現代ミステリー小説の読後評2019
※タイトル横に【ネタバレ注意】の表記がある作品はその旨ご注意を
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2019年1月読了作品の感想
『碆霊(はえだま)の如き祀るもの』(三津田信三/原書房)【ネタバレ注意】★★★
「このミス」2019年版(2018年作品)6位作品。刀城言耶(とうじょうげんや)シリーズ第9弾。これまで「このミス」のベスト10にランクインした第3弾、第4弾、第6弾、第8弾はすべて読了済み。正直なところ、いずれもきちんとしたストーリーを覚えていないのだが、独特の世界観を持ったホラーな世界観に悪い印象はなく、特に第8弾は感動した記憶があり、このサイトの記録でも★★★を付けている。そして今回も★★★を付けさせていただきたい。 【あらすじ】 「竹林の魔(昭和/戦前)」…薬売りの少女・多喜は、孤立した犢幽村でならいい商売ができるのではと考え、険しい山道を乗り越え、何とか目的地にたどり着く。 「蛇道の怪(昭和/戦後)」…平皿町にある日昇紡績の社員・飯島勝利は、平皿町から閖揚村(ゆりあげむら・強羅地区の中で犢幽村から最初に分かれてできた村)まで車で帰る途中、車の待避所で蓑を着た黒い頭の異形の姿を目撃する。その異形の者が先回りをしているのか、走行中に続けて3回も目撃した彼は、地主の大垣家の飛び地が近くにあり、隠居した秀寿がその田畑へ毎日通っていることを思い出し助けを求めることに。しかし、明かりの付いた納屋には誰もおらず、そこで4度目の異形の者を目撃した彼は、恐怖のあまり会社を辞めて平皿町からも去ってしまった。
以上のような伝説が伝わる犢幽村を訪れた刀城言耶。お供をするのは大垣秀寿の孫にあたり、刀城の大学の後輩で英明館の優秀な編集者である大垣秀継と、本シリーズのヒロイン・怪想舎の美人編集者・祖父江偲(そふえしの)。
主人公たちが登場する現代(といっても戦後間もない昭和だが)の物語シーンは、すべてのあらすじが書き切れないほどの密度なので、簡単な顛末だけを記録した。 |
『錆びた滑車』(若竹七海/文春文庫)【ネタバレ注意】★★ 「このミス」2019年版(2018年作品)3位作品。葉村晶シリーズ第6弾。過去の「このミス」でベスト10入りしている第4弾『さよならの手口』(4位)と第5弾『静かな炎天』(2位)は読了済み。特に後者は好印象だったので期待も高まる。
【あらすじ】 読み始めると前半3分の1くらいまではかなり退屈。読了したばかりの『沈黙のパレード』、『碆霊(はえだま)の如き祀るもの』と比べると、序盤が非常に冗長な感じがする。本シリーズを過去に読んだことがなく、ひまつぶしに何気なく本書を読み始めた読者は途中で放棄してしまうのではないかと心配してしまうくらい 。その後、色々な展開があって退屈はしなくなるが、人間関係や事件の背後関係などが複雑で、理解にやや疲れる。 |
『それまでの明日』(原ォ/早川書房)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2019年版(2018年作品)1位作品。私立探偵・沢崎シリーズ第5弾であるが、寡作な著者の長編はこの5作のみ。
【あらすじ】
電話サービス会社のオペレーターの女性に親切にしたり、毛嫌いしている錦織とは対照的に、その部下の真面目な田島には情報を与えてやったり、興信所の若手所員の萩原を探偵として育ててやろうとしたりするところなどは、沢崎の人間味がにじみ出ていて好印象(しかし、この3人に対し、物語の最後まで対応し切れていないのは読者としては不完全燃焼)。ちょっと丸くなりすぎてイメージが違うという読者もいるかもしれないが、個人的にはこういうキャラの方が好みではある。ライバル(?)の相良も同様にすっかり丸くなって違和感ありまくりだが、本シリーズで1位、2位を争う人気キャラであることに変化はないだろう。 結論として、決して人にオススメできない作品ではないし、自分も嫌いではないが、勧めた人すべてに満足してもらえるかというと微妙。万人受けする作品などそうはないが、本作はやはり読者を選ぶと思う。シリーズの熱烈なファン、ちょっと古風なハードボイルド好きな読者以外に勧める場合には、慎重になった方がいいと言っておく。 |
『ビブリア古書堂の事件手帖〜扉子と不思議な客人たち〜』
「このミス」2019年版(2018年作品)で本作に投票されたのは5位に1票だけ(「このミス」は76人の読書のプロが、気に入った作品に1〜6位の順位を付けて投票するシステム)。しかし、大好きなシリーズなので、ランキングに関係なく、シリーズをすべて購入している奥さんに買ってもらって、ランキング上位作の読書の合間に読むことに。
【あらすじ】
第一話…平尾由紀子は、かつて強盗を働いたことで平尾家と絶縁していた叔父の坂口昌志を、彼の結婚と彼の妻の出産を機に訪ねることになる。父に北原白秋の『からたちの花』という童謡集を買って届けるよう頼まれた由紀子は、ビブリア古書堂でそれを買い求めるが、父の意図がわからない。
第二話…栞子と五浦は、豪邸に住む磯原未喜から、急死した人気イラストレーターの息子の秀実が生前自分に渡したいと言っていた「母親との思い出の本」を彼の蔵書の中から見つけてほしいという依頼を受ける。
第三話…ホームレスの志田は、佐々木丸美の『雪の断章』を人にプレゼントする習慣があった。彼を師と仰ぐ受験生の小菅奈緒は、その本を2冊もらったこと、彼には奈緒のような彼を慕う高校生がもう1人いることを文香に聞かせる。
第四話…舞砂道具店の吉原喜市の息子・孝二は、80歳で亡くなった稀覯本コレクターの山田要助宅を訪れるが、そのコレクションの多くは他の古書店に引き取られた後だった。そして、最後に見つかったコレクションが要助の息子によってビブリア古書店に届けられたばかりだと知って彼は怒りを覚える。
栞子が娘に語って聞かせると言っても、第一話は由紀子視点、第二話は五浦視点、第三話は奈緒視点、第四話は孝二視点で描かれている。実際には、栞子が子どもには聞かせられない内容を省略しながら話しているという設定だが、そこは置いておいて、ちゃんと1つ1つの話を完成された物語として描いている点が良い。 |
2019年2月読了作品の感想
『宝島』 (真藤順丈/講談社))【ネタバレ注意】 ★★ 「このミス」2019年版(2018年作品)5位作品。第160回直木賞の受賞が発表され、数あるランキング本の中から最優先で読むことに。 【あらすじ】 戦後、本土の米軍による占領が終わっても、その支配が続く沖縄。その沖縄のコザには米軍の物資を盗み出して貧しい人々に分配する戦果アギヤーと呼ばれる者たちがいた。弱冠二十歳のリーダーであるオンちゃんとその弟レイ、オンちゃんの恋人ヤマコ、友人のグスクは、そんな活動をしながらも楽しく暮らしていた。 ところがある日、沖縄最大の米軍基地である嘉手納基地に大人数で盗みに入るというオンちゃんらしくない作戦が実行される。戦果アギヤーたちが慎重に侵入した場所とは別の場所から侵入した何者かが、その形跡を米軍に発見されてしまったせいで、何も奪えないまま米軍の激しい反撃を受け、追われる身となった戦果アギヤーたち。 射殺されたメンバーも多い中、負傷しながらもグスクは基地の外で待っていたヤマコと共に逃げ延びる。オンちゃんは行方不明になり、レイは逮捕されてしまった。 レイが入院した病院をこっそり訪れたグスクとヤマコは、レイから今回の事件の真相を知らされる。与那国から本島に渡ってきた密貿易団「クブラ」が、戦果アギヤーを脅して仕入れ業者のように働かせて荒稼ぎしており、コザの寵児と呼ばれたオンちゃんも彼らに目を付けられてしまったというのだ。今回の作戦に参加していた、銃器の扱いに慣れていた男・謝花ジョーもその一味だったらしい。 レイは刑務所の中で看守たちから酷い扱いを受けたものの、経験豊富な年配の受刑者たちから多くを学び成長していく。そしてグスクも、オンちゃんの行方を知るジョーが刑務所に収監されていることを知り、自首して囚人となる。 ついに刑務所内でジョーを見つけたレイとグスクであったが、ジョーは病で瀕死の状態であり、オンちゃんが予定外の戦果を手に入れて基地を脱出したことだけを告げて死亡してしまう。
刑務所を出たグスクは刑事になっていた。グスクは米兵に殺害された女性の遺体の第一発見者の歯欠けの混血孤児の行方を気にしていた。
その後、ヤマコと別れ、婦人警官と結婚したグスクの元に、「おれは島に帰り着いた」というオンちゃんからのものと思われる手紙が届く。グスクは、コザのはぐれものであるレイと辺土名を追っていたが、2人は見つからない。そして、ヤマコの元にもオンちゃんからと思われる手紙が届く。さらには、コザのあちこちで、オンちゃんからと思われる匿名の贈り物が届けられていた。
1月末には読了の予定だったのだが、色々忙しくて時間がかかった。感想として、沖縄弁を多用し、沖縄本土返還前後の沖縄県民の苦しみ、心の叫びが伝わってくる意欲作であることは間違いない。しかし、小説として面白いかというと微妙なところ。 |
『小説 機動戦士ガンダムNT』(竹内清人/角川書店)【ネタバレ注意】★★
「このミス」から離れて別の趣味の「ガンダム」系書籍で小休止。2018年11月末、発売と同時にamazonで購入してあったのだが、やっと手を付けた。
『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』の続編である。
【あらすじ】
ガンダム世界の根幹をなす「ニュータイプ」の能力について、これまで以上に突っ込んで描いた作品である。「UC」では、『逆襲のシャア』での小惑星を動かすほどの力をさらに発展させて、兵器を解体し、コロニーレーザーを防御し、時を遡る力まで描いていたが、今回は、ファーストガンダムでも描かれていた、死後も魂のみで生き続ける能力に焦点をあてて描かれる。ファーストガンダムでは、戦死したララアが、生者であるアムロやシャアに語り掛けるという、ガンダム世界に限らずどんな作品でも見られる演出の1つとして描かれていたものを、ニュータイプ独自の能力の1つとして捉えている。 |
2019年4月読了作品の感想
『雪の階(きざはし)』(奥泉光/中央公論社)【ネタバレ注意】★
「このミス」2019年版(2018年作品)7位作品。「週刊文春ミステリーベスト10」2018年4位作品。「ミステリが読みたい!」2019年版6位作品。さらに柴田錬三郎賞と毎日出版文化賞を受賞したとなると期待するなという方が無理。しかし、これが読み始めると予想以上にきつくて…。 【登場人物】 笹宮惟佐子…本編の主人公。女子学習院高等科に通う華族の娘。数えで20歳の美人。 成績優秀だが学業に興味はなく、数学と囲碁と海外ミステリを好む。 笹宮惟重(これしげ)…惟佐子の父。笹宮家は公家華族の中では中位に属する。 伯爵の位を持つが、資産家の娘である後妻の瀧子に頭が上がらない。 将来有望な派閥を支援し新政権を打ち立てたのち要職に就くことを夢見ている。 笹宮瀧子…惟重の後妻で惟佐子の義母。神戸の資産家の娘。 不良教師が問題を起こしたダンスホールに通っていたため宗秩寮から注意を受ける。 笹宮惟秀…惟佐子の12歳上の兄。陸軍大尉。 笹宮惟浩…惟佐子の異母弟。惟秀同様7歳から肘岡陸軍中将の家で訓育された。 祖母・藤乃の死後、瀧子によって13歳で自宅に連れ戻された。洋楽を好む。 津島華子…大名華族の津島侯爵の娘。色黒で天真爛漫なスポーツウーマン。 森岡多恵子…惟佐子より5歳上の内務省大臣秘書官夫人。惟佐子をねたんでいる。 岸井夫人…惟佐子より10歳ちょっと年上で公家華族の家から実業家に嫁いだ。 松平公爵夫人…カルトシュタインを招いたサロン演奏会を主催する。 娘の松平姉妹は、腸カタルで参加できなかった。 白雉博允(はくちひろみつ)…惟佐子の実母・崇子(たかこ)の兄。元外交官。 ポーランドに赴任した頃からおかしくなり免官されるもドイツで有力者となる。 フリードリヒ・カルトシュタイン…ミュンヘン生まれのドイツを代表するピアニスト。 白雉博允と交流があり、面識もない彼の姪の惟佐子を我が娘のように思っている。 木島柾之…津島華子の母方の叔父で、東京帝大卒の宮内省勤めの青年。 カルトシュタインの通訳として彼に同行している。 宇田川寿子(ひさこ)…惟佐子の「我が尊敬すべき友」。父は東京帝大の法学教授。 サロン演奏会で惟佐子と会う予定だったが、謎の失踪をとげる。 御法川…笹宮家の書生。 菊枝…笹宮家の女中の1人。一度結婚したが離縁して笹宮家に戻り惟佐子付きとなる。 町伏…笹宮家の家令。小遣いを貰っていない惟佐子が出掛けるとき必要な現金を渡す。 平沼騏一郎…枢密院副議長で国粋主義団体を主宰し惟重はその事務局長的役を果たす。 しかし、平沼の陰謀の局外に置かれていたことを知り、惟重は陸軍に乗り換える。 槇岡貴之…近衛聯隊勤務の陸軍中尉。古参の教会員で槇岡子爵夫人の孫の青年将校。 久慈…貴之に誘われて教会に来て惟佐子や寿子と出会う。実家は佐賀の禅宗の寺。 貴之とは陸軍士官学校の同期で、特権階級廃止など過激思想の持ち主。 牧村千代子…東洋映像研究所の新米カメラマン。惟佐子より3歳年上。 幼い頃の惟佐子の「おあいてさん(遊び相手)」をしており、今も交流がある。 山本和浩…東洋映像研究所の中年カメラマン。4人の子持ち。 蔵原誠治…「都朝報」の記者。千代子の持ち込んだ事件の調査を一緒に行う。
【あらすじ】 |
『魔眼の匣の殺人』(今村昌弘/東京創元社)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2020年版(2019年作品)?位作品。「このミス」2020年版は、まだ刊行されていないのだが、作者の人気からしてランクインは確実とみてこのように表記しておく。 【あらすじ】 第1章…剣崎は、斑目機関の関係施設がW県の山中に存在するとの情報を得て単独で向かおうとするが、彼女と同じくミステリ愛好会のメンバーであり会長でもある葉村は 、彼女を守るべく強引に彼女についていく。 剣崎と葉村は、目的地の好見地区へ向かうバスの中で、未来予知を絵で表現する能力を持つ高校2年生の十色真理絵と彼女の後輩の茎沢忍と出会うが、この2人の目的地も剣崎達と同じであった。 4人がようやくたどり着いた好見地区の家々はなぜか無人で、やっと村人に出会えたと思った人物は、ツーリング中にバイクのガソリンがなくなって困っている王寺貴士という容姿端麗な会社員だった。 さらに、そこに現れたのは、墓参りに来た元好見住人の朱鷺野秋子と、彼女が連れてきた、車のトラブルで固定電話を探している教授の師々田厳雄とその息子の小学生・師々田純。 元住人である朱鷺野にも村が無人の理由が分からず、彼女は皆を村のさらに奥にある予言者・サキミの住む、かつて真雁と呼ばれる里があったことで現在は「魔眼の匣」と呼ばれる建物へ案内する。 そこにはサキミに仕える神服奉子と、サキミの取材に訪れていた『月刊アトランティス』の編集者であり記者でもある臼井頼太がいた。アトランティス編集部に届いた差出人不明の手紙には、大阪のビル火災と婆可安湖の集団感染テロの予言を的中させたサキミという予言者が新たな予言を告げているのでそこへ向かえというメッセージが記されていたというのだ。 ついにサキミという老婆との面会が叶った訪問者達。そしてサキミは訪問者達に躊躇なく村人にも伝えた新しい予言を告げる。なんとこの真雁で男女2人ずつの4人が明日からの2日間で死ぬというのだ。好見地区の住民達が村から逃げ出したのはこの予言のせいだったのである。 サキミに面会しなかった十色は、バスの中でバスがイノシシに衝突する予言画を描いたように、魔眼の匣へ至る橋が燃える様子を食堂で描いていた。その予言画は現実となり、サキミと神服と9人の訪問者は魔眼の匣に孤立してしまう。魔眼の匣に取り残された男6人の死亡確率は2/6、女5人の死亡確率は2/5。果たして死ぬのは誰か、生き残るのは誰か。 レンタカーの運転に自信がないからとバスを選びながら、やはりレンタカーの方が良かったと後悔する葉村の様子や、臼井を雑誌記者であると言い当てた剣崎のやや強引な推理披露には突っ込みたくもなるが、ここまではオーソドックスなエンタメミステリ。
第2章…怪談の伝わるO県の三つ首トンネルに肝試しに行った4人の若者のうち3人が死亡、1人が音信不通になっているという話で皆を怖がらせた臼井は、地震による土砂崩れで死亡してしまう。さらに今度は、葉村がストーブの不完全燃焼で一酸化炭素中毒で死にかける。その2つをまたしても予言画によって予言していた十色は涙を流して葉村に詫びる。
過去にサキミの予言が当たったせいで機関に問題視され公安にも目を付けられたという話が出てくるのだが、後でその詳細も語られるものの納得がいかない。第3章では、予言された災いを決して回避できないことが問題視されたと説明されるが、回避するというのは未来を改変することだからある意味仕方のないことであり、そこは割り切って、上手く利用すればいいことではないのか。完全に回避できなくても起こることが分かっていれば、悪用することも含め、被害者が名指しされていない限り、特定の人物だけ危険を回避するなど活用方法はいくらでもあるはずだ。サキミほどの貴重な予知能力を、危険回避ができないからという理由だけで研究機関が放棄してしまうというのはあり得ない展開だと思う。
第3章…またしても無意識に「毒死」の予言画を描く十色。サキミが自室で毒入りのお茶を飲んで苦しんでいるのが発見されたが何とか一命を取り留める。部屋の入り口には予言画と同じ赤い花びらが散乱していた。予言を信じない師々田は十色を犯人だと疑う。そして剣崎は、また事務室の受付窓に4体あったフェルト人形が、臼井の死亡時に3体に減っていたのが、さらに1体減っていることに気がつく。
「犯人はサキミの予言から逃れるために十色を殺した。よって犯人は女性である。」という方向に話が進むのだが、これも納得できない。 第4章…今度は剣崎が謎の失踪。どうやら十色を救えなかったことを苦にして滝壺に飛び込んで自殺したという線が濃厚であった。 サキミの予言の力が本当なら、剣崎の自殺を装う行為にどれほどの意味があるのだろうか。ほんの僅かな時間稼ぎにしかならないのではないか。一応そこには彼女の深い意図があったことが後で明かされるのだが、ここも読んでいてモヤモヤするところの1つだった。 |
2019年5月読了作品の感想
『グラスバードは還らない』(市川憂人/東京創元社)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2019年版(2018年作品)10位作品。京都大学推理小説研究会(通称:京大ミス研)出身のミステリ作家は、綾辻行人、法月綸太郎など多数おられるが、本作の筆者は、東京大学の文芸サークル・新月お茶の会出身。 【登場人物】 ヒュー・サンドフォード…U国の不動産王。不法に入手したものを含め希少な動植物をサンフォードタワー最上階で飼育・栽培している。 ビジネスには厳しいが一人娘に甘い。3年前に所有するガラス製造会社・SG社で3人もの死者を出す爆発事故を起こしているが、10年前に所有するビルの一つが爆破テロに巻き込まれ事業に打撃を被ったことがトラウマとなって事件をもみ消した。 イザベラ・サンフォード…ヒューの亡き妻。元は経営の傾いたガラス工芸品店の娘で、店は彼女と結婚したヒューが大企業のSG社に育てたが、最愛の彼女は病死してしまう。 ローナ・サンフォード…ヒューの一人娘。19歳。 トラヴィス・ワンバーグ…SG社の技術開発部部長。ヒューの部下で技術者。開発した屈折率可変型のガラスにニーズがなく、透過率可変型ガラスの開発に方向転換を図っている。ヒューに秘蔵のコレクションを見せられる。44歳。 チャック・カトラル…SG社の技術開発部研究員。トラヴィスのさえない部下。なぜかヒューの娘・ローナに見初められ交際しているが、あまりの大きな格差に2人の将来に不安を抱いている。 ローナに見せてもらったヒューの飼育するグラスバードに魅入られてしまい、その不安はさらに増大している。童顔の30歳。 イアン・ガルブレイス…M工科大学の研究者であり助教授。24歳という若さで博士号を取得した容姿端麗な青年。SG社と協同研究を行っている。28歳。 セシリア・ペイリン…M工科大学の博士課程に籍を置く研究者。イアンの後輩であり交際相手。26歳。 パメラ・エリソン…ヒューのメイド。過去のどのメイドや秘書よりも優秀で口が堅いためヒューに気に入られている。I州の片田舎からNY州に出てきた理知的な女性。 ローナとチャックの中を知りながら、ヒューにばれないようにしてくれている。31歳。 ヴィクター・リスター…ヒューの顧問弁護士でありヒューの友人。ヒューの人使いの荒さに辟易している。ヒュー同様に最愛の妻を亡くしている。 エマ・グラプトン…九条漣が、爆発があったビルで出会った避難誘導をしていた女性。 マリア・ソールズベリー…独断専行型の女刑事。ヒューが希少動物の違法取引に関与しているという情報を得て捜査を始めたものの、早々に署長に捜査打ち切りを命じられ憤慨している。U国人。 九条漣(クジョウ・レン)…冷静沈着なマリアの部下で、彼女の監督係。J国人。 【あらすじ】 物語の舞台は1983〜1984年のU国(明らかにアメリカなのだがパラレルワールド的な演出のため伏せ字となっている。日本らしき国はJ国と表記される)。 女刑事のマリアは、不動産王ヒューが希少動物の違法取引を行っているという情報を得て、署長の捜査打ち切り命令を無視してサンフォードタワーに乗り込む。受付嬢にむげな扱いを受けたことにもめげず、ヒューの住む最上階を目指すマリア。 サンフォードタワーは35階までがオフィスフロア、最上階の72階がヒューの家族が住む居住エリアとなっており、その間の階層はマンションエリアになっているが、価格が高すぎて誰も入居者がいない。最上階へは1階から専用のエレベーターでしか行けないため、マリアは35階から非常階段を使って徒歩で最上階を目指していたが、そこで異常な轟音を聞く。 目指していた72階に入れず、下に戻ろうとしたマリアであったが、ビルの爆発によって非常階段は途中で失われていた。再び72階の非常ドアに戻ったマリアは、そのドアの向こうから助けを呼ぶ声を聞くが、その声が途絶えた後、ドアの下から血が流れてくるのを目の当たりにする。 サンフォードタワー最上階でのパーティに招待されていたトラヴィス、チャック、イアン、セシリアの4人は、ヒューに睡眠薬を盛られて眠ってしまい、気がつくと部屋が50近くもある謎のフロアにいた。そこにはなぜか1羽のグラスバードもいた。完全に閉鎖されたフロアに閉じ込められ戸惑う4人に対し、メイドのパメラは、「答えはお前達が知っているはずだ」というヒューの言葉を伝える。 その後、透過率可変型ガラスでできていると思われるフロア内のあらゆる壁が消失し、トラヴィスの刺殺体が発見され、グラスバードの姿が消える。さらに一番疑わしかったパメラが刺殺され、次にはチャックが…。 マリアを追ってサンフォードタワーの35階にやってきた漣を、上階での爆発が襲う。漣はマリアの追跡を一時諦め、オフィスの人々の避難誘導を優先する。避難誘導を終えた漣は、マリア同様にヒューも行方不明になっていることを知る。サンフォードタワーの受付嬢の紹介でヴィクターの協力も得られることになった漣だったが…。(つづく)
登場人物の名前がなかなか頭に入ってこないこと以外は特に問題なく読める。気になるのは、サンフォードタワーの構造について、特に最上階に行くには1階からでないと行けないということについて、何度も何度も繰り返し語られること。いい加減しつこい。
火災でビルの電気系統が焼き切れたのか、何とか電子ロック式の非常扉が開き最上階に入ることができたマリア。そこでマリアは5人の男女の刺殺体と、その奥のパーティルームでヒューとローナの銃殺体を発見する。しかし、炎と煙に追い詰められるマリア。彼女は、崩れ落ちるビルから、漣が要請した空軍のジェリーフィッシュによって辛うじて脱出する。
結局、透過率可変型ガラスの開発がうまくいかなかったトラヴィス達は、セシリアの液晶技術を使って、それが完成したかのようにヒューにプレゼンしていたということで、壁には高電圧などかかっていなかったことが判明(まあ、そうでないと実用性ゼロだろう)。その技術によってできた光学迷彩布でグラスバードのエルヤが3人を殺害していたという展開。 冒頭部分とリンクさせた、ラストシーンでヴィクターが語る、過去のグラスバードの女の子の死のエピソードは泣かせるところなのだろうが、ハッキリ言ってここが泣かせるどころか本作の最も納得のいかない部分。ヒューにとって最重要機密のグラスバードが、毎日のように抜け出して自由に外を出歩いていたなんてあり得ないのでは。 そしてとどめはラストシーン。グラスバードの生き残りのエルヤが、屋上から飛び降りて姿を消すシーンで物語は幕を下ろすのだが、「地面にたたきつけられたはずの身体も、血だまりすらも見えず−ただ、摩天楼の合間を、冷たい風が吹き抜けるばかりだった」という一文で結ばれている。しかしこれは、エルヤの遺体が、彼女が纏っていた光学迷彩布に隠されて見えないだけだろう。それをこんな文学的表現で飾られても興ざめなだけなのだが…。まさか次回作に登場させる伏線…? 直情型のマリアと冷静沈着な漣との掛け合いはそれなりに面白いのだが(ラノベみたいという批判も予想されるが)、複雑なトリックとその説明に埋もれてしまって十分に生かされていない。シリーズ第1作は高評価したが、正直そのレベルには達していないと思う。 |
『ひと』(小野寺史宜/祥伝社)【ネタバレ注意】★★ ミステリ作品ではない、「本の雑誌」が選ぶ2018年上半期ベスト10第2位作品。本屋大賞2019にもノミネート。
調理師だった父が交通事故死、それでも大学に通わせてくれた母も急死したことで大学を辞めざるを得なくなった聖輔。そんな彼がたまたま立ち寄った商店街の惣菜屋で、最後に残っていたコロッケをお婆さんに譲ったことで店主に気に入られ、そこで働くことになる。
基本的にいい話。主人公にたかろうとする母方の親戚と、聖輔を煙たがる聖輔に好意を寄せる女性の元彼が不愉快極まりないが、あとは善人ばかり。そこを「できすぎ」「ご都合主義」と批判する向きもあるようだが、そこはあまり気にならない。 |
2019年7月読了作品の感想
『麦本三歩の好きなもの』(住野よる/幻冬舎)【ネタバレ注意】★★★
前回に引き続きミステリ作品ではない。5月に前半を読んで、7月上旬にやっと読み切った。著者のデビュー作にして代表作である『君の膵臓をたべたい』(2015年作品)は未読。『か「」く「」し「」ご「」と「』(2017年作品)を斜め読みした程度で、その時は特に何も思わなかったが、本作は好印象だった。 |
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(上)』(富野由悠季/角川書店)【ネタバレ注意】★★ またしてもミステリ作品から離れての読書。本作が2020年から3部作で劇場公開されることが決定したため、30年前に購入した本書を本棚から引っ張り出してきて読み返すことに…。
地球に向かう特権階級の人々を乗せたスペースシップ・ハウンゼンの船内では、地球連邦政府の閣僚の一人が、この船に似つかわしくないブロンド娘のギギ・アンダルシアにお愛想を言っていた。マフティー・ナビーユ・エリンを名乗る反地球連邦政府組織討伐のために乗船していたケネス・スレッグ大佐は、魅力的な彼女に思い切って話しかけるも、マフティーについて意見を求められ軽くいなされてしまう。
メイスの登場シーンではギギに引き続いてのブロンド娘の登場に少々混乱する。さらに42ページのケネスとメイスとの会話シーンで「メイスはハサウェイのシートにもたれるようにして…」と突然ハサウェイの名前が登場してさらに混乱。
「マフティーだなんてウソをいう連中なんか、やっちゃったら!?」というギギの言葉に動揺したハイジャッカーの隙を突いてハサウェイはハイジャッカーを鎮圧するが、なぜ彼らが偽者であることに彼女が気がついたのか彼は不思議に思う。
ある程度ケネスは気がついていたとはいえ、ハサウェイがマフティーの一員であることや、マフティーの黒幕がクワック・サルヴァーなる人物であることをためらいもなくペラペラとケエスにしゃべるガウマンはどうなのか。 |
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(中)』(富野由悠季/角川書店)【ネタバレ注意】★ 302ページある上巻に対し、中巻は216ページ、下巻は221ページと、やや短くなっている。テンポ良く話が進んだ上巻に対し、中間は正直なところ見所が少ない。 ギギは相変わらずケネスの用意したコテージでVIP扱い。ハサウェイの恋人のような存在だったらしいケリア・デースは、ギギに振り回されているハサウェイに嫉妬し、二人の関係は険悪に。そして読者サービスなのか、トップレスのメカニック、ジュリア・スガの登場。 ネットを見ると劇場版でのジュリアの扱いを気にしている読者は多いようだが、不思議なくらい妄想イラスト画像は一切ネット上にない。作品が古すぎるからか。 ギギはケネスの元を離れ、カーディアス伯爵の用意したホンコンの屋敷に向かう。伯爵が気に入るような模様替えを行ったギギであったが、ハサウェイのことが気になってしょうがない彼女は、たった一晩でケネスの元へ戻るのであった。そして、そこにメイスがいることが気に障った彼女はあっさりとメイスを追い出してしまう。 やっとニュータイプらしさを発揮し始めるギギだが、ただ未来の出来事をいくつか予言しただけで、しかもそれが劇的に部隊に好影響をもたらしたとは思えないものばかり。それだけに彼女を誇らしげに部下に紹介するケネスや、それに乗せられている部下達の様子がなんかむなしい。
地球連邦政府刑事警察機構局長のハンドリー・ヨクサンは、アデレードでの中央閣僚会議を確実に成功に導くべく、ケネスの率いるキルケー部隊の援護のため、独立第13部隊のブライト・ノアを呼び寄せることを画策する。軍を退役して妻のミライと共にレストラン経営の計画をしていたブライトは、その要請をやむなく引き受ける。 やはり上巻と比較すると内容が薄く退屈な印象が強い中巻。 |
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(下)』(富野由悠季/角川書店)【ネタバレ注意】★★★ ギギがマフティー軍に捕らえられたこと、そしてブライト・ノアの率いる艦隊の増援が来ることを知らされる。ギギがマフティーのスパイであった場合を想定して、それが汚点にならぬよう、増援が来る前にマフティーを掃討してすみやかに軍功を上げようと考えるケネス。 そして、突然始まった全世界に向けたハサウェイによる演説。ケネスはハサウェイが死を覚悟していることを感じる。 その後、アデレード周辺で次々とマフティーのMSらしきものが自爆したという報告がケネスの元に届く。参謀本部の士官達や議会の議長はマフティー軍が事故を起こしアデレード襲撃はなくなったと安心するが、それがマフティー軍の陽動であると悟ったケネスは、その策にまんまと乗せられ混乱していた。 テントの寝袋の中でクェスの夢を見てうなされていたハサウェイが目覚めると、心配そうに彼を見ているギギがいた。ギギはハサウェイのテロ行為を批判するが、ニュータイプではない自分には地球環境汚染という問題解決のためにこんなことしかできないと語る。クェスのことを持ち出されて、自分が彼女のことを忘れるためにギギを利用していることを思い知らされたハサウェイは彼女を追い出そうとするのであった。 マフティー軍のアデレード襲撃は成功するが、再襲撃に出撃したハサウェイのクスィーガンダムは、レーンのペーネロペーと激闘の末、連邦政府軍の秘密兵器のビームバリアによって無力化され、ハサウェイは囚われの身になる。 ハサウェイには速やかに銃殺刑の処分が下され、アデレードで多くの閣僚を死亡させた責任を取るため退役を希望していたケネスであったが、後任のブライトに息子を処刑させることを避けるため、処刑の指揮を執ることに。 なんとかブライトにマフティー軍のリーダーの正体がハサウェイであることを知られずにすんだと安心していたケネスであったが、ケネスから事実を伝え聞いていた上官がマスコミにリークしてしまい、世間はもちろんブライトにも知られてしまうことになる。 身の危険を感じたケネスとギギは、ハサウェイの母・ミライの故郷である日本へ逃亡するのであった。 マフティー軍に捕らえられたギギのことをあっさり諦めるケネス。そして富野節で訳の分からない痴話喧嘩を初めて、最初は再会を喜んでいたギギを急に追い出そうとする身勝手なハサウェイには、なんだかなあという感じしかしなかった。 |
2019年12月読了作品の感想
『崩れる脳を抱きしめて』(知念実希人/実業之日本社)【ネタバレ注意】★★ 色々と忙しかったのと、ちょっと読書に疲れてきたこともあって、半年近くまともに読書をしていなかったのだが、職場の同僚に面白いミステリーがあると勧められて久々に復帰した。2017年9月に発売された作品で決して新しいものではなく、「このミス」にランキングされたわけでもなく(調べてみたら投票者の1人が6位に入れただけで50位にも入っていない)、タイトルが住野よるの人気作『君の膵臓をたべたい』(2015年作品) のパクリみたいで少し抵抗もあったのだが、読んでみると普通に面白かった。
冒頭部分で弓狩環(ゆがりたまき)という女性が病院で亡くなり、主人公が復讐に向かっているようなシーンが描かれる。
まずは突っ込み所から。ユカリが解明した碓氷の父親の行った家族に遺産を残すトリックだが、切手のコレクションをしたことがある自分からすると、どんな高額な切手にしても絵はがきに貼るなどの手を加えれば、封筒に入れて送ったことで消印は押されなかったにしろ明らかに価値は下がるし、そもそも家族が気付かなかったら終わりなので、あまりにリスキーな行為だと思う。素直に感心はできない。 |