2013年12月読了作品の感想
『地の底のヤマ』(西村健/講談社)
【ネタバレ注意】★★
「このミス」2013年版(2012年作品)5位作品。この年のベスト10作品で未読だった最後の1冊である。別に避けていたわけではなく、実物を見かけなかったのであえて探してまでは読もうとしていなかっただけなのだが、今回見つけて手に取ってみて少々引いた。総ページ数は863。登場人物紹介のページ(これをなぜか批判する人がいるが個人的にはあった方がありがたい)には65名もの人物名が並んでいる。帯には第33回吉川英治文学新人賞、第30回日本冒険小説協会大賞、2012年度福岡県文化賞、大牟田市市政功労賞の4つを受賞しての「4冠」の文字。もちろん「このミス5位」の文字も大きく印刷されている。作品の内容を期待してよい賞かどうかは微妙なところだ。全然前知識はなかったのだが、読み始めると、どうやら炭鉱を舞台にした警察小説らしいことが分かった(ベスト10作品を詳細に解説した「このミス」2013年版は読んだはずだが全く記憶に残っていない)。119ページにタイトルの由来となる表現があるので引用しておこう。「ここ大牟田では我々の直ぐ足下、地の底にヤマがある。警察は人の心に埋もれた、事件(ヤマ)を探って掘り起こす。なるほどなぁ、炭鉱マンも我々と同じ。どちらもヤマを掘るのが仕事、というわけだ」
冒頭の短い「序」では、本作の主人公の警官・猿渡(さるわたり)鉄男が、炭鉱の事故でCO中毒患者となった江藤を自宅に送り届ける様子が描かれる。舞台は現代で、定年間際の彼は出世しているとは言い難く、有明海密漁機動取締隊という地味な部署に所属し、時々、恐ろしい過去の記憶が夢に現れ苦しめられている。続く第1
部から本格的に物語がスタートする。時は昭和49年まで遡る。当時大正町派出所に勤めていたまだまだ新米の猿渡は、以前上司だった福岡県警本部の若きエース・安曇に指名され、三池炭鉱旧労組書記次長・樺杵の殺害事件の捜査に参加することになる。旧労組、新労組関係なく住民に接し、地元で一番人望があった警官でありながら炭鉱事故の日に何者かに殺害された父の存在のおかげで、住民達は息子の猿渡に色々と情報を提供してくれたが、
結局捜査本部は解散してしまう。しかも、派出所勤務に戻ると、そこでは彼を妬んだ先輩警官達による陰湿ないじめが待っていた。そんな中、旧労組派と新労組派の喧嘩の仲裁を通して、猿渡は
「序」に登場した江藤に出会ったのである。三川派出所に異動してからも、猿渡の立場は微妙だったが、町の暴れん坊として有名だったヒカッしゃんが暴れているのを上手くなだめたことで同僚の態度ががらりと変わった。その後、幼なじみの白川が売春組織で儲けているという情報を得る。
この件は第2章に深く絡んでくる。そして、猿渡が事件を改めて独自に再捜査しようと矢先に、漁師からの新たな情報で樺杵が転落した場所が判明し、犯人が中学生だったことが明らかになる。猿渡が勧めたとおり彼が自首したことで事件は解決したが、後味の悪い結末となった。
第2部では、7年後に舞台が移る。安曇と猿渡のチームは次々と事件を解決し、その名をとどろかせていた。しかし、その一方で、仕事に忙殺されるあまり、猿渡は妻の富美との仲が崩壊寸前であった。高利貸しの男を射殺した容疑で和木というチンピラを追っていた猿渡は、同じチンピラの塩屋を隠匿容疑で問い詰めるが空振り。しかし、運送屋の田谷が匿っているのではという情報をつかむ。そんな中、幼なじみで検察庁の検事となった管(すが)が猿渡に接触してくる。三池鉱業所労働課長として辣腕をふるった廬山(ろうやま)が組合潰しのために工作資金として捻出したR資金が、民自党衆議院議員の曰佐(おさ)に流れているのを暴きたいから協力してほしいというものであった。しかし、猿渡が聞き込みを始めた途端に周囲に怪しい動きが。R資金の関係者が警察内部にもいることを感じる猿渡だが、捜査中にチンピラに足を撃たれた猿渡は、それを理由に捜査から外されてしまう。白川の持つ売春客リストには明らかにR資金の流れが分かる関係者の名前がずらりと載っているのだが、それを管に知らせれば、管は出世できても白川がただでは済まない。2人の幼なじみの間で葛藤
しながらも、本来の刑事としての仕事に戻れば安曇にも心労をかけることなく、富美との仲の修復にも努められると、猿渡は徐々にR資金の件から離れる方向に気持ちが傾いていく。その中で、猿渡をいつも苦しめている黒雲の悪夢の内容が明らかになる。中学時代の炭鉱爆発事件のあった日、管が老人一人で経営しているスポーツ用品店に逆恨みで放火し全焼させた事件に手を貸したことがトラウマになっていたのだった。まさにその日に父が何者かに殺害されたことで、自分が罪を犯した報いがあったのだと、なおさら強力に心に傷として刷り込まれていたのだ。自分の罪を再確認したことで、安穏な日々に逃げ込むことは許されないと考え始めた猿渡に、第1部で不本意にも殺人を犯してしまった中学生から手紙が届く。一人前の自動車修理工になり一生懸命働いていることの報告に加え、猿渡に心から感謝しているその内容に心打たれた猿渡は、彼に顔向けできる人間であるために、R資金の件に向き合う決意をする。安曇と白川に詫びを入れた後、田谷の父を通じて田谷を説得し、R資金解明の糸口となる和木を自首させるとともに、その直前、和木に独自に金の流れを自供させたテープを管に渡す。本部へ和木を護送しながら、正義にために刑事としての本線から脱線してしまったことを痛感する猿渡であった。
第3部では、さらに8年後の猿渡が描かれる。猿渡は、黒雲の悪夢に加えて、娘が結婚相手を連れてくるという悪夢にも苦しめられるようになっていた。
娘は乳児のうちに事故で亡くなっているというのに…。そのことがきっかけで妻び富美とも別れていた。例の一件以来、刑事の職から外され上内駐在所でのんびりした生活を送っていた猿渡の前に陰惨な事件が発生する。粗暴で知られた伊佐沼家一家が、仕事を手伝わせていた政木一家を皆殺しにしたという事件である。
事件の首謀者の伊佐沼貞実が、過去に母親も殺害しているのではという疑いが持ちあがり、地元に詳しい猿渡に捜査の協力要請が来る。時間を見つけて積極的に捜査を行う猿渡であったが、麻雀仲間のミカン農家・長塚貞次が貞実の実の父親であり、彼こそが貞実の母殺害の真犯人であったことに気がついた時には時すでに遅く、長塚は自殺した後であった。またしても難事件解決の伝説を作りつつも後味の悪さを残す猿渡であった。また、この第3部では、猿渡、白川、菅、櫟園(いちぞの)の4人組が中学時代に犯したもう一つの犯罪が明らかになる。それは、放火よりはるかに罪の重い殺人であった。スポーツ用品店への放火は管が独断で行ったもので後の3人は結果的に巻き込まれた形であったが、櫟園の父親の殺害は、CO中毒で暴れる父親から櫟園一家を救うために計画的に4人で行われたものであった。2つの大罪を全く気にしていない白川と管に不快感を持っていた猿渡であったが、櫟園が自分と同じように今も苦しんでいることを知り安堵するのであった。
第4部では、いよいよ舞台は現代に。冒頭の「序」に続く形として物語は展開する。父と同じように伝説の警官として周囲から一目置かれながらも、出世コースから外れ、有明海密漁機動取締隊の一員として警官の仕事を続ける猿渡。彼は、定年までに何とか父の死の真相をつかもうと心に決める。
密漁や麻薬取引に目を光らせながら、父殺害事件の捜査を続ける猿渡の前に次々と明らかになる新事実。容疑者が浮かんでは消え、浮かんでは消えする中で、ついにたどり着いた真犯人は、もっとも信頼していた伯父の新田伊功(よしのり)だった。猿渡の父・石男を崇拝していた伊功の目には、炭鉱会社と旧労と新労の間を余計な犠牲者が出ないように懸命に行き来する石男の姿がスパイのように映り、裏切られたと感じたのであった。打ちのめされた猿渡に追い打ちをかけたのは、その伯父を、姉が父の復讐のために薬物で殺害していたという事実であった。櫟園の父殺害に手を染めた過去のある猿渡は、自分には殺人者一族の血が流れていると絶望し、警察を辞める決意をする。しかし、殺人罪で逮捕されていた白川に、施設にいる幼い娘の面倒を見てくれと泣きつかれ、辞表を破り捨て再び生き甲斐を見いだす猿渡であった。
昭和から現在に至るまでの炭鉱の町を舞台にした歴史小説とも言える大作。そういう意味での資料価値は非常に高く、2012年度福岡県文化賞、大牟田市市政功労賞受賞も納得。ミステリとしても十分に読み応えはある。あえて言えば、今まで迷宮入りしていた父殺害事件の真相が現代になって急に次々と明らかになる点、そして何より話が長すぎる点が問題か。感動のラストは少々唐突だが、どうせならもう少し盛り上げても良かった。
『黄金を抱いて翔べ』(高村薫/新潮社)
【ネタバレ注意】★★
「このミス」1991年版(1990年作品)9位作品。久しぶりに古い作品に手を出してみたが、同じ筆者による「このミス」1994年版1位作品『マークスの山』で得られたような感動は得られなかった。内容は、6人の男達が銀行の地下金庫に眠る金塊を、周到な計画の元に強奪しようというドラマである。主人公は、これまでにも隠れた犯罪を続けてきたことをうかがわせ、現在は倉庫で働く幸田。そして、その友人で、幸田と異なり妻子持ちでごく普通の家庭を持ちながら、これまで幸田と共に犯罪を重ねてきた過去があり、今回も具体的な計画を立案する北川。北川の弟で、幸田と同じ会社で働くも、北川の電話を盗み聞きしたり、暴走族とトラブルを起こすなど何かと問題を起こす春樹。北川が引き込んだコンピュータシステムに詳しく女の扱いも得意な野田。元北朝鮮の工作員で現在は大学に出入りしている爆弾作りのエキスパートのモモ。エレベーター関連会社の元社員で今回の計画に欠かせないジイちゃんこと岸口。幸田達は、北川を中心に時間をかけて周到に準備を進めていくが、元から何者かに追われる者、どこからか情報が漏れて追われる者、トラブルを起こして追われる者が次々と現れ、いつ計画が白紙に戻ってもおかしくない状況が続く。準備の様子については、銀行の周辺の様子が詳しく語られ、設備に関する専門用語がやたら多く登場するなど、強奪計画が詳細に語られていくが、そこは正直リアリティを感じる以前に、流し読みをしてしまうくらい鬱陶しい。メンバーが脱落していく中、最後の最後でやっと計画が実行に移されると、その後の展開はスピーディーだが、銀行脱出後が、また物足りない。登場人物も読者も、たいした達成感を感じられないまま中途半端に物語に幕が下りる感じ。そもそも登場人物達が、金塊を手に入れた後どうするのかという夢が語られるシーンは最後まで全くない。終盤で香港ルートで換金しようという話がちょっと出てくるだけである。岸口が幸田の父だったというサプライズも、幸田自身、何の感慨も抱いていないし、読者も、岸口についてはメンバーの中で最も詳しく描かれていないので、ふーん、くらいで終わってしまう。最愛の妻子を殺された北川、最愛のモモを殺された幸田の反応も全く感情移入できない。特に妻子を殺されて全く取り乱さずに計画を推し進める北川の様子には、他のメンバー同様、計画成功後の夢について語られていないだけに、なおさら強い違和感を覚える。何が彼を、彼らをそこまで、この計画にのめり込ませているのか?想像できないことはないが、やはりオススメ度は高くはない。
『絆回廊 新宿鮫]』(大沢在昌/光文社)
【ネタバレ注意】★★
「このミス」2012年版(2011年作品)4位作品。新宿鮫シリーズ最新刊にして最高傑作と呼ばれる本作は、この年のベスト10で最後まで手をつけていなかった1冊である。以前にも書いたように、警察小説もハードボイルド小説も読めばそれなりに面白いのだが、読み始めるのにはどうも何か抵抗を感じてしまう。最近全く京極作品を読まなくなったように、そのあたりのジャンルに食傷気味なところもあるが、たぶんそういう警察組織の枠にとらわれない自由な作品の方が自分の好みなのだろう。
自分から妻子を引き離した刑事への怨みを胸に秘めたまま、殺人を犯して22年という長期刑を終えて新宿に帰ってきた大男・樫原茂は、昔のつてを頼って拳銃を入手しようとしていた。その依頼を断ったヤクの売人の露崎は、自分の商売に目をつむってくれることと交換条件で、樫原の捜査に協力することを
鮫島に約束する。そんな頃、鮫島は、雑誌記者から、鮫島の恋人であり人気バンド・フーズハニイのリードボーカルである青木晶にクスリがらみの内偵が入っていることを知らされる。晶と会った鮫島は、晶を信じており警察の仕事よりも晶の方が大事だと宣言して晶を驚かせる。樫原が、今は解散してしまった暴力団・須動会に貸しのある男がいると言っていたことを手がかりに、上司の桃井と共に、その男
・松沢が移った栄勇会を調べようとすると、半年前から別件で栄勇会を内偵していた組対(組織犯罪対策課)からストップがかかった。やむなく須動会を解散させた2代目組長・姫川の元を訪ねる鮫島であったが、つかめたのは
、松沢が養子に入って吉田に名前が変わったということ、その吉田の妻は残留孤児二世であること、そして吉田が栄勇会で出世した理由を姫川が隠そうとしていることであった。露崎からの情報で、栄勇会の
勢いがいいのは中国本土の連中とコネがあり、クスリを直で持ってこられるルートがあるからであることを知った鮫島は、それこそが吉田の出世の理由ではないかと考える。
中国の不動産投資で成功した陸永昌(ルーヨンチャン)は、カンボジアのポイペトでカジノの入ったホテルを買収し売春ビジネスを始めようとしており、東京には北朝鮮ルートのクスリを流していた。ポイペトに盧(ルー)と銭(チェン)、東京に黄(ホアン)という手下を持ち、日本政府とのつながりもあった永昌は、日本の情報機関に樫原の捜索を依頼する。鮫島は組対の田所に事情を話し、彼から、組対が調べているのは「金石(ジンシ)」と呼ばれる危険な集団であることを聞き出すが、樫原と吉田こと松沢の関係を確かめるため再び姫川の元に向かうと、姫川は「金石」と思われる組織に殺害された後であった。露崎から、「金石」のメンバーをさらって返り討ちにあった藤野組の国枝という男がいるという情報を得た鮫島は、さっそく国枝の自宅に赴き、さらった男の名が田(テイエン)といい、田中という名で池袋の「癒し庵」というマッサージ店の常連になっていることを突き止め自分も店の会員になるが、田中に会うことはできなかった。
「松毬(まつかさ)」という小さなバーを営業しながら樫原を待ち続けていたトシミは彼の身元引き受け人になり、彼の息子
に手紙を書き続けていたが、ある日、その店にかつて鮫島のライバルであり、前作で警察を辞職した香田が現れる。香田の現在の職業は何なのか、何が目的なのかは一切明かされないまま、彼はトシミと雑談後、連れと共に店を去る。そして、その直後、香田が「東亜通商研究会」というところで内閣情報調査室の下請けをやっており、組対の持つ「金石」の情報をおさえに来たことが明らかになる。露崎からの情報で、吉田の姉が、吉田に
残留孤児二世の妻を紹介したこと、吉田の姉が働いていた店「ルビー」でボーイをしていた男・市野が、「ノールス」というバーを何軒も持っていて羽振りよくやっていることを知った鮫島は、さっそく
市野に貸しがあるという露崎を連れて会いに行く。
吉田の姉の名は真知子、妻の名は遥といい、遥の紹介で入った女・ミユが「ルビー」を買い取り中国人相手の「天上閣」というクラブに変わってしまったこと、真知子も遥も今どうしているか知らないと言う市野。たいした収穫のないまま「ノールス」をあとにした2人であったが、「金石」のメンバーが2人の帰りを待ち伏せしていた。拳銃で威嚇した鮫島は無事だったが、露崎は行方不明に。「ノールス」に引き返し市野を問い詰めると小林保という客に鮫島のことを話したと言う。小林こそ姫川殺しの「金石」のメンバーであることを告げ、さらに鮫島に追求された市野は、熊谷という金融屋に「ノールス」の開店資金を出してもらっていること、熊谷は現在行方不明で、彼の事務所を市野が引き継いでいることを吐かされる。ミユこと田中みさとが熊谷と付き合っており、小林を市野に客として紹介したのもみさとで、熊谷が行方不明になった時期にみさとが「ルビー」を買い取ったという話から、鮫島は小林が「金石」のメンバーであることを確信する。
成田に着いた永昌を出迎えたのは香田、そして城山という男。永昌は城山に「おみやげ」と言って北朝鮮の情報が入ったUSBを渡す。この見返りの金が今の永昌の地位を築いたの
だ。日本料理屋に案内された永昌は、香田に調査を依頼した樫原について尋ねる。永昌は、樫原…自分の父親の服役の罪状が殺人であったことを初めて知る。
一刻も早く露崎を救い出すべく吉田への接触を決意する鮫島と桃井だったが、吉田の反応からは楔にすらなっていないことがうかがえたため、鮫島は、再度市野を締め上げてみさとの居場所を聞き出し押しかけるが、彼女は「金石」について知っていながら一切口を割ることはなかった。小林保と、みさとの兄の田中光甫という2人の「金石」メンバーの名が明らかになったが、別のメンバーの遺体が発見されたという報告が入る。その男・周を殺したのが樫原だったことは、この時点で鮫島も永昌もまだ知らない。「金石」のメンバーであった黄は、「金石」に迫ってきた鮫島に危機感を感じ、暗殺を永昌に依頼する。樫原の暴走のせいで、「金石」と鮫島の両方から攻められている吉田はトシミの元を訪れ、樫原が自分の罪をかぶってくれたこと、樫原が彼から妻子を引き離したと思い込んで怨んでいる刑事の件は誤解であることを告げる。フーズ・ハニイにがさ入れがあったことを晶から知らされ辞職も覚悟した鮫島は、千葉で露崎の遺体が発見されると、千葉県警に「金石」の件を洗いざらい話した。そこで初めて鮫島は、自分が探している大男が、樫原茂と言う人物であることを知る。そして樫原が命を狙っている刑事というのが桃井であるということも。「金石」は樫原を始末すべくトシミを人質にとって待ち構えるが、その2人は樫原にあっけなく殺される。完全に追い詰められた吉田は、自分を死体の始末に呼び出した樫原に対し意見しようとするが、樫原は全く耳を貸そうとしない。
捜査に行き詰まった鮫島は香田を頼り、鮫島の熱意に負けた香田は、身元引き受人であるトシミの存在を教える。桃井と共にトシミの店「松毬」に乗り込む鮫島だったが、永昌と樫原の22年ぶりの親子の対面を邪魔しないようトシミに説得され一旦引くことに。永昌との対面を果たした樫原は永昌
とトシミを逃がし、再び訪れた鮫島と桃井と格闘になるが、樫原に手錠をかけた直後、店に戻ってきたトシミの拳銃が暴発し桃井は殉職する。晶が鮫島を守るため
、鮫島とはすでに別れているという記者会見を行ったことに加え、警察内での数少ない理解者であった桃井を失った鮫島は打ちのめされる。疲れ切って帰宅したところを永昌の差し向けた暗殺者・銭と朱に狙われるが、藪から預かった桃井の銃で撃退に成功する。
あらすじは以上のようなものだが、やたらと説明じみた部分が多いのが気になるのと、それ以上に、今までになく「お涙ちょうだい
」的なシーンが多い。とにかく全てが湿っぽいのだ(その割に、情に訴える展開が多い一方で、樫原の誤解を解けないまま終わってしまったのは後味がかなり悪い。
永昌が、自分の組織を優先するのか、父親を救うことを優先するのかという究極の選択を迫られそうな展開を予感させつつ、結局うやむやになってしまったのもいただけない)。そして肝心の主人公が、特に
その傾向が著しい。ただでさえハードボイルドらしさのない一匹狼の鮫島が、これまでになく感傷的で弱々しいの
には大きな違和感があった。これが「新宿鮫シリーズ最新刊にして最高傑作」?前作の時も思ったが、シリーズのレベルの高さに慣れてしまって、ないものねだりになっているのなかしれない。しかし、今回は、これはちょっと「新宿鮫」らしくなさすぎるのでは?と思わされた。
『教場』(長岡弘樹/光文社)
【ネタバレ注意】★★★
「このミス」2014年版(2013年作品)2位作品。この5年間の「このミス」(2009〜2013年版)ベスト10作品は、2010年版7位作品の『仮想儀礼』を除いて読み終えたこともあり、早々と発表されたばかりの2014年版のランキング上位作品に手を出すことにした。前回「警察小説はちょっと…」と言っておきながら、前知識なく読み始めてみたら「警察学校小説」だった(「教場」とは、警察学校の「クラス」を表すものらしい)。しかし、帯には全国の書店員の絶賛の声が並び、「このミス」2位のみならず、「週刊文春ミステリーベスト10」で1位を獲得しているとなると期待は高まる。
病気で休職した教官の植松に代わり警察学校にやってきたのは、白髪頭で義眼のような目を持ち不思議な雰囲気を漂わせる男・風間だった。本作には特に主人公と言える人物はいないが、ミステリ小説として探偵役を挙げるとすれば、この風間がそれにあたる。本作では、初任科第98期短期課程に入学した風間教場の学生達の卒業までの
半年が描かれるが、その1年を通して風間の観察眼の鋭さから逃れられる者はいないことを学生達は身をもって知らされることになる。物語は入学から2か月弱たった5月の下旬から始まっており、その時点で入学時41名(うち女子6名)だった学生は37名に減っていたが、そこからさらに、過酷な状況の中で異常な行動に走った学生達が次々と脱落(退学)していく。
第1話「職質」の主人公は、大学生時代に雪の中で事故に遭い、死にかけたところを駐在所の警官に助けられたことで警官に憧れ、一度は小学校に勤めるものの辞職して警官を目指したという変わり種の宮坂。植松の職質の授業で劣等生の平田以上に下手な職質をし、警察官なんて絶対に無理だと植松に酷評されるが、授業を見学していた風間には、それが演技であることを見抜かれていた。平田の父こそ宮坂の命の恩人の駐在所の警官だったからなのだが、宮坂の演技を見破っていた人物がもう1人いた。それは平田であった。彼は宮坂に情けをかけられていることが許せず、入浴剤と洗剤を使って宮坂を巻き込んでの自殺を図るが、計画を風間に見抜かれて失敗。5人目の脱落者となって学校を去る。
第2話「牢問」の主人公は、女子学生の楠本。彼女は花粉症の薬を服用していることで授業中睡魔と戦っていたが、眠気を覚ますために教官の質問に挙手し的確に答えたことで、同じ女子学生の岸川を救うことになる。その岸川は、続けて送られてくる脅迫状にノイローゼ気味になっていたのだが、その送り主は楠本だった。楠本は、婚約者を轢き逃げした犯人を捕まえるため、インテリアコーディネーターの職を投げ出し警官を目指したのだが、入学した警察学校で婚約者を轢いた珍しい色の車の写真を持つ岸川に出会い、彼女こそ犯人だと確信したのであった。しかし、手紙に付いていたミントオイルの匂いが楠本の眠気覚まし用のものだと気がついた岸川は、駐車場のリフトのピットに楠本を突き落とし機会に挟まれて大怪我をさせる。風間と宮坂によって楠本は自分の誤解を知らされ退学を決意するが、風間はそれを許さなかった。そして岸川は6人目の退学者となった。
第3話「蟻穴」の主人公は、音だけで物のスピードを言い当てられるという特技を持つ、白バイ隊員志望の鳥羽。しかしプールでの救助訓練で鼓膜を痛めたことを隠すために、聞いてもいないことを日記に記してしまったことで、親友の稲辺が無断外出をしていないというアリバイを知っていながら教官に証言しなかった。そのアリバイを証言することは、日記に嘘を記したことを明らかにする行為であり、日記に嘘を記すことは警察学校では即退学となるのである。稲辺が怒っていないことに安心していた鳥羽だったが、風間は全てを見抜いていた。風間は稲辺に謝れば嘘の件は見逃してくれると言ったが、謝る前に稲辺は仕返しを実行に移してしまう。蟻の入ったイヤープロテクターを瞬間接着剤をつけて鳥羽にかぶせたのだ。さらに鼓膜にダメージを負った鳥羽は白バイ隊員を諦めざるを得なくなり、稲辺は
おそらく7人目の退学者となった。
第4話「調達」の主人公は、元プロボクサーの日下部。最年長であることから級長を務めているが、学科の成績が良くないことを気にしている。少しでも点数を稼ぐため学生の不正行為の密告を続けていたが、「調達屋」と呼ばれていた樫村の不正行為を告発しようとした時、彼から取引を持ちかけられる。見逃してくれる代わりに、学科の点数につながる情報を教えてくれるというのだ。その提案に乗った日下部は、教官の服部が出題したガス爆発を誘発する仕組みについてすらすらと答えたことで、学校内で犯人捜しが行われていた備品が焦がされた事件の容疑をかけられてしまう。その経緯をまたしても全て見抜いていた風間は、さらなる深部まで見透かしていた。覚醒剤所持容疑で逮捕された、樫村の大学の先輩の巡査部長・尾崎こそが、備品を焦がした張本人であり、樫村は彼の「無罪」を調達しようとしていたという事実である。そして樫村は
おそらく8人目の退学者となった。
第5話「異物」の主人公は、過去にスズメバチに刺された経験があることでアナフィラキーショックに怯える由良。車に詳しいことで自動車警ら隊を志望しているが、四輪スラロームの実技中に運転していた車内にスズメバチがいることに気がつきパニックを起こして風間をはねてしまう。2人組での仕事を由良が押しつけていた安岡が怪しいと考え安岡を脅す由良であったが、全てを見透かしていた風間に咎められる。風間に一人呼び出された由良であったが、風間は彼に彼の長所と短所とともに、スズメバチへの対処の仕方と車内にスズメバチが入っていた理由をさりげなく教える。協調性がなく色々と問題を抱えていた由良であったが、風間のおかげで一つ成長する。
これまでのパターンならば、安岡が由良への仕返しとして犯罪を犯して退学となりそうなものだが今回はそのような展開はない。
第6話「背水」の主人公は、成績優秀な都築(つづき)。
優秀であるが故に、自分を追い込み、その壁を乗り越えた経験がない都築は、卒業を間近に控えて著しい体調不良に陥っていた。そのことを見抜いていた風間は都築に退学を申し渡すが、学校に残りたいと訴える都築に対し、「ならば私を納得させるしかない」と告げる。そして都築は、ライバルの宮坂からの厳しい応援もあって、拳銃検定で上級を獲得、職質コンテストで優勝を果たし、見事、名誉ある卒業生総代に選ばれ、風間の期待に応えて見せた。しかし、風間を何より満足させたのは、都築の「背水の陣」をしいた度胸であった。都築は卒業文集に、原稿の締め切り日にはまだ行われていなかった拳銃検定での上級取得と職質コンテストでの優勝を書き綴っていたのである。どちらかでも逃していれば、それは嘘を記したことになり、即退学になっていたのである。これ以上の「背水の陣」はなかろう。風間の「まずまずの度胸だ」という褒め言葉は、都築にとって最高の賛辞であったであろう。
「警察学校とは、こんなにえげつないところなのか?読んでいてただただ不快。」「こんなにトラブル続きなのはいかにも小説という感じ…。」「
『いじめ→報復→報復者の退学』というワンパターンの繰り返しはどうなのか?」などなど、最初はあまり印象が良くなかったのだが、終盤に向けて話が進むにつれ、風間の学生に対しての厳しくも温かいまなざしがくっきりと浮かび上がってくる。警察小説というよりは学園ドラマに近い。卒業式から半年後、初任科第100期短期課程の入学式で、学生の前で語る風間の姿を描いたエピローグも、実に気が利いていて秀逸。5段階評価の5を付けるほどの引き込まれる要素には今一つ欠けるのだが、3段階評価なら間違いなく3である。(実は最近になってこのコーナーの個人的読後評を5段階にせず3段階にしたことを後悔している。5段階評価にして、普通にオススメの4つ星と、絶対読んでほしい5つ星に分けるべきだったと今更ながら考えている。自分の中ではその差は大きいのである。)
『硝子のハンマー』(貴志祐介/角川書店)
【ネタバレ注意】★★
「このミス」2005年版(2004年作品)6位作品。この年のベスト10作品を読むのは実はまだこれが6冊目。上位4冊が今一つぱっとしなかったので、それ以降の作品を読む気になれなかったというのもあるのだが、今回思い切って読むことに。過去に読んだ貴志作品は、『黒い家』を除き、『天使の囀り』『新世界より』『悪の教典』のいずれも強烈なインパクトがあり好印象だったので、かなり高い期待を持って読み始めた。ネタバレが困る方のために先に書いておくと、結論から言えば、そこそこオススメな本格ミステリである。本書には登場人物の一覧表などがないので最初に登場人物をまとめておく。
○青砥純子…本編の主人公の弁護士。久永専務の依頼を受けて彼の無罪を証明しようとする。
○榎本径…防犯グッズ店を経営しながら防犯コンサルタントとして活躍しているが本業は泥棒。青砥の依頼で調査に協力する。
○沢田正憲…六本木センタービル警備員。ギャンブル中毒で家庭が崩壊し今の仕事が最後の砦の53歳。
○石井亮…六本木センタービルの警備のバイトをしている機械工学が専門の大学生。
○穎原昭造…六本木センタービルの10〜12階に入っている介護サービス会社「ベイリーフ」の社長。80歳近く、本人は知らないが脳腫瘍で余命1年と宣告されている。密室状態だった社長室で撲殺死体として発見される。
○穎原雅樹…昭造の息子で冷酷な副社長。「ベイリーフ」の上場が近づいているため会社の悪い評判は最小限にしたいと考えている。30代。
○久永篤二…「ベイリーフ」専務。社長に次ぐ高齢。社長殺害の容疑者として拘束される。
○伊藤寛美…社長秘書。
○松本さやか…副社長秘書。会社に内緒で女優の副業を持っている。
○河村忍…専務秘書。元キャビンアテンダントで介護ビジネスにロマンを感じ転職したが後悔している。冒頭では主役的なポジション。
○小倉…総務課長。
○安養寺…介護システム開発課長。介護ザルの研究をしている。フサオマキザルの「房男」と「麻紀」を可愛がっているが、副社長には実用段階にないと切り捨てられる。
○岩切…課長。介護ロボットの研究開発を担当している。介護ロボット「ルピナスX」を開発。
○藤掛…「ベイリーフ」顧問弁護士。「ベイリーフ」へのダメージを最小限にするため、久永の心神喪失状態での犯行を主張しようとしている。
○今村…青砥の同僚。藤掛の方針に従おうとしており青砥と対立している。以前青砥と交際していたことがある。
○鴻野…警視庁の刑事。榎本とは腐れ縁で、不本意ながら榎本と情報を交換している。
○椎名章…父が作った借金が原因で闇金業者に追われることとなり、同郷の引きこもりである佐藤学の身分を用いて東京で逃亡生活を送っている。
○鈴木英夫…椎名の親友。色々と相談に乗っていたが闇金業者に殺害される。
○小池健吾・青木哲夫…闇金業者で暴力団の準構成員。章の両親と友人の英夫を殺害している。
あらすじは以下の通り。上場が間近に迫った「ベイリーフ」では役員の日曜出勤が当たり前になり、秘書も出勤せざるを得ない状況であった。そんなある日曜の午後、ビルの窓を清掃中だった清掃会社社員が、窓の外から社長室で倒れている社長を発見する。社長室のある12階の廊下の防犯カメラに誰も映っていなかったことから、ドアでつながっている隣の隣の専務室で仮眠していた久永が容疑者として拘束された。隣は副社長室であったが、副社長の雅樹は外出中でアリバイがあったのだ。久永の依頼を受けたものの、密室の謎が解けない弁護士の青砥は、防犯コンサルタントとして活躍していた榎本に助けを請う。その榎本が容疑者リストのトップにあげたのは、意外にも介護ザルとそれを扱える安養寺であったが、調査の結果、その可能性は消滅し、次の候補であったルピナスXの線も消えた。社長室が調べられたことに動揺する久永、久永が自殺する可能性に動揺する雅樹の様子に、疑念を抱く青砥。過去に空気銃による社長室狙撃事件があったことをつかむが、それが社長の自作自演であったことを突き止めた榎本は、外部の犯行に見せかけた狙撃事件と、内部の犯行にしか見えない今回の事件との矛盾点について考えをめぐらせるが、鴻野からの指紋の情報で、久永がはめられたことを確信する。そして、社長と久永が6億近い会社の金を横領しているとことをつかんだ青砥と榎本は、その金が姿を変えたものが社長室に隠されており、犯人はパチンコの不正操作に用いる体感器を利用して、コマ送り撮影をしている防犯カメラの隙を突いて社長室に侵入したと考える。しかし、廊下のカメラが通常の撮影をしていることが判明し、その可能性も消滅。やはり事故だったのではという結論が出かかった時、深夜の社長室に侵入した榎本は、ついに真相に気がつく。
第2章では、全く別の時間軸で犯人のストーリーが語られる。主人公は椎名章。父が作った莫大な借金のため、闇金業者に追われる身となり、やむなく引きこもりの佐藤学という人物の身分を利用して、東京で逃亡生活を送っていた。転居を重ねた末、清掃会社に入社して六本木センタービルの窓の清掃をしている時、偶然ベイリーフの社長室で社長がダイヤを見ている様子を目撃してしまう。不正な金で得た物だと直感した彼は、何度もビルに侵入し、盗聴を重ね、防犯システムを調査し、ついにダイヤの隠し場所を発見する。何度目かの侵入でダイヤを奪った椎名は、窓の清掃の途中に、クスリで眠っている社長を介護ロボットを遠隔操作で窓際に運び、社長の頭を押しつけた防弾ガラスに、持参したボウリングのボールを打ち付けることで殺害に成功する。完全犯罪が成立したと確信した椎名であったが、榎本は社長室の防弾ガラスが可動式に細工されていることに気がついてしまったのだ。椎名を呼び出し、彼のアパートでダイヤを発見したことを椎名に語ったことで、椎名は白旗を揚げるしかなかった。青砥を通じて久永からの成功報酬50万円を得た榎本であったが、彼は椎名の奪った619個のダイヤの内24個を偽物とすり替え莫大な利益を得ていた。あきれる青砥をしつこく食事に誘う榎本であった。
久しぶりの本格ミステリに胸が躍る。読者が最初に疑うであろう、副社長の雅樹、介護ザル、介護ロボットの犯行の可能性を冒頭でさっそく打ち消し、読者を途方に暮れさせる手法はなかなかのもの。読者は、青砥と榎本と共に真剣に犯人捜しをすることになる。しかし、あらすじにも書いたサルの犯行説や、あらすじではカットした秘書達による素早い変わり身による犯行説など、トンデモ犯行説が次々に示された挙げ句、最後の最後に明らかになる、はめ殺しの防犯ガラスを可動式に細工するというトリックも、かなりのトンデモ系であり、読者は今一つ爽快感が味わえない気がする。そもそも、そんな大がかりな細工に優秀な日本の警察が気がつかないというのも変である。美人弁護士の青砥と、彼女に好意を寄せる泥棒の榎本というコンビは、なかなか面白そうで、実際シリーズ化されているようだが、やはり3つ星はちょっと無理か。
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