様の目は節穴でございますか」などと毒舌を吐き、いとも簡単に事件の真相を明らかにしてしまうという安楽椅子探偵なのだ。この二人のユーモラスな掛け合いが人気の秘密であるのは言うまでもない。謎解きも言うほど陳腐なものではなく、よくできている。第1話から第3話までは上記のようなパターンで、犯人を問い詰めるシーンなどはなく、麗子の自宅で影山の口から事件の真相が明らかになり、麗子が納得した時点で終了してしまうのが新鮮だ。第4話では、二人が事件の現場に遭遇するという新しい展開を見せるが、第5話では元のパターンに戻る。ただ、影山の毒舌は変わらないながらも、最後に麗子自身に犯人像を推理させようという影山の心遣いが垣間見え微笑ましい。そして最後の第6話では、二人で殺人犯と対峙するというクライマックスが待っている。このライトなノリはアニメ・マンガ向けだと思ったら、すでにコミック化されているらしい。続編も用意されているようで、かなりの人気シリーズに発展すると見た。『トギオ』や『奇偶』よりは、人に勧めやすい作品だ。

『リアル鬼ごっこ(山田悠介/幻冬舎)★

 著者が高校生に人気がある作家であることを以前から聞いていて、昨年「リアル鬼ごっこ2」が劇場公開され話題になってから、一度読んでみようと思っていたので、著者のデビュー作である本書を図書館で見つけて借りてみた。
 西暦3000年、「佐藤」姓を持つ王様は、国民の中に同じ姓を持つ者が大勢いることに我慢できなくなり、
全国500万の「佐藤」姓を皆殺しにする命令を下した。毎日1時間、7日間の鬼ごっこ期間中を生き延びた者にはどんな願いも叶えてやるという。大学生の佐藤翼は、生き別れの妹に会うために何としても生き延びることを決意する。荒唐無稽な設定、主人公の若者の周囲で人間がばたばたと死んでいくという展開は、高見広春の『バトル・ロワイアル』を思い出させる(ちなみに高見氏が発表した小説は、2011年5月現在これ1作のみである)。人の「死」は、誰にとっても一番の刺激物であるから、小説の材料として安易に使いたくなる気持ちは分かるが、『バトル〜』と比べると残酷なシーンはそれほどなく、ミステリー的要素もほとんどない。しかし、『バトル〜』を読んだときにも思ったが、本作はそれ以上に文章が稚拙で、高校生が書いたのかと思うほどだ。実際高校を卒業してから半年後くらいに書き始めたそうだが、今回読んだ文庫は改訂版で、最初に自費出版したものはもっと文法的誤りや誤字脱字が酷かったという。内容は、高校生が時間をつぶすエンターテイメント作品としてはこんなものかという感じ。結末もほぼ予想通り。

『さよならドビュッシー(中山七里/宝島社)★★★

 過去9回の「このミステリーがすごい!」大賞受賞作(第1回のみ大賞ではなく金賞)全12作品のうち、最近読んだ『トギオ』を含めて5作品を読了していたが、今回6作品目として選んだ本書は、第8回(2009年)時に、その『トギオ』と同時受賞した作品であり、それを図書館で見かけて借りてみた。『トギオ』にあまり良い印象がなかったので、それと同レベルの作品ではないかと少々心配していたのだが、それは良い方向に裏切られた。最初から最後まで、まったく隙のない優れた音楽ミステリー小説である。実を言うと「最後にどんでん返しがある」という帯の言葉から、第1章を読んだ段階で、おそらくこういう仕掛けではないかと予想していたオチは見事に的中してしまってちょっと拍子抜けしたのだが(その仕掛けに至る犯人の心理までは予想できなかった)、それを補ってあまりある感動がこの作品にはある。ミステリーの要素など入れなくても、十分に青春小説として成立するだけの力がある。また、著者の音楽と医学に対する知識には感服するしかなく、やはり優れた小説家というものは多かれ少なかれ誰にも負けない専門分野の知識を持っているものだということを思い知らされた。そしてその蘊蓄も決して嫌味ではなく、本作を彩る素晴らしい材料となっている。
 あらすじの紹介が遅れたが、音楽科のある高校に特待生推薦で合格したばかりだった香月遙は、資産家の祖父と従姉妹とともに火事にあい、全身大火傷の重傷を負いながらも一人だけ生き残る。ピアニストになる夢を諦めかけた遙に、ピアノの指導者になることを申し出た音大講師の岬洋介は驚くべき経歴の持ち主であった。本作品の探偵役でもある岬の指導により、精神的にも技術的にも成長していく遙であったが、彼女の周囲で不可解な事件が起こり、ついには死者も出てしまう。
 果たしてこれは遺産相続がらみの連続殺人事件なのか。短時間しかピアノを弾くことができなくなってしまった遙はコンクールで無事課題曲を演奏できるのか。読む者を最後まで引き込んで離さない本書の魅力は、是非本書を手にとって直接感じてみてほしい。続編の『おやすみラフマニノフ』も是非読んでみたい。

『シャーロック・ホームズの冒険(アーサー・コナン・ドイル/角川書店)★★★

 『Yの悲劇』に引き続き海外の「名作」に挑戦。と言っても今回は間違いなく過去に読んだことのある作品である。小学生と高校生の時に読んでいるはずで、一度読んだ本を読み返すことなどほとんどない自分にとっては珍しいこと。昨年「東西ミステリベスト100」(1986年)第10位、「ミステリが読みたい!2010年版海外ミステリオールタイムベスト100forビギナーズ」第6位というランキングを見たときには正直驚いた。小学生の時に読んだ印象が強く子供向けの作品という印象が強かったからである。今回購入したのは角川文庫で、なんと昨年刊行されたばかり。「ボヘミア王のスキャンダル」「赤毛連盟」「花婿の正体」「ボスコム谷の惨劇」「五つのオレンジの種」「唇のねじれた男」「青いガーネット」「まだらのひも」「技師の親指」「独身の貴族」「エメラルドの王冠」「ぶな屋敷」の12編が収められているが、子供向けなんてとんでもない、いずれもハズレなしの傑作ばかりだ。
 「ボヘミア王のスキャンダル」では、ホームズが麻薬の愛好者であったことが記されていること、そしていきなり犯人に一杯食わされる話であることに軽い衝撃を受けるが、ホームズの女性観が伺える興味深い作品。おいしい話には裏があるのは世間の常識で、この短編集の中には似たような話がいくつかあるが、燃えるような赤毛を持っているというだけで、高給のバイトを得た質屋の男の相談を描いた「赤毛連盟」はその代表。財産目当ての犯罪もいくつか描かれているが、ホームズが失踪した花婿の正体を追う「花婿の正体」も、その系統。「ボスコム谷の惨劇」では、父殺しの汚名を着せられた息子をホームズが救うが、犯人を警察に突き出すことはしない。そういえば冤罪で捕まった人を救う話、犯人を捕らえない話もこの短編集には他にいくつかある。こうやって見ていくと似たような展開が結構ありながら、読書中は全くそうと思わせないところがすごい。と言いながら、「五つのオレンジの種」では、依頼人は殺されるし、犯人は捕まらないしで、他の収録作品に全然当てはまらないパターンの変化球が来たりするのが、さすがドイルである。「唇のねじれた男」では、犯罪でない犯罪を描き、読者を楽しく悩ませてくれる。「青いガーネット」では、宝石を飲み込んだガチョウのルートを追うホームズの冒険も楽しいが、またしても犯人を捕らえないエンディングが印象に残った。捕らえない理由は「今刑務所に入れたら一生常習犯になってしまう」というもの。今時の刑事ドラマではまずありえない結末だ。「まだらのひも」は、これも財産目当ての犯罪で、子供心に昔読んだことをよく覚えている作品。おいしい話には裏があるパターンを描いた「技師の親指」では、天井が下がってきて人を押しつぶす部屋が登場。今となっては超定番の古典的とも言える仕掛けであるが、この作品が発表されたのは1892年。こんな昔からあったとは驚き。「独身の貴族」では、犯罪とは言えない犯罪を描いているが、ホームズが、見つけた犯人を説得して被害者に謝罪させる結末がまた新鮮。「エメラルドの王冠」では、またしても事件を見事に解決するが犯人は捕らえないパターン。ホームズにとって興味があるのは犯人逮捕ではなく、あくまで謎を解くことであることが伺える作品。「ぶな屋敷」は、財産目当ての監禁もので、犯人は逮捕されることも死ぬこともなかったが哀れな最後を迎える。最後まで読み終えると、ホームズは決して犯人に寛容なわけではなく、犯罪者は捕らえなくとも、放っておいても必ず報いがあるという信念を持っていることが分かる。
 今回、この作品を読み返してみて、あらゆる海外ミステリランキングの上位から消えることはないことを確信した。

 

2011年購入作品の感想

『連続殺人鬼カエル男(中山七里/宝島社)★★★

 第8回(2009年)「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した『さよならドビュッシー』と『トギオ』の2冊を読んだが、その個人的評価は前述の通り前者の圧勝。そこで気になっていたのは、その前者『さよなら〜』の作者・中山氏は、同賞に2作同時に応募し、審査員の評価はどちらの作品も甲乙付けがたかったという話だった。結局まったく何の賞も受賞することのなかった、もう一つの作品が本作である。読みたいというミステリーファンの要望が強かったため、いきなり文庫化されたということだが、先に結論を述べさせてもらうならば、これはもう大傑作である。B級の臭いがぷんぷんするタイトルに騙されてはいけない。「このミス」は何らかの賞を、この作品に与えるべきであった。確かに『さよなら〜』は、推理小説であるから勿論犯罪が絡んでいるとはいえ、爽やかで明るい青春小説の面も持っており、それと比べると、本作は最初からエログロのダークな世界まっしぐらで、どちらが売り出しやすいかと考えたら前者になるのは仕方がないことだが、トリックの仕掛けの緻密さに関しては明らかに『カエル男』の方が上を行く。とにかくどんでん返しの連続で、最後の一行まで読者を楽しませてくれる作者の技量は疑う余地がない。作者を「職人」と呼んだ、あとがきの書評家のコメントは実に的確である。
 マンションに吊された女性、自動車の解体工場でスクラップマシンによって潰された老人、内臓までバラバラに解体された少年、車椅子ごと焼かれた弁護士。カエルを様々な方法で殺す内容の謎のメモを残し、次々にメモの内容に見立てた残忍な殺人を犯す殺人鬼は、いつしかカエル男と呼ばれるようになり、そこにある法則性を見いだした市民はパニックに陥る。子供の頃、友人を死なせてしまった贖罪のため刑事になった埼玉県警の古手川は、犯人のみならず、異常犯罪者虞犯者リストを公開するよう警察に迫る暴徒化した市民達とも戦いながら真実に迫っていく。あえて突っ込みどころを挙げるなら、叙述トリックを用いて読者をミスリードしようとする作者の記述の一部に、多少ずるさを感じる部分が何点かあるのと、古手川が暴力をふるわれるシーンが3回ほどあるのだが、少々ワンパターンな気がしないでもないという点である。しかし、そのような部分は些細なことであり、エログロは苦手という方以外には、絶対お薦めの1冊であると言っておこう。

『シャドウ(道尾秀介/東京創元社)★★

 「このミス」2007年版(2006年作品)3位作品。この年の作品は、1位の『独白するユニバーサル横メルカトル』を読んで以来、全く読んでいない。よほど『独白する〜』の印象が良くなかったからだろうか…よく覚えていない。今回、『シャドウ』という見たことのあるタイトルを書店で見つけて買ってみたら、その2006年度作品だったというわけだ。第7回本格ミステリ大賞受賞作でもある本作品の主人公は、小学5年生の凰介。母親の病死から数日後、幼なじみの亜紀の母親が、夫の職場の研究棟の屋上から飛び降り自殺を図る。その後、亜紀は交通事故に遭い、亜紀の父、凰介の父も薬に頼るようになり…というように、凰介の周囲では次々と不幸の連鎖が続いていく。読んでいて驚いたのは、つい先日まで読んでいた『連続殺人鬼カエル男』と、非常に似た雰囲気を持った作品であったことだ。『カエル男』ほどのグロさやダークさはないものの、子供に絡んだ性的な描写があるところなどは似ている。そのあたりは『カエル男』同様に、読み手の好き嫌いが出てきそうな所である。読み進めていくと何カ所かサプライズがあり、結末で大きな仕掛けの謎が明かされた時には、確かに「なるほど!」と、うならされるものがあったが、正直、ラストに至るまで、何か不安定なものを感じ、こんな話で大丈夫なのかと不安な部分が多々あった。一番気になったのは、凰介が作品中で3回見た謎の映像。凰介は、絡み合う男女とそれを見つめる子供の姿の映像が、あることをきっかけに目の前に浮かぶことに悩むのだが、その謎解きに拍子抜け。ラストの感動的なアイテムとのつながりは一応あるのだが、事件の真相に迫る凰介の特殊な能力か何かかと期待した読者は、さぞがっかりしたことであろう。『シャドウ』には「家族のつながり」という感動的テーマが背景にあるとは言っても、作品の緻密な作り込みという点では『カエル男』の方が遙かに上だと思う。とは言っても、読んで損のない作品であることは保証する。

『ダック・コール(稲見一良/早川書房)★★★

 前回の『シャドウ』のように、「このミス」のランキング上位作品も年によっては1〜2冊しか読んでいないものもあり、1992年版(1991年作品)の上位作品も、1位の『行きずりの街』と2位の『毒猿 新宿鮫U』の2冊しか読んでいなかった。特に1位の『行きずりの街』の印象が良くなかったため、3位以降を読もうとしなかったのだと思われる。しかし、調べてみると、3位作品の『ダック・コール』は、「『このミス』が選ぶ過去10年のベスト20(1998年10周年記念版より) 」の3位に選ばれており、その1位と2位は『行きずりの街』でも『毒猿 新宿鮫U』でもない。しかも、第4回山本周五郎賞受賞作品と言うではないか。これは、と思い、書店で文庫本を購入してみたわけである。
 まず、読み始めて驚かされたのは「これはミステリ小説ではない」ということだ。「このミス」は広義のミステリを対象にしたランキングだということは承知しており、これまでも、『砂のクロニクル』(93年度版1位)、『鋼鉄の騎士』(96年度版2位)、『燃える地の果てに』(99年度版2位)、『始祖鳥記』(01年版5位)などで、苦渋を味わった記憶がある。しかし、本書はこれらとは違った。得も言われぬ美しい魅力があるのだ。本書は、ある若者が河原で石に鳥を描く不思議な男に出会い、自分のキャンピングカーで雨宿りをさせてやるところから始まる。男が眠った後、若者も眠りにつき、その若者が夢の中で見る、狩猟にまつわる6つの物語が、いずれも不思議な輝きに満ちているのである。その6つの物語は完全に独立した別個の物語であり、第1話「望遠」では、カメラマンの助手の若者が、大きなプロジェクトの締めとなる撮影を任されたにもかかわらず、撮影すべき貴重な一瞬を放り出し、たまたま見つけた珍しい鳥の方を撮影してしまうという話で、純粋で一途な若者の暴走、ほろ苦い青春が描かれる。この話には、実は、あまり共感できなかったのだが、アメリカで絶滅したリョコウバトをモチーフにした第2話「パッセンジャー」で、次第に物語に引き込まれていく。いきなり舞台がアメリカに飛び、少々面食らうが、この作品でも、さんざん危険を冒しながら結局獲物を無事に持ち帰れなかった思慮の浅い若者が描かれる。したがって、この物語にも共感は得がたいのだが、リョコウバトが愚かな人間達によって滅ぼされる様を強く脳裏に付ける印象的な作品だ。そして、メインディッシュともいえる第3話「密漁志願」、第4話「ホイッパーウィル」へと続く。癌を克服し再発を恐れながらも自由気ままに過ごす初老の男と、その男の狩りの先生となる、学校に通っていない少年との心温まる交流を描いた「密漁志願」は傑作である。再びアメリカを舞台にした「ホイッパーウィル」は、脱獄囚を追う男達を描いたちょっとミステリの香りのするハードボイルドタッチの物語である。第5話「波の枕」は、火災で沈没した漁船から脱出し、グンカンドリとオサガメに助けられる漁師の話だが、そのおとぎ話のような内容の中に、他の物語同様、「人生」について考えさせられる含蓄のある言葉が多数ちりばめられている。最後の「デコイとブンタ」は、なんと主人公がデコイ(鴨の形をした囮となる作り物)である。そんなにドラマチックなストーリーではないのだが、全く先の読めない展開にページをめくる指は止まらない。ミステリー漬けの読書の息抜きに、良い本に出会えて素直に良かったと思えた。

『死亡フラグが立ちました!(七尾与史/宝島社)★★

 第8回(2009年)「このミステリーがすごい!」大賞において、大賞は逃したものの、「隠し玉」に選ばれて出版されたのが作者のデビュー作となった本作品。さえないライターの陣内は、敏腕美人編集長の岩波から、謎の殺し屋「死神」の正体を突き止めて取材するよう命令される。期限内に実現できない場合はクビということで、高校時代の先輩で東大卒の天才投資家の本宮に助けを求めるが、知り合いのヤクザの証言もあり、存在自体が怪しかった「死神」が実在することを確信するようになる。また、一方で、妄想刑事と呼ばれていた定年間近の板橋と新人刑事の御室のコンビも、「死神」の正体に近づきつつあった。果たして彼らは「死神」を追い詰めることができるのか、という物語であるが、はっきり言って突っ込みどころ満載である。この「死神」は、直接手を下すわけではなく、様々な調査や下準備をして、ターゲットを死に追い込むという方法で目的を達成するのだが、ここでまず無理がある。サブリミナル効果という使い古された手法でターゲットを動かし、あらかじめ協力者にセットさせておいたバナナの皮で転倒させて殺害するという最初の事件は、いかにも苦しい。そして、そういう厳しい部分を、あくまで小説だからと割り切ったとしても、それ以上に残念に思えてならないのは、この作品全体にミステリに必須のサプライズ的な部分が全くなく、すぐに先が読めてしまうところだ。過去の田中家一家殺人事件の犯人も事件のあらましが紹介されたとたんに読者には誰か分かってしまうし、現在の「死神」についても、読んでいるとかなり早い段階でその正体に気が付いてしまう。登場人物のキャラクターは皆よくできていて、そこは好感が持てるのだが、作者はもう少し読者に「やられた!」という感想を持たせるような工夫をしてほしい。読み進めながら、あまりに先読みが的中するので、我ながら驚いて(がっかりして)いたのだが、最後に本宮と岩波がくっついて陣内が呆然とするというサプライズがあるだろうという予想は見事に裏切られた。話を盛り上げるのに一役買っていた刑事二人を終盤であっさり殺してしまったのも失敗だと思う。少なくとも新人刑事の方は生かしておいて、今後シリーズ化する時のために残しておくべきだった。「将来、大賞受賞作を上回る人気を獲得し、『選考委員の目は節穴か』と言われることになるかもしれない」と巻末の解説にあったが、その心配はないだろう(『さよならドビュッシー』を上回ることは絶対にないが、『トギオ』を上回ることはあるかもしれない)。

『煙か土か食い物(舞城王太郎/講談社)★★

 「このミス」2002年版(2001年作品)9位作品。順位的には微妙なところだが、同郷の同世代の作家ということで、以前から興味があったので、借りて読んでみることにした。最初からインパクトは絶大。句読点無視で、時にはセリフがひたすら連続し、とにかくひどく粗暴な文体、暴力だらけの内容には、嫌悪感を抱く読者もいるであろう。しかし、良く言えばノリノリのスピード感溢れる爽快な作品で、個人的には嫌いではない。「土か煙か食い物」というタイトルも謎めいているが、「人間死んだら焼かれて煙になるか、埋められて土に還るか、獣に食べられるかのいずれかだ」という意味の、主人公・奈津川四郎の祖母の言葉で、作品中に何度も出てくる。実際、作品中では多くの人物が死にかけたり、死んだりする。
 さて、この話のストーリーだが、四郎はアメリカの病院で活躍している救命外科医である。故郷の福井県西暁に残してきた母親が連続主婦殴打生き埋め事件に巻き込まれたことを知り帰国し、そこで四郎の視点で語られる奈津川家の過去。代議士であった祖父の大丸は曾祖父のハンスが作った三角形の蔵の中で自殺。跡を継いで中央政界を目指す父の丸雄は、一郎、二郎、三郎、四郎という四人の息子達に暴力を振るい続け、一番悪影響を受けた二郎は札付きの不良に成長してしまった。しかし、ある日、二郎は閉じ込められた蔵から消失してしまう。この作品の前半は、犯人に復讐しようと独自に捜査を進める四郎の物語と並行して、延々とこの二郎の過去について語られる。それはそれは、本当にしつこいくらいに、二郎の凶暴性と、彼への愛情を受け入れてもらえなかった四郎の哀しみについて述べられるのだが、これも不思議と気にならない。実はこの作品のテーマの一つは「家族愛」であるので、長々とした二郎にまつわる話も必要不可欠な記述ではあるのだ。主人公は、暴力に次ぐ暴力の末、犯人を突き止め(というか勝手に決めつけ)、警察やマスコミに情報をばらまき、結果的に犯人を追い詰める。犯人と対峙した奈津川家の人々は、果たして犯人を退けることができるのか、そして家族の絆を取り戻すことができるのか、という物語だ。
 ミステリらしく探偵も登場するのだが、ちらちら姿を現したと思ったら、あっさりと犯人に殺され拍子抜け。しかし、これはこれで良い。他にも主人公の個性的な旧友達が多数登場して物語を盛り上げている。エンディングも少々中途半端な印象があるものの綺麗にまとまっていると思う。同郷というひいき目もないではないが、また一人面白い作家を見つけられてちょっと嬉しい気分になった。

 

2011年購入作品の感想

『ラットマン(道尾秀介/光文社)★★

 「このミス」2009年版(2008年作品)10位作品。作者の作品は、先日『シャドウ』(2007年版3位)を読んだばかりで、昨年読んだ『龍神の雨』(2010年版9位)に続いて3作目。
 高校の頃から就職後もバンドを続けていたギタリストの姫川亮は、元バンドのドラムで恋人のひかりの妊娠に疑念を持ち、殺意を抱きつつあった。バンド結成の頃から世話になっているスタジオが店じまいをするということで、最後の練習になったその日、スタジオの店員だったひかりが、スタジオの倉庫でアンプの下敷きになった状態の死体で発見される。亮の工作により、最初は事故と思われたが、刑事の隈島、ベーシストの谷尾、ボーカルの竹内、ドラムのひかりの妹の桂らのバンドメンバーは、ひかりの死に不審を抱き始める。そしてラストに待ち構えるどんでん返し。それもダブルで。さらに、亮の幼い頃に起こった姉の死の真相も明らかになり、そこにもサプライズが待っている。正直、先に読んだ2冊に比べると物語のスケールは遙かに小さいが、大きな突っ込みどころもなく、コンパクトにまとまった優れた作品に思える。読了一覧表には、3作品ともお薦め度は★2つとしたが、厳密な順位付けをすると@『ラットマン』A『シャドウ』B『龍神の雨』となる。『シャドウ』を『ラットマン』の下にしたことについては異議も多いだろうが、やはり『シャドウ』は「このミス大賞」にもならなかった『連続殺人鬼カエル男』に勝てていないという印象が強くてこうなった。

『殺人ピエロの孤島同窓会(水田美意子/宝島社)★★

 第4回(2005年)「このミステリーがすごい!」大賞で大賞を受賞したのが『チーム・バチスタの栄光』。そして、その年、該当者なしだった優秀賞の代わりに特別奨励賞を受賞したのが本作品である。
 東硫黄島の住人は火山の噴火のため東京に強制移住させられ、現在は観測所に老人が一人住んでいるだけであったが、その島で高校の同窓会が開かれることになった。36人のクラスメイトのうち、いじめられっ子だった野比だけが欠席で、彼が復讐の鬼となり、参加者を次々と殺害していくというストーリーである。最初から犯人がバレバレでは…と思ってしまうが、その辺はちゃんとサプライズが用意されているので心配はいらない。しかし、なんといっても一番のインパクトは、作者が弱冠12歳の女子中学生(1年生)ということ。選考委員の選評には「そもそもの設定からしてありえねーし、展開も仕掛けもはなはだ荒っぽい」「まだまだ小説として出来上がっていない…音痴な歌手の歌など聴きたくない」などと厳しい言葉が並んでいたが、過去に読んだ「成人が書いた」ミステリには、このレベルの作品が(このレベル以下の作品すらも)いくらでもあったように思う(もしかしたら、応募時は酷評されるだけの問題点が出版時以上に多数あり、出版に当たって相当の加筆・訂正がなされているのかもしれないが)。読書中は、正直、これだけの語彙と知識と表現力が、中学1年生に備わっているとは到底信じられなかったが、受賞後、作者へのインタビューも行われているようで、正真正銘本人が書いたものらしい。しかも、この作品が長時間掛けて仕上げた渾身の一作というわけではなく、1年間に長編推理小説の賞に5本応募しようと決め、締め切り順に3本目に書いた作品が本作だという。ネット上でも厳しい評価が多いが、間違いなく彼女は天才だ。これを読んで、多くのミステリ作家志望者が挫折を味わったのではなかろうか。この歳でこんなものを書かれては、将来到底かないようがないと。本当に末恐ろしい逸材である。

『写楽 閉じた国の幻(島田荘司/新潮社)★★★

 「このミス」2011年版(2010年作品)2位作品。この年の作品は、1位、3位、4位、7位と4冊読了していたが、本作品だけは、その分厚さと、ミステリーらしからぬタイトルに少々腰が引けてしまい、今更ながら図書館で借りて読むことにした。作者の作品は、 随分昔に『奇想、天を動かす』(1989年版3位)を読んだきりで、 読後評は★3つと高評価をつけているが正直あまり印象に残っていない。したがって、それほど期待せずに読み始めたのだが、その面白さにすぐに引き込まれた。タイトルから、『ダヴィンチ・コード』の日本版みたいな感じをイメージしていたが、全然違っていた。
 本作の主人公は、東大卒の浮世絵研究家の佐藤。彼は、回転ドアの事故で一人息子を亡くし、そのことを責める資産家の娘である妻に家を追い出され、研究生活もままならないまま、人生のピークから突然どん底へ突き落とされる。もはや死ぬことしか考えられなくなった佐藤だったが、写楽研究の本の出版という新たな目標と、ヒロインの美人教授・片桐との出会いによって、辛うじて生きる望みを見いだす。佐藤が写楽の謎に迫っていく現代編と、写楽の生きていた時代を描いた江戸編が並行して語られ、物語は核心へと近づいていく。果たして、佐藤は写楽の正体を突き止めることができるのか、というストーリーである。
  この作品は全てがフィクションではなく、写楽の正体に関する研究については実際に作者が行ったものであり、論文として発表しても恥ずかしくないような内容である。あえて作者はそれを小説仕立てにしているのだ。最初は、佐藤の悲惨な状況があまりにも強烈すぎて面食らうが、中盤からは、佐藤を苦しめる妻や義父が一切登場しなくなり、読者は、主人公達と共に写楽の謎解きに集中できる。また、最初はあまり盛り上がらず、必要性があるのかどうかも疑問に感じた江戸編も、終盤では見事な存在感を放つ。突っ込みどころと言えば、ヒロインの片桐が、なぜそこまで佐藤を強力にバックアップしてくれるのかが最後まで謎なところか。最後に何か彼女がらみのドラマが待っているのかと思ったが、江戸編の盛り上がりと比較すると、何事もなく現代編があっさり終わってしまったのは少し物足りなかった。しかし、小説らしい小説を読む楽しみが堪能できたのは事実。先日読んだ『殺人ピエロの孤島同窓会』に 対して、評論家から「小説として完成していない」といった批評があり、その時は素直に同意できなかったが、今回のような優れた小説を読んだ後では、確かにその通りかもしれないと納得させられてしまった。

 

2011年購入作品の感想

『ボトルネック(米澤穂信/新潮社)【ネタバレ注意】★★

 「このミス」2007年版(2006年作品)15位作品。勧めてくれる人がいて、早速文庫本を購入し、夏の家族旅行の電車内で読んだ。この作者の作品で読んだことがあったのは、2008年度版(2007年作品)の『インシテミル』で、すっきりしない結末で読者を悩ませようという手法に気持ち悪さを感じたことが印象に残っているが、これは作者が意図的に行っていることらしく、本作でも同様の結末が用意されている。
  タイトルの「ボトルネック」とは、「瓶(ボトル)の口は細くなっていて、水の流れを妨げることから、システム全体の効率を上げる場合の妨げとなるある部分のこと」を意味している。結論から言うと、主人公が、自分こそがその「ボトルネック」であったことに気が付き、人生に絶望する話である。
  高校1年の嵯峨野リョウは、恋人が死んだ場所である東尋坊を訪れていた。そこで意識を失った彼は、気が付くとなぜか自分の住んでいる金沢市内の川沿いのベンチに横たわっており、不思議に思いながら自宅に帰ってみると、あらゆるものが微妙に違っていた。そこは、流産のため生まれなかったはずの姉が存在する代わりに、自分が存在しないパラレルワールドだったのである。姉に当たるサキは、当然のように最初は彼を怪しみながらも、次第に彼を受け入れていく。自分の世界では死んだはずの恋人が、この世界では生きていることに驚き、サキと共に恋人の死の真相に迫るリョウであったが、その過程で彼は重大な事実に気付き始める。恋人以外にも、自分の世界では死んだはずの兄や行きつけの食堂の主人が生きていたり、つぶれたはずの店が繁盛していたり、崩壊していた両親の仲が修復されていたり、サキの及ぼした影響によって、色々な点でリョウの生きていた世界よりも良くなっているのだ。そのことを思い知り、絶望し、死を決意したことをサキに向かって吐きだした直後、彼は再び意識を失い元の世界に戻った。そして、彼の携帯に、彼の傷ついた心にとどめを刺すメールが届く…という結末を迎える。
  「この貴重な経験を生かしてこれから自分を取り巻く世界を変えてやろう」というポジティブな発想がこの主人公にはないのか、という意見もあるかも知れないが、それは全くない。それも仕方あるまい。あらゆることが既に手遅れだったのだから…。彼の不思議な経験は、あまりにも残酷で、既にボロボロだった彼の精神を、さらに完膚無きまでに打ちのめしてしまったのだ。自分が余程悪い事態を引き起こしてしまった場合以外、普通は自分が世界に与えた悪影響など意識もしないし、気が付きもしない。比較できるものがないのだから当然だ。しかし、彼は、特に悪い行為をしたわけでもないのに、その比較対象物を知ってしまったことで、自分が「ボトルネック」であることに気が付いてしまうのだ。ミステリーの要素は、恋人の死の真相を追う部分くらいしかないので、ミステリー作品として高評価とならないのは仕方がないが、人生について考えさせられる未だかつてない切り口を見せてくれた本作品は、十分に賞賛に値すると言えよう。

『夜の蝉(北村薫/東京創元社)★★

 「このミス」1991年版(1990年作品)2位作品。今年1月に、本作の前年に刊行され、やはり「このミス」2位をとったシリーズ第1弾『空飛ぶ馬』を購入して読んだが、そのあと続けて読んだ奥さんがシリーズを全て購入してくれたので、シリーズ第2弾の本作を今回借りて読むことに。本作は、「朧夜の底」「六月の花嫁」「夜の蝉」の3編を収録している。
  「朧夜の月」は、友人の正子の知人の「あんどー」さんに軽い恋心を抱き、交流を持つものの、実は「安藤」が本名でないことを彼から後日明かされ傷ついていた主人公の「私」が、正子がアルバイトをしている書店の国文の棚の本の並びがおかしいことに気が付くことから始まる。その謎がなかなか解けない「私」だったが、円紫さんは、正子が自分の星座を明かさない理由から、書店の本の謎まで全て解明してしまう。確かに謎解きの話なので、ミステリの範疇に入るのだろうが、やはりこのシリーズは、大人の女性に向けてまだまだ成長途中の文学少女の「私」と、彼女の人生の師とも言える円紫さんの醸し出す「空気」を楽しむものであり、トリックがどうの謎解きがどうのという作品ではないということに今更ながら気付かされる。次の「六月の花嫁」では、友人の江美のサークル仲間のお嬢さんの別荘に、江美と共に行くことになった「私」が、そこで起こった事件の謎解きをする話だ。「私」は謎を解いたことで得意げになっていたが、その話を聞いた円紫さんは、「私」が解決しきれなかった部分や裏の事情まで全て言い当てて「私」は呆然とする。最後の「夜の蝉」も、やはり「私」の姉の交際トラブルに関する疑問を円紫さんが一気に解き明かしてしまう話で、そういう意味ではパターンは全て同じだが、最後の話は、これまでちらちらと登場していた美人の姉が「私」と腹を割って話をすることで「私」の胸のわだかまりが解消されるという、姉妹愛を見事に描いた、なかなか「いい話」であった。文学の知識が相当ないとついて行けそうにない「私」と円紫さんの会話にはとても自分は入れそうにないななどと、どうでもよいことを読みながら気にしていた自分だが、文学にちょっと興味がある若い女性なら、間違いなくハマるシリーズだと思う(もちろん年配の女性にも、男性にもファンはいると思うが)。

『冬のオペラ(北村薫/角川書店)★★

 「このミス」1994年版(1993年作品)6位作品。『夜の蝉』に引き続き、奥さん からレンタル。第1話「三角の水」では、叔父の経営する不動産会社に勤める姫宮あゆみが、勤め先のある同じビル内に開かれた探偵事務所に興味を持つ。なぜなら、その看板には「探偵」ではなく「名探偵」と記載されていたからである。大胆にも、ホームズに対するワトソンよろしく名探偵・巫(かんなぎ)弓彦の記録者となることを志願したあゆみだったが、勤め先の先輩の妹のトラブルをあっという間に解決した彼の手腕に舌を巻く。第2話「蘭と韋駄天」は、巫との仲を叔父に疑われたあゆみが、巫に彼女ができれば自分が疑われることはないのにと考えていたところに、巫にふさわしい女性と出会うというエピソード。自慢の蘭を盗まれたと騒ぐ友人の相談に乗っていた女性・椿が、あゆみのメガネにかなったのである。あゆみの期待通り、巫はこの事件も見事に解決。しかし、椿は、巫との仲を深めることなく京都へ帰っていくという物語。そして、この2つの短編に続く中編の第3話「冬のオペラ」が、この作品のメインディッシュである。京都で椿に再会したあゆみは、椿の勤める大学で水木教授の変死体を発見する。巫の出番とばかりに彼に電話したあゆみであったが、なんと巫は、その電話の内容だけで犯人が分かったと言う。円紫シリーズと同じような作品の雰囲気と、先が読めてしまう展開が微妙ではあるが、この作風が好きな人はやはり好きなのだろうと思う。

 

2011年購入作品の感想

『ディスコ探偵水曜日(舞城王太郎/新潮社)【ネタバレ注意】★

 「このミス」2009年版(2008年作品)9位作品。この年は、1位から『ゴールデン・スランバー』『ジョーカー・ゲーム』『完全恋愛』『告白』『新世界より』というように、個人的には当たり年だった印象がある。6位以下で未読の作品は、文庫化が遅れていた6位の『カラスの親指』と9位の本作のみであった。前者は今年の7月に、後者は2月に、やっと文庫化されたため、とりあえず図書館で借りて読むことに。借りてまず驚かされたのは上・中・下巻に別れたそのボリュームと、ライトノベル全開の萌えな表紙。また、6月に読んだ『煙か土か食い物』で炸裂していた舞城節は、さらにパワーアップしており、読み始めても、いきなり最初から何が書いてあるか分からない。努力してしばらく読み進めると、タイトルにもなっているディスコ・アレクサンダー・イエスタデイいう名前の東京在住のアメリカ人の探偵が主人公で、誘拐犯(?)から取り返したものの親が引き取らなかった6歳の少女・梢と一緒に住んでおり、なぜか梢の体には、11年後の未来の梢の意識が時々トリップしてくるという、とんでもない設定であることが分かる。しかも、トリップしてきている間は、 彼女の体の大きさも17歳のサイズになってしまうのだ。頑張って読んでいても、ついて行けなくなることが多々あるので、ネタバレになるかもしれないが、展開を忘れないようにあらすじを記録しつつ書き進めることとする。
 ディスコと梢が不思議な関係を送っていたそんなある日、突然別の少女・桔梗の意識が梢の中に飛んできて 、そこにディスコが呼びつけた昔の女友達の勺子がやってくると、その姿はディスコの昔の恋人、ノーマ・ブラウンで…という、奇想天外な展開が続く。 桔梗の話から、パンダラヴァーと呼ばれる犯人が少女の意識を次々と奪っているというパンダ事件なるものが全国で発生していることを知り、梢もその被害者の一人ではないかと考えたディスコは、犯人捜しを始める。その過程で水星Cという名の凶暴な和菓子職人の男と知り合う。福井県のミステリー作家の家に少女の幽霊が出るという情報を得て、その正体が梢の魂ではないかと考えたディスコは、水星Cと共に福井県に向かう。その作家の家では作家が殺され、さらにその真相を推理するため集まった探偵達が次々死亡するという事件が発生していた。梢を救うため全ての謎を解くことを決意したディスコであったが、梢の魂の入ったぬいぐるみを発見できた後は、ひたすら水星Cの推理に翻弄される。次から次へと出てくる珍妙な事実に読者は混乱するばかりだが、主人公のディスコも混乱してくれているのが救いか。最後は、水星Cを引き継いで、生き残った探偵の中でリーダー格の八極幸有が、関係者を集めて全ての謎を解決する推理を発表するが、その内容はあまりに荒唐無稽。最初の段階で分かっていたことだが、はっきり言って読者が謎解きに挑戦する作品ではない。結局のところ、ディスコの周りで起こった多くの不思議な出来事が、ディスコの精神的な病気によるものされてしまう。しかも、これで大団円と思われたが、まだ上巻、そうは問屋がおろさない。八極が死亡し、 つまりこの世界での八極の推理は否定され、また振り出しに戻る。
 そして、中巻へ。次々と新しい推理を披露し、それが間違いであると分かると、八極同様に目に箸を刺して死んでいく探偵達。どんどん暴走し続ける物語…。そしてついに下巻の最後でディスコは自在に時空を行き来できるようになり…。もう、中巻の途中から、かなり読む意欲を失いつつあったが、下巻に入ると、最初の 方の、過去のアメリカでの学生時代のディスコのシーンこそ、それなりに集中して読んだが、その後は多くのページを斜め読み。とにかく読むのが辛い。この下巻が一番分厚く、なんとかオチを見届けるべく苦痛に耐え続けるが、結局最後まで理解不能だった。「このミス」ランクイン作品で、面白さを理解できない話はあっても、話自体が理解できなかったのは、これが初めて。確かに「すごい」作品かもしれないが、明らかに万人向けではなく、ミステリーファンと呼ばれる人にすら、簡単には受け入れがたい作品。 ネット上の書評では、絶賛ばかりなのが全く理解できない。正直、貴重な時間を損した気分で、「熱烈な舞城ファン」「奇書好き」以外には、誰にも薦められない。

『名もなき毒(宮部みゆき/光文社)【ネタバレ注意】★★

 「このミス」2007年版(2006年作品)6位作品。この年の上位ランキング作品で読了しているのは、1位の『独白するユニバーサル横メルカトル』と3位の『シャドウ』のみ。他の年度でも、1、2冊しか読んでいない年がいくつかあるが、やはりその1、2冊が今ひとつだと、それ以外の作品も手が出しづらくなるということか。実際、前者はインパクトはあったが、ただ毒々しかっただけの印象、後者に関してはほとんど印象に残っていない。というわけであまり高くない期待値をもって読み始めた本書であるが、幻冬舎からハードカバーで発売されたあと文庫化されておらず、2009年にノベルズ化されたものを図書館で借りた。
 シリーズ物の第2弾らしき本書は、大企業のトップの娘婿になり、その企業の広報室に勤めることになる主人公・杉村が、前作同様、人の良さからついつい事件に首を突っ込んでしまい、その解決に手を貸すというパターンの作品である。第3弾が出ているのかどうか知らないが、本作のラストで本格的に私立探偵になることを考え始める主人公の様子が描かれている。
 本作のあらすじであるが、世間で無差別連続毒殺事件が発生しているさなか、杉村の勤める今多コンツェルンの広報室で雇ったアルバイト・原田いずみがとんでもないトラブルメーカーであることが分かる。彼女は結局解雇されるが、逆恨みした彼女は、会社の窓口であった杉村に執拗な嫌がらせを繰り返す。杉村は、原田の件で相談に訪れた私立探偵の北見を通じて、4件続いた毒殺事件のうちの1件の被害者の孫娘・美知香と知り合う。美知香のホームページの立ち上げに協力した杉村だったが、被害者の恋人の自殺で、その女性が犯人とされ、事件が幕を下ろそうとしていることに疑問を感じる。ついに真犯人にたどり着き、その人物を警察に連れて行こうとしていた杉村の元に、彼の妻から娘を原田に人質に取られたという電話が…というストーリーである。
 「人間は誰しも何らかの『毒』という暗部を持っている」というテーマのもとに描かれた本作であるが、宮部作品にしては全体的に小粒な感じが否めない。なぜ被害者の恋人が青酸カリを持っていたのか、どうやって原田は杉村の自宅を突き止めたか、というポイントも、読者には伏線を張った時点でバレバレで、主人公がそれらに全く気が付かない様子に、ものすごい違和感を感じてしまう。ミステリー小説に犯罪者が登場するのは当然としても、原田というキャラの不愉快さにも少々ストレスがたまる。強くお薦めできる作品ではない 。

 

2011年10購入作品の感想

『カラスの親指(道尾秀介/講談社)★★★

 「このミス」2009年版(2008年作品)6位作品。この年のベストテン作品で、唯一読んでいなかった最後の1冊で、7月に文庫化されていたものを図書館で借りた。「『ゴルゴ13』ハリウッドで映画化か」というニュースにつられて、『ゴルゴ13』の文庫版を150冊以上大人買いしてしまったために、10月に読んだミステリは、この1冊のみである。道尾作品としては、06年の『シャドウ』、08年の『ラットマン』、09年の『龍神の雨』の3作品を読了しているが、個人的な感想としては今ひとつという感じであった。そこで今回の本作だが、結論から言うと道尾作品の中ではベストと言えると思う。
 勤め先の同僚の連帯保証人になったばかりに、莫大な借金を背負い、犯罪に手を染める羽目になり、妻と娘を失った上に、反抗した組織の陰におびえつつ詐欺師として暮らしているタケさんこと武沢。なりゆきで、同居人となる、武沢と同じような悲惨な人生を送ってきた同業のテツさんこと入川。この2人のもとに、さらに3人の男女が加わり、不思議な同居生活が始まる。しかし、ささやかな幸福は長く続くことはなく、5人の住む家の周りを、かつて武沢と入川を苦しめた組織の人間がうろつくようになる。逃げることに疲れた2人は、組織に対して壮大な復讐劇を企てるのだが…というストーリーである。
 先月のコメント欄にも書いたように、この年は当たり年だったため6位に甘んじているが、本来ならもっと上位にいてもおかしくない作品だと思う。筆者の仕掛けた計算し尽くされたトリックに、読者は100%騙されるはずだ。あえて苦言を呈するならば、その計算があまりにもし尽くされすぎていて、実際にはそんなにうまく事は運ばないだろう、という突っ込みが予想されることくらいか。細かいことで言いたかったことは、文庫版の巻末の市川氏の解説に完璧に述べられているのであえて繰り返さないが(この解説にはネタバレがあるので注意)、ざっくり言えば、終盤のどんでん返しの繰り返しと、意外なハッピーエンドに多くの読者は感動できるはずである。前述した突っ込みどころは気にはなるが、オススメできる1冊だ。

※9月に130数冊まとめ買いしたコミック「ゴルゴ13」文庫版を読むのに忙しく、ミステリー小説の読書は、年内ストップ状態。読書と言えば、年末に次男に勧められた「少年H」(2002年6月刊行)を読んだくらい。「ゴルゴ13」はもうすぐ読了できそうで、「このミス2012年版」も購入済みなので、年が明けたらまたミステリーに復帰したい。

 

2012年購入作品の感想

『ジェノサイド(高野和明/角川書店)★★★

 「このミス」2012年版(2011年作品)1位作品。週刊文春ミステリーベスト10第1位、第2回山田風太郎賞受賞、本の雑誌2011年上半期ベスト10第1位、日経おとなのOFF2011年上半期ミステリベスト10第1位というように各方面で絶賛され、2011年ダントツトップのミステリー小説に間違いはなかろうと、文庫化を待たずに購入し、正月休みに一気読み。
 アフリカで起こったある重大な問題に対してアメリカ大統領が下した命令は、多くの人を巻き込んで、世界大戦勃発寸前まで世界情勢を悪化させていくというスリリングな物語。凶悪なウイルスが発生したアフリカのある村を殲滅するというミッションに参加することになった傭兵のイエーガーは、その村で全く予想もしなかった驚くべき真実を知る。日本では、たいした実績のないまま急死した大学教授の父から謎のメッセージを受け取った大学院生の研人が、何者かに狙われるようになる。余命幾ばくもない難病の息子の治療費を稼ぐため不本意な作戦に従事するアメリカ人の傭兵と、意外な一面を持っていた父の遺志を継いで創薬に打ち込む日本人の大学院生。全く接点のなさそうな両者が、ある目的のため 、いつしか手を結び、それぞれの方法で強大な力を持つアメリカ政府に対抗する。二人を結びつけたのは一体何者か。彼らは大国に勝利できるのか…。
 あえて今回は一切のネタバレなしとした。政治、医療、科学、倫理…ありとあらゆるエッセンスが詰め込まれた全く非の打ち所がない至極のミステリーを、是非、前知識無しで読んでもらいたい。下手な余韻を残さず、読者をすっきりさせてくれるエピローグもありがたい。ハリウッドで年内に映画化決定というニュースが流れても全く不思議ではない傑作である。 直木賞候補になりながら、結局受賞できなかった理由の一つとして、「アメリカ映画の脚本みたい」と言って評価しなかった審査員がいたからという話もあるが、「映画の脚本」みたいだったら何がいけないのだろうか。

『ユリゴコロ(沼田まほかる/双葉社)【ネタバレ注意】★★★

 「このミス」2012年版(2011年作品)5位作品。この年のベスト10のあらすじ紹介を一通り読んでみて、すぐにでも本を手にとって読んでみたいと思ったのが、1位の「ジェノサイド」と、この「ユリゴコロ」の2作品だった。
 主人公の亮介は、ある時からそれまでの幸福な日々からは考えられないような、多くの不幸に見舞われるようになる。結婚を考えていた恋人の千絵が突然失踪し、父親は癌で余命幾ばくもないことが判明し、母親は父親の目の前で交通事故で亡くなってしまう。経営するドッグランを備えた喫茶店も自転車操業状態で、父親のいる実家にもたまにしか帰ることができなかった亮介であったが、ある日、父親の書斎の押し入れから、「ユリゴコロ」というタイトルの4冊のノートを見つける。そこには、自分の母親と思われる女性の、幼い頃からの連続殺人の告白が綴られていた。その手記には、誰が父親かも分からない男の子を出産し、その子を殺そうとしたという記述もあり、幼い頃、突然母親が別人と入れ替わったという不思議な記憶があった亮介は混乱する。弟の洋平の協力を得て調査を始めた亮介だったが…という物語だ。
 このあたりまではストーリーにぐいぐい引きつけられて、あっという間に読み進められたのだが、この先から失速。まず、一つ目の疑問。殺人鬼の手記には、妹の存在について記されており、洋平の調査によって亮介の母親にも実は妹がいたことが発覚するのだが、ここで亮介は、「この妹こそが自分の本当の母親であり、彼女が殺人鬼であることを知った家族によってその存在を消されたのではないか」と考えるのである。殺人鬼は姉妹の姉の方であることが確定しているのに、なぜ、「母親だと思っていた人の妹こそが、自分の本当の母親で、自分には殺人鬼の血が流れている」という思考になるのかが全然分からない。何か重要な記述を自分が見落としているのだろうか。
 二つ目の疑問。実は既婚者だった千絵が、夫の塩見から脅迫されていることを知った亮介は、塩見殺害を決意し、待ち合わせ場所に向かうと、そこには塩見の物と思われる車が放置されていて致死量の血痕を見つけるのだが、亮介は塩見を探すこともなく、殺人者の汚名を着せられる危険を冒して、その血ぬれの車を街中のくさむらまで遠距離を運転して移動させたのである。塩見の存在を少しでも千絵から遠ざけると同時に、塩見殺害をヤクザの仕業に見せかけようという考えは分からないでもないが、それは、車内に塩見の死体があればの話であろう。もし、待ち合わせ場所の近くで警察が塩見の死体を発見したら、車を移動させたことは無意味どころか危険な行為と言えるし、何より、血ぬれの車を街中に向かって遠距離運転するということこそ危険きわまりない行為である。
 ラストのどんでん返しは、それらの不満を補って余りある感動を与えてくれるのであるが、各所で評されているように「これは深い愛の物語だ」というようには素直に思えない。奥ゆかしい夫婦愛も良いが、母の子への想い、子の母への想い、といったものが、もっとストレートに出てくれた方がスッキリできたように思う。本作は確かに傑作と言える作品である。しかし、どうしても不完全燃焼の印象が残ってしまった。

『ミステリ・オペラ(山田正紀/早川書房)★

 「このミス」2002年版(2001年作品)3位作品にして、第55回日本推理作家協会賞、第2回ミステリ大賞受賞作品。ずっと気になっていたのだが、最近、文庫版が図書館に入ったので借りて読むことに。
 平成元年の東京で、編集者の萩原祐介が投身自殺し、残された妻の桐子は、夫が昭和13年の満州での出来事について調べていたことを知る。桐子の手元には、祖父の残したいくらかの古書があったのだが、その中に善知鳥良一 なる人物が記した、昭和13年の満州を舞台にした『宿命城殺人事件』の列帖装本と、彼の手記があった。それらを読み進めていくうちに、その中に登場する多くの人物の中の一人で若い女優であったチュウ・ユエホワこそ、自分自身であることを桐子は自覚し始める。
 人間消失、列車消失、三重密室、ダイイング・メッセージ、暗号、見立て殺人、仮面の男などなど、ありとあらゆる本格ミステリの要素を詰め込んだ力作ではあるのだが、正直途中で読み疲れてしまった。上巻・下巻を読破するには、相当のエネルギーが必要だ。ありとあらゆる人物が、小説の中の話と実話の中で入り乱れ、現代の東京と50年前の満州で次々と事件が起こるのだが、あまりに情報量が多すぎて推理する気力も起きず、途中からだんだんどうでもよくなってきた。同じ場面や表現が、何度も繰り返されるのにも辟易する。終盤で、探偵役の検閲図書館こと黙忌一郎(彼の設定のみちょっと魅力を感じた)を中心に、次々と謎解きがなされるが、やたらと説明を要する謎解きには何の驚きもなく、しょうもないオチの謎も多々あって、読み終えての感動は全くなく、やっと解放されたという徒労感だけが残った。著者が大病を乗り越えて大作を書き上げ、その作品を読んでみると結構苦痛だったという状況は山口雅也の『奇偶』を読んだ時と全く同じ。『奇偶』はもっとトンデモ本だったが。

『奇面館の殺人(綾辻行人/講談社)★★★

 2011年末に刊行されたばかりの新刊であるため、「このミス」にはまだランキングされていない。それなりの評価を受ければ、2013年版(2012年作品) に収録されることであろう。自分が最も敬愛するミステリ作家の新刊と言うことで、世間の評価もランキングも抜きで購入したが、近年の館シリーズの自分の評価は今ひとつで、 第7弾『暗黒館の殺人』が「このミス」2005年版(2004年作品)第7位、 第8弾『びっくり館の殺人』が「このミス」2007年版(2006年作品)第36位という結果にも納得であった。「このミス」2010年版(2009年作品)第3位の『Another』では、見事な復活を見せてくれたが、まだまだ安心できず、随分前から刊行がアナウンスされていた今回の館シリーズ最新刊の『 奇面館の殺人』には大いに期待していたのである。
 主人公は、館シリーズおなじみのミステリ小説家・鹿谷門実(ししやかどみ)。今回は、鹿谷と同じ歳で、見た目も似ている同業者の日向京助から、鹿谷が妙な依頼をされるところから始まる。日向の所に、とある人物から、ある会合に出席してほしいという誘いがあり、その1泊2日の会合に出席するだけで200万円の報酬が受け取れるのだが、報酬を山分けするという条件で、体調が悪い自分の代わりに出席してほしいという何とも怪しい依頼であった。明らかに胡散臭い話であるし、万が一身代わりがばれたら問題だから断るという常識的な判断を鹿谷が思いとどまったのは、その会合の会場となる屋敷が、鹿谷が追っている 、今は亡き建築家・中村青司の設計によるものだったからであった。鹿谷はこれまでに、中村の設計した数々の不思議な屋敷を舞台に、続けて殺人事件に巻き込まれるという奇妙な経験をしているのだ。鹿谷が日向の身代わりとなって訪れたのは、東京の山奥に建てられたホテルのような屋敷で、招かれた6名の客人は、屋内ではそれぞれ違った仮面をかぶることが義務づけられ、屋敷の主人も、メイドも秘書も、同様に仮面を付けているのであった。主人が客人を集めた目的、また彼らに面を付けさせる理由が主人の口から語られ、一応納得する鹿谷であったが、翌朝、起きてみると、客人全員が 就寝前に脱いだはずの仮面をかぶせられており、鍵が掛けられて外せない状態にされていた。そして主人は、奥の間で首無し死体で発見される。なぜ、客人達は仮面をかぶせられなくてはならなかったのか?なぜ、主人は殺されて首を切断されたのか?なぜ、犯人は奥の間から書斎に移動できたのか?そして、犯人は誰なのか?
 高額な報酬を餌に、ある場所に人間が集められて…というのは、結構ありがちな設定だが、あまりに非現実的なあり得ない怪しすぎる設定に、逆に素直にハマってしまう。単に好みの問題かもしれないが…。鹿谷は、探偵役となって登場人物の前で推理を行い、あらゆる可能性を提示し、それを一つずつ消去して真実に迫っていくのだが、その推理の過程が実に素晴らしい。読者が読書中に気になったことをすべて指摘し疑問を完璧に解消するのみならず、読者が思いも寄らなかった仮説まで示してくれるのだ。その展開でも十分面白い小説になるのに…というネタも惜しげもなく捨て去ってしまう 筆者に脱帽。そして、全ての謎が明かされた結末には、もうなんの疑問もなく、ただただ感心させられるばかり。計算し尽くされた全く隙のない作品である。「このミス」2013年版では、あまりに綺麗にまとまりすぎている 本作が1位をとるのは難しいかもしれないが、ベスト10入りは確実であろう。文句なしのオススメの1冊である。

 

2012年購入作品の感想

『天城一の密室犯罪学教程(天城一/日本評論社)★

 「このミス」2005年版(2004年作品)3位作品。「このミス」ランクイン作品にしては珍しく、2012年2月現在でも文庫化されておらず、ハードカバー本を借りて読むことに。聞き慣れない筆名の筆者は、かつて乱歩の弟子的なポジションにあり、本職が大学教授ということもあって寡作であったため、幻の探偵作家と呼ばれているらしい。本作は、密室犯罪にこだわる筆者が、密室犯罪を類型化して分類し、それぞれに作例を提示するという、教科書的な構成となっている。試みとしては面白いとは思うが、肝心の小説が正直面白くない。本文中にも、自分の作品が読者に受け入れられなかった旨の言葉が何度も出てくるが、それも納得である。作品が書かれた時代もあるが、内容が一読して理解しがたい部分が多々あることに加え、緻密に過去の探偵小説を研究し分析している割には、著者の発明したトリックには納得のいかないものが多い。第1部で活躍する刑事の島崎、そしてその彼を振り回し、あっという間に真相にたどり着く、第3部に登場の探偵役・摩耶との掛け合いは、ちょっと今風ではあったが、「ポツダム犯罪」での二人の執拗なやりとりはさすがにやりすぎで辟易した。
 結論から言うと、今まで資料の少なかった過去の寡作作家の業績がまとめられた本書は資料的価値があるということで、その手の方々の票を集めて上位にランクインしたというだけで、純粋に最先端のミステリ小説を楽しみたいと思っている読者を満足させるものではないということだ。「このミス」2001年版(2000年作品)1位の「奇術探偵曾我佳城全集」と似たようなパターンであるが、それ以上に読むのは辛いと言っておこう。日本のミステリ小説の歴史に興味のある方以外にはオススメできない。

『伝説なき地(船戸与一/講談社・双葉社)★★

 記念すべき「このミス」の創刊号(1988年)1位作品。この年のランキング作品で読了しているのは、7位の「迷路館の殺人」(綾辻行人)のみ。いくら古いとは言え1位作品ぐらいは読んでおくべきだろうと思っていながら、これまで手を出さずにいたのは、同じ船戸作品で「このミス」1993年版(1992年作品)1位の「砂のクロニクル」を読んだときの印象があまり良くなかったからである。 珠玉のミステリを期待していたのに、いざ読んでみると、なぜか中身は「このミス」が対象ジャンルに含めている冒険小説で、しかもかなりの長編で読むのが苦痛だった記憶がある。しかし、創刊号の1位にさすがにハズレはないだろうし、第42回日本推理作家協会賞、第7回日本冒険小説協会大賞を受賞した作品でもあり、「このミス」には1988年から2001年の間に8作品もランクインしている(1位1回、3位2回、6位1回、14位2回、15位1回)実績に敬意を表し、遂に読むことに。最近まとめ読みした「ゴルゴ13」の原作を担当したこともあるという話にも親近感を持った。ちなみに、読んだのは講談社文庫ではなく、日本推理作家協会賞受賞作全集として刊行された双葉文庫の方である。
  舞台はベネズエラ。枯れた油田地帯を所有する没落気味の名家・エリゾンド家の次男・アルフレードは、放浪の旅から戻ってきたその日に父と兄を殺し、情婦のベロニカとともに、 枯れた油田地帯で発見された希土類、いわゆるレアアースの採掘権を日本企業に売りつけ巨万の富を得ようとするが、油田地帯に住み着いた女教祖・マグダレナのマリアに率いられたコロンビア人の集団を追い出す必要があった。一方、二千万ドルの札束を隠した仲間の丹波春明を護送車から救い出した鍛治司朗は、偶然一緒になったゲリラのリーダーと共に国境警備隊から逃れているうちに、いつの間にかその隠し場所付近にたどり着いていた。と、ここまでが上巻の内容。当初の心配をよそに意外と楽しみながら読めた。 下巻では、マリアが予言していた使徒として、コロンビア人の集団に歓迎された丹波春明や鍛治司朗達が、彼らのためにゲリラ兵を集め、エリゾンド家の私兵達と枯れた油田地帯で戦争を繰り広げるという展開。最後に生き残るのは果たして誰か?
  長さの割には非常にシンプルなストーリーで読みやすい。政治的な話も絡んでくるが、うるさく感じるほどではない。「このミス」1位になったことにも納得がいくクオリティではあるし、とりたてて不満はないが、やはりミステリとは呼べないジャンルの作品なので、海外を舞台にしたアクション・冒険物を読みたいという読者にはともかく、ミステリファンには特にオススメはしない。

『ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと奇妙な客人たち〜』(三上延/メディアワークス)★★

 「このミス」2012年版(2011年作品)24位作品。随分ランクが下の作品だが、新しく、かつ、奥さんが購入していたため借りて読むことに。見るからにライトノベルだが、中身もライトノベルチックである。主人公は、幼い頃に祖母の本を勝手に読もうとして厳しく叱られ、それ以来本を読むことができなくなってしまった、就職浪人中の五浦大輔23歳。彼は、祖母の遺品の本の価値を調べるために、古本屋にそれを持ち込むことにしたのだが、その古本屋は、高校時代に若くて美しい女性を見かけて以来、ずっと気にしていた店であった。店主が入院中であることを知った大輔は病院へ向かうが、かつて店で見た美しい女性が、篠川栞子(しおりこ)という現在の店主であることを知って驚く。人見知りの激しい栞子ではあったが、本に関する知識は膨大で、本について語り出すと止まらない。本を読むことができない大輔であったが、本を読みたいという欲求は人一倍あり、栞子の話に懸命に耳を傾けている内に、古本屋の店員になることを栞子から頼まれる。栞子は安楽椅子探偵よろしく、膨大な本の知識を生かして大輔が持ち込む事件の謎を次々と病室で解き大輔を驚かす。後半で、栞子が入院している理由が明かされ、その原因となった事件の解決がクライマックスとなっている。
  各章ごとに1冊の実在の古本が登場し、それに絡んで問題が解決していく過程が面白い。ミステリの題材というのは、どこにでもあるのだなとつくづく感心させられた。最後の事件の犯人の過去の経歴に必然性が感じられないことと、主人公が突然店を辞める展開に少々違和感を感じたものの、一応ハッピーエンドの結末も含めて決して嫌いではないタイプの作品だ。ベストセラーになったのもうなずける。刊行後わずか半年で続編が発売され、これも奥さんが購入していたため、続けて読むことにする。

『ビブリア古書堂の事件手帖2〜栞子さんと謎めく日常〜』(三上延/メディアワークス)★★

  刊行されて間もないため「このミス」2012年版(2011年作品)にはノミネートされていないが、次年度版にはランクインするかもしれない。前作を読んだときには特に深い感銘は受けなかったのだが、続編を読むと、この独特の世界観が自分にとって結構心地よいことに気付かされた。紹介されている古書が堅苦しい物ばかりでなく、今回は漫画まで取り上げてくれているところで急に親近感がわいた読者も多いだろう。ライトノベルっぽいとはいえ、ヒロインの栞子は決して特定の読者に媚びた今時の萌えキャラではなく、失踪した母親に並々ならぬ憎しみを抱いているという、簡単に人を寄せ付けない暗部を持っているところが、絶妙なバランス感覚を生んでいる。評価は★二つしかつけていないのだが、続きが早く読みたい不思議な作品である。

 

2012年購入作品の感想

『THE WRONG GOODBYE ロンググッドバイ(矢作俊彦/角川書店)★

 「このミス」2005年版(2004年作品)4位作品。先月読んだばかりで、かつ、がっかりさせられた「天城一の密室犯罪教程」の1つ下にランクされた作品なので警戒はしていたのだが、案の定であった。タイトルから分かるとおり、古典的名作であるレイモンド・チャンドラー「長いお別れ」のオマージュともいうべき作品である。探偵役の主人公(本作では刑事)が、酔いつぶれた不思議な男に奇妙な友情を感じ、男の頼みで彼が飛行機に乗るために空港まで車で送るが、後に彼には殺人容疑がかかっていることが発覚し、彼の死亡が伝えられた後も、彼の無実を晴らすべく主人公が動き回るハードボイルド小説、という成り立ちまでそっくりである。独特の気の利いた言い回しには、所々目を見張るものもあるが、ハードボイルドというほど主人公はハードではないし、話を読み進めれば進めるほど退屈してくるのも事実だ。 「長いお別れ」は結構楽しめた記憶があるが、とてもそれを超えたとは言えない。ハードボイルドというジャンルが自分の肌に合わないということを再確認した作品でもあった。

 

2012年購入作品の感想

『おやすみラフマニノフ(中山七里/宝島社)★★★

 第8回(2009年)「このミステリーがすごい!」大賞受賞作『さよならドビュッシー』と 、同賞の最終選考に残りながら何の賞も受賞せず、それでも出版された『連続殺人鬼カエル男』 は、どちらも文句なしの傑作であったが、これは前者の続編で「岬洋介シリーズ」第2弾となる。
 名ピアニストの柘植彰良(つげあきら)が学長を務める地方音大の保管庫から、ストラディバリのチェロが消えた。次に学長専用のピアノが破壊され、最後には学長の殺害予告が大学のブログに書き込まれる。学長自らがピアノを演奏する定期演奏会の妨害が目的と思われる事件であったが、その演奏会は、学長と共に演奏する選抜された学生達の将来に繋がる晴れの舞台でもあった。主人公の苦学生城戸晶(バイオリン)、晶に好意を寄せる学長の孫娘・柘植初音(チェロ)、教授とトラブルばかりの問題児・麻倉雄大(トランペット)、性格と同様の攻撃的な演奏で万年2位に苦しむ下諏訪美鈴(ピアノ)ら、個性豊かな音大生達は事件にからんだ様々な問題に振り回されるが、音大の臨時講師の岬洋介は、次々とそれらの問題を難なく解決していき、ラストでは事件の真相にあっさりとたどり着く。読書中に答えが見え隠れする伏線もいくつかあるが、結末の著者お約束の連続どんでん返しには多くの読者が満足するだろう。著者の音楽の知識には圧倒されるが、専門家と思いきや、著者は現役のサラリーマンであり、音大に通う長男から知識を得たとのこと。もちろん巻末に掲載されている参考文献をはじめ、色々と勉強はしているのだろうが、それにしても「よくぞここまで」とうならされる。

『隠蔽捜査(今野敏/新潮社)【ネタバレ注意】★★★

 「このミス」2006年版(2005年作品)20位作品。まさかこんなに下位の作品とは知らずに図書館で借りて読み始めたのだが、予想は良い方に裏切られた。「警察小説」というだけでちょっと読み疲れそうという不安があったのだが、その不安があったのは最初の数ページだけであった。
 警察官僚、いわゆるキャリアの竜崎伸也(46歳)は、警察庁長官官房の総務課長であり、作品冒頭で、テレビのニュースで流れている事件について警視庁から一切報告がなかったことに対し悪態をつき、娘の結婚話をしようとする妻には生返事をし、東大以外は大学ではないという考えから、有名私大に合格していながら無理矢理浪人させた息子にも事務的な言葉しかかけない。職場では部下を信じず、親しみを持って接してくる幼馴染みの刑事部長・伊丹に対しても、小学校時代にいじめられた記憶から、敵対意識しか持っていない。ここまで読んだら、どう考えても共感の持てない最悪の主人公なのだが、連続殺人事件の捜査が進展するにつれて様子が変わってくる。連続殺人犯が、現職の警察官であることが明らかになると、上層部は真相のもみ消し工作に動き出すが、決して曲がったことを許さない竜崎は、隠した真相が発覚したときのダメージの方が大きいと判断し、迅速な真相の発表を訴える。そして、その混乱のさなか、息子の薬物使用に気が付いた竜崎は、もみ消すことも可能であったにもかかわらず自分の出世を諦めてまで息子に自首を勧め、ここでも信念を曲げることはない。職場では「変人」扱いされている竜崎であったが、彼の判断が正しかったことが証明され、それまでも彼を認めている人は多数いたのだが、職場でも家庭でも、彼はさらに多くの人に畏敬の念を抱かれる存在となる。
 読み疲れるどころか、まったくストレスなくラストまで一気に読ませられる傑作である。なぜこれほどの作品が20位なのか理解に苦しむ。吉川英治文学新人賞受賞には納得だ。本作以前にも多数の作品を世に出している筆者だが、今ひとつ知名度が低かったようで、本作が遅いブレイクのきっかけになったようだ。シリーズ第2弾の『果断』が「このミス」2008年版(2007年作品)4位とランキングが急上昇したのも当然の結果と言えよう。

『隠蔽捜査2果断』(今野敏/新潮社)★★★

 「このミス」2008年版(2007年作品)4位作品。前作の続編で、大森署の署長に左遷された竜崎の指揮によって突入したSATが立て籠もり犯を射殺し、人質を無事救出したものの、犯人の拳銃に弾丸が残っていなかったことが判明し、竜崎が窮地に立たされるという物語である。しかし、新天地でも彼は多くの人々を次々と味方に付けていき、遂に事件の真相を見事に明らかにする。第1弾に登場した魅力あるキャラクター達も再登場し、物語を盛り上げてくれ る。「厳しい訓練を日々受けているであろう特殊部隊がそんなへま(あえて詳しく述べないでおく)をするのか?」といった突っ込みどころもないわけではないが、第1弾に勝るとも劣らない傑作であると言えよう。
 当然、第3弾「疑心」は上位定着と思いきや、なんと2010年版(2009年作品)23位と急落。意外な結果だが、とりあえず読んでみたい。

 

2012年購入作品の感想

『死の泉(皆川博子/早川書房)【ネタバレ注意】★★

 80歳(1930年生まれ)を越えてなお作品を書き続けていることにまず驚かされるが、「このミス」2012年版(2011年作品)では『開かせていただき光栄です』で堂々の3位にランクインしたことにさらに 驚愕。そこで、まだ手つかずであった「このミス」1998年版(1997年作品)3位作品の『死の泉』を読むことに。
 舞台は、第二次世界大戦中のドイツ。誰とも結婚する気のない美男子・ギュンターの子を身ごもり、未婚の妊婦の出産を支援してくれるナチの施設「レーベンスボルン」に入所したマルガレーテは、怪しい不老不死の研究と男子の歌唱指導に異様な執念を燃やすSSの医師・クラウスに求婚され、将来への不安からやむなく彼の妻とな る。ポーランドからナチに攫われてきて、一流の歌手にするためクラウスの養子にさせられたフランツとエーリヒ、そしてマルガレーテが生んだミヒャエルとの奇妙な5人家族の生活が始まった。戦況は悪化する一方で、ドイツは 次第に追い詰められ、ついにマルガレーテ達が住んでいたオーバーザルツベルクにまで空襲が及び…というところで第1章が終わる。第2章は戦後のドイツ。クラウスは、亡命先のアメリカから帰国し、マルガレーテ、ミヒャエルとともに、堂々とミュンヘンの豪邸で暮らしていた。クラウスは、ギュンターを探し出し自宅に幽閉する一方で、愛人・ブリギッテとの間に生まれた15歳のゲルトを追い回し、また、祭りで見かけたフランツとエーリヒをも追う。クラウスの目的は一体何か? そしてフランツとエーリヒも、空襲の中、自分たちを見捨てて逃げたクラウスに復讐するため彼を探していた…。第3章…ギュンターの所有する古城に異様な執着を見せるクラウスは、マルガレーテ、ミヒャエル、ギュンターを脅すように連れ出して古城へ向かう。そして彼らを追うフランツ、エーリヒ達に、さらに別の追っ手が近づいていた…。
 本作品は、ギュンターが書いた小説を日本人翻訳者・野上晶が翻訳し出版されたという体裁がとられているが、まさに翻訳小説を読んでいる感じで、サラ・ウォーターズの『茨の城』を読んでいた時を思い出した。舞台が過去の海外という点で読む前から若干の抵抗感があったが、読み始めてからもミステリ的な展開が全くなく、なかなか楽しむことができない。 終盤にさしかかってやっとミステリらしい衝撃の事実が明かされるが、ドタバタしたまま突然物語は幕を閉じる。そのあと、前述した架空の翻訳者・野上晶のあとがきがあり、著者がなぜ翻訳小説という体裁をとったのかが明らかになる展開が待っているのだが、それを含めても万人が満足するに足りる作品だとは思えない。この耽美な世界観がたまらなく好きだ、という人以外には正直薦められない。

『神様のカルテ(夏川草介/小学館)★★

 最初に断っておくが本書はミステリではない。たまには人が死なない作品を…と思い立ち、評判の良書をあたっていく中で本屋大賞2010年2位作品の本書を選んだ(本書でも何人も死ぬのだが)。
 主人公は、信州の病院に勤めて5年目になる内科医の栗原一止(いちと)。医師不足にもかかわらず「24時間365日対応」などという看板を掲げている病院のせいで、結婚記念日にも家に帰れず、何日も睡眠を取れないような殺人的なスケジュールの中で生活している。家と言っても、彼が住む御嶽荘には、男爵殿、学士殿といった怪しい人物達が棲み着き、妻のハルも山岳写真家として世界を駆け回っているため、すれ違うことも多い。夏目漱石に傾倒し、口調まで彼の作品の影響を受けている一止は、病院では表面上変人扱いされているが、その仕事への誠実さから患者と看護婦からは慕われており、上司である大狸先生、古狐先生からの信望も厚い。そんな彼に出身大学の医局からの誘いがあり、同僚の砂山次郎からも先端医療を学びに行くべきだと強く薦められる。上司も快く送り出してくれそうな雰囲気で、先端医療に興味がないわけではないが、大学病院では相手にされない末期癌の患者にも最善を尽くそうとする一止は悩む。余命幾ばくもない安曇さんという癌患者との交流の中で、彼は最終的な決断を下す…という物語である。
 読書前の様々な書評を読んだ印象では、現代の様々な医療問題にも鋭く切り込んだ涙なくしては読めない感動の嵐の作品といったようなものであったが、医療漫画『ブラックジャックによろしく』のような重苦しい問題提起はないし、言うほど涙ぐむようなシーンもない。そのあたりは少々期待はずれではあったのだが、ユーモアと情緒の溢れるライトな文体は、読んでいて実に心地よく、主人公を引き立てる脇役達も、ちょっとライトすぎるきらいはあるものの、なかなか魅力的である。映画化され、シリーズ3作目の連載が始まっているという人気ぶりにも納得だ。高校生あたりに特にお薦めできる名作である。

『猫を抱いて象と泳ぐ(小川洋子/文藝春秋)★★

 今回もミステリではない。芥川賞作家である著者の作品で、様々なランキングの上位にランクインした話題の本が、昨年文庫化されたのを知り読むことにした。
 リトル・アリョーヒンという主人公の名前を聞いて海外が舞台の小説かと思ったが、デパートの屋上で、かつて人気があった象がいなくなった場所を愛している少年は、まさに日本人であった。リトル・アリョーヒンというのは、後に彼に付けられた愛称だったのだ。しかし、日本らしさが感じられるのはそのシーンだけで、チェスが話の中心と言うこともあり、最後のシーンまで全体的に無国籍感が漂う物語である。チェスではなく将棋だったら、また雰囲気は変わっていたのであろうが…。生まれてすぐに、ふさがっていた唇を切る手術を受けた主人公は、その手術跡のことでいつも学校でいじめられていた。ある日、バス会社の寮の敷地内に置かれた古いバスの中に住んでいる「マスター」からチェスを学んだ彼は、みるみるうちに腕を上げていく。しかし、チェス盤の下に潜ってしかチェスを指せない彼は、どんなに強くてもチェスの表舞台に出ることができなかった。巨大化してデパートの屋上から降りれなくなった象、太りすぎて病死したマスターの姿を見て、自らの体の成長を止めてしまった彼は、その小さな体を生かし、からくり人形「リトル・アリョーヒン」を操って地下組織でチェスを指し続ける。しかし、そこにいることに疑問を感じた彼は、ついにそこも飛び出して…というストーリーである。
 確かに美しい文体で書かれた独特の雰囲気を持つ、哀しくも切ない物語で、タイトルも絶妙なのだが、絶賛の嵐だったアマゾンのカスタマーレビューほどの感動は、正直得られなかった。自分はどちらかというと涙もろい方だと思うのだが、「ラストシーンで涙が止まらなかった」というのは、ちょっと理解できない。いい話だとは思うが、現実離れしすぎた主人公の生き方に共感できず、読んでいて退屈だという人の気持ちも分かる。

 

2012年購入作品の感想

『舟を編む(三浦しをん/光文社)★★★

 3作連続でミステリー外の読書となった。今回 選んだのは「本屋大賞2012」で他を圧倒しダントツの1位に輝いた『舟を編む』。今まで読んだことのない辞書の編纂をテーマとした物語である。読んだことがないというか、実際に、そのようなテーマで書かれた小説は、少なくとも日本には存在していなかったのではないか。主人公は、玄武書房の営業部から辞書編集部に異動してきた「まじめくん」こと馬締光也。辞書の編纂を生き甲斐としてきた松本先生と、定年を前にした玄武書房の荒木にとって、後継者がいないことが悩みの種だったが、荒木が見つけてきた馬締は、営業部では変人扱いされていたものの、まさに辞書作りにうってつけの逸材であった。チャラい社員として知られながら辞書に愛着を持ち始め、いつしか馬締をサポートし始める西岡、いつもいい味を出している契約社員の佐々木さん、そして馬締が想いを寄せるヒロインで馬締と同じ下宿に住む女性板前の林香具矢…。登場人物達が織りなす心温まるドラマの数々に、いい気分になっていると、突然13年後に舞台が飛んで驚かされるが、それくらい辞書の編纂というのは大変な仕事ということ。馬締以来、辞書編集部に久々に補充された岸辺も、最初は慣れない環境に苦しみながらも次第に辞書の世界にはまっていく…。
 女性に興味のなさそうな馬締が香具矢に一目惚れするところや、その不器用そうな二人があっという間にくっついてしまうところに少々違和感を覚えたが、それ以外はなかなかにいい話。言葉に興味がある人には特にお勧め。なるほどと、うならせられる点がたくさんある。

 

2012年購入作品の感想

『砂の狩人』(大沢在昌/幻冬舎)★★★

 「このミス」2002年版(2003年作品)4位作品。3月に読了した『THE WRONG GOODBYE ロンググッドバイ』で、ハードボイルドというジャンル は自分に合わないということを再確認した はずであったが、さすがは大沢在昌、読ませてくれる。かつて捜査一課の優秀な刑事だった西野は、未成年の殺人犯の再犯を確信し、無抵抗な彼を射殺して辞職していた。漁師町で静かに暮らしていたそんな彼に近づいてきたのは女性キャリアの時岡。東京で、暴力団組長の子女が次々に殺害されており、容疑者が警察関係者と考えられることから、内密な捜査を依頼するためであった。一度は拒否したものの、追い詰められた様子の彼女の依頼を最終的に受け入れた西野は、東京に舞い戻って捜査を開始する。暴力団の一部は、犯人を中国人と考え、中国人狩りを始めたため、暴力団と中国人の全面戦争になりかけるが、それを食い止めるため西野は奔走する。暴力団・禿組が中国人狩りのために放った殺人集団・マニラチームリーダーの水越、連続殺人事件の犯人を知る中国人グループの中心人物の馬、そして九州から娘の敵討ちのため上京してきた暴力団・西輝会組長の泉田など、駆け引きの相手は増えていく一方で、警察の助けを借りることもできず、暴力団・芳正会組長の腹心・原と、現役のマル暴刑事・佐江と共闘し、死を恐れず数々の困難に立ち向かっていく西野の姿は、最後まで読む者の心を捉えて放さない。下巻に入って時岡の口から語られる驚愕の真実は、ある程度予想の範囲内であったが、その後も、新展開が次々と用意されていて、最後の最後まで全く退屈することがない。『新宿鮫』シリーズよりも気に入ったかもしれない。『新宿鮫』シリーズは、[の「風化水脈」以来、もうお腹いっぱいという感じで、しばらく遠ざかっていたが、そろそろ戻ってみようかという気になった。

『ビブリア古書堂の事件手帖3〜栞子さんと 消えない絆〜』(三上延/メディアワークス)★★

  今年2月に、1、2巻を続けて読了したが、奥さんが3巻を購入してきたため早速借りた。サブタイトルに入っている「絆」の文字は、震災以降、やたらあちこちで目について食傷気味。こんな所にも使うのかと、そのあざとさがちょっと引っかかったが、気にせず読み始めることにした。
 いつものごとく、栞子の古書を巡る事件の謎解きのエピソードが3話収録されており、それらを挟んで、栞子の妹・文香の日記調のプロローグで始まり、同様のエピローグで締めくくるという構成になっている(この構成にも読者を楽しませる仕掛けがちゃんとある)。栞子が謎解きをしていく過程で、謎の失踪を遂げた栞子の母のことが少しずつ明らかになっていくのも、これまでと同じパターンだが、第1話で、五浦にとって衝撃的な事実が明らかになり、第2話で、これまでは憎しみ一辺倒だった栞子の母に対する心情が、今回の
古い児童書にまつわる謎解きを通して複雑な母子関係の修復に手を貸す過程で少しずつ変化していくところが見所。第3話では、盗難にあった貴重な古書を捜索する過程で、母が栞子に残した本に関する新事実が明らかになり、そのことが見事にエピローグに繋がっていき、さらに次巻への期待を高めている。これでは4巻も読まざるを得ない。あざとい…。

 

2012年購入作品の感想

『折れた竜骨』(米澤穂信/東京創元社)★★

 「このミス」2012年版(2011年作品)2位作品。 これまでに読んだ著者の作品『インシテミル』『ボトルネック』とは全く趣を異にする作品で、舞台は現代の日本ではなく12世紀末のヨーロッパ。魔術と剣と謎解きという、これまでの作品とは全く違う世界観に、新境地を切り開いたかと思いきや、デビュー前に「問題篇」は別の形でネット上に公開されていたと言うからちょっと驚いた。
 イングランド領にあるソロン島の領主が、暗殺騎士が魔術で操る何者かによって殺害される。領主の娘・アミーナは、暗殺騎士を追ってソロン島へやってきた騎士・ファルクと従士のニコラに犯人捜しを依頼するが、呪われたデーン人襲来に備えて領主殺害の前日にソロン島にやって来た傭兵達は怪しい者ばかり。しかも、その捜査中に、長年捕らえられていた呪われたデーン人の青年が牢から姿を消したことが判明し、さらには呪われたデーン人の船団による襲撃があり、ソロン島はパニックに陥る。怪しい傭兵達は意外にも敵と果敢に戦い、激闘の末、辛うじてデーン人達を退けた。そして勝利の宴の席で、騎士・ファルクは自分の推理を関係者全員を前に公表し、犯人を暴く…という物語である。
 ファンタジーと推理小説の融合ということで、こういうミステリもありかと、なかなか楽しませてもらったが、1位の『ジェノサイド』とは大きな差があるように感じた。「このミス」以外でも、2011年『ミステリが読みたい』1位、『本格ミステリベスト10』1位、第64回日本推理作家協会賞受賞と、華々しい記録を残したが、あまり過大な期待は抱かない方がいい。しかし、こういう世界観に特に抵抗のない方なら、読んでみて損はない作品であることは確かだ。

 

2012年10購入作品の感想

『マリアビートル』(伊坂幸太郎/角川書店)★★

 「このミス」2011年版(2010年作品)6位作品。伊坂作品は過去に6作品読んだが、『グラスホッパー』と『ゴールデンスランバー』の2作品には★3つの評価を付けている。しかし、実は『グラスホッパー』はあまり印象に残っていない。『マリアビートル』は、その『グラスホッパー』の続編。東京から盛岡に向かう新幹線の中で繰り広げられる「殺し屋達の狂想曲」というキャッチコピーがぴったりの物語。
 殺人を含め、人を操り苦しめることに喜びを感じている中学生の王子。彼に息子を殺されかけて復讐のため新幹線に乗り込んだ元殺し屋の木村。盛岡の大物・峰岸に、誘拐された峰岸の息子の救出と身代金の奪回、誘拐犯の殺害を依頼され、全てを成し遂げて峰岸の元に向かう現役の殺し屋コンビ・蜜柑と檸檬。蜜柑と檸檬から身代金の入ったトランクを奪うよう依頼を受け、パートナーの真莉亜から携帯電話で指示を受けて行動する世界一ツキのない殺し屋兼何でも屋の七尾。毒を使う女の殺し屋・スズメバチを狙う、昔から七尾に恨みを持つちんけな殺し屋の狼。そして、『グラスホッパー』にも登場した「押し屋」の槿と、殺し屋に妻を殺された元教師の鈴木。さらに、登場する殺し屋の数は増え、盛岡に向かう新幹線の中に人知れず死体が増えていくという展開だ。そのカオス状態の中の生きるか死ぬかの緊張感を味わいつつ、七尾のドジぶりで息抜きをするというのが、この作品の楽しみ方なのかもしれないが、正直なところ、中盤まではあまり楽しめなかった。伊坂作品の他の作品にも言えることだが、ご都合主義で絶対に起こりえないことが次々に起こるというパターンには、ちょっと辟易する。特にとことんツキのない七尾に連続して起こる不幸には、そこが笑うところなのかもしれないが、自分のツボではなく逆にイライラさせられる。今時の小説にはありがちなキャラではあるが、大人びた中学生・王子の異常さ具合にも不快感しか感じない。終盤、新たに新幹線に乗り込んできた人物の登場で、少し面白くなってきたと思いきや、ラストは不完全燃焼で終了。エピローグも中途半端で全然スッキリしない。『グラスホッパー』と一緒に2冊続けて読むと、そこそこ楽しめるのかもしれないが、これだけでは少々きついと言っておく。6位という順位も妥当な気がする。

『追想五断章』(米澤穂信/集英社)★★

 「このミス」2010年版(2009年作品)4位作品。先月読了したばかりの『折れた竜骨』に引き続いての米澤作品である。
 古書店が舞台ということで、最近読んでいる『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズとちょっと雰囲気がかぶる。家の事情で大学を休学し、伯父の経営する古書店に居候している菅生芳光(すごうよしみつ)は、ある日、客として訪れた北里可南子から変わった依頼を受ける。それは、彼女の亡き父が残した5篇の「結末のない物語」が掲載された本を探し出してほしいというものであった。彼女の手元には、各作品の結末のみが残されているという。大学に復学したい芳光は、高額な報酬に目がくらみ、伯父に内緒でその依頼を引き受けるが、彼が調査をしていく中で、彼女の父が「アントワープの銃声」という事件の容疑者であったことが判明する。芳光は一つ一つ地道に作品を発見していき、彼女に報告するたびに彼女からその物語の結末を知らされていく。彼女の父は、5篇の「結末のない物語」によって誰に何を語ろうとしたのか?「アントワープの銃声」との関連は?
 これまで本作品を含めて、著者の作品を4つ読んだが、全く毛並みの違う作品であることに驚かされる。あえて言えば、悩み多き屈折した主人公を描いているという点で『ボトルネック』に近いが、SF的な要素がない点で、本作品の主人公に、よりリアルな共感を覚える読者も多かろう。4作品とも★2つの評価しかしなかったが、個人的には本作品が一番好み かもしれない。あえて突っ込むとしたら、「結末のない物語」を書き残した可南子の父の真意は、この物語の結末で明らかになるが、その真意が明らかになる確率がものすごく低いものであったことが気になる。確かに誰にも伝わらなければそれはそれでかまわないというのが可南子の父のスタンスだったのかもしれないが、その辺がいかにも「お話」という感じで引っかかるのだが、自分だけだろうか…。 結末も少々分かりにくい。

『開かせていただき光栄です(皆川博子/早川書房)★★

 「このミス」2012年版(2011年作品)3位作品。「第12回本格ミステリ大賞」小説部門賞を受賞したほか、「2011週刊文春ミステリーベスト10」第3位、「ミステリが読みたい!2012年版」第3位にランクイン。5月に読了した、著者67歳の時に刊行された『死の泉』に続き、81歳の時に刊行された本作品をついに読む機会を得た。
 時は18世紀のロンドン。私的解剖教室を開いている外科医のダニエルは、医学の進歩のため、十分に供給されない解剖用の遺体を確保するため、非合法に墓暴きから遺体を買い取ることもしていた。有能な弟子達と共に、そんな遺体の一つである妊婦の解剖中、治安隊に踏み込まれてしまう。寸前に暖炉に遺体を隠すことに成功した弟子達であったが、治安隊が去った後に暖炉から見つかったのは、四肢を切断された少年の遺体と、顔を潰された男性の遺体であった。誰がいつここへ遺体を隠したのか?事件を知った盲目の治安判事・ジョンと彼の姪で助手のアンは、謎を解くため捜査を進めていく。この現在の物語と並行して、数ヶ月前にさかのぼる、もう一つの物語も語られていく。その過去の物語の主人公は、詩で名を上げるために田舎からロンドン出でてきた17歳の少年 、ネイサン・カレン。彼は故郷の牧師の紹介で、ロンドンの書店店主ティンダルに、自分が発見した15世紀の詩集と自分の書いた詩を売り込もうとするが、なかなかまともに取り合ってもらえない。準男爵令嬢との出会いに心ときめかすネイサンであったが、無実の罪で投獄された挙げ句、彼の才能に目を付けた極悪な仲買人のエヴァンズに監禁され詩作を強要されるようになる。二つの物語が最後に結びつき、意外な真実が明らかになるという展開だ。
 近代・近世のヨーロッパを舞台とし、医学がからんでいる点で『死の泉』と同じ臭いのする作品であるが、普通のミステリファンには、こちらの方がオーソドックスでなじみやすいはずだ。80歳を越えた方が書かれたとは思えない瑞々しい文章には、とにかく感嘆するほかはない。特に突っ込みどころもなく非常に良くできたミステリだが、「面白かったか?」と問われると正直答えに窮する。このあたりが各種ランキングで3位止まりだった理由であろう。

『春期限定いちごタルト事件』(米澤穂信/東京創元社) 【ネタバレ注意】★

 この作品は「このミス」 にはランクインしていない。最近続けて読んだ米澤作品『折れた竜骨』『追想五断章』で、過去に読んだ『インシテミル』『ボトルネック』から受けていた印象がだいぶ変わったので、ちょっと他の作品を読んでみたいと思うようになり、2007年版10位の『夏期限定トロピカルパフェ事件』、2010年版10位の『秋期限定栗きんとん事件』を読むことにしたのだが、このシリーズの最初が本作品だったため、ランク外でも一応読んでおかねばならないだろうと判断し、読み始めた次第である (『冬期限定〜』は未刊行だが、その4作で完結予定らしい)。2004年12月に書き下ろしの文庫作品として世に出たものであるが、2001年に『氷菓』(当時はあまり売れなかったらしい)でデビューした著者がメジャーになるのは、2004年2月に発刊された『さよなら妖精』が「このミス」2005年版で20位にランクインしてかららしいので、本作品が発表された当時は、まだそれほど注目されておらず、本作品もランクインもしなかったものと思われる。今や「このミス」の常連作家となり、2010年版では作家別投票1位に輝いていることからは想像もできないが、本作品を読んでみて、メジャーになってからの作品だったとしても、内容的にランクインは厳しかったのでは?と思えるのも事実。
 ここから先は少々ネタバレが含まれるので注意してほしいのだが、主人公は、高校1年生の
小鳩常悟朗。類い稀なる推理能力を持つが、そのどこにでも口を出したがる性格のせいで中学生の時に苦い思いをし、高校ではなるべく目立たない「小市民の星」を目指すという変わった目標を持った男の子だ。そして、その相棒が同学年の小佐内さん。彼女もまた、自分に危害を加えた相手にとことん復讐しないと気が済まないという執念深い性格を矯正すべく、小鳩と共に「小市民の星」を目指すことを誓い、彼と恋人関係ならぬ「互恵関係」を結び行動を共にしている。このあたりの設定はちょっと面白いと思うが、やはり読者層として女子中 高生あたりをターゲットとしたライトノベルという性格上、ミステリとしてはかなり物足りないと言わざるを得ない。消えた女生徒のポシェットの謎、美術室に残された2枚の絵の謎、おいしいココアの謎、テスト中に割れたガラス瓶の謎、小佐内さんの自転車を盗んだ犯人がやろうとしていることの謎…という感じで、小鳩は5つほどの事件を解決するのだが、どれもあまりにささやかすぎて拍子抜けしてしまう。特に1つ目、3つ目、4つ目。2つ目は、オチが分かりにくい。メインの5つ目は、「自転車を盗んだ犯人は分かっているが小市民を目指す者としては警察に関わりたくないので警察には届けない」という小鳩と小佐内のスタンスが意味不明。結局警察以外の所へ密告して復讐を果たすのだが、それなら最初から警察に匿名で通報すればいいのに…という感じで最後までイライラさせられた。
 本作品と違って「このミス」にランクインしている続編の『夏期限定トロピカルパフェ事件』と『秋期限定栗きんとん事件』だが、これから読むのが少々心配である。といっても、すでにシリーズをセットでまとめて図書館で借りた後なのでどうしようもないのだが…。

『夏期限定トロピカルパフェ事件』(米澤穂信/東京創元社) 【ネタバレ注意】★★

 読了したばかりの『春期限定いちごタルト事件』の続編で、「このミス」2007年版(2006年作品)10位の本作を続けて読んだ。前作がかなり期待はずれだっただけに不安も大きかったのだが、結論から言えば、本作は「ちゃんとミステリになっている」。さすがに10位にランクインしただけのことはある。前作も読んでおいて正解。読んでいなくても本作は楽しめるが、やはり各キャラクターの前知識は事前に持っていた方が本作をより楽しめるのは確か。前作は、助走であり、アイドリング。本作で、ヒロイン・小佐内さんのキャラクターの魅力が一気に加速する。
 前作で、高校1年生だった小鳩と小佐内さんは、本作品では2年生に進級しており、夏休みに小佐内さんから、彼女のスイーツ食べ歩きプラン「小佐内スイーツセレクション・夏」に付き合うように迫られた小鳩はその要求を受け入れる。小鳩は彼女に対し、悪戯心からある挑戦をするのだが、無残にも敗れたことで、さらに彼女に従順になっていく。しかし、この彼女の「小佐内スイーツセレクション・夏」という一見浮かれた計画の裏には、実は壮大な別の計画が潜んでいた…という物語である。それだけでも、ミステリとしてはなかなかのものだが、最後にまた1つ2人の今後に絡むドラマが待っているところが憎い(それでも★★★をつけるところまでは行かなかったが)。この2作で完結しても十分のような気がするが、前作のコメントでも述べたように、2010年版10位の『秋期限定栗きんとん事件』と、まだ発表されていない『冬期限定〜』をあわせた4部作らしいので、とりあえず、ここは最後まで見届けねばならないだろう。本作品が「起承転結」の「承」でここからさらに盛り上げてくれるのか、それともあとの2作は蛇足なのか…、とりあえず3作目を読むのが楽しみである。

『秋期限定栗きんとん事件(上/下巻)』(米澤穂信/東京創元社) 【ネタバレ注意】★★

 『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』に引き続き、同時に借りてあった続編の「このミス」2010年版(2009年作品)10位の本作までを一気に読んだ。1作目は★ひとつ、2作目には★2つをつけたが、3作目 は限りなく★3つに近い★2つ。
 前作のラストで、まさかのお別れとなった主人公の小鳩と小佐内さん。本作では、二人はいきなり新しい出会いに恵まれ、新しい高校生活を再スタートさせる。小佐内さんと付き合うことになったのは、一つ年下の瓜野。新聞部員の彼は、連続放火事件を学校新聞の中で取り上げ、その真相に迫ることで、小佐内さんにいいところを見せようと躍起になる。一方、同じクラスの仲丸さんと付き合い始めた小鳩は、小市民らしく積極的に事件に関わることはなく、小佐内さんのその後にも特に興味を持っていなかったが、とあるきっかけで、少しずつ事件について調べ始める。放火犯の法則を見つけた瓜野は、部活動として犯人逮捕まで目指すようになり、やがてその過程で犯人の目星までつけてしまうのだが…という物語。
 1作目で、ヒロインの小佐内さんに魅力を感じた読者も、2作目ではどん引き。そして3作目では、やっぱり結構いい子だったんだ、と思わせておいて、ラストでまたどん引き…。そういう感じではなかろうか。主人公の小鳩も、どんなに推理能力が高かろうが、やはり人間としてどうなんだろうと思わせられる展開。彼の態度に絶望した新しい彼女の仲丸さんに共感を覚えた読者も多かろう。要するに瓜野と仲丸さんは普通の高校生であり、小鳩と小佐内さんは異質な存在なのである。あくまでフィクションなので、こんな高校生は実在しないよという突っ込みは無意味だが、このように異質な二人が、相乗効果で物語を盛り上げていくのが、このシリーズの醍醐味なのであろう。現役の中高生は、こういう主人公やヒロインにどういう思いを持っているのか気になるところだが、実在していたら個人的にはどちらも付き合いたくないタイプだ。キャラに今ひとつなじめないことに加え、これだけの大事件で警察にほとんど動きが見られないのも不満ではある。
 それでも、全編にわたって冴え渡る、なかなか気の利いた思わず読者をクスリとさせる主人公の心内語の魅力、そして、ある意味ベタでありながら、よく考えられたエピローグ は捨てがたい。タイトルの「栗きんとん」はいつ出てくるのだろうと不思議に思っていたら、最後の最後でしっかり活躍の場を与えられていた。シリーズ最後の『冬期限定〜』に期待すると共に、初期の作品でありながら今だに著者の代表作として賞賛されている『さよなら妖精』を読んでみたい。

『白銀ジャック(東野圭吾/実業之日本社)★★

 「このミス」2011年版(2010年作品)91位作品。「このミス」創生期から常連作家だった東野圭吾は2006年版『容疑者Xの献身』、2010年版『新参者』で1位を獲得。そして2011年版では、いきなり文庫で発売され、しかも1ヵ月で100万部売れて話題になった本作品が、なぜか結果は91位。2010年10月発売というノミネートタイミングがギリギリだった影響も大きいと思われるが、長い間気になっていた本作をついに読む機会を得た。
 新月高原スキー場でリフトやゴンドラをはじめとしたゲレンデ全体の安全管理に努めている索道技術管理者の倉田玲司は、1年の半分をスキー場にこもって過ごすため、結婚もできないまま40歳を過ぎてしまっていた。降雪に恵まれた冬を迎えたある日、スキー場に届いた1通のメールが関係者に衝撃を与える。それは、スキー場のどこかに仕掛けた爆弾を爆破されたくなければ身代金3000万円を用意しろという脅迫状だった。倉田は即座の営業停止と警察への通報を上司に進言するが、会社の上層部の判断は、営業を続行し、警察には内密に犯人と取引を行うというものであった。倉田は信頼できるスキー場のパトロール隊の若手、根津と藤崎に協力を依頼する。なんとか犯人のしっぽをつかもうとする根津であったが、犯人は繰り返し身代金を要求し鮮やかに奪っていく…という物語である。
 根津達に絡んでくる若者3人組、1年前にスキー場の衝突事故で妻を失った入江、スキーが巧みな謎の老夫妻、ネット上に流れたスキー場売却の噂など、怪しい情報に読者は様々な推理をめぐらせるであろうが、最後にはあっと思わせる結末が用意されている。最後まで読者を引きつけて放さないスピーディな展開は、「さすが東野圭吾」とうならせられるであろう。文庫で丁度良い作品という厳しいコメントもネット上には散見されるが、十分に「このミス」ベスト10入りを狙えた作品だと思う。前半主人公だったはずの倉田の存在感が後半薄れて、いつの間にか根津を中心に話が進んで行く点はちょっと気になるが、前回同様に★3つに限りなく近い★2つを付けたい。

『名探偵の掟(東野圭吾/講談社)★★★

 「このミス」1997年版(1996年作品)3位作品。前回の『白銀ジャック』で改めて東野圭吾作品にハズレ無しを再確認したこともあって、過去の「このミス」上位に東野圭吾作品の読み残しを探したところ、本作を発見。さっそく借りて読むことに。
 2002年版5位の『超・殺人事件』を思い起こさせる本作は、一応、お約束の名探偵とへぼ警部が登場するシリーズミステリの形を取ってはいるが、余りに安直なミステリ小説の世界を痛切に皮肉ることを目的とした、非常にゆるくて軽い作品となっている。密室、意外な犯人、孤立する屋敷、ダイイングメッセージ、時刻表トリック、2時間ドラマ、死体の切断、一人二役トリック、見立て殺人、叙述トリック、首無し死体、意外な凶器といった12のお約束テーマのもと、名探偵・天下一大五郎が謎を解いていくのだが、「この程度の使い古された安直なプロットでは今時の読者は満足しないよ」というコンセプトで書かれた皮肉タップリのストーリーに、これまで安直な作品を作ってきた(あるいはこれから作ろうとしていた)ミステリ作家はひるまざるを得ないであろうし、多くのミステリ小説を読破したミステリファンは思わずニヤついてしまうであろう。しかし、著者の批判の矛先は読者にも向けられていることも忘れてはならない。「誰が犯人か、読者は登場人物の中からあらゆるパターンを予想するので、誰が犯人であっても犯人を当てた気になってしまう」、あるいは、「じっくり考えれば犯人が導き出せるように著者がヒントを丁寧に用意している作品であっても、読者の多くは真面目に推理せず勘に頼っている」など、自分も含め、読者にとって耳の痛い話がチラチラと出てくる。未読だが、犯人を明らかにしないまま結末を迎える「このミス」1997年版(1996年作品)13位作品『どちらかが彼女を殺した』が、なぜ生まれたのかよく理解できた。
 これだけミステリ小説の歴史と現状を詳細に分析できている著者だからこそ、斬新で優れた作品を生み出し続けることができるのだと納得させられる作品である。重いミステリの大作を読みあさるのもいいが、その合間の気晴らしに、是非一読してほしい1冊。

『どちらかが彼女を殺した(東野圭吾/講談社) 【ネタバレ注意】★★★

 「このミス」1997年版(1996年作品)13位作品。前回の『名探偵の掟』 を読んで、もう少し真摯にミステリ小説を読まなくてはいけないと反省させられ(前回コメント参照)、結末で犯人を明かさないという形で(犯人を導き出せる材料は提示されている)、著者が読者に挑戦している本作をさっそく読んでみることにした(決してヒマではないのだが、2009年12月の月8冊の記録をまた更新して今月10冊目)。
 東京の某
メーカーに勤務するOL・和泉園子は、結婚のチャンスに恵まれず孤独な日々を送っていたが、ある日、路上で絵を売っていた佃潤一と恋に落ちる。貧乏な美大生と思っていた彼は、実はお金持ちの御曹司であった。結婚相手が見つかったら必ずお互いに紹介する約束をしていた親友の弓場佳代子に佃を紹介した園子であったが、それ以来、佃の様子がおかしくなり、ついにある晩、佃から別れを切り出される。園子は、佃の心変わりの原因が弓場にあることを知り、佃の前で取り乱す。それから数日後、園子の兄で愛知県で警察官をしている康正は、連絡が取れなくなった妹が心配になり、彼女のマンションを訪れて彼女の遺体を発見する。現場に残された様々な状況証拠から、自殺を偽装した殺人であると結論づけた康正は、自らの手で犯人に裁きを下すことを決意し、警察の目を欺くべく現場から勝手に証拠品を持ち出し、より自殺らしく偽装する。独自の調査で、容疑者として佃と弓場の二人まで絞り込んだ康正は、二人を罠に掛けて二人を殺人現場に誘い出し、体を拘束して真相を告白するように迫る。しかし、最初から他殺を疑っていた刑事の加賀恭一郎は、康正の真意を知り、彼の復讐を必死に止めようとするが、ついに真相に到達した康正は犯人を殺すための仕掛けのスイッチに手を掛ける…という物語である。
 前述したように、康正がたどり着いた結末は読者には明かされない。出版社には問い合わせが殺到したとのことで、文庫版には、「推理の手引き」が巻末に袋とじで収録されているが、それを読んでもまだ真相が理解できない読者もいるかもしれない。
 そこでもう一度真相について復習することとする。加賀は、園子の部屋にあったテニスのラケット等から園子が左利きであることを知るが、現場に残された睡眠薬の袋は、鑑識の結果2つとも右手で破かれたものであった。つまり、この時点で加賀は自殺ではないことを確信している。康正は、2つの睡眠薬の袋がどちらの手で破かれたものか最初は知らなかったが、他殺を確信している加賀の様子から、睡眠薬の袋は2つとも右手で破かれたものであったことを知り、佃の告白から、袋の1つは最初に自殺に偽装した殺人を計画した右利きの佃が破いたものであることも知る。もし、偽装殺人を思いとどまった佃が帰った後に、目を覚ました園子がもう一度睡眠薬を飲んで自殺したのなら、もう1つの袋は左手で破られているはずなのだが、加賀の態度からその可能性は消えている。佃か弓場のどちらかが、再度偽装殺人を計画し実行したことは間違いないのだが、康正はなかなか絞りきることができない。ところが、康正はついにその答えを手に入れる。康正は「答えは出た、その瞬間をこの目で見ていた」と述べている。「その瞬間」とは、康正に脅された弓場が、自ら袋を破って睡眠薬を飲むシーンである。文庫版では、どちらの手で袋を破ったか記されていないが、もし右手で破っていたのならば、佃と同じ右利きということで、真犯人を絞ることはできない。康正が「答えは出た」と判断したのは、弓場が左手で袋を破ったのを目撃したからである。もし、左利きの弓場が再度の偽装殺人を計画実行した真犯人ならば、現場に残された袋の1つは左利きによって破られた形跡が残るはずで、それだと、2つ目の袋を破ったのが園子なのか弓場なのかはっきりした指紋でも検出されない限り分からず、加賀がこの事件を殺人だとは断定できなかったはずだ。したがって、康正は、弓場が左利きであることを知ったことによって、2つ目の袋を破って2度目の偽装殺人を計画実行したのも佃であり、佃こそが真犯人だと確信したというわけである。(園子の親友の弓場なら、園子が左利きであることを知っている可能性が高いので、左利きによる袋破りの偽装をしていない時点で佃が真犯人だという推理も成り立つが、その辺は、園子が生活の基本的な動作(筆記や箸の利用など)は右手を使っていたため、弓場も園子の左利きは知らなかったというようなことがどこかに書いてあったように思うので、その推理案はボツだろう。)たぶん、以上のような推理でよいと思うのだが、正直自分も「推理の手引き」を読まないと真相が分からなかった。このミステリ初級者・中級者を突き放した難しさがベスト10入りを逃した理由であろうが、自分としては素直に感服した。さらに上級(容疑者が3人に増えている)な『私が彼を殺した』という作品もあるのだが、これはもう少し修業を積んだ後に残しておこうと思う。

2012年11購入作品の感想

『ハサミ男(殊能将之/講談社) 【ネタバレ注意】★★

 「このミス」2000年版(1999年作品)9位作品。少女二人を絞殺し、殺害後にその喉にハサミを突き立てるという連続猟奇殺人犯を、世間は「ハサミ男」と読んでいた。「ハサミ男」が3人目の獲物を決め、周到な準備をしていざ殺害に及ぼうとしたその日に、「ハサミ男」は自分と同じ手口で殺害された目標の少女の遺体を発見する。出版社でアルバイトをして生計を立てながら自殺未遂を繰り返す「ハサミ男」は二重人格者であり、もう一人の人格である「医師」にそそのかされて真犯人を追い始める…という物語である。
 作者のデビュー作ながら、冒頭から強烈に物語に引き込む力を持った作品なのだが、クライマックスで読者を混乱に陥れる力は半端ではない。読者の多くは一体何が起こったのかパニックになるはずだ。「ハサミ男」は三重人格で、やはり「ハサミ男」が3人目の少女を殺害した真犯人なんだろうなどという中途半端な推理は簡単にぶっ飛ばされる。そして意外な真犯人を知ったときの驚き以上の仕掛けが用意されているので、心して読んでいただきたい。ここからネタバレになるので注意してほしいのだが、この作品は映像化できない作品、要するに叙述トリックがメインの作品なのだ。終盤で新しい情報が次々と提示されるなど読者にとってアンフェアとも言える作品であるので、読者に挑戦する本格ミステリというわけではないが、それを差し引いても 衝撃の結末には多くのミステリファンが満足できるであろう作品だ。

『綺想宮殺人事件(芦辺拓/東京創元社)★

 「このミス」2011年版(2010年作品)10位作品。さらに「2011本格ミステリベスト10」4位、「週刊文春ミステリーベスト」8位と記された帯を見て、相当に期待して読み始めたのだが、正直、40ページほど読んだところで読むのが嫌になった。とにかくどうでもいい蘊蓄が多すぎる。京極夏彦の作品でも延々と続く蘊蓄に閉口して斜め読みしてしまったことが結構あったが、蘊蓄のジャンルがあらゆる方面に飛びまくる本作は、その比ではない。これはものすごく限定された読者向けの作品ではなかろうか。各ランキングで本作に投票した方々に問いたい。「本当に面白かったのですか…?」と。「面白いか」「面白くないか」ではなく「すごいか」「すごくないか」で投票したのなら仕方ないが、身近に本書を薦められるレベルの知人がいないのは確かである。
 東京の街中で何者かに追われる少年・少女を救った名探偵・森江春策は、その後、大富豪の故・万乗氏が琵琶湖の畔に作り上げたテーマパークさながらの綺想宮に招待客の一人として現れる。主なき屋敷で森江を迎えたのは、性別の区別が付かない美しき案内人・二十重亜綺楽(はたえあきら)と7人の怪しい招待客たちであった。その夜、今まで動くことのなかった、自動的に詩を紡ぐ機械「大発見(ジ・ユーレカ)」が、ある詩を歌い上げ、翌日から、その詩に見立てられた殺人が連続して発生する。森江は、この綺想宮の謎を、そして事件の真相を解くことができるのか…という物語である。
 前述したように、語られる蘊蓄の量が半端ではなく、しかもその内容というと、ひと昔前の科学やら数学やら、到底日常の話のネタにもならないようなマニアックなものばかりで、疲れることこの上ない。語り手は森江に同行している作者自身という設定だが、不自然なくらい作者の存在感がなく設定に意味がない。森江と、途中から登場するヒロインの菊園検事の軽すぎる会話も、ディープな蘊蓄群とあまりにミスマッチで、その他の登場人物達の言動も、やたらと薄っぺらく感じる。ありがちではあるが、ヒロインも含めた登場人物がみんな、森江の蘊蓄だらけの会話を普通に理解し普通に会話できているのにも違和感を覚える。肝心のトリックも、やたら複雑な割には突っ込みどころ満載である。これから読む人のために詳しくは触れないが、「遺体のDNA鑑定をしたら全部ばれるのでは?」というレベル。昨年読んだ『ディスコ探偵水曜日』以来の個人的大ハズレ作品である。
今年読んだ作品の中で、個人的に厳しかったのは『天城一の密室犯罪学教程』 と『死の泉』だが、それ以上に厳しかったのは間違いない。作者には申し訳ないが、個人的に誰にも薦めない。

『屋上ミサイル(山下貴光/宝島社) 【少しネタバレ注意】★★

 2009年第7回「このミス大賞」大賞受賞作品。このミス大賞関連では、まだまだ未読の作品が数多く残っているのだが、その中から2009年に『臨床真理』(柚月裕子)と大賞をダブル受賞となった本作を選んだ。
 主人公は高校のデザイン科2年の辻尾アカネ。同じ高校の2年生で、評判の悪い不良・国重嘉人、同じく2年生で陸上部のエース・宮瀬への恋心を成就させるため一切しゃべらない願掛けをしている沢木淳之介、そして唯一の1年生で、弟を殺してしまった罪の意識から自殺願望を持つ平原啓太。この4人が偶然校舎の屋上で出会い、国重の提案で「屋上部」なるものが結成される。世間ではアメリカ大統領がテロリストに拉致監禁されたというニュースで持ちきりだが、彼女達はそんなことは気にしない。そのテロリスト達によって各国主要都市にミサイルが発射されるかもしれないということで、やけになった人々による犯罪は増加し、都会から田舎へ疎開する動きも出てきた中で、国重は死体らしきものが写った写真を拾い、沢木は拳銃を拾って屋上へ持ち込む。国重は、拳銃は殺し屋のもので、写真は殺し屋が殺人の依頼人に結果を報告するために撮ったものではないかと主張し、殺し屋捜しを提案するが…という物語である。
 個人的にこの序盤がまずあり得ない。高校生が、それらの非日常的なものを都合良く同じ日に拾ってくること自体おかしいし、殺し屋の被害者らしき写真を使って殺し屋を探し出して会おうとするという思考パターンは全く理解できない。拾った拳銃を警察に届けるどころか、指紋が付くのもお構いなしに弾倉を出し入れした挙げ句、校舎の屋上に隠しておくという行動も同様。そして、彼らが話し合って出した結論は、殺し屋捜しは後回しにして、停電したトンネル内に現れ、罪ある者に罰を与えるという噂の「罰神様」について調べようというもの。拳銃や殺人事件をあっさり後回しって何?という疑問をよそに、この話題はどんどん先延ばしにされていく…。そして「罰神様」の正体は、単なるストレス解消を目的に、神様気取りで角材を振り回していた予備校生だったのだが、いくら世間で犯罪が増加しているからと言って、トンネル内で続いている傷害事件の捜査を警察がろくにしていなくて、初めてトンネルを訪れた高校生が犯人をあっさり取り押さえるという展開は、これまた不自然極まりない。その後、屋上部は陸上部の宮瀬につきまとうストーカーを撃退するが、ストーカーの彼は死体の写真の男を知っているという。こういう感じで、どんどん話がつながっていくのだが、全く同じように、別の人物が死体の写真の似顔絵を落として、それを見た人物がその人を知っていると言うシーンがもう一度あって辟易…。このパズルのピースがどんどんはまっていく感じがいいという読者もいるかもしれないが、やはり、ご都合主義だらけだという批判は免れないであろう。さわやかで軽快な文章と、キャラクターが立っている多くの登場人物達には魅力を感じるが、伊坂幸太郎の作風そのままの殺し屋をはじめとするキャラや、ご都合主義 だらけの展開には、これが大賞で本当にいいのかと首をかしげざるを得ない。実際に審査員も、前述した『臨床真理』と真っ二つに支持が別れたそうだ。本作を読んだ限りでは、『臨床真理』を推した審査員の意見の方が正しいように思えて、さっそく次に『臨床真理』を読むことにする。ちなみに本作について少々きつめにコメントしたが、決して悪い作品というわけではなく、高校生あたりが読む青春小説としては、結構良いのではと思う。 特に最後の1ページは青春全開でほほえましい。

『臨床真理(柚月裕子/宝島社) 【少しネタバレ注意】★★

 上記の『屋上ミサイル』とともに2009年第7回「このミス大賞」大賞を受賞した作品。 本作と『屋上ミサイル』のどちらを大賞にするか4人の審査員の意見が真っ二つに割れて、結局両方が受賞したといういわく付きの作品だが、最初に個人的な結論を言わせてもらうと、本作の方が圧倒的に上ではないかということだ。
 臨床心理士の佐久間美帆は、担当患者の藤木司の苦しみの元となっている水野彩という少女の死の真相を明らかにすべく奔走する。司と彩は同じ福祉施設に入所しており、彩は手首を切った状態で救急車で運ばれる途中に死亡したが、施設長の安藤が主張する自殺説を司は信じようとしない。司には、人の感情が、その人の言葉を通して色で認識できるという特殊能力があり、安藤の嘘を見抜いていたのだ。最初は司の能力を信じられなかった美帆も、精神病患者で、結局救うことができずに死んでしまった美帆の弟・達志の姿を司に重ね合わせ、何とか力になってやろうと決意したのである。同級生の警察官・栗原久志の協力を得て、美帆がたどり着いた真実とは…という物語である。
 確かにかなり早い段階で読者には事件の全体像が見えてしまうところはミステリとしてはどうかと思う。彩の持っていた薬を美帆が見つけた時点で彩が苦しんでいた理由はすぐに見当が付くし、安藤が当事者ではなく単なる仲介人だったという展開も特に驚きに値しない想定内のものだ。もう少しこのあたりをミステリアスにできなかったものかと思う。その後犯人の一人があっさり逮捕されてしまうところもあっけない。この後のどんでん返しを引き立たせるために、あえて抑えたのかもしれないが、美帆と対峙するような盛り上がるシーンがあっても良かったのではないか。ここを抑えてしまったせいで、意外な真犯人が別にいるであろうことを読者はすぐに察知し、ああ彼がそうなのかと気が付いてしまう。これではせっかく用意したどんでん返しが台無しである。クライマックスシーンがいきなり官能小説のような展開になるのもいかがなものか。しかし、審査員の方々が言うほど中盤以降が予定調和のつまらないものだとまでは思わなかったし、患者の司を連れ回して美帆が取材に回るシーンにもそれほど無理な感じは抱かなかった。単にミステリ小説という視点だけでなく、障害者行政に関する多くの問題点に真摯に向き合った小説であるという点でも評価したい作品だ。評価としては、『屋上ミサイル』同様★2つとしたが、前述したように2作品を比べるなら私はこちらを推したい。

 

2012年12購入作品の感想

『川の深さは』(福井晴敏/講談社)【少しネタバレ注意】★★★

 「このミス」2001年版(2000年作品)10位作品。作者が第43回江戸川乱歩賞に応募した作品で、もし受賞していればこれがデビュー作となったはずの作品であったが、結局落選して、翌年の『Twelve Y. O.』で第44回江戸川乱歩賞を受賞し、こちらがデビュー作となった。本作の続編という形となっている『Twelve Y. O.』、そしてその続編とも言える『亡国のイージス』の刊行後、やっと刊行されるという、少々ややこしい状態となっている。かなり以前から読まねばと思っていたものを、やっと読む機会を得た。
 暴力団担当の刑事だった桃山剛は、ある事件をきっかけに退職し、同時に離婚。警備員として無為な毎日を送っていた。そんなある日、暴力団に追われ怪我を負った謎の少年・増村保と、彼を介抱する少女・須藤葵を匿うことになり、長い間見失っていた生き甲斐を見いだし始める。ある組織の一員として葵を守る任務を遂行していた保だが、その任務が彼女を処分する任務に変わったとき、保は組織を裏切り、葵と逃亡することを決意した。そのことを知り、旧知の暴力団幹部・金谷の協力を得て、何とか二人を助けようとする桃山。そして、保の上司であり、裏切り者である彼を追いながらも冷酷になりきれない城崎涼子に桃山は惹かれていく。保と葵は組織から逃げ切れるのか、そして国家規模の機密に触れてしまった桃山の運命は…という物語である。
 国家機密をめぐる工作員の物語という、いかにも福井晴敏作品らしい作品で、クライマックスの戦闘シーンが、かなり強引にハリウッド映画っぽくしてあってちょっとどうかなと思うのと、如何にも的なハッピーエンドを避けようとしたエピローグがやや中途半端に感じられるところも気にならないではないが、メッセージ性の高いストーリーと、タイトルがこの物語にぴったりはまっているところは実に素晴らしい。「このミス」10位は少し評価が低すぎるのではないか。1つ気になったのは、この作品を読んでいると、ちょっと前に読んだ、ある作品が頭の中で重なったこと。それは「このミス」2002年版(2003年作品)4位作品の大沢在昌『砂の狩人』。優秀なのに不器用でやむなく退職した元刑事が主人公で、主人公は、ちょっと訳ありの愁いを帯びたキャリアウーマンと惹かれあい、旧知の有能な暴力団組員と組んで問題の解決に当たろうとする、という設定が本作とそっくりではないか。調べてみると、大沢氏は第43回江戸川乱歩賞の選考で本作を強く推したという。本作の設定を気に入った大沢氏が、『砂の狩人』執筆時にそれを無意識に反映させたとしか思えない。で、『砂の狩人』は、本作よりも高い4位というのはどうなのだろう。本作が刊行されたのは第43回江戸川乱歩賞の選考から、かなり後の話。
大沢氏は、本作を2度も読んでいる可能性がある。2度目を読んだ直後に執筆したのが『砂の狩人』。大沢氏本人はこの2作品の相似に気が付いているのだろうか。まさかあえて本作を意識して執筆したのだろうか。いずれにせよ、本作を読んで『砂の狩人』の評価がかなり下がってしまったのは確か。

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