現代ミステリー小説の読後評2018
※タイトル横に【ネタバレ注意】の表記がある作品はその旨ご注意を
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2018年1月読了作品の感想
『屍人荘の殺人』(今村昌弘/東京創元社)【ネタバレ注意】★★★
「このミス」2018年版(2017年作品)1位作品。前年「このミス」第10位作品となった『ジェリーフィッシュは凍らない』は第26回鮎川哲也受賞作だったが、本作は第27回鮎川哲也受賞作。さらに、この「このミス」1位のほか、「週刊文春ミステリーベスト10」1位、本格ミステリベスト10」1位という3冠を達成。しかも本作は筆者のデビュー作というから恐れ入る。
神紅大学の映画研究部は、毎年夏休みに、OBの七宮兼光の父が所有するS県山中のペンションで映画撮影を兼ねた合宿を行っていたが、参加する男性OBに現役の部長が女子部員を生け贄に差し出すという性格が強いものであった。父が映像関係の会社を経営している七宮に気に入られると就職に有利になるということもあって、進んで参加する女子部員もいたが、前年に女子部員の退学や自殺トラブルがあり、さらに実施を阻もうとするような内容の脅迫状まで届いた今年は参加者の集まりが悪かった。
昨年秋から年末にかけて『ウォーキング・デッド』のシーズン7までと『フィアー・ザ・ウォーキング・デッド』のシーズン3までをすべて見て、さらに年末年始に映画『バイオハザード』のWまでを見て(これらは過去の見直し)、すっかりゾンビものにハマっていた自分にとってはドストライクの作品であった。 |
『ミステリークロック』(貴志祐介/角川書店)【ネタバレ注意】★★ 「このミス」2018年版(2017年作品)4位作品。 「このミス」2012年版17位作品『鍵のかかった部屋』に続く防犯探偵・榎本シリーズの第4弾で、「ゆるやかな自殺」「鏡の国の殺人」「ミステリークロック」「コロッサスの鉤爪」の4編を収める。 「ゆるやかな殺人」…★★
ストーリーもトリックもあまりに平凡。岡崎殺しについてなどは、相手の眉間に拳銃を押しつけて相手が拳銃に手をかけたところで引き金を引いて相手の手に硝煙反応を付け、現場の部屋に駆け込んできた人間に対しては、机の後ろに素早く隠れて回避し、その後に逃げ出して自殺に見せかけるという全く芸のない内容。 「鏡の国の殺人」…★★
最初から文章で美術館や迷路の構造をひたすら説明されるのだが、全く頭に入ってこない。途中でやっと簡単な図面が2枚提示されるが、最初から1枚の大きな図面を出してほしい。
「ミステリークロック」…★★
詳細なトリックの図説や時系列表が示され、読者に少しでも分かりやすくしようという配慮は見られるが、いかんせんトリックが複雑すぎて全てを短時間に理解できない。というより多くの時刻表トリック作品と同じで、きちんと理解しようという気にすらならない。自分には綾辻作品の『時計館の殺人』が限界のようだ。 「コロッサスの鉤爪」…★★★
小笠原諸島母島沖で活動している海洋研究開発機構の実験船「うなばら」。そこで働く日本潜水工業の安田は、元自分の部下のダイバーで、男女トラブルを起こして退職した後、親会社の大八洲海洋開発の令嬢・近江有里と婚約し、自分の上司として舞い戻ってきた布袋が、かつての上司の自分をいびるのを楽しんでいるのが許せなかった。
なぜ本書が「このミス」4位に選ばれるのか、3作目の「ミステリークロック」まで読んで大いに疑問であったが、この4作目を読んで納得した。 |
『プリズンホテル2秋』(浅田次郎/集英社)【ネタバレ注意】★★★
「このミス」1995年版(1994年作品)7位作品。『鉄道員(ぽっぽや)』で第117回直木賞を受賞し、そのほかにも様々な賞を受賞している筆者の作品を実はこれまで一つも読んだことがなかった。最新の「このミス」ランキング本の合間に読む古いランキング本は、昔の文豪の作品を読むのと同じで全く感動できず、むしろ苦痛なことの方が多かったりしたので、今回もあまり期待せずに読み始めたのだが、それは大間違いであった。 葬儀後に仲蔵が経営する「プリズン(監獄)ホテル」こと「奥湯元あじさいホテル」へ行くことになった孝之介であったが、乗り込んだ仲蔵の車に往年の大物歌手・真野みすずが乗っていたことに驚かされる。そこには定年間近の渡辺莞爾が幹事を務める慰安旅行の警視庁青山警察署の一行と自首する若手組員の壮行会を行う任侠大曽根一家の一行が向かっていた。 ホテルに着いて初めて事実を知る渡辺をはじめとする警察署の一行。身内の団体だと勘違いしていたホテル側も大いに驚くが、木戸組の若頭でホテルの番頭・副支配人も務める黒田と、大手ホテルから引き抜かれた熱血ホテルマンの花沢支配人は、万全のサービスで乗り切ろうと決める。しかし、街宣バスでやってきた大曽根一家の一行に、泥酔していたマルボウの鬼松こと松倉警部補は過剰に反応する。 服役しているヒットマンの妻・田村清子を愛人にしている孝之介は、旅にはいつも彼女を同行していたが、母の看護のため同行できない彼女の代わりに自分の身の回りの世話をさせるべく、彼女の6歳の娘・美加を連れて行く。 ホテルには元アイドルの柏木ナナと元敏腕マネージャーの林章太郎が宿泊していた。ナナは将来を期待されていたにもかかわらず、野望を抱いた林が事務所から独立したことで芸能界から干されてしまい、今は惨めな地方周りの生活を送っていた。自分の人生を台無しにした小林を殺す決意を抱きつつ向かった大浴場で出会った真野みすずに、嫌々歌っていることを見透かされるナナ。みすずは「いい歌い手になると思ったんだけど」と言い残しナナの前から去って行った。 料理長を務めていた大手ホテルから飛ばされてきた若手看板シェフ・服部正彦が、ただ一人尊敬する料理人である板長の梶平太郎から希少な包丁「千代鶴」を使わせてもらって自分の未熟さを思い知らされた直後、厨房にナナが現れる。思い詰めた表情で包丁を貸してほしいと言うナナに、あっさりと「千代鶴」を渡す梶に驚く服部。 厨房に包丁を借りに行くナナを見かけて機転を利かせた番頭の黒田は、林を別の部屋に移し、林を殺しにやって来たナナを説得しようとするが、ナナの打ち明け話に同情し、包丁の代わりに拳銃を渡すのであった。 花沢支配人は、自分の元でフロントマンとして修行中の不良息子の繁の成長ぶりに少し感動していたが、自分たちが警察署の団体を受け入れたことに全く動じるどころか、ゆっくりくつろいでもらうよう指示するオーナーの仲蔵にさらに感動するのであった。 このホテルには大学教授を名乗る怪しい旅人が宿泊していたが、彼こそは世間を騒がせている集金強盗こと香川新介であった。このホテルに犯罪者が宿泊することは珍しいことではなく、支配人の花沢、番頭の黒田、黒田と駆け落ちした孝之介の母で女将の千恵子が、それぞれの人生経験を生かしてカウンセリングを行うのもこのホテルの売りであったのだが、花沢は彼は自分の担当であると心に決める。最初は花沢を信用できなかった香川も、花沢の誠実さに彼を信頼するようになる。 襖1枚を隔てて全く人種の異なる2つの宴会が同時に始まるが、予想通り両団体は大乱闘を始める。そしてそれを止めたのは林を探して会場に乗り込んできたナナの銃声であった。宴会場は凍り付くが、この緊急事態を見事に収める仲蔵。ヤクザと警官たちは車座になって飲み始めるのであった。 離れの茶室で語り合う仲蔵、渡辺、みすずに同席する孝之介。仲蔵とみすずは両想いであったにもかかわらず、それぞれの道で成功するために別々の道を歩んでいたことを知る孝之介。相良の支援もあって、仲蔵は立派な親分になり、みすずは愛人となって歌手して成功をおさめていたのだった。 バーラウンジで午前2時30分から始まったみすずのナイトショーは奇蹟の歌声で大いに盛り上がる。そしてみすずにラストソングの続きを託されたナナは「惚れた男のために唄うのよ」というみすずのアドバイス通りに歌い、美しい歌声を取り戻せたことに感動の涙を流す。そして憎んでいたはずの林を愛していたことを再確認する。仲蔵を残して去っていくみすずの姿に、みるみる縮こまる仲蔵を孝之介は励ますのであった。 そんな時、美加は自分は邪魔者ではないかと思い込み「千代鶴」で自殺を図ろうとしていた。やっとのことで美加を見つけて必死で止めようとする孝之介だったが、奇跡的に包丁が折れて美加は助かる。 翌朝、自首する桜会の若者を松倉が励ました後、同様に渡辺が逮捕したという扱いで自首することになった香川が現れる。そして香川は、玄関の両側に勢揃いした仲蔵はじめ桜の大門を染め抜いた半纏を着た組員によって見送られる。 孝之介はパパと呼ばせてほしいという美加に、お父さんと呼べと言い、芸術の才能を磨くように励ますのであった。 |
『悪人』(吉田修一/朝日新聞社)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2008年版(2007年作品)17位作品。筆者の作品は「このミス」2015年版11位の『怒り』しか読んだことがなく、それも正直あまり印象にも残っていないのだが、本作は毎日出版文化賞と大佛次郎賞をダブル受賞し、2008年本屋大賞4位を獲得、さらに2010年には妻夫木聡と深津絵里の主演で映画化され好評を博したとのことで期待して読み始めた。
理容店を営む石橋佳男の一人娘の佳乃は福岡市内で短大卒業後に保険の外交員を始めてから実家に寄りつかなくなっていた。妻の里子が最近客の髪を刈らなくなったことにも佳男はいらついていた。
結局、筆者が何を訴えようとしているのかよく分からない。善人も悪人も紙一重ということか。祐一は根は善人なのだが、交際相手は出会い系でしか探せないという設定。それは悪と断じるべきものではないのかもしれないが、好ましいものでないことは確か。しかし、理由はどうであれ殺人は悪だ。そんな彼は同情すべき人物として描かれ続ける。果たして彼は美化されるような人物か。最後に、自分を捨てた母親から最近お金をせびっていたという事実が判明。自分を捨てた母の罪の意識を薄めてあげようという心遣いによる行為なのか。もしそうなら、まるで意味不明な発想だ。この行為は祐一のそれまでの描かれ方からすると、ものすごく違和感がある。このエピソードは蛇足ではないか。 |
『カムナビ(上)』(梅原克文/角川書店)【ネタバレ注意】★★ 「このミス」2000年版(1999年作品)17位作品。 角川ホラー文庫化から文庫化されたものの現在は絶版となっている模様。ハードカバー版が図書館にあることは以前から知っていたが、結構な厚さの上下巻で過去の作品ということもあり長い間敬遠していた。いざ読み始めるとホラーというよりは歴史SFものだった。 主人公は、東亜文化大学で比較文化史学の講師をしている葦原志津夫。彼は10年前に謎の失踪を遂げた考古学者の父・正一の行方を捜し続けていた。ある日、茨城県内の縄文時代の石上遺跡の発掘現場の近くで、1200度以上という考えられない高熱で焼かれた焼死体が発見される。被害者は、その日、志津夫が会う約束をしていた新治大学の竜野助教授であった。志津夫は、竜野から父の行方を知っていると聞き、「前代未聞の土偶」も見せてくれるというのでやって来たのだが、竜野の部下である講師の小山麻美は何も知らないという。 志津夫は大学の事務員を騙し、竜野の研究室に入ることに成功する。そこで純度の高いコバルトブルーに輝く青い土偶と、父・正一の現在の姿と思われる写真を発見する。それは時代的にありえない高熱でガラスコーティングがされたことを証明する、まさに「前代未聞の土偶」であった。 志津夫は、写真裏のメモから、竜野が年代測定を依頼したのがクロノサイエンス社であることを知り、そこを訪れる。運良く大学の同期であった大林がそこに勤めており、彼から聞き出した測定結果が3000年前であると知って志津夫は驚愕する。その時代、つまり縄文時代後期から末期にかけてはもちろん、その後の弥生時代にすら、きれいなブルーガラスを製造する1200度以上の高熱を発生させる技術はなかったはずだったのだ。 再び事件現場に戻った志津夫は、坂田充という地方気象台の調査官と、安土真希と名乗る美貌のフリー記者に出会う。坂田は、事件のあった深夜に気温が13度から39度にまで跳ね上がる異常をアメダスが検出したため、現場に駆けつけて焼死体を発見したという。そして志津夫は、刑事から竜野教授と一緒にいた正一らしい人物の目撃情報があったことを告げられる。 真希は過去にも高熱が発生した実例を挙げ、大昔から神域とされてきたカムナビヤマ=神の火の山と関連性があるのではないかと志津夫に訴えかける。麻美が土偶を隠し持っていると考えた2人は、文化財法保護法違反を盾に彼女を脅すが、彼女は頑として土偶の存在を認めようとしない。そして、その日の深夜、山中に土偶を埋めようとしていた麻美を問い詰めると、彼女は観念し真相を語り出した。 ある夜、竜野たちが調査している石上遺跡の発掘現場の近くで、正一が土偶を掘り出しているところを麻美は偶然目撃したという。正一は胴体部分のみを持って逃亡し、麻美は土偶の首の部分が残されているのを発見する。報告を受けた竜野はその土偶の首を独り占めしようとするが、後日竜野の元に正一が現れる。竜野は正一の教え子であった。 正一は、人間が触れるべき領域ではないと告げ、土偶の首を渡すように要求するが竜野は納得しない。説得を諦めた正一は、「どれだけ危険なものかわからせてやろう」「見せてやろう、カムナビを」と竜野に告げ、深夜に石上遺跡で待ち合わせする。 待ち合わせ場所に潜み、そこで麻美が見たものは、くねくねと動く高熱を発する光の柱であった。驚愕する竜野をよそに、正一は竜野を光の中に突き飛ばそうとしていた。しかし、躊躇している正一より先にパワハラで竜野を憎んでいた麻美が竜野を突き飛ばし、竜野は光の中で焼死する。「復讐した証が欲しい」と訴える麻美に、いつか取り戻しに行くまで預けると告げて正一は姿を消す。 真相を話し終えた麻美は、熱の発生原因を立証できない限り私を逮捕することは誰もできないと言い、土偶を置いて去って行った。土偶に直接触ると危険であるという警告を残して。やっと土偶を手に入れた志津夫であったが、相手を窒息させるという特殊能力を持つ真希によって奪われてしまう。 麻美の右手の甲には奇妙なウロコ状のものができており、それは大林の手の甲にもあったものだったが、そのウロコが志津夫の右手の甲と左胸に広がっていたことに気付き彼は恐怖する。 真希が残した甲府市の比川遺跡についてのニュースを録画したビデオテープをヒントに、甲府市内の神社に電話をかけまくる志津夫。するとニュース映像に正一と共に映っていた神主らしき人物が、志津夫を正一と勘違いして対応する。志津夫は、正一の振りをしたまま、翌日その伯川神社の神主と会う約束を取り付ける。 しかし、志津夫が到着したとき、その神主・白川伸雄は撲殺されていた。失望する志津夫の前に現れた地元の湘北大学の民俗学科の学生・稲川祐美と行動を共にするうちに、彼らは江口泰男という不審な人物に出会う。江口こそ幻の古文書と呼ばれる「旧辞」を伸雄から奪うため、彼を殺した犯人だと突き止めた志津夫であったが、江口は強盗に襲われ「旧辞」を奪われる。強盗の正体は祐美とその父で、白川家一族の彼らは、自分たちの手にそれを取り戻しに来たのだった。祐美の超能力で吹き飛ばされた志津夫は彼女たちを取り逃がしてしまう。 東京の自宅に帰った志津夫は、大林からウロコ状の手が治ったという連絡を受けるが、彼の方は悪化する一方であった。そして祐美からの留守番電話で、正一が母の墓参りに行くという情報を得て長野の日見加村に向かう。 あと一歩のところで正一を見失った志津夫は、母のいとこにあたる登美彦神社の宮司である名椎善男の元を訪れる。そして、善男が正一と連絡を取り合っていること、今夜山奥で秘祭を執り行うことを知った志津夫は秘祭の現場に潜入する。 そこで生まれたばかりの赤ん坊を青い土偶に触れさせるという儀式を見た志津夫は、自分も同じ儀式を受け、夢の中でその情景にいつもうなされていることを思い出す。そこに現れた真希の本名が、名椎真希であることが明らかになり、彼女は赤ん坊の内に土偶に感染させてカムナビの後継者を育てることが秘祭の本来の目的であるにもかかわらず、日見加村では逆に後継者を育てないためにこの儀式を続けているのだと謎の説明をする。本来はカムナビの後継者とするためにアラハバキ神を体内に宿らせるのだといい、ウロコに覆われた全身を志津夫に見せつける。 アラハバキ神の正体を地球外生命体だという彼女は、またしても不思議な力で志津夫を窒息させ、善男と正一の電話を録音したテープを志津夫から奪い取って姿を消す。惨めな思いで儀式の行われていた洞窟に戻って青い土偶を前にした志津夫の耳に、何者かから「我に触れよ」という波動が聞こえてくる。 真希のような姿になることを恐れる以上に、彼女を超える力を欲していた彼は土偶をつかむ。全身に異変を感じた彼は悲鳴を上げるが、土偶は彼の手から離れようとしなかった。
歴史的なうんちくもそれなりに興味深いし、読ませる力もそこそこあると思うのだが、なんとなく話が古くさい。1999年の作品だから多少は仕方はないのだが、デジカメや携帯電話が登場していても感覚的には1980年代の匂いのするストーリー。 |
『カムナビ(下)』(梅原克文/角川書店)【ネタバレ注意】★★ 上巻の続きだが、無駄に長すぎる。あらすじとしてまとめるとごくわずか。
土偶に触れることで、人の動きを一瞬止める力と無意識にカムナビを呼び出す力を得た志津夫であったが、同時にヒートシリンダーとも呼ぶべき異常気象を各地に引き起こしていた。
下巻を読み始める頃には、すっかり筆者のペースに慣れ、集中して読むことができるようになっていたが、上巻と比べるととにかく展開が遅く無駄に長い。真相を聞き出そうとする志津夫と拒否する正一。志津夫を挟んでにらみ合う真希と祐美。ひたすらその繰り返し。 |
2018年2月読了作品の感想
『家族狩り』(天童荒太/新潮社)【ネタバレ注意】★★
「このミス」1997年版(1996年作品)8位作品。
第1章 第2章 第3章 第4章 エピローグ
登場人物がとにかく酷すぎる。主要登場人物にまともな人間が1人もいない。 |
2018年3月読了作品の感想
『いまさら翼といわれても』(米澤穂信/角川書店)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2018年版(2017年作品)17位作品。 主人公の折木奉太郎が生徒会長選挙の不正事件に挑む話。
トリックを楽しむミステリではないと分かっていても、開票所に届いた投票用紙が1クラス分多かったという不正事件の真相が、どこかのクラスの選挙管理委員のふりをした犯人が予備の投票箱に偽の投票用紙を1クラス分入れて開票所に置いていっただけというオチではさすがにガッカリ。 中学時代に卒業制作で鏡のフレームを分担して製作した折木たち。折木は自分の班のパーツを1人で引き受けたが、鷹栖亜美がデザインした葡萄のつるの形状を全く無視したパーツを提出したことで、亜美はもちろんクラス全体から恨まれることになる。 しかし高校2年生となった今、ふとしたきっかけで同じ古典部の伊原摩耶花はそのことに疑問を感じ、関係者達に聞き込みを始める。 真相は、クラスのイジメっ子であった亜美がイジメの対象にしていた鳥羽麻美をさらに貶めるべく、葡萄のつるで「WE HATE ASAMI T」とデザインしてあったことに気づいた折木が、自分の担当パーツのSを取り除くことで文章を「WE HATE A AMI T」と変えて亜美に仕返しし、麻美を救ったというものであった。
「なるほどね」と思える展開ではあるが、「AMI」の前に「A」が不自然に残ってしまうなど今ひとつ綺麗なオチではないのが惜しい。 放課後に高校付近に飛んできたヘリの音に「小木が、ヘリ好きだったな」と呟く折木。かつて中学の英語の授業中に教師の小木が、授業を中断して飛んでいくヘリに見入って笑顔で「ヘリが好きなんだ」と言っていたのを思い出したのだ。 しかし、福部から、小木は3回も雷に打たれたことがあるという話を聞いて、彼は急に何かを調べ始める。折木は、小木が登山家であったことをつかみ、その授業中の出来事は、前日に遭難した登山仲間にやっと救助ヘリが向かってくれたことを喜んだのではないかと思い至る。 そして、その登山仲間が結局助からなかったことを知った折木は、小木を「ヘリ好き」という言葉で軽く片付けていたことを反省するのであった。
上記のあらすじの後半は自分の想像がかなり入っている。物語がものすごく抽象的で分かりにくいのだ。ミステリかぶれしている読者の中には、マナーの悪い登山者に怒りを覚えていた小木(そういう記述が作中にある)が、そのような登山者を罠に陥れ、うまくいったことに笑みを浮かべたのでは…とか想像した人もいるのではないだろうか。 「わたしたちの伝説の一冊」…★
それこそ『バクマン。』の主人公達のように本当に摩耶花と亜也子に才能があって、この後彼女たちが努力して本当に高校で伝説を作り、ついにプロデビューを果たすというところまで物語が進むのであれば、この話はそのエピローグとして「あり」だとは思う。しかし、この話単独で終わってしまうものならばただの「痛い」話に過ぎないのではないか。 「長い休日」…★★
退屈そうな閑話休題だと思って読んでいたら、意外と深い物語であった。タイトルの「休日」には、その日の現実の「休日」と、折木が心を閉ざしていた期間の「休日」が掛けてあり、後者の「休日」を、折木の姉の予言通りにヒロインのえるが終わらせようとしていることを暗示するエピソードであったという…。 「いまさら翼と言われても」…★
えるの置かれた状況、例えばえるの家がどれだけ由緒正しい名家で、それを彼女が継ぐことに対し彼女がどれくらい悩んできたかといったことについて、これまでのシリーズでどこまで語られているのかは分からないが、少なくとも本書でこのシリーズを初めて知った読者には「置いてけぼり感」が強すぎる。 |
『月の満ち欠け』(佐藤正午/岩波書店)【ネタバレ注意】★★ 「このミス」2018年版(2017年作品)18位作品。 白髪交じりの小山内堅は、東京駅で待ち合わせをしていた女優の緑坂ゆいと、その娘のるりと会う。もう一人の約束をしている人物・三角哲彦は現れない。
かつて石油元売りの企業に勤めていた小山内は、高校の2年後輩だった梢と結婚し、瑠璃という娘を授かる。その瑠璃は小学2年生の時に高熱を出してから大人びた態度を取るようになる。小学生が知らないような昔の知識をたくさん持っており、彼女がぬいぐるみにつけたアキラという名の実在の人物のところへ行ってしまうのではないかと本気で心配する梢を、梢の心の病と受け取る小山内。 梢と瑠璃の死から15年後、小山内は、自分の母親と、荒谷清美という女性と、その女性の連れ子であったみずきとの4人で暮らしていた。三角哲彦は、梢の友人・三角典子の弟で、現在は大手建設会社の本社総務部長であったが、その三角が小山内の自宅にやって来る。 三角は、大学2年生の時、高田馬場のレンタルビデオ店でアルバイトをしていたが、ある雨の日に、正木瑠璃という人妻と運命的な出会いを果たす。瑠璃と深い関係になった三角は、かつて喫煙具専門店で働いていた瑠璃が、そこで今の夫の正木竜之介と出会ったという話や、夫の職場の先輩が「ちょっと死んでみる」という遺書を残して自殺した話を聞かされる。そして瑠璃は、月の満ち欠けのように生と死を繰り返し、何度でも哲彦の前に現れると語るが、その1週間後、彼女は地下鉄で事故死してしまう。
小山内が緑坂らとの待ち合わせ場所に持ってきたものは、娘の小山内瑠璃が生前描いた油絵であった。そこには三角の若かりし時の姿が描かれていた。緑坂るりは、それは自分が三角の20歳の頃の姿を描いたものだと言う。彼女は、かつて小山内瑠璃であり、それ以前には、正木瑠璃という存在だったと言っているのだ。そして、高校を卒業した小山内瑠璃は三角に電話で会う約束を取り付け、梢と一緒に三角のところへ向かう途中に交通事故死したことが明らかになる。
緑川ゆいは、今は亡き娘の小山内瑠璃の親友であった。小山内は、三角に続いて彼女の突然の訪問があった日のことを思い出す。彼女は高校時代に、小山内瑠璃から前世の恋人であるという三角の話を聞かされていたことを語る。そして、娘のるりが小山内瑠璃時代に自分の描いた三角の肖像画を母親のゆいに見てほしいと言っていることを聞く。この話を聞いたからこそ、小山内は今回その油絵を持ってきたのであった。 そして、小山内の帰り際にやっと三角が現れ、彼が小山内に会釈をした直後、自分と同じように梢も小山内の身近で生まれ変わりを果たしているかもしれないと小山内に語りかける緑坂るり。そこで、小山内は、一緒に暮らしている荒谷みずきこそ、梢の生まれ変わりであることに思い至る。 三角が小山内を訪ねた約1か月前。緑坂るりは三角の会社へ押しかけていた。散々待たされた挙げ句、会社の男たちと警官に追い出されそうとしていた時、三角が現れる。「ずっと待っていたんだよ」と彼はるりに静かに呼びかけたのであった。
冒頭のるりの小山内に対する態度でかなりの拒絶反応。大人に生意気な口をきく小学生の女児というだけで不愉快だが、それがかつての大人の女性の転生した姿だと分かった後でも、かつて一時的であれ父親だった相手に取る態度とはとても思えない。 |
2018年4月読了作品の感想
『鷲は舞い降りた』(ジャック・ヒギンズ/早川書房)【ネタバレ注意】★★★
「東西ミステリベスト100」1986年(1975年作品)5位作品。ほぼ古典作品と言って良いこのベスト10作品のうち2作品だけずっと未読のままだったのだが、そのうちの1冊である本書をたまたま図書館で見つけてしまったので読むことに。
著者のジャック・ヒギンズ自身が、アメリカのある雑誌の依頼で書いている歴史物の取材のためチャールズ・ガスコインという人物の墓を探してイギリスの教会を回っているときに、スタドリ・コンスタブルという村の教会の墓地で、「1943年11月6日に戦死せるクルト・シュタイナ中佐とドイツ落下傘部隊員13名、ここに眠る」という碑文を見つける。
1943年9月、オットー・スコルツェニイなる男が、ドイツ特殊部隊長に任命され、失脚し幽閉されていたイタリアの指導者ムッソリーニを救出し、ヒトラーの元に連れてくるという偉業を成し遂げる。ヒトラーはその業績を称える一方で、優秀な人材を集めたはずの軍情報局(アプヴェール)が何の実績も上げていないと、その長官であるヴィルヘルム・カナリス提督を責める。そして情報局の人員と装備があればイギリスのチャーチル首相を自分の所へ連れてくることすら可能なはずだと言い出す。
関係者に取材を続けるヒギンズはモリイに会い、彼女がデヴリンの子を出産していたことを知る。彼女から子供の写真を預かったヒギンズは、アイルランド政界の地下組織の偉大なる神話的人物となっていたデヴリンに届ける。ヒギンズから息子の写真とモリイからの伝言を受け取ったデヴリンは涙を流しながら、彼を追い返すのであった。
噂に違わぬ冒険小説の傑作。鷲が舞い降りるまで(作戦開始まで)がやや長いが(マップや登場人物一覧含め全566ページ中、鷲が飛び立つのは387ページ目、舞い降りたのは395ページ目で、全体の7割も待たされる)、それをあまり感じさせないのはさすがである。 |
2018年5月読了作品の感想
『どこかでベートーヴェン』(中山七里/宝島社)【ネタバレ注意】★★ 第8回「このミス大賞」(2008年)において『さよならドビュッシー』で大賞を受賞した岬洋介シリーズの第5弾で2017年5月に刊行。過去に遡り、高校時代に彼が人生で初めて接した殺人事件を、級友の鷹村亮の視点で描いた作品。
敏腕検事の父親・恭平の転勤によって音楽科のある岐阜県立加茂北高校に転校してきた洋介は、ずば抜けたピアノの演奏技術で他の生徒達を圧倒し、彼らの学力や演奏技術についてのコンプレックスを増大させるが、そのことに全く気付かない洋介を亮は心配する。
岬洋介の高校時代が、そして彼の最初の事件が語られる、というだけで、このシリーズのファンは大喜びであろう。実際読んでみても、それなりにファンを満足させる作品だと思う。 |
『かがみの孤城』(辻村深月/ポプラ社)【ネタバレ注意】 読書中 「このミス」2018年版(2017年作品)8位作品。「2018年本屋大賞」大賞受賞作品。
小規模な小学校から大規模な中学に進学した安西こころは、クラスメイトのいじめによって不登校になる。そんな5月のある日、自室にある姿見が発光し、中に吸い込まれる。気がつくとそこには狼のお面をかぶった女の子、オオカミさまがおり、目の前には西洋の城が建っていた。「願いを何でも一つ叶えてやる」という女の子の叫びを無視して自分が出てきたであろう発光する鏡に飛び込むと、彼女は自室に戻っていた。
内容に関しては全く前知識なしで読み始めたのだが、2作続けていじめの話か…という点でまず気が重くなり、「現実逃避したい女の子が鏡に吸い込まれるとそこには城が…」という、いきなりのベタなファンタジー展開にも絶句。 |
2018年6月読了作品の感想
『盤上の向日葵』(柚月裕子/中央公論新書)【ネタバレ注意】★★★
「このミス」2018年版(2017年作品)9位作品。「2018年本屋大賞」2位作品。多忙のため読了に随分時間がかかってしまったが、その気になれば一気読みできる魅力ある作品。前回読了した『かがみの孤城』とは、「このミス」ランクも「本屋大賞」ランクも1つずつ下になるが、読み応えは互角と言って良い。
年齢制限のため奨励会を退会しプロ棋士になることを諦め刑事になった佐野直也は、癖のある敏腕刑事の石破剛志と組まされて、ある事件を追っていた。埼玉の山中から発見された遺体と共に高価な将棋の駒が発見されたのだ。
冒頭での主人公は佐野っぽい。奨励会出身のプロ棋士を諦めた刑事という斬新な設定はなかなか面白い。しかし、その設定があまり生かされないまま物語は進み、物語が進むにつれ、彼の存在は次第に薄くなり、上条へのウエイトがどんどん高まっていく。 |
2018年7月読了作品の感想
『機龍警察 狼眼殺手』(月村了衛/早川書房)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2018年版(2017年作品)3位作品。『機龍警察 火宅』に続く「機龍警察」シリーズ第6弾。これまで「このミス」にランクインしてきた第2弾『機龍警察 自爆条項』、第3弾『機龍警察 暗黒市場』、第4弾『機龍警察 未亡旅団』の3作を読了しているが、いずれも好印象だったのでそれなりに期待して読み始める。
経済産業省と香港の企業であるフォン・コーポレーションが進めていた日中合同の一大プロジェクト「クイアコン」に絡んでいると思われる連続殺人事件が発生。警視庁特捜部は、捜査一課、捜査二課と合同で捜査に当たるが、「クイアコン」の正体が、従来うたわれていた既存のインフラを利用した新世代量子通信ネットワークなどではなく、既存のインフラを全く必要としない軍事的にも画期的な量子通信システムであることが明らかになる。それは、特捜部が所有する龍機兵の極秘の稼働システムそのものであり、龍機兵を活用している特捜部ですら完全に解明しきれていないシステムに関係するものであった。このシステムが完成し世界中に普及してしまえば、特捜部のアドバンテージが失われるのはもちろんのこと、世界中の軍事バランスが大きく崩れてしまう。 基本的には過去のシリーズ同様に面白いと思う。面白いのだが、これまでの作品では、それぞれ物語の中心となる人物がはっきりしていたのに対し、今回は誰が主役なのかはっきりせず、感情移入がしにくい点が引っかかる。ライザならライザ、緑なら緑と主人公を決めて、もう少し焦点を絞るべきだったのでは。 |
『ホワイトラビット』(伊坂幸太郎/新潮社)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2018年版(2017年作品)2位作品。
伊坂作品は『ゴールデンスランバー』(「このミス」2009年1位)や『死神の精度』(「このミス」2006年12位)をはじめ好きな作品も多いのだが、ご都合主義的な展開が多かったり、その面白さがよく理解できない作品も目立つ。本作は残念ながら後者か。コメディタッチのやたら複雑なミステリ作品なのだが、ただややこしいだけでどこが面白いのかよく分からない。
仙台で起きた白兎事件。しかし、その人質立てこもり事件を白兎事件と呼ぶ者はいない。 仙台での人質立てこもり事件は、そんな兎田が、ある家庭に押し入ったことから始まる。折尾の荷物に忍ばせたGPS信号を追ってやって来た家に、なぜか折尾の姿はなく、若い男・勇介とその母親をとりあえず人質に取る。
空き巣グループの一員である黒澤は、ある詐欺師の家に彼が海外旅行に出かけた隙に侵入することになるが、仲間の中村と今村が最初に家を間違え、隣の家の2階に自分たちがポリシーとして盗難先に置いてきている盗難内容の領収書を落としてきてしまったと言う。 兎田の隙をついて勇介が警察に通報したことによって、警察は事件の発生を知る。近所の聞き込みによると事件の発生した佐藤家は3人家族らしい。そして、その立てこもり犯は折尾という名のコンサルタントを探せと警察に要求してきた。 勇介の母親は、夫からの電話に出て、あっけなく黒澤が夫ではないことが兎田にばれてしまい、事情を正直に兎田に話す黒澤。 警察にあっさり発見される折尾だが、オリオン座のうんちくばかり語る折尾に、警察のイライラが募る。犯人は折尾におにぎりを運ばせろと要求するが、身の危険を感じた折尾は当然抵抗する。 仙台港近くの倉庫で人質の綿子を蹴りつけていたのは、ベンチャー企業の創業者である稲葉。兎田からは、折尾をどうにかして見つけて警察の注意をそらして脱出するという連絡があり、彼はもう少し兎田を待ってやろうと考えていた。 折尾は危険なおにぎり運びを引き受ける代わりに、オリオン座を利用した占いのような方法でリゲル=犯人の居場所につながるヒントのポイントを警察で調べてほしいと要求する。そしてその地点がはっきりした途端、犯人らしき人物が2階から飛び降りるという急展開が183ページに待っている。
さらにその183ページで本物の折尾はすでに死亡しているという新情報が飛び出し、この物語の種明かしが始まる。事件前に折尾は勇介とトラブルを起こし、勇介に足をつかまれて転倒した弾みで死亡していたのだ。勇介とその母親は、死体を自宅の2階に隠し、GPS発信器の入った折尾のバッグは自宅のゴミ箱に捨てたため、兎田に目を付けられてしまったのだ。 立てこもり犯の居場所につながるヒントになるという着信だという折尾役の澤田の持つ携帯を調べて場所をはじき出した警察。警察側は真剣にそこを調べる気はなく、情報を得た兎田はそこへ向かう。運悪く稲葉に気付かれ奇襲は失敗するも、警察の夏之目課長の突入によって稲葉とその一味は逮捕され事件は多くの謎を残して解決するのであった。
「この事件を白兎事件と呼ぶ者は誰もいない」というフレーズが冒頭から何回か登場するのだが、それは必要なのか。ありがちなフレーズではあるが、本作ではキーワードとして全く機能していない気がするのだが。 |
『いくさの底』(古処誠二/角川書店)【ネタバレ注意】★★ 「このミス」2018年版(2017年作品)5位、「ミステリが読みたい!」2018年版国内編2位作品。第71回毎日出版文化賞受賞作。 太平洋戦争中のビルマ戡定(かんてい=平定)後、重慶軍の侵入が見られるようになった北部シャン州の山中にあるヤムオイ村へ警戒のため徒歩行軍する日本軍。扶桑綿花社員の依井は、通訳として、その行軍に将校待遇で同行していた。依井の足が遅かったせいもあって予定より遅れたものの、なんとか低い山に囲まれた村に到着する一行。部隊を率いる青年指揮官の賀川少尉は村長と顔見知りであったが、村人達はあまり部隊に愛想が良くなかった。 その夜、賀川少尉は厠で何者かによってダアと呼ばれる鉈で首を斬りつけられ殺害される。部隊内で次席に当たる杉山准尉は、賀川少尉がマラリアで倒れたことにし、第一発見者である将校当番の近見崎上等兵に命じて遺体を連隊本部まで運ばせる。部隊内で賀川少尉の死を知る者は、不寝番の高津上等兵と、杉山准尉、近見崎上等兵、そして依井の4人のみ。 果たして、殺人者は部隊内の誰かか、村人か、侵入してきた支那兵か。杉山准尉は、適性住民の存在を確信しているようであった。 連隊本部から近見崎上等兵が帰還して間もなく、連隊副官の上條という青年将校が新しい指揮官として現れ、杉山准尉たちを驚かせる。上條は、物理的には犯人は高津上等兵の可能性が高いと言いつつも兵隊のしわざではないと考えているのは明らかであった。 捜索班の報告によれば、近くの峰に支那兵が作ったと思われる監視哨の痕跡があったという。また、前年にこの村に賀川少尉が指揮する歩兵小隊が警備駐屯に訪れたとき、支那兵の銃撃があり、20名ほどの支那兵を敗走させたものの、小隊側でも3人が死亡、8人が負傷するという事件が起こっていたことが、村の助役のオーマサの口から明らかになる。 賀川少尉の死から2日後、今度は村長が同様に厠で殺害される。疑心暗鬼に陥る村人たち。そして上條は、オーマサ、コマサ、イシマツとあだ名が付けられた3人の村助役の序列に不審なものを感じ、調査の結果、村長が偽者であるらしいことを依井に伝える。 そんな中、コマサが村長を殺したのは自分だと名乗り出る。村長夫婦の正体は、実はかつて重慶軍と行動を共にしていた華僑で、重慶軍の行軍について行けず孤立していたのを村人たちが匿ってやったのに、村人たちをだまして村長の座に収まったのが許せなかったというのだ。コマサは死を覚悟しており、それを依井は、華僑を殺した真犯人は本当の村長であるオーマサだと住民が断じている証拠だと考える。 その夜、村を逃げだそうとした華僑の妻とイシマツが捕まる。華僑の妻の取り調べ中にイシマツが支那兵であることを暗示すると、妻は顔色を変えた。華僑が村長になりすましていることを知った重慶軍が、日本軍の情報を得るために村に送り込んだのがイシマツであると考えられたのだ。 イシマツの取調中、上條は偽村長の華僑を殺害したのはオーマサだと伝えるがイシマツは否定する。真相を話そうとしないイシマツは、依井とだけで話をすることを希望し、上條はそれを許可する。 依井と2人きりになったイシマツは、依井に対し賀川少尉を殺害したのは自分だと告白する。そして華僑を殺したのも自分であると。 さらにイシマツは衝撃的な告白をする。過去にこの村であったと言われている支那兵による襲撃はなかったというのだ。賀川少尉が拳銃を暴発させて部下の1人を殺害してしまい、それを支那兵の襲撃によるものということにして村の外へ追撃の兵を出し、支那兵との戦闘によって日本軍はさらに2人を失ったというのが真相であった。そしてその2人のうち1人は遺体の回収ができなかった。その回収できなかった日本兵こそ、重慶軍の捕虜となり、生かされることと引き換えに重慶軍の情報員となったイシマツであったのだ。イシマツは人でなしの華僑と、仲間の敵である賀川少尉の両方を手に掛けたのであった。 イシマツは依井に逃がしてもらえるよう頼む。イシマツの存在は誰にとっても利にはならない。イシマツの故郷では彼だけが生還すれば家族が肩身の狭い思いをするし、日本軍にとってもイシマツの生存とその証言は軍を貶めることにしかならないからだ。最初はためらっていた依井も、彼の申し出を聞き入れるしかなかった。そして上條もそれを分かっていて立哨を外していた。 イシマツは華僑の妻を連れて、夜の闇の中に消えていったのであった。 賀川少尉と村長の死が描かれるところまでで、約200ページある物語の語全体の半分を使っているが、その流れはただひたすら淡々としている。 128ページで殺された村長が偽者らしいことが明らかになり、135ページのコマサの偽村長殺害の自供でやっと物語が動き出すが、そのコマサの自供があったにもかかわらず、さらに、それまで村人は日本軍を疑っていたような雰囲気だったのに、142ページで「華僑を殺したのはオーマサだと住民の多くが断じている証拠」と突然書かれているのに戸惑いを感じた。村に必要とされている本物のオーマサが日本軍に処刑されては困るから命がけでコマサが彼をかばおうとしたという理由は分からないではないが、どうにも飛躍を感じてしまう。 華僑の妻の取り調べの中で、突然イシマツの正体が支那兵であることが明らかになる場面もインパクトはあるが、前述の部分同様にその展開が分かりにくく、素直に驚けない。 「実は村長はいつの間にか入れ替わっていた」、「実はイシマツは支那兵だった」に続く、「実はイシマツは戦死したはずの賀川少尉の元部下であった」という最後のどんでん返しで、やっと素直に感動できたという感じ。 ビルマ人も含め、登場人物たちは皆、常に敬語で会話する真面目で礼儀正しそうで、かつ感情表現に乏しい者ばかりで、いくつかのどんでん返しはあるものの、物語も最初から最後まで淡々としすぎていて、ものすごく「薄味」な印象。 ターゲットに忍び寄る殺人者の影の様子、攻撃の機会をうかがう重慶軍との緊迫感、村人と日本軍の一触即発の緊張感など、もう少しスリリングな状況を描き込めば、もっとドキドキハラハラできたであろうに、とにかく全てが淡泊。 帯のキャッチコピーや書評、コメントに期待をしてはいけないことは、これまでの経験で十分分かっていたつもりだが、「究極のホワイダニットがここにある!」「今年度、最も注目を集める戦場ミステリの傑作!」「ほれぼれするほど完成度の高いミステリ」「息苦しいまでのサスペンス」「終盤の展開には圧巻の迫力」「戦場ミステリの逸品」「いささかも揺るがない強固な説得力」という美辞麗句の数々には、ビジネスとは言え閉口するしかない。 決して駄作ではないが、そのような言葉で積極的に人に勧めようとは思わない作品である。 |
『がん消滅の罠 完全寛解の謎』(岩木一麻/宝島社)【ネタバレ注意】★★★ 「第15回このミス大賞」(2016年作品)大賞受賞作。テーマはずばり「殺人事件ならぬ活人事件の謎を解く」というもの。なぜ末期がんの患者が完全寛解(完治)したのかという謎 の解明に医師が取り組むという前代未聞の医療ミステリ。 日本がんセンター呼吸器内科医員の夏目典明は、元自分の患者だった江村理恵の肺門部原発扁平上皮がんが完治し、怪しい宗教団体の宣伝に利用されていることを知り、同センター研究所に務める羽島悠馬に相談を持ちかけるが、羽島は一卵性双生児を利用したトリックであることを見破る。
厚生労働官僚の柳沢昌志は、浦安の湾岸医療センターで、呼吸器外科医の宇垣玲奈によって肺腺がんの切除手術に成功する。この施設は、最新設備で小さながんを見つけることができ、転移していても独自の治療法でがんの進行を抑えられるという評判で、政治家などの社会的に成功した人々が大勢利用しているらしい。
完全寛解の可能性の低い肺腺がん患者の小暮麻里を担当することになった夏目であったが、リビングニーズ特約のついたがん保険に加入後すぐに、がんの診断が出た患者の事例が夏目の担当患者だけで小暮も含め4件も続いたことで、保険会社に勤める高校時代からの友人の森川雄一が夏目の元を訪れる。
西條らが何らかのトリックを行っていることに気付いた夏目たち。そしてまたしても羽島が新たな仮説を立てる。湾岸医療センターでは、早期がんを切除後、そのがんを培養し、既存の抗がん剤の効果を確認して、よく効く抗がん剤が見つかった場合のみ、培養したがん細胞を患者に注射して人工的に転移を起こし、予め効果が確認されている抗がん剤を投与してがんの完全寛解を演出しているのではないかというものだ。
ついに西條と接触することができた夏目と羽島。羽島は富裕層に利用したトリックは解明できなかったが、小暮ら低所得者層に利用したトリックをついに突き止め、その概要を西條の前で夏目が披露する。患者に強力な免疫抑制剤を投与し、がん保険に加入させた後で他人のがん細胞を注射することによってがんを発症させ、がん保険が下りた後で免疫抑制剤の投与を打ち切ることで、拒絶反応によってがんは自然消滅するというトリックである。 西條の死によって絶えたように思われたがんを利用した人類救済計画は宇垣らが継続していた。そして宇垣と共に別荘で過ごしていたのは、その死んだはずの西條であった。死んだ西條の娘は、大学の事務長と西條の妻との間に生まれた子で、西條と血がつながっていなかった。一方で西條が学生時代に精子提供ボランティアに参加して生まれた子が宇垣だった。西條は宇垣らと計画的に事務長を殺害し、自らの死を偽装したのだった。 どうやって殺したかではなく、どうやって不治の病を治したのか。斬新な切り口に引きつけられるものの、医学的知識がない一般読者は、この謎解きに参加できないので、そこは仕方のないところなのだが、そんなことが全く不満に感じないところが素晴らしい。とにかく医療に関するメカニズム的な説明が分かりやすく、どの場面でも頭にすんなり入ってくる。読んでいて引っかかるところや突っ込みどころがほとんどない。 しっかり設定された多くの登場人物のキャラが今ひとつ立っていない印象がある点が若干気になるものの(森川と水嶋はもう少し描き込んでいればラストシーンの掛け合いがもっと生きてくると思うし、夏目に続くナンバー2主人公の羽島もクールな設定は理解できるが、ただ頭が切れるだけではない何らかのインパクトが欲しい。宇垣もミステリアスな魅力を持つ女医というキャラをもっと読者に印象づけた方がいい。夏目の冬木紗希に至ってはせっかくの美味しいポジションなのに、それが全く生かされていないのが惜しい)、文句なしの★★★。 |
『あとは野となれ大和撫子』(宮内悠介/角川書店)【ネタバレ注意】★★ 「このミス」2018年版(2017年作品)13位作品。第157回直木賞候補作。 中央アジアに位置する架空の国・アラルスタンで戦争孤児となった日本人少女ナツキ。5歳だった彼女はこの国の後宮のボスであるウズマに拾われる。後宮と言っても、2代目大統領のパルヴェーズ・アリーは女を囲うことに興味がなく、孤児となった少女たちを将来の政治家として育成するための教育機関として機能していた。そこで、リーダーのアイシャや一匹狼だったジャミラといった仲間たちと充実した暮らしを送っていたナツキであったが、演説中にアリー大統領が狙撃され死亡したことで、アラルスタンは大混乱に陥る。
ただでさえ隣接するカザフスタンやウズベキスタンの脅威にさらされ不安定なアラルスタンであったが、大統領の死に乗じて反政府組織のAIMが進軍してくるという情報に議会の議員の男たちは一人残らず逃げ出してしまう。
首都マグリスラードでAIMの軍を迎え撃つことになったアイシャたちであったが、AIMの幹部・ナジャフによって、ナツキに目を掛けてくれている国軍大佐のアフマドフとともに、あっけなくAIMの捕虜となってしまうナツキ。
毎年恒例の予言者生誕祭に合わせた出し物の歌劇の練習に打ち込む後宮の女たち。民衆をはじめ、各国の高官たちが観劇するため、劇を通して国威発揚をしつつ、近隣諸国に向け穏健なメッセージを発しなくてはならない難しい出し物である。後宮に出入りする吟遊詩人かつ武器商人のイーゴリは、シルヴィの書いた今ひとつの脚本を見事に直す。 ウズベキスタンの建前は、アイシャたちの統治が不十分なことによりAIMのようなゲリラの跋扈を許しているので油田をAIMから守るために軍隊を派遣したというもので筋は通っていた。そしてAIMは、暫定政府がどのような態度をとろうとアラルスタンの土地を守るため油田を取り戻すとウズベキスタンに宣戦布告する。AIMのナジャフから極秘に共闘を持ちかけられたナツキであったが、勝てる見込みのない戦いをするわけにはいかない。国軍の支援もなく、イーゴリから武器を仕入れ戦いに臨んだAIMはウズベキスタン軍の前に敗れ、ナジャフ戦死の報がもたらされた。 ナツキは、ジャミラに対し出身地を偽っていたことを白状させ、「アリーを撃ったのもあなたね」と語り掛ける。チェルノブイリの事故で父を失ったジャミラはロシアを憎み、ウズベキスタンの工作員となっていたのであった。そしてソビエトの生物兵器が埋められているダムをイーゴリが破壊しようとしていることをナツキに告げる。
歌劇本番の当日、ダムの様子を見に行ったナツキは、ダムに爆弾を仕掛けたイーゴリと出会う。イーゴリこそが「最初の7人」のうちの1人、「バックベアード」であった。気まぐれな強風でナツキがよろめき、無意識に助けようとしたイーゴリは起爆装置を捨て谷底へ落下していった。
アラルスタンに平和が戻った途端に、逃げた議員たちが戻ってきてアイシャを審判にかける。そして、最後の証人として「最後の7人」の1人が呼び出される。その人物はウズマであった。アイシャたちと敵対していたウズマは、アイシャの用意した文書が偽物であることを証言するのかと思いきや、本物であると証言。弾劾裁判は、いつの間にか信任採決に変わっていた。
いつものようにキャッチコピーを見てみよう。「『今、ここ』で頑張るすべての人に贈る、とびっきりの冒険エンタテイメント」「史上最強のガールズ活劇にして、今年最高のエンタメ小説がここにある。」… |
2018年8月読了作品の感想
『天翔ける』(葉室麟/角川書店)【ネタバレ注意】★★
ミステリから離れて歴史小説に手を出してみた。ミステリではないので、あらすじを省略しコメントは簡潔に述べておく。 |
『キラキラ共和国』(小川糸/幻冬舎)【ネタバレ注意】★★★
こちらも前回に引き続きミステリから離れての選択。何の前知識もなく適当に選んで借りてきたのだが大当たり。 |
2018年9月読了作品の感想
『爆身』(大沢在昌/徳間書店)【ネタバレ注意】★★ 「このミス」2019年版 にランクインするかどうか分からないが、「『新宿鮫』を初めて読んだ時を思い出した。久々の大沢氏の大作に心が躍った」という帯のコメントに引かれて借りてみた。本名も年齢も分からない謎のボディーガード、通称キリが主人公のハードボイルド小説である。
キリは24歳の時、強くなるために鳥取の大山で師匠の工藤俊元から2年間古武術を学び、そこで人間の弱さを知り、弱い人間を守るボディガードを始めたという経歴の持ち主である。
さすがにベテランの大沢氏。最初から読ませる、読ませる。『新宿鮫』シリーズのような圧倒的なダーク感や緊迫感には少々欠けるが、あらゆるシーンでの丁寧な描き込みはお見事。 |
2018年10月読了作品の感想
『All You Need Is Kill』(桜坂洋/集英社)【ネタバレ注意】★★
9月にAmazonプライムで無料のプライムビデオを見ているうちに何となくSF映画にはまり、某オススメSF映画サイトで勧められていたトム・クルーズ主演の同名の映画を観て面白かったので、原作と原作を元にしたコミックを購入して読むことに。いわるるループもののSF小説。日本のライトノベルがアメリカで実写化されたのは初ということだが、納得の面白さ。映画版はかなり改変が加えられているが、賛否両論あるとは思うものの、個人的には映画版の方が分かりやすくて面白かった。コミック版は、多少簡略化されているものの原作に忠実に描かれている。原作と映画版の一番の違いは、原作がバッドエンドで、映画版がハッピーエンドなところ。 |
2018年12月読了作品の感想
『沈黙のパレード』(東野圭吾/文藝春秋)【ネタバレ注意】 読書中 メインのHP更新のほか、コミックや無料配信映画鑑賞に忙殺され、遠ざかっていたミステリ小説に2か月ぶりに戻ってきて最初に手を出したのは、初の「このミス」2019年版(2018年作品)ランキング作品で、4位にランクインした本作。言わずと知れた大人気のガリレオシリーズ第9弾である。 「キクノ・ストーリー・パレード」で有名な菊野市(架空の街)で定食屋「なみきや」を経営する並木祐太郎・真智子夫妻と次女の夏美を苦しめていたのは、3年前に行方不明になった当時19歳だった長女の佐織のことだった。佐織は、地元で有名な資産家でいくつかの音楽スタジオを持つ新倉直紀と、その妻の留美が、歌手としてデビューさせるために大切に育てていた将来有望な娘でもあった。 その佐織の遺体が静岡のゴミ屋敷の火災現場で所有者の老婆の遺体と共に発見される。老婆は6年ほど前に自然死し、佐織も失踪直後に頭部への打撃によって死亡していたものと考えられた。そして、佐織殺害の容疑者として浮上した男の名が蓮沼寛一であった。彼は老婆の息子であり、佐織の失踪直前に佐織につきまとって「なみきや」を出禁になったことがあり、さらには別の少女・本橋優奈の殺害容疑で逮捕され、犯人の可能性が濃厚ながら証拠不十分で無罪となった過去があった。佐織と交際していた高垣智也も蓮沼のことを疑っていた。 警視庁の理事官となった多々良から捜査を任された草薙俊平は、部下の内海薫と共に捜査を開始する。Nシステムの記録によって、佐織の失踪直後に蓮沼が菊野と静岡の間をライトバンで往復していることが判明し、蓮沼の昔の勤め先の制服から佐織の血痕が見つかったことで、ついに蓮沼は逮捕される。しかし、蓮沼はまたしても証拠不十分で処分保留となる。 研究のため渡航していたアメリカから帰国し、菊野市の研究施設に勤めていた草薙の大学時代の親友である物理学者の湯川学と再会した草薙は、この事件のことで湯川に愚痴をこぼす。その時に耳にした「なみきや」に、湯川は週2回ペースで食事に通い始める。 そんな時、「なみきや」に蓮沼が現れる。自分は無実の罪で犯人扱いされた被害者だから、並木達に賠償金を請求をすると言う。並木や並木の友人の戸島修作は怒りにまかせて追い返すが、蓮沼は図々しくも菊野市の倉庫事務所に住み始めたらしい。 そこで、並木と戸島たちは、新倉や高垣も仲間にして、頼りにならない警察に代わって蓮沼に鉄槌を下す計画を練り始める。 そしてパレードの日がやって来る。夏美は常連客となった湯川をパレードに案内するが、「なみきや」で客の中年女性が食中毒のような症状を訴えたため、並木と真智子は病院へ付き添うなど慌ただしかった。結局、病院で客の女性は回復し何事もなく、事は済んだ。 パレードが終わり、湯川が食事をとろうとしていた「なみきや」に、パレードを仕切っている宮沢麻耶が飛び込んでくる。蓮沼が死んだというのだ。 草薙も耳を疑った。住処にしていた事務所の部屋の中で倒れているところを、同居していた増村という男に発見されたというのだ。死因は不明で、溢血点があったことから窒息死の可能性が高いが、絞殺や扼殺にしては少なく、首を絞められた跡もないという。草薙は、かつて様々な事件解決に協力してくれた湯川に、今回も協力を仰ぎ、現場を見たいという湯川の要望も聞き入れる。 湯川は、蓮沼が寝泊まりしていた3畳ほどの部屋を密室にしてヘリウムガスで酸欠状態にしたものと推理する。盗まれて使用されたガスボンベと、頭に被せたと思われるビニール袋も発見されるが、内海はその回りくどい殺害方法に疑問を抱く。その指摘に応え、湯川は別の推理を打ち立てる。それは、室内に液体窒素を流し込んで同じように窒息させるという殺害方法であった。 そして、液体窒素を容易に調達できる戸島が中心になって計画し、並木、新倉、高垣たちが協力して行った犯行の全容が明らかになる。蓮沼と同居していた増村は、実は蓮沼に最初に殺害された本橋優奈の伯父で、復讐のために彼と親しい関係になっていたことも判明する。酸欠で蓮沼を苦しませ、並木と新倉が蓮沼を尋問することが目的だったが、並木の店のトラブルで計画がキャンセルになったにもかかわらず、新倉が独自に尋問を行い、佐織殺害を認めた蓮沼を勢い余って殺害してしまったというのが真相であった。 しかし、湯川は納得がいっていないようで、内海に新たな指示を出す。そして新たな事件の真相が明るみに出る。高垣との恋愛に夢中になり歌のレッスンに身が入らなくなった佐織を公園に呼び出した新倉の妻の留美が、佐織が高垣の子を妊娠し、さらには新倉達の努力を無にするような言動をとったことに激高し、佐織を突き飛ばした結果、頭を打った佐織は動かなくなり、留美は逃走。現場を目撃した蓮沼が佐織の遺体を隠し、その後留美を脅迫したというものだ。新倉は、留美の犯罪を隠すために並木を現場に来られないように細工をして独断で蓮沼を殺害したのだ。 しかし、湯川はさらに事件を掘り下げ、真の真相にたどり着く。佐織の失踪した公園の現場に残されていたバレッタに血痕が付着していないことから、蓮沼が佐織を運んだときにはまだ佐織は生きており、やはり佐織を最終的に殺害したのは蓮沼だったというものだ。 高垣は、佐織を妊娠させて歌の道を捨てようとさせたことを並木に謝罪するが、並木は恨むどころか感謝していると答える。そして、この街の施設での研究を終えた湯川は、戸島と同じく悔しい思いをしている友人を救うために事件解決に協力したのだということを夏美に告げ、街を去って行くのであった。 さすが、東野圭吾作品。最後まで超安定の吸引力に、とどめの2段階のどんでん返し。★3つでも問題ないのだが、ところどころにモヤモヤしたものが残る。 |