現代ステリー小説の読後評2019

※タイトル横に【ネタバレ注意】の表記がある作品はその旨ご注意を
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2019年月読了作品の感想

『碆霊(はえだま)の如き祀るもの』(三津田信三/原書房)【ネタバレ注意】★★★

 「このミス」2019年版(2018年作品)6位作品。刀城言耶(とうじょうげんや)シリーズ第9弾。これまで「このミス」のベスト10にランクインした第3弾、第4弾、第6弾、第8弾はすべて読了済み。正直なところ、いずれもきちんとしたストーリーを覚えていないのだが、独特の世界観を持ったホラーな世界観に悪い印象はなく、特に第8弾は感動した記憶があり、このサイトの記録でも★★★を付けている。そして今回も★★★を付けさせていただきたい。
 本書の直前に読了した『沈黙のパレード』(東野圭吾/「このミス」2019年版4位作品)の方が一般ウケするのは間違いないと思うが、その絶妙なプロットは勿論、過去の物語にも圧倒的なリアリティを持たせた描き込みと、暗くなりがちなホラー作品の中で明るいヒロイン(アンチが意外と多いようだが)をバランス良く生かした本作は、シリーズ中、屈指の傑作だと思う。終盤ちょっと失速を感じる部分や、話がごちゃごちゃしてわかりにくい部分(刀城の種明かしがしつこいくらいに二転三転する)があった以外、特に気になるところもない。
 昔から村人が心待ちにしていた唐食船(からたぶね)の正体が、村人が積み荷を奪う座礁した商船を象徴したものであることは早い段階で想像が付いてしまい、その点は気になったが、ラストシーンで何十艘もの唐食船が浜に押し寄せているシーンは、さらっと描かれているものの圧巻の場面。ストーリー上、重要なシーンというわけではないが、実写のシーンが目に浮かび、本作を映画化したら『八つ墓村』に負けない名作になりそうな気がした(本作は『八つ墓村』のオマージュ的要素が強い)。

【あらすじ】
 四つの怪談
「海原の首(江戸)」…山と海に囲まれた貧しい犢幽村(とくゆうむら)の少年漁師の伍助は、蛸漁の途中で流され、海難者を埋葬してある絶海(たるみ)洞付近で、昔から噂になっている動く生首を目撃する。
 すぐにその場から逃げようとするも、これを家に連れ帰ってはいけないと考えた彼は、本来生首が出る場所で、近づいてはならないと言い伝えられている碆霊(はえだま)様という岩へ向けて船を走らせる。追いかけてくる生首を必死で振り切ろうとする伍助。碆霊様直前で舵を切り、何とか浜にたどり着いた伍助は、その後恐怖のため海に出ることができなくなった。
 やっと落ち着いて再び蛸漁に出た伍助は、今までにない豊漁に満足するが、蛸籠の中から顔を出した生首と目が合ってから二度と漁には出なくなってしまった。
 
「物見の幻(明治)」…犢幽村の竺磐寺(とくがんじ)で修行中であった小坊主の浄念は、この村には怖い場所があまりに多いことを気にしていた。村の沖合に浮かぶ埋葬の島である奥埋島、竹林の迷路を持つ笹女神社の竹林宮、巨大な丸い岩を祀った碆霊様、絶壁の下で口を開けている絶海洞…。
 そしてある日、物見櫓に登って瞑想しようとしようとした浄念は、絶海洞から流れてくる生首らしきものを目撃する。一心に瞑想に集中しようとする浄念であったが、彼のイメージの中ではその生首が自分のところへ近づいてくるばかり。何者かに後ろから肩を押さえられて錯乱する浄念であったが、押さえたのは師匠の住職であった。
 安心したのもつかの間、住職は恐ろしいことを口にする。「ゆらゆらと櫓へ歩いて行く灰色っぽい妙なものを見た」という話を聞いて慌てて浄念を助けに来たというのだ。
 浄念は恐怖のあまり出身地へ帰り還俗してしまったのだった。

「竹林の魔(昭和/戦前)」…薬売りの少女・多喜は、孤立した犢幽村でならいい商売ができるのではと考え、険しい山道を乗り越え、何とか目的地にたどり着く。
 商売の前にお参りをしようと、竹林で円形の迷路を形作っている竹林宮に入り込むが、その中央にある祠の前で伝説の通り異常な空腹に見舞われ逃げ出そうとする多喜。その後ろを何者かが追ってくる。何者かに追いつかれ、もう駄目かと思った彼女は蜜柑を持っていることを思いだし、それを後ろに差し出すと、その何者かは蜜柑を奪って祠の方に去って行った。
 村での多喜の商売はうまくいき、その後も各地で行商を続け、秋に故郷に帰ってきた。ところが彼女は「お供えの食べ物を持って戻ってくる」と竹林宮で約束してしまったため、翌朝食べ物を持って犢幽村へ向かってしまう。その後、多喜の重箱は竹林宮の中で空になって発見されたが、多喜は行方不明になってしまった。

「蛇道の怪(昭和/戦後)」…平皿町にある日昇紡績の社員・飯島勝利は、平皿町から閖揚村(ゆりあげむら・強羅地区の中で犢幽村から最初に分かれてできた村)まで車で帰る途中、車の待避所で蓑を着た黒い頭の異形の姿を目撃する。その異形の者が先回りをしているのか、走行中に続けて3回も目撃した彼は、地主の大垣家の飛び地が近くにあり、隠居した秀寿がその田畑へ毎日通っていることを思い出し助けを求めることに。しかし、明かりの付いた納屋には誰もおらず、そこで4度目の異形の者を目撃した彼は、恐怖のあまり会社を辞めて平皿町からも去ってしまった。

 以上のような伝説が伝わる犢幽村を訪れた刀城言耶。お供をするのは大垣秀寿の孫にあたり、刀城の大学の後輩で英明館の優秀な編集者である大垣秀継と、本シリーズのヒロイン・怪想舎の美人編集者・祖父江偲(そふえしの)。
 そこで、4つの伝説に見立てた連続殺人事件が発生する。異端の民俗学者・及位(のぞき)廉也が、竹林宮で餓死した状態で発見される。次に、物見櫓から笹女神社の宮司・籠室岩喜が転落死し、その後、絶海洞で竹職人の亀茲(きじ)将が銛に刺されて死亡しているのが発見される。最後に、納屋で偽装自殺が疑われる大垣秀寿の首つり死体が発見され、いずれも現場には笹舟が残されていた。
 刀城は、事件の背景に犢幽村を含む強羅地区の合併話がからんでいると考える。そして、かつて犢幽村が行っていた座礁した商船からの積み荷の略奪という悪行である。結局、第一の竹林宮殺人事件の真相は、村のかつての悪行をばらすと脅迫した及位を籠室が竹林宮の中で縛って餓死させたというものだった。
 そして第二の物見櫓殺人事件では、馬の合った及位を殺された復讐を果たすためと、孫娘の篠懸(すずかけ)に近づくのに邪魔だった籠室を亡き者にするために、亀茲が死後硬直を利用したトリックで行ったものだった。
 第三の絶海洞殺人事件は、篠懸を脅迫しようと絶海洞に呼び出した亀茲が祖父殺しの犯人だと気付いた篠懸が、衝動的に落ちていた銛で亀茲を突き刺したと考えられた。
 第四の大納屋殺人事件は、単なる大垣の自殺であった。合併話に反対だった大垣は、合併に必要な人口を減らすために、「蛇道の怪」を演出した1人であり、茸汁で食中毒事故を意図的に起こしたと考えられた。ところが想定外の子どもの死者を出してしまい、事件を装って自殺したのだった。
 刀城がたどり着いた真相とは微妙に異なるものの、事件は結局ほぼ警察の見立て通りに解決し、刀城の活躍が大きく取り上げられることはなかった。そして事件解決直後、犢幽村には戻ってくることがないはずの、祭りで流した歴代の唐食船が漂着。村人は、村中の船と共に集団失踪し、戦後最大の未解決事件として語り継がれることになるのであった。

  主人公たちが登場する現代(といっても戦後間もない昭和だが)の物語シーンは、すべてのあらすじが書き切れないほどの密度なので、簡単な顛末だけを記録した。
 読了後に本作のAmzonのレビューを見ると、その意外な低評価に驚かされる。読者は、このシリーズにもっとホラー的な要素を求めているらしいことがうかがえる。確かに、本シリーズの熱烈なファンは、本作のようにあらゆる怪異が人為的なもので解決されてしまうと面白くないかもしれない(過去の作品では、人為では説明しきれない謎がもっと多く残されていた)。よって、もうちょっと未解決な部分も残してもらえると良かったのかもしれない。
 籠室宮司の秘密の瞑想場所や、犢幽村の人々の集団失踪先などの謎は残ったが、これらも超自然現象とは関係ない。後者については、あらかじめ、事が起こったときには集団移住する場所、あるいは集団自決する場所が取り決めてあったのかもしれず、そういう想像を膨らませる楽しみは残されている。
 最後に、Amazonのレビューにも見られたが、犢幽村周辺のマップはあったほうがいい。マップや建物の見取り図が巻頭に掲載されていながら、「この作品に必要か?」と疑問を持つ作品もあるが、本作には犢幽村と強羅地区全体のマップがあった方が明らかに親切である。場所については、物語の舞台となる犢幽村は架空の土地なので必要以上に絞らなくてよいが、東北とか四国とか、ある程度イメージしやすいエリア名も挙げてほしかった。  

 

『錆びた滑車』(若竹七海/文春文庫)【ネタバレ注意】★★

 「このミス」2019年版(2018年作品)3位作品。葉村晶シリーズ第6弾。過去の「このミス」でベスト10入りしている第4弾『さよならの手口』(4位)と第5弾『静かな炎天』(2位)は読了済み。特に後者は好印象だったので期待も高まる。

【あらすじ】
 ミステリ専門の古書店の店員であり、また探偵という一面も持つ中年女性(シリーズ当初は20代だった)の葉村晶は、東都総合リサーチの桜井肇から資産家の老女・石和梅子の行動確認という仕事を紹介される。彼女の息子から彼女の男性関係を調べてほしいという依頼があったらしい。
 ところが梅子を尾行中に、梅子が借金の依頼に訪れた梅子の旧友・青沼ミツエ宅で、梅子とミツエがもみ合って外階段から転落し、ミツエと葉村が怪我を負う(葉村の上に落ちた梅子は軽傷で済む)。
 20年以上前に夫に死に別れていたミツエは、レストラン「狐とバオバブ」で店長を務めていた息子の光貴を交通事故で失い、同じ事故で後遺症を残しながらも生き残った孫のヒロトと暮らしていたが、自分もヒロトも体が不自由なため、光貴の遺品整理も兼ねて、葉村を自分の経営するアパートに住まわせようとする。
 葉村は一旦は断ったものの、自分と同じ様な境遇の佐々木瑠宇と一緒に現在住んでいるシェアハウスの立ち退きを大家の岡部巴から告げられていたこともあり、その申し出に従い201号室に住むことに。階下の101号室にはレオ爺さんと呼ばれる陽気な老人が住み、隣の102号室には葉村と仲良くなったヒロトが住んでおり、空き部屋には葉村が処分することになった光貴の私物が保管されていた。こうして、梅子のトラブル相手の懐に飛び込んでうまくコントロールせよという桜井の思い通りになってしまう。
 交通事故直前の失った記憶を調べてほしいとそれとなくヒロトから頼まれた葉村であったが、ある晩、ミツエのアパートが全焼し葉村は命からがら逃げ出す。しかし、ヒロトは死亡し、ヒロトを助けようとしたミツエは重傷を負い入院してしまう。
 杉並西警察署の捜査員に続き、警視庁捜査一課の泉原圭に事情聴取を受ける葉村。泉原の話によれば、ヒロトの部屋が出火元ということで、彼の自殺、失火事故、放火事件のいずれの可能性もあるらしい。
 その後葉村は、所属不明の警視庁警部・当麻茂から、泉原がこの件を失火と判断したということを告げられる。そして、「狐とバオバブ」で青沼光貴がかつて麻薬性鎮痛剤オキシコドンを違法に販売しており、彼の死後、ヒロトがそれを引き継いだ可能性があることも…。そして、部下の郡司翔一の名刺を渡される。
 葉村は、光貴の遺品またはヒロトの私物を処分したい人物が放火したのではないかと疑い、独自に捜査を開始する。葉村は、ヒロトの部屋に出入りしていた謎の女性を、ヒロトの出産直後に佐藤という男と駆け落ちしたヒロトの母親・青沼李美ではないかと疑うが、ミツエの従妹の牧村ハナエは、ヒロトは母親を恨んでいたはずだからそんなはずはないと否定する。
 ヒロトの交通事故について調べると、スカイランド駅前ロータリー前にいたヒロトと光貴、近所の主婦の3人に、堀内彦馬という老人の運転する車がアクセルとブレーキを踏み間違えて突っ込んでヒロト以外が死亡したというものであった。
 ミツエ宅でスカイランドの一日パスがポケットに入ったヒロトより大きめのサイズのジーンズを発見した葉村は、ハナエの話から「狐とバオバブ」のすぐ近くにある井の頭江島病院の院長夫人・茉莉花が、光貴の大学の同期で「狐とバオバブ」のオーナーであることを知り、彼女が光貴の元カノで、ヒロトの部屋を訪れた女も彼女ではないかと疑う。
 岡部巴の姪の飛島市子は、義父のことを調べようとしていた葉村を罵ったことを謝罪したいと言って、葉村に薬を盛ったビールを飲ませて酩酊状態にし、警察署の留置所に収容させてしまう。2日後に解放された葉村は、自分の留置中に井の頭江島病院が厚生労働省の特別チームによって医療費の水増し請求と麻薬性鎮痛剤の横流しの疑いで捜索を受けたことを知る。当麻が「狐とバオバブ」を調べ始めるずっと前から、井の頭江島病院と「狐とバオバブ」は麻薬取締官の調査対象になっていたのだ。そこで、葉村の行動によって厚生労働省に勤める夫の仕事を邪魔されたくなかった市子が葉村を罠にはめたのだった。
 真相を知って市子を脅して味方に付けた葉村は、牧村ハナエの正体こそ青沼李美であることに気がつく。そして彼女が、佐藤と駆け落ちしたのではなく、彼を殺害したことにも。
 青沼ミツエが病院で死亡し、彼女の看病から解放された李美はヒロトの遺骨を持って姿を消す。当麻はアメリカへ逃亡すると考えたが、葉村は彼女が自殺しようとしていると考える。
 スカイランドで彼女を見つけた葉村は、観覧車のゴンドラの中で彼女が佐藤を殺害した状況を聞き出すが、証拠隠滅のためにアパートに放火したことは否定する。観覧車の係員から、ヒロトと一緒に薬物を使用していた学生の話を聞いた葉村は、ヒロトの友人の一人・遊川聖を放火犯だと考える。
 しかし、行きずりの恋に落ちた郡司と瑠宇の鉢合わせに動揺していた葉村は、真犯人が遊川と同じくヒロトの友人だった片桐竜児ではないかと思い至る。そこに現れたのは、包丁を持った竜児の母親だった。光貴とヒロトを車でひき殺そうとした老人も竜児の祖父だったのだ。葉村は、包丁を振り回す竜児の母親に体当たりして一緒に階段から転落し相手を気絶させることに成功し危機を脱した。
 保釈された茉莉花は葉村を呼び出す。葉村は、茉莉花が李美に佐藤殺害をけしかけ、佐藤が李美に逆に殺されたことを知って、その隠蔽に協力した光貴を脅迫して薬物売買に加担させたという推理を突きつけるが、茉莉花は否定し去って行く。しかし、病院にあった骨格標本が佐藤の遺体から作られたものであることに気付いた葉村は、いつの日か茉莉花を追い込んでやろうと決意する。
 古書店2階の事務所に住むことになった葉村は、浴室をリフォームしてくれるというオーナーの富山に感謝するが、直後に支払いは自分でするように言われ呆然とするのであった。

 読み始めると前半3分の1くらいまではかなり退屈。読了したばかりの『沈黙のパレード』、『碆霊(はえだま)の如き祀るもの』と比べると、序盤が非常に冗長な感じがする。本シリーズを過去に読んだことがなく、ひまつぶしに何気なく本書を読み始めた読者は途中で放棄してしまうのではないかと心配してしまうくらい 。その後、色々な展開があって退屈はしなくなるが、人間関係や事件の背後関係などが複雑で、理解にやや疲れる。
 また、登場人物が色々と無茶しずぎ。竜児の母親が自分の息子の将来を守るためと言って、自分の父親に事故を装った殺人を依頼するとかあり得ない。最後は葉村を包丁で刺し殺そうとするとか、もう滅茶苦茶。葉村に薬を盛った市子もやりすぎで、夫を助けるどころか、警察が都合良く対応していなかったり、葉村が死亡していたりしたら、夫の職を奪いかねないハイリスクな行動である。そもそも葉村が暴れていなかったら泥酔ぐらいで2日間も留置されないだろう。
 このあたりは、まあフィクションなので目をつむるとして、本作の一番気になる点は主人公の魅力のなさではないか。いくら探偵として有能で、しょっちゅう怪我をするというコミカルな面があっても、それだけでは不足を感じる。
 貧乏な中年の女性主人公という設定は、最初のうちは斬新で面白いかもしれないが、寝不足や疲労などで思考が停止しまうシーンがやたらと多いところなどは笑えもしないし、逆にしつこい中年アピールが読者をいらつかせる。探偵ものの主人公は、とことんカッコイイか、ドジでも愛嬌のあるキャラでないと、と考えるのは自分だけだろうか。
 葉村のシェアハウスの同居人の瑠宇と警察官の郡司のロマンスが、本作のちょっとしたスパイスになっているが、オチも含め中途半端なのが惜しい。こういうエピソードを主人公に絡めたらもう少し主人公の人間味が増すのに、葉村のロマンスの相手になりそうな男性が本作中に全く存在しないのも謎。
 Amazonレビューでは、主人公の仕事に対する真摯な姿勢に絶賛の嵐で、「このミス」3位という結果もそれを裏付けてはいるが、個人的にはちょっと…という感じ。せめてラストでもう少し爽快感を味わいたいのに、さすがに主人公を襲った竜児の母親は逮捕されたものの、茉莉花をはじめとした他の小悪党たちが逮捕されるシーンが一切ないのは、やはりモヤモヤ感が残る。 

 

『それまでの明日』(原ォ/早川書房)【ネタバレ注意】★★

 「このミス」2019年版(2018年作品)1位作品。私立探偵・沢崎シリーズ第5弾であるが、寡作な著者の長編はこの5作のみ。
 そして、第1弾『そして夜は甦る』(1988年作品)は「このミス」'88(現在でいう「1989年版」)の2位、第2弾『私が殺した少女』(1989年作品)は「このミス」'89の1位、第3弾『さらば長き眠り』(1995年作品)は「このミス」1996年版の5位、第4弾『愚か者死すべし』(2004年作品)は「このミス」2006年版の4位(2004年末に発売されたために2005年版にノミネートされていない)というように、この30年間に発表されたシリーズの全作品が「このミス」の上位にランキングされているという恐ろしいシリーズである。
 自分の読書記録を確認すると第2弾と第4弾のみ読了しており、正直なところ詳細なストーリーは記憶していないのだが、評価はともに★★であった。
 それでも、本作を読み始めてみると、文末を「〜た」で結ぶ文が続く淡々とした文章ながらキレを感じる文体と、主人公・沢崎の圧倒的な存在感に、本シリーズの人気ぶりを納得させられた。

【あらすじ】
 沢崎が1人で経営している渡辺探偵事務所を望月皓一と名乗る紳士が訪れる。金融会社「ミレニアム・ファイナンス」新宿支店の支店長である彼は、支店が融資を予定している赤坂の料亭「業平」の女将・平岡静子の身辺を内定してほしいと沢崎に依頼する。
 しかし、沢崎が調査を開始すると、平岡静子はすでに亡くなっており、妹の嘉納淑子が女将を継いでいることが判明する。沢崎がその報告をしようにもなぜか望月とは連絡が取れず、自宅にかけた電話には謎の男が出る。
 やむなく彼の勤務先の支店を訪ねた沢崎は、そこで強盗事件に巻き込まれてしまう。望月が不在だったため犯人たちは金庫を開けることができず、主犯の河野は逃走、従犯の佐竹は自首するが、その後の捜査で支店の金庫には会社の知らない5億の現金が収められていたことが発覚する。
 沢崎に因縁のある新宿署の捜査課長・錦織は、沢崎が望月の依頼で何かを調べていることを疑うが沢崎は否定する。望月の自宅マンションに、錦織の部下の田島と共に踏み込んだ沢崎は、浴槽に浮かぶ男の死体を発見する。マンションの管理人によれば、望月は関西の日本舞踊の師匠に月曜から金曜まで部屋を貸しており、沢崎が電話をしたときに電話に出たのも、この死体も、その人物であると考えられた。
 マンションを出たところで、強盗現場で居合わせた求人ネットの代表・海津一樹と再会する沢崎。望月の自宅の場所を知っていた海津は、行方不明の望月のことが心配になって駆けつけたという。沢崎は死体が発見されたことは言わずに、余計な疑いがかけられぬよう、このマンションには近づかない方がよいと海津に告げる。その後、再び海津に会った沢崎は、海津から自分が経済状況が良いことを交際相手に隠していたことを恥じて今の求人ネット代表の仕事を辞めるつもりであることを告白される。
 沢崎は自分が尾行されていることに気がつくが、相手は旧知の一ツ橋興信所の坂上主任で、その依頼主が望月であるらしいことを知る。沢崎は、望月のマンションで赤坂の料亭「こむらさき」のマッチを発見し、警察に内緒で持ち出していたが、沢崎は坂上を強引に仲間にして彼を警部補に仕立て、「こむらさき」を訪れて情報を聞き出す。支配人の磯村は勤務歴が浅く望月のことは知らなかったが、店長の和久井は、望月が過去に客として店を利用していたことを覚えていた。そして、「こむらさき」とは背中合わせの位置にある「業平」については、増改築などによる融資話は聞いたこともないが、京都の老舗の料亭「桂月楼」との共同経営の話があることは知っており、それについては和久井はよく思っていないらしい。
 不動産屋の事務員・進藤由香里に、沢崎の隣人の写真家・秋吉章治と連絡が取れなくて困っていることを相談された沢崎は、知人のルポライターの佐伯直樹に連絡をとって行方を調べてもらっていたが、その結果、秋吉が病院で意気投合した劇団女優の永岡佐恵子の一人芝居の撮影をするために日本全国を一緒に回っていることがわかる。
 ある夜、探偵事務所に暴力団「清和会」の幹部・橋爪が現れ、強盗事件について見聞きしたことをすべて話せと沢崎に要求するが、彼に恨みのある沢崎は相手をしようとしない。沢崎は、望月のことも日本舞踊の師匠のことも知らないという橋爪を追い返すが、橋爪からは3日猶予をやるから協力するかどうか考えろと告げられる。
 翌日の午後、錦織に言われたとおり沢崎は新宿署に出頭し、橋爪が事務所に現れたことや、日本舞踊の師匠の正体を暴力団員と考えていることを錦織に伝える。沢崎は、新宿署を去るときに、今から鏑木組の事務所へ向かうことを田島から伝えられる。その組に河野らしい人物が出入りしているという情報があるらしい。
 一人で「業平」を訪問した沢崎は、前の女将・平岡静子について不審な調査依頼があったことを現在の女将の嘉納淑子とその夫に明かし話を聞く。「業平」は、前身の料亭「成田家」の跡継ぎだった成田誠一郎が難病で継ぐことが困難だったため、縁戚に当たる静子が継ぐことになったらしい。面談は支障なく進んだが、強盗事件や失踪事件、暴力団が関係してくるような現状についての手がかりは何も得られなかった。
 沢崎は、坂上に紹介された興信所の若手所員の萩原に進藤由香里の調査を任せるが、その直後、錦織から鏑木組で田島が撃たれたという連絡が入って驚愕する。河野を自称していた金村という男が事務所に飛び込んできて、田島ともう一人の刑事に発砲、腕を撃たれた田島は負傷し、さらに鏑木組の幹部の槙野を射殺した金村は組員に射殺されてしまったという。
 事務所を訪れた海津から「あなたは、ぼくのお父さんじゃありませんか」と告げられた沢崎は、激しく動揺し彼を追い出す。
 何としても強盗事件の詳細を知ろうとする橋爪に、沢崎は同じ組員で橋爪よりも信用できる相良にならすべてを話すと答える。姿を見せないことを沢崎が不思議に思っていた相良は、母親の介護に忙しく、会長の介護をした後は組を抜けるつもりだという。そして今回の事件に関しては、沢崎の予想通り清和会の隠し金がミレニアムに預けてあるらしかった。
 沢崎は、清和会と同様にミレニアムに隠し金を預けていた貴金属店の経営者の村上から、望月が廃業したラーメン店を所有していることを教えられて現場に向かう。結局見つかったのは浮浪者の土門だけであったが、彼の口から前日の夜まで望月らしき人物が潜伏していたという証言を得る。
 しかし、望月の生存の可能性に喜んだのもつかの間、尾行していた清和会の組員に捕まり、さらに清和会の組員ごと鏑木組に襲われる。何とか駆けつけた警察に助けられた沢崎であったが、そこに望月出頭のニュースが飛び込む。
 これで事件終結かと思いきや、錦織を説得して取り調べ中の望月と面会した沢崎は、自分の事務所を訪ねてきて望月を名乗った男は目の前の男とは別人だと言って錦織を驚かす。沢崎は支店長室にあった望月の家族写真を見て、その事実をずっと前から知っていたが、あえて錦織には伝えていなかったのだ。
 そして沢崎は錦織に次のような推理を披露する。ミレニアムは、会社ぐるみで清和会や鏑木組などの隠し金を預かって利益を得ており、ミレニアムの本社総務部長の大谷と望月がその金の横領を隠すために強盗未遂を仕組んだのではないかと。彼らは、強盗を意図的に失敗させ、実際よりも少ない隠し金を警察に見せて、脱税の追徴金を減らすことで横領の穴を埋めようとしていたのだ。
 偽の望月は、24年前に「業平」の店内で酔った勢いで平岡静子を暴行した男で、その時に静子を描いた成田誠一郎の絵を盗み出していた。静子に想いを寄せながら別の女性と結婚し、社会的にも成功したその男は、その絵を画廊に預けて、その絵を見るために定期的に通っていた。そして彼女が自分の子を産んだりしてはいないだろうかと気になって、沢崎に調査を依頼したのだった。
 事件から4か月後、これから東北の町で本当の父親に会うという海津から沢崎に連絡が入る。そしてその電話の最中に、まさに東日本大震災が発生し電話が途切れる。沢崎は、東北の惨状を知らないまま、揺れの収まった新しい事務所で自分が生きていることを実感するのであった。

 電話サービス会社のオペレーターの女性に親切にしたり、毛嫌いしている錦織とは対照的に、その部下の真面目な田島には情報を与えてやったり、興信所の若手所員の萩原を探偵として育ててやろうとしたりするところなどは、沢崎の人間味がにじみ出ていて好印象(しかし、この3人に対し、物語の最後まで対応し切れていないのは読者としては不完全燃焼)。ちょっと丸くなりすぎてイメージが違うという読者もいるかもしれないが、個人的にはこういうキャラの方が好みではある。ライバル(?)の相良も同様にすっかり丸くなって違和感ありまくりだが、本シリーズで1位、2位を争う人気キャラであることに変化はないだろう。
 両論賛否ある海津というキャラについては、個人的にはあまり好きになれない。その不幸な生い立ちから、年上の男性に対し父親のように接することで、その人に気に入られようとする姿勢が身についたというのはわからないではないが、あまりにも作られたキャラっぽくて、ちょっと気持ち悪い。沢崎に対し、たいした根拠もなく自分の父親ではないかと迫るシーンが特に…。本当にそう思い込んでいたのならいざ知らず、本当の父親の名を1年前から知っていたというラストを読んで完全に興ざめ。その父親も今回の物語には全く関係のない人物であり、しかもラストシーンでは親子ともども東日本大震災に巻き込まれて死亡するようなことを匂わせて終わるという…。インパクトのあるラストシーンではあるが、震災に巻き込まれるのが、海津とまったくの新キャラの2人では…。
 他にインパクトがあったシーンは、最初に事務所を訪ねてきた紳士が望月の偽者であったことが明らかになるシーンくらいか。海津が本当に沢崎の息子であったなら、海津が沢崎に迫る場面はシリーズに残る名シーンになったであろうが。
 一番気になったのは本筋の事件の真相。ミレニアムの2人が横領を隠すために強盗未遂事件を演出したというのが非常にわかりにくい。あれだけ引っ張っておきながら、よくわからないまま事件が終結してしまうという展開が非常にすっきりしない。
 そして偽の望月がこの強盗未遂事件とはまったく関係のない人物で、最後まで名前すら明かされないというのは奥ゆかしいと言えば奥ゆかしいが、彼の沢崎への仕事の依頼の動機も含めて、こちらにもスッキリ感はあまりない。

 結論として、決して人にオススメできない作品ではないし、自分も嫌いではないが、勧めた人すべてに満足してもらえるかというと微妙。万人受けする作品などそうはないが、本作はやはり読者を選ぶと思う。シリーズの熱烈なファン、ちょっと古風なハードボイルド好きな読者以外に勧める場合には、慎重になった方がいいと言っておく。

 

『ビブリア古書堂の事件手帖〜扉子と不思議な客人たち〜』
(三上延/KADOKAWA)
【ネタバレ注意】★★★

 「このミス」2019年版(2018年作品)で本作に投票されたのは5位に1票だけ(「このミス」は76人の読書のプロが、気に入った作品に1〜6位の順位を付けて投票するシステム)。しかし、大好きなシリーズなので、ランキングに関係なく、シリーズをすべて購入している奥さんに買ってもらって、ランキング上位作の読書の合間に読むことに。
 前巻で一応物語は完結していた記憶があったので、最初は本書が外伝的な短編集かスピンオフ的な作品だと思っていたらガチの続編で驚いた。魅力あふれる登場人物たちのその後が読めるというのは、ファンとしてこれ以上ない幸せであろう。

【あらすじ】
 前作から7年後のビブリア古書堂。篠川栞子は店の経営を続け、栞子と結婚して養子に入った五浦大輔は、栞子の妹・文香と共に店を手伝っている。栞子と五浦の6歳になる娘の扉子は読書が趣味で、何事にも好奇心旺盛である。そんな扉子に話をせがまれた栞子が、扉子に語って聞かせる4つのエピソードが本書には収められている。

 第一話…平尾由紀子は、かつて強盗を働いたことで平尾家と絶縁していた叔父の坂口昌志を、彼の結婚と彼の妻の出産を機に訪ねることになる。父に北原白秋の『からたちの花』という童謡集を買って届けるよう頼まれた由紀子は、ビブリア古書堂でそれを買い求めるが、父の意図がわからない。
 そして由紀子は、坂口夫婦と話しているうちに、その本に書かれていた歌詞と、自分が覚えていた歌詞とが異なっていることに気がつく。そして、それは父以上に自分を可愛がり、いつも自分を寝かしつけてくれていた昌志が歌っていた歌詞そのものであることに思い至り、この夫婦と交流を続けていこうと思うのであった。

 第二話…栞子と五浦は、豪邸に住む磯原未喜から、急死した人気イラストレーターの息子の秀実が生前自分に渡したいと言っていた「母親との思い出の本」を彼の蔵書の中から見つけてほしいという依頼を受ける。
 未喜が、息子の仕事もコスプレが趣味の彼の妻・きららも認めていないことを感じ取った五浦は、探すべき本が栞子の専門外であるゲーム関係の本らしいこともあって不安を感じるが、結局引き受けることに。
 そして、その本が秀実の友人によって盗み出されて売却されていることまで見抜いた栞子は、その本『ファイナルファンタジーXピアノコレクションズ』を無事取り戻し未喜に届ける。それは、未喜が秀実にピアノに興味を持たせるために買い与えた本で、この本がきっかけで秀実は妻のきららと結婚できたのであった。
 きららの熱弁もあって、秀実が母に感謝の気持ちを伝えようとしていたことが未喜に伝わり、秀実とその妻きららへの考え方を改め始める未喜であった。

 第三話…ホームレスの志田は、佐々木丸美の『雪の断章』を人にプレゼントする習慣があった。彼を師と仰ぐ受験生の小菅奈緒は、その本を2冊もらったこと、彼には奈緒のような彼を慕う高校生がもう1人いることを文香に聞かせる。
 その高校生・紺野祐汰と共に行方不明になった志田を探す奈緒は、祐汰に嫉妬を覚えながらも彼に惹かれていく。
 しかし、彼女は彼の嘘を見抜く。祐汰は志田と親しいどころかホームレスに嫌がらせをしてストレス解消をしていた引きこもりだったのだ。しかし、そのことを正直に奈緒に話してくれたことを彼女は喜び、立ち去ろうとする祐汰に今度は知られたくない自分の過去を語ろうとする奈緒であった。

 第四話…舞砂道具店の吉原喜市の息子・孝二は、80歳で亡くなった稀覯本コレクターの山田要助宅を訪れるが、そのコレクションの多くは他の古書店に引き取られた後だった。そして、最後に見つかったコレクションが要助の息子によってビブリア古書店に届けられたばかりだと知って彼は怒りを覚える。
 栞子は、彼女を罠に陥れようとして逆襲にあった父・喜市のかたきだったからである。山田家からの帰り道、ビブリア古書堂の前を通った孝二は、本を預けていった要助の息子と間違われて文香に店内に招き入れられる。そこで要助の息子が置いていった稀覯本の1つ、内田百閧フ『王様の背中』を見つけた孝二は、それを盗んで逃げる。
 しかし、電車の中まで追いかけてきた五浦に正体を見破られてしまう。そして要助夫人が、ビブリア古書堂ではなく、孝二に本を売ろうとしていたことを知ってショックを受ける孝二。危険を冒して盗む必要など全くなかったのだ。情けを掛けようとする五浦の申し出を断って孝二は警察に自首するのであった。

 栞子が娘に語って聞かせると言っても、第一話は由紀子視点、第二話は五浦視点、第三話は奈緒視点、第四話は孝二視点で描かれている。実際には、栞子が子どもには聞かせられない内容を省略しながら話しているという設定だが、そこは置いておいて、ちゃんと1つ1つの話を完成された物語として描いている点が良い。
 とにかくどのエピソードも超安定の傑作。このシリーズは、まだまだ続けてほしい。

2019年月読了作品の感想

『宝島』 (真藤順丈/講談社))【ネタバレ注意】 ★★

 「このミス」2019年版(2018年作品)5位作品。第160回直木賞の受賞が発表され、数あるランキング本の中から最優先で読むことに。

【あらすじ】
 戦後、本土の米軍による占領が終わっても、その支配が続く沖縄。その沖縄のコザには米軍の物資を盗み出して貧しい人々に分配する戦果アギヤーと呼ばれる者たちがいた。弱冠二十歳のリーダーであるオンちゃんとその弟レイ、オンちゃんの恋人ヤマコ、友人のグスクは、そんな活動をしながらも楽しく暮らしていた。
 ところがある日、沖縄最大の米軍基地である嘉手納基地に大人数で盗みに入るというオンちゃんらしくない作戦が実行される。戦果アギヤーたちが慎重に侵入した場所とは別の場所から侵入した何者かが、その形跡を米軍に発見されてしまったせいで、何も奪えないまま米軍の激しい反撃を受け、追われる身となった戦果アギヤーたち。
 射殺されたメンバーも多い中、負傷しながらもグスクは基地の外で待っていたヤマコと共に逃げ延びる。オンちゃんは行方不明になり、レイは逮捕されてしまった。
 レイが入院した病院をこっそり訪れたグスクとヤマコは、レイから今回の事件の真相を知らされる。与那国から本島に渡ってきた密貿易団「クブラ」が、戦果アギヤーを脅して仕入れ業者のように働かせて荒稼ぎしており、コザの寵児と呼ばれたオンちゃんも彼らに目を付けられてしまったというのだ。今回の作戦に参加していた、銃器の扱いに慣れていた男・謝花ジョーもその一味だったらしい。
 レイは刑務所の中で看守たちから酷い扱いを受けたものの、経験豊富な年配の受刑者たちから多くを学び成長していく。そしてグスクも、オンちゃんの行方を知るジョーが刑務所に収監されていることを知り、自首して囚人となる。
 ついに刑務所内でジョーを見つけたレイとグスクであったが、ジョーは病で瀕死の状態であり、オンちゃんが予定外の戦果を手に入れて基地を脱出したことだけを告げて死亡してしまう。

 刑務所を出たグスクは刑事になっていた。グスクは米兵に殺害された女性の遺体の第一発見者の歯欠けの混血孤児の行方を気にしていた。
 グスクが、ガマから頭蓋骨を持ち出すような悪党でもあった
犯人の米兵を逮捕しようとしたとき、米民政府の官僚で諜報部に所属する、アーヴィン・マーシャルとその部下の日本人、小松と出会う。アーヴィンに協力を依頼されたグスクは、アメリカのスパイになぞなるものかと最初は断るものの、アーヴィン達の仕事が米兵の犯罪を取り締まるものであることを聞き、その依頼を受け入れる。
 レイは出所後、賭博の仕切りや売春の客引きなど様々な職を経て、美里の地廻りをたばねる地位にまで食い込んでいた。そしてある日、見かけない歯欠けの孤児と出会う。レイは、組織の親分に内緒で行っていた密貿易の件を同じ組織の辺土名に密告され、親分から厳しい制裁を受けるが、追放はまぬがれた。
 ヤマコは教員試験に合格して代用教員となっていた。彼女は、オンちゃんを探すために刑事になったというグスクがいつまでたってもその行方をつかめないことにいらだちをつのらせていた。そして、彼女も歯欠けの孤児と出会う。言葉が話せないその孤児のために、毎日夕方に児童文学の読み聞かせを始めるヤマコ。
 そんなある日、ヤマコの勤める小学校に米軍機が墜落。多くの死者が出る中で、生還したものの進退に悩んでいたヤマコの前に歯欠けの孤児が現れる。全く話せなかった彼が、初めて「ウタ」と名乗り、ヤマコを「ヤマコせんせい」と呼んでくれたことに感動した彼女は教員を続ける決意を固め、沖縄のために戦う女性運動家となった。
 1961年9月、レイは、密貿易団クブラの手引き役だった男を見つけ、トカラの悪石島に荷積みの中継地点があったことを聞き出す。悪石島に上陸したレイは、その島の住人から、密貿易団は米軍を率いてやって来た米民政府に遣わされた監査機関によって全滅したことを聞かされる。そして、オンちゃんらしき人物が密貿易団に捕まっており、その戦闘中に
密貿易団の船を奪って島から脱出しようとしたオンちゃんが米軍に撃沈された話を聞き、さらに見覚えのあるオンちゃんの首飾りを渡され衝撃を受ける。
 ヤマコにそのことを知らせるため帰ってきたレイであったが、彼女がグスクと暮らそうとしている話を聞き、さらに鉄砲玉に襲われた上にヤマコから自首を勧められた彼は、逆上してヤマコを路地の暗がりで押し倒し、結局オンちゃんのことは伝えることができなかった。
 グスクは、ヤマコが自分との同棲の提案を受け入れてくれたことで有頂天になっていたが、三代目高等弁務官ポール・W・キャラウェイ暗殺計画の容疑で思想犯担当の諜報員「煙男」に捕まって拷問を受ける。「煙男」はオンちゃんが生存していて彼がこの計画の黒幕だと考えているらしい。なんとか脱出に成功してヤマコのところに駆けつけたグスクであったが、レイに襲われた直後のヤマコは会おうとしてくれない。そして、グスクはレイの愛人のチバナから、レイの突き止めた真相を聞かされる。

 その後、ヤマコと別れ、婦人警官と結婚したグスクの元に、「おれは島に帰り着いた」というオンちゃんからのものと思われる手紙が届く。グスクは、コザのはぐれものであるレイと辺土名を追っていたが、2人は見つからない。そして、ヤマコの元にもオンちゃんからと思われる手紙が届く。さらには、コザのあちこちで、オンちゃんからと思われる匿名の贈り物が届けられていた。
 ついに辺土名を捕らえたグスクは、沖縄ヤクザの重鎮達に彼を差し出す。彼らを利用して辺土名が知っているオンちゃんについての情報を聞き出すためであったが、辺土名はオンちゃんが基地から持ち出したものの中身は知らず、辺土名に麻薬の売買を仕切らせていたのがオンちゃんであったことを告げ、グスクを動揺させる。
 そして米軍基地から保管していた毒ガスが漏れるという重大事件が発生。もみ消そうとするアメリカ側に対抗すべく、職を辞してまでマスコミに事実を公表させようとするグスクであったが、事実はアメリカ側から漏れて新聞記事となり、結局グスクの辞職は無駄になってしまう。
 その後、米兵による島民の轢殺事件をきっかけにコザの市街で暴動が発生する。基地のゲートに駆けつけたグスクは、そこにゲートを突破しようとする重装備のオンちゃんらしき姿を見つけるが、その正体はレイであった。彼は、米軍から毒ガス製造の技術者を誘拐し、毒ガスを製造させて米軍基地内にそれを散布しようとしていた。阻止しようとレイを追いかけるグスク。2人は米軍に包囲されるが、ウタの反撃によって、基地の外で出迎えたヤマコと共になんとか基地から脱出する。グスクとレイは無傷であったが、米軍の銃撃を受けたウタは死亡する。
 そしてヤマコはウタが秘密の隠れ家にしていた宜野座のガマにグスクとレイを案内する。ヤマコは、オンちゃんがかつて基地から持ち出した「予定外の戦果」の正体に気付く。基地の高官の子どもを身ごもった女性が基地内に侵入し、人知れず出産した赤ちゃんをオンちゃんが発見して運び出したのであった。
 そして、ヤマコ、レイ、グスクの3人は、ガマの奥に安置されたオンちゃんの遺骨を発見する。オンちゃんが救い出した
赤ちゃんこそがウタだったのだ。号泣する3人。
 沖縄が本土に返還されてからも、沖縄は何も変わらなかった。「そろそろほんとうに生きるときがきた−」という言葉で物語は締めくくられる。

 1月末には読了の予定だったのだが、色々忙しくて時間がかかった。感想として、沖縄弁を多用し、沖縄本土返還前後の沖縄県民の苦しみ、心の叫びが伝わってくる意欲作であることは間違いない。しかし、小説として面白いかというと微妙なところ。
 主人公と思われたオンちゃんがすぐに姿を消し、残されたヤマコ、レイ、グスクの3人の群像劇として物語は進んでいくのだが、視点が3人に分散したことでどうしてもポイントが薄まってしまった感がある。いずれも、もうちょっとのところが中途半端で感情移入しきれない。
 米軍との戦闘、諜報部や沖縄ヤクザによるメインキャラの監禁など、山場もいくつかあるのだが、全体的に冗長で退屈なのも気になる。
 オンちゃんが悪石島から脱出してガマで死亡していたことや、オンちゃんがかつて基地から救い出した赤ちゃんがウタだったというオチも、ちょっとご都合主義が感じされて素直に感動できない。
 直木賞受賞作だからといって、面白かったから是非読んでみて!と、なかなか人には勧めづらい。

 

『小説 機動戦士ガンダムNT』(竹内清人/角川書店)【ネタバレ注意】★★

 「このミス」から離れて別の趣味の「ガンダム」系書籍で小休止。2018年11月末、発売と同時にamazonで購入してあったのだが、やっと手を付けた。 『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』の続編である。
 2018年11月に公開された映画の小説版なのだが、宇宙世紀を舞台にしたガンダム映画としては、1991年公開の『機動戦士ガンダムF91』以来なんと27年ぶりというのが非常に意外。これまでに多く製作されたイメージのある劇場版ガンダムシリーズのほとんどがOVAやTVアニメの再編集ものだったということだ。
 ちなみに『機動戦士ガンダムUC』の作者で、今回の映画の脚本も担当している福井晴敏が当然執筆しているのかと思いきや、そこまで手が回らなかったらしく、脚本家の竹内清人が執筆している。かといって、福井晴敏の文章に慣れている読者にも特に違和感は感じられない仕上がりにはなっている。
 予想以上の人気となった『機動戦士ガンダムUC』の1年後の世界を描いており、『機動戦士ガンダムUC』以降の物語を各種メディアで展開する「UC NexT 0100」プロジェクトの第1弾作品であるが、こちらは 個人的な感覚では、ほとんど話題になることはなかったようで残念。 (2018年12月1日・2日の全国映画動員ランキングトップ10では第4位、スクリーンアベレージで第1位を記録し、興行収入は公開から24日間で5億円を突破したそうなので、映画として決して失敗したわけではないらしい。)
 内容は、福井晴敏が『機動戦士ガンダムUC』の小説版の11巻に収録されている短編『不死鳥狩り』をベースにして物語をふくらませたものになっている。無料公開されている映画の冒頭部分(23分)も視聴したが、映像のクオリティは文句なしであった。

【あらすじ】
 ヨナ・バシュタ、ミシェル・ルオ、リタ・ベルナルの3人の物語。この3人は、幼いときにジオンのコロニー落としを予言し、多くの人々を救ったことで「奇跡の子供たち」と呼ばれた。戦争孤児となって研究施設に引き取られることになった3人であったが、3人のうち本当の奇跡の子供であったリタは、ユニコーンガンダムの3号機であるフェネクスのパイロットにされて暴走事故で行方不明になる。フェネクスは、そのサイコフレームに肉体を失ったリタの魂を宿して宇宙を彷徨っていると考えられていた。
 自分こそ本当の奇跡の子供と偽り、ルオ商会にルオ・ウーミンの養子として引き取られ、商会の特別顧問として権力を持ったミシェルは、永遠の命の秘密を得るため、連邦軍を動かし「フェネクス=不死鳥」狩り作戦を発動する。
 ミシェルにナラティブガンダムを与えられ、作戦に参加する連邦軍のMSパイロットとなっていたヨナは、追い詰めたフェネクスを意図的に逃がし、ミシェルの叱責を受ける。
 ミシェルは、フェネクスを捜索すると見せかけ、ナラティブガンダムと、シャアの再来としてフル・フロンタル同様に強化人間として作られながら、失敗作と呼ばれたゾルタン・アッカネンのシナンジュ・スタインをサイド6のコロニー内で戦わせ、フェネクスをおびき寄せる。
 ゾルタンは、その戦闘でコロニーに大きな損害を与えたことで、彼を支援していたジオン共和国から見捨てられる。やけになった彼は、大量のヘリウム3のタンクを破壊しサイド6を壊滅させ、その破片で地球を壊滅させようともくろむ。
 ゾルタンのシナンジュ・スタインとその機体を取り込むU(セカンド)ネオ・ジオングとの死闘を繰り広げるナラティブガンダムとフェネクスであったが、戦闘中にミシェルを失いながらも、バナージ・リンクスの援護もあって辛くも勝利するヨナ。
 リタとミシェルの2人を失って絶望し、彼女たちの魂と共に遠い世界に旅立とうとするヨナをバナージが引き留め、ヨナはこの世界で生き続けることを決意するのであった。

 ガンダム世界の根幹をなす「ニュータイプ」の能力について、これまで以上に突っ込んで描いた作品である。「UC」では、『逆襲のシャア』での小惑星を動かすほどの力をさらに発展させて、兵器を解体し、コロニーレーザーを防御し、時を遡る力まで描いていたが、今回は、ファーストガンダムでも描かれていた、死後も魂のみで生き続ける能力に焦点をあてて描かれる。ファーストガンダムでは、戦死したララアが、生者であるアムロやシャアに語り掛けるという、ガンダム世界に限らずどんな作品でも見られる演出の1つとして描かれていたものを、ニュータイプ独自の能力の1つとして捉えている。
 しかし、仮にニュータイプと呼ばれる人々にそのような能力があるとして、フェネクスを研究することで、ニュータイプを含む全ての人類が不老不死を手に入れられるというのは、さすがに飛躍しすぎのような気がする。
 物語のメインは、ヨナ、リタ、ミシェルの三角関係。リタに思いを寄せるヨナ、その2人に嫉妬するミシェルという、ありがちな構造。3人が研究施設から逃れる方法として、ミシェルは、リタが真のニュータイプだと研究施設に明かした上で、ルオ商会には自分こそがニュータイプだと偽りルオ商会に潜り込むのだが、この発想が分かりにくい。ニュータイプを欲しがっていたルオ商会に、普通にリタを送り込んでいたら、リタは救えても、弁の立たないリタには自分とヨナは救えないと考えたのか。自分なら、うまく権力を扱い3人とも救えると考えたのか。
 結局リタは、ミシェルが救い出す前にフェネクスに搭乗させられ事故死することになるが、フェネクスの暴走事故の経緯についての詳細は、本作では割愛されている。フェネクスが普段はどこに身を潜めているのかも不明である。
 分かりにくいと言えば、ヨナとゾルタンの戦闘でフェネクスをおびき寄せるというミシェルの作戦自体も分かりにくい。サイコフレームの共鳴でフェネクスが引き寄せられるからなのか、ヨナがピンチになればリタが救いに来ると考えたからか…。
 もっと根本的なことだが、ヨナとリタというネーミングも分かりにくい。同じ2文字で、ヨナが女性っぽい響きの名前なので、呼んでいて結構混乱した。これは自分だけかもしれないが…。
 シルヴァ・バレトに搭乗したUCの主人公のバナージが、ヨナを助けに来るところは、サービス精神旺盛で良いと思うが、それ以外に胸が熱くなるシーンがほとんどない。映像で見ればもう少し感動する場面もあるのかもしれないが、正直物足りない。ガンダム世界をそれなりに理解しているつもりの自分がこのような感想を持つのだから、この世界観を全く知らない一般人には理解しがたい物語であろう。ファーストガンダムを知らない人にはもちろん、UCを知らない人にはまず勧められない。

2019年月読了作品の感想

 

『雪の階(きざはし)』(奥泉光/中央公論社)【ネタバレ注意】★

  「このミス」2019年版(2018年作品)7位作品。「週刊文春ミステリーベスト10」2018年4位作品。「ミステリが読みたい!」2019年版6位作品。さらに柴田錬三郎賞と毎日出版文化賞を受賞したとなると期待するなという方が無理。しかし、これが読み始めると予想以上にきつくて…。
 先に久しぶりに登場人物をまとめつつ、あらすじを記録していくことにする。

【登場人物】
笹宮惟佐子…本編の主人公。女子学習院高等科に通う華族の娘。数えで20歳の美人。
  成績優秀だが学業に興味はなく、数学と囲碁と海外ミステリを好む。
笹宮惟重(これしげ)…惟佐子の父。笹宮家は公家華族の中では中位に属する。
  伯爵の位を持つが、資産家の娘である後妻の瀧子に頭が上がらない。
  将来有望な派閥を支援し新政権を打ち立てたのち要職に就くことを夢見ている。
笹宮瀧子…惟重の後妻で惟佐子の義母。神戸の資産家の娘。
  不良教師が問題を起こしたダンスホールに通っていたため宗秩寮から注意を受ける。
笹宮惟秀…惟佐子の12歳上の兄。陸軍大尉。
笹宮惟浩…惟佐子の異母弟。惟秀同様7歳から肘岡陸軍中将の家で訓育された。
  祖母・藤乃の死後、瀧子によって13歳で自宅に連れ戻された。洋楽を好む。
津島華子…大名華族の津島侯爵の娘。色黒で天真爛漫なスポーツウーマン。
森岡多恵子…惟佐子より5歳上の内務省大臣秘書官夫人。惟佐子をねたんでいる。
岸井夫人…惟佐子より10歳ちょっと年上で公家華族の家から実業家に嫁いだ。
松平公爵夫人…カルトシュタインを招いたサロン演奏会を主催する。
  娘の松平姉妹は、腸カタルで参加できなかった。
白雉博允(はくちひろみつ)…惟佐子の実母・崇子(たかこ)の兄。元外交官。
  ポーランドに赴任した頃からおかしくなり免官されるもドイツで有力者となる。
フリードリヒ・カルトシュタイン…ミュンヘン生まれのドイツを代表するピアニスト。
  白雉博允と交流があり、面識もない彼の姪の惟佐子を我が娘のように思っている。
木島柾之…津島華子の母方の叔父で、東京帝大卒の宮内省勤めの青年。
  カルトシュタインの通訳として彼に同行している。
宇田川寿子(ひさこ)…惟佐子の「我が尊敬すべき友」。父は東京帝大の法学教授。
  サロン演奏会で惟佐子と会う予定だったが、謎の失踪をとげる。
御法川…笹宮家の書生。
菊枝…笹宮家の女中の1人。一度結婚したが離縁して笹宮家に戻り惟佐子付きとなる。
町伏…笹宮家の家令。小遣いを貰っていない惟佐子が出掛けるとき必要な現金を渡す。
平沼騏一郎…枢密院副議長で国粋主義団体を主宰し惟重はその事務局長的役を果たす。
  しかし、平沼の陰謀の局外に置かれていたことを知り、惟重は陸軍に乗り換える。
槇岡貴之…近衛聯隊勤務の陸軍中尉。古参の教会員で槇岡子爵夫人の孫の青年将校。
久慈…貴之に誘われて教会に来て惟佐子や寿子と出会う。実家は佐賀の禅宗の寺。
  貴之とは陸軍士官学校の同期で、特権階級廃止など過激思想の持ち主。
牧村千代子…東洋映像研究所の新米カメラマン。惟佐子より3歳年上。
  幼い頃の惟佐子の「おあいてさん(遊び相手)」をしており、今も交流がある。
山本和浩…東洋映像研究所の中年カメラマン。4人の子持ち。
蔵原誠治…「都朝報」の記者。千代子の持ち込んだ事件の調査を一緒に行う。

【あらすじ】
 舞台は昭和10年。4月6日、惟佐子は松平伯爵夫人主催のサロン演奏会に参加する。惟佐子は、そこに出演していた高名なピアニストであるカルトシュタインから食事の誘いの手紙を受け取るが、彼女は、それよりも、会う約束をしていた親友の宇田川寿子が姿を現さないことを気にしていた。帰宅後、宇田川家から電話が入るが、それは女中からのもので寿子が朝から行方不明らしい。
 惟佐子は、そこである出来事を思い出していた。昨秋に、寿子と基督教会を訪れた際に、槇岡と久慈という2人の青年将校と出会う。槇岡は子爵の孫であり、惟佐子や寿子と同じ上流階級の人間で、寿子と気が合いそうであったが、対する久慈は地方出身で、日本の地方の貧困を憂いて特権階級を廃止すべきであるという過激な思想を持つ人物であった。
 惟佐子は、この記憶によって、寿子が槇岡と駆け落ちする姿を夢想する。そして、2人の関係に気付いた寿子の親族が2人を引き離すために宇田川家の地元の倉敷に寿子を幽閉したのではないかと考えているところへ、惟佐子の父の惟重から意外な誘いがある。
 当初、惟重はカルトシュタインからの食事の誘いをけしからんと言っていたのに、カルトシュタインと交流のある惟佐子の母方の伯父の白雉博允が、ドイツで有力者になっていること、この食事会に自分が頼ろうとしている陸軍関係者が参加するという話を聞き、手のひらを返して一緒に参加することを提案してきたのだ。
 4月10日の食事会当日、遅れてきたカルトシュタインは、なぜか面識のないはずの惟佐子を自分の娘のように思っていると発言し、観光案内をしてくれるよう申し出る。
 食事会の後、彼の通訳を務める木島柾之は、惟佐子が演奏会に来ることが分かって急にプログラムを変更し、「ピタゴラスの天体」という霊能力を引き出す力のある曲を演奏することに決めたという話を惟佐子に話す。
 記者に霊能力を引き出されたかどうかからかわれる惟佐子であったが、彼女は実際、過去に自分が見知らぬ森へ意識を飛ばされるという不思議な経験をした記憶があり、今回の曲を聴いたときも何か不思議な感覚を感じていたのだった。
 食事会から帰宅した惟佐子は、寿子が6日に書いたと思われる手紙を受け取るが、字が乱れていること、なるべく早く電話をすると書いているのに未だにかかってこないこと、切手には倉敷ではなく先代の消印が押されていることに不安を感じる。
 そしてその不安は的中し翌日の夕刊に寿子の情死の記事が掲載され、惟佐子を驚かせる。さらに彼女を驚かせたのは、心中の相手が予想していた槇岡ではなく、久慈であったことだった。
 惟佐子は、かつて幼かった自分の遊び相手を務めてくれていた牧村千代子に相談し、新米カメラマンだった千代子は、「都朝報」の記者である蔵原誠治に調査協力を依頼する。
 目撃者の情報によれば、寿子と久慈の2人は7日の午後から夜にかけて青木ヶ原樹海で心中したものと考えられた。遺書がない点にスッキリしない点を残しながらも、警察が情死と判断したのは、寿子が妊娠2か月であったことが判明したからである。
 千代子は、仙台の産婦人科を調べるという蔵原と共に青森行きの急行に乗り込む。仙台の産婦人科では有力な手がかりを得られなかった2人だが、帰りの汽車内で検札に回ってきた車掌から貴重な情報を入手する。
 この車掌は寿子に頼まれてハガキを渡し、できあがったハガキを預かって仙台駅で投函したというのだ。しかし、寿子が親しくなさそうな男性と一緒で、宇都宮で降りて、日光方面へ行こうとしていたという話を聞き、ますます謎が深まってしまう。
 惟佐子の方でも、槇岡の意見を聞いてみたいと教会を訪れていた。しかし、教会では槇岡子爵夫人の妹にしか会えず、久慈と出会ってから、槇岡子爵夫人は足首を骨折し、槇岡は久慈に寿子を奪われたとショックを受けたと言う彼女は久慈は悪魔だと呼ぶ。
 千代子は、仙台一泊旅行から戻った次の週の金曜に再び上野から東北本線に乗って彼女の足取りを追う。ついに鹿沼駅で寿子の目撃情報を得るが、また新たな謎が浮上する。寿子は1人で誰かと待ち合わせをしており、しかもそこに現れたのは若くはない女性だったというのだ。 (純粋なあらすじはここまで【全体の3分の1くらい】以降は下のコメント欄で述べる)


 2月に読了したばかりの『宝島』の沖縄弁(?)ほどではないが、独特の語り口は読んでいてやや疲れる。「〜が〜したことに対し」というところを、「〜が〜したのへ」という言い回しが頻繁に登場し、これはさすがに違和感がありすぎた。
 そして言い回し以上にきついのは、『宝島』以上に展開が冗長な点だ。無駄なディテールが多すぎてなかなか話が先に進まない。 そのせいで3月中盤に一気に3分の1ほど読了した後に一度力尽きた。寿子の死後、千代子が寿子の足跡を訪ねて何軒もの産婦人科を延々と回るシーンなど、一体いつまでやるのか、何の必要性があるのかと本当にうんざりした。
 しばらく放置して、なんとか結末くらいは知りたいと、そこそこ充電したところで4月上旬に一気に読了したが、結論から言うと590ページ近い長編を無理して最後まで読み切ったその努力は報われなかった。
 寿子の心中事件の後は、前述したように、かなりの間、退屈極まりない。そして、それまで男性に全く興味を示していなかった主人公の惟佐子(途中、千代子の方が物語の中心になってどちらが主人公なのか分からなくなることもあるが)が、突然木島を手始めに男を次々に誘惑し始めて、菊枝や千代子はもちろん、読者をドン引きさせる。何か事件解決のための思惑があってのことか、何かの伏線かと警戒するが、結局、ただの男漁りで、こちらの理解がまったく付いていかない。
 そして寿子と久慈に続くカルトシュタインの突然の死で、やっとミステリらしさを取り戻すかと思いきや、スパイ容疑で暗殺されたのでは…という推測が散々なされた後、驚愕の(悪い意味での)オチが待っている(オチは後述する)。
 美人局トラブルを起こし、父の笹宮伯爵によって国粋思想家の私塾にたたき込まれた惟佐子の弟の惟浩は、洗脳されて別人になって帰ってくるが、何かその後の展開に絡むのかと思いきや、そのシーンが最後。そのトラブルに惟浩を巻き込んだマキ代やその親友の奈緒美はその後もちょこちょこ出てくるが、存在感のないままフェードアウト。フェードアウトと言えば、この物語のキーマンと思われた白雉博允は、後半に全く登場しない。惟浩のエピソードは必要だろうか…。

 寿子の心中事件直前に不審な2人組の女を目撃し、その2人は心中したに違いないと証言した団子屋の山口清太郎は、その後、心中事件には紅玉院という寺と東栄運送という会社が絡んでいることを千代子に知らせてくるも、何者かに消されてしまう。この他にも心中事件の関係者と思われる人間が次々と消されていくが、小者ばかりで全くドキドキしない。
 惟佐子は伊地知春彦という成り上がりの長男と見合い結婚をすることになるが、彼が、自分に内縁の妻と娘がいることを惟佐子に告白し、話はややこしいことに。
 紅玉院は外国のスパイのアジトではないかという疑いがかかるが、そこは惟佐子の兄・惟秀陸軍大尉の双子の妹が率いる危険な民族浄化思想を持つ組織であった。惟秀は、純粋な日本人=神人ではない天皇を廃し、神人のみによる新しい国を作ろうとしていた。彼の論理はどう考えても無茶苦茶である。
 槇岡の告白文によれば、寿子を妊娠させたのは自分で、彼女は槇岡に結婚の意思がないことを知って服毒自殺し、
彼女に想いを寄せていた久慈は、槇岡に裏切られ寿子も失ったことで拳銃自殺を図ったというが、実際に寿子を妊娠させ、久慈を殺害したのは惟秀だったというぶっ飛び展開。
 そして、この物語のクライマックスとも言える(?)開いた口がふさがらないBL展開が待っている。惟秀と槇岡の雪の階での荘厳なキスシーン。それを目撃した惟佐子は、槇岡の告白文は惟秀が書かせた嘘の内容だと確信する。そして、カルトシュタインも惟秀との情交の最中に心不全で死亡したのだと思い至る。何だその展開は。
 昭和11年2月26日前日。天皇を人質にし、革命を起こそうとしていた惟秀を睡眠薬で眠らせる惟佐子。蹶起に参加できなかった惟秀に絶望した槇岡は彼を撃ち、槇岡は自害する。惟秀は重傷を負うが一命を取り留める。
 寿司屋で、千代子を前に、惟秀は蹶起を阻止しようとして槇岡に撃たれたのではないかという推理を披露する蔵原。そして蔵原は千代子にプロポーズしてハッピーエンド…。これが結末…?
 重厚な文体だとか、新鮮な主人公像だとか、絶賛する読者もおられるようだが、私にはこの作品の良さがよく分からない。とりあえず読了できたことで、次の作品に進めることだけが嬉しい。

 

『魔眼の匣の殺人』(今村昌弘/東京創元社)【ネタバレ注意】★★

 「このミス」2020年版(2019年作品)?位作品。「このミス」2020年版は、まだ刊行されていないのだが、作者の人気からしてランクインは確実とみてこのように表記しておく。
 作者のデビュー作にして、いきなり『このミス』2018年版1位に輝いた、前作『屍人荘の殺人』の続編となるシリーズ第2弾。前作の事件を引き起こしたとされる斑目機関を追うことになった神紅大学の学生である葉村譲と剣崎比留子が、W県の山中にある謎の施設「魔眼の匣」を訪れる。

【あらすじ】
第1章…剣崎は、斑目機関の関係施設がW県の山中に存在するとの情報を得て単独で向かおうとするが、彼女と同じくミステリ愛好会のメンバーであり会長でもある葉村は 、彼女を守るべく強引に彼女についていく。
 剣崎と葉村は、目的地の好見地区へ向かうバスの中で、未来予知を絵で表現する能力を持つ高校2年生の十色真理絵と彼女の後輩の茎沢忍と出会うが、この2人の目的地も剣崎達と同じであった。
 4人がようやくたどり着いた好見地区の家々はなぜか無人で、やっと村人に出会えたと思った人物は、ツーリング中にバイクのガソリンがなくなって困っている王寺貴士という容姿端麗な会社員だった。
 さらに、そこに現れたのは、墓参りに来た元好見住人の朱鷺野秋子と、彼女が連れてきた、車のトラブルで固定電話を探している教授の師々田厳雄とその息子の小学生・師々田純。
 元住人である朱鷺野にも村が無人の理由が分からず、彼女は皆を村のさらに奥にある予言者・サキミの住む、かつて真雁と呼ばれる里があったことで現在は「魔眼の匣」と呼ばれる建物へ案内する。
 そこにはサキミに仕える神服奉子と、サキミの取材に訪れていた『月刊アトランティス』の編集者であり記者でもある臼井頼太がいた。アトランティス編集部に届いた差出人不明の手紙には、大阪のビル火災と婆可安湖の集団感染テロの予言を的中させたサキミという予言者が新たな予言を告げているのでそこへ向かえというメッセージが記されていたというのだ。
 ついにサキミという老婆との面会が叶った訪問者達。そしてサキミは訪問者達に躊躇なく村人にも伝えた新しい予言を告げる。なんとこの真雁で男女2人ずつの4人が明日からの2日間で死ぬというのだ。好見地区の住民達が村から逃げ出したのはこの予言のせいだったのである。
 サキミに面会しなかった十色は、バスの中でバスがイノシシに衝突する予言画を描いたように、魔眼の匣へ至る橋が燃える様子を食堂で描いていた。その予言画は現実となり、サキミと神服と9人の訪問者は魔眼の匣に孤立してしまう。魔眼の匣に取り残された男6人の死亡確率は2/6、女5人の死亡確率は2/5。果たして死ぬのは誰か、生き残るのは誰か。

 レンタカーの運転に自信がないからとバスを選びながら、やはりレンタカーの方が良かったと後悔する葉村の様子や、臼井を雑誌記者であると言い当てた剣崎のやや強引な推理披露には突っ込みたくもなるが、ここまではオーソドックスなエンタメミステリ。
 読了したばかりの『雪の階』と比べると、すいすい読める。作品の善し悪しと言うよりは好みの問題であろう。自分にはこういう作品の方が向いているということだ。これまで色々なミステリに触れようとランキング上位作品を読みあさってきたが、時間も限られていることだし、それなりの量の作品は読ん できたと思うので、そろそろ好みの作品に絞っていけばいいのかもと思うようになってきた。

第2章…怪談の伝わるO県の三つ首トンネルに肝試しに行った4人の若者のうち3人が死亡、1人が音信不通になっているという話で皆を怖がらせた臼井は、地震による土砂崩れで死亡してしまう。さらに今度は、葉村がストーブの不完全燃焼で一酸化炭素中毒で死にかける。その2つをまたしても予言画によって予言していた十色は涙を流して葉村に詫びる。
 そして十色は、交通事故で亡くなった自分の祖父が斑目機関の一員として、この魔眼の匣でサキミとともに未来予知の研究を行っていたことを剣崎と葉村に話す。ついに斑目機関に関する貴重な情報を入手し興奮を隠せない剣崎。

 過去にサキミの予言が当たったせいで機関に問題視され公安にも目を付けられたという話が出てくるのだが、後でその詳細も語られるものの納得がいかない。第3章では、予言された災いを決して回避できないことが問題視されたと説明されるが、回避するというのは未来を改変することだからある意味仕方のないことであり、そこは割り切って、上手く利用すればいいことではないのか。完全に回避できなくても起こることが分かっていれば、悪用することも含め、被害者が名指しされていない限り、特定の人物だけ危険を回避するなど活用方法はいくらでもあるはずだ。サキミほどの貴重な予知能力を、危険回避ができないからという理由だけで研究機関が放棄してしまうというのはあり得ない展開だと思う。
 また、事務室の受付窓の人形が、人が死ぬたびに減っていくという見立て殺人の要素も取り入れているが、これがあまり上手く生かされておらず、とってつけたような印象を受けるのは自分だけだろうか。

第3章…またしても無意識に「毒死」の予言画を描く十色。サキミが自室で毒入りのお茶を飲んで苦しんでいるのが発見されたが何とか一命を取り留める。部屋の入り口には予言画と同じ赤い花びらが散乱していた。予言を信じない師々田は十色を犯人だと疑う。そして剣崎は、また事務室の受付窓に4体あったフェルト人形が、臼井の死亡時に3体に減っていたのが、さらに1体減っていることに気がつく。
 まもなく問題の1日目が終わろうとしていたとき、神服が管理していた散弾銃が何者かに盗み出され十色が射殺されるという事件が発生する。最愛の人を失った茎沢は外へ飛び出して行方不明になり、事件を我が身に引き寄せてしまう体質を持つ剣崎は、同じような宿命を持った十色を救えなかったことで葉村の前で号泣し、部屋にこもってしまう。

 「犯人はサキミの予言から逃れるために十色を殺した。よって犯人は女性である。」という方向に話が進むのだが、これも納得できない。
 サキミの予言に便乗して復讐のため誰かを殺すという展開なら理解できるが、単に自分が死なないようにするために他人を殺すという発想は受け入れがたいものがある。「予言から逃れるために他人を殺す」という発想の流れは結局最後まで続き、しかもそれが正解だった。それってどうなのだろう…。
 いくらサキミに予言的中の実績があったとしても、他人を殺そうとまで思い詰めるだろうか。自分の死を避けたいならば、自室に鍵を掛けて2日間籠もる方がよほど現実的のような気がするのだが…。物語の最後までずっとこの違和感が拭えなかった。

4章…今度は剣崎が謎の失踪。どうやら十色を救えなかったことを苦にして滝壺に飛び込んで自殺したという線が濃厚であった。
 しかし、剣崎は生きていた。葉村と申し合わせて彼の部屋に隠れていたのだ。彼女は、死者の数が予言通りの数になれば殺人は止まるだろうと考えて、葉村に自殺を装う計画の協力を依頼していたのだった。
 そして斑目機関の被験者の1人に師々田厳雄の父親がいたことが発覚する。彼はサイコメトリーの能力者であることを装った詐欺師であることが機関にばれて追放されていた。こうしてサキミや機関に復讐するために師々田が魔眼の匣にやって来た可能性が浮上するが師々田は否定。その師々田は、王寺の背中に魔除けのタトゥーが入っていたことを葉村に告げる。
 タイムリミットまで残り9時間となったところで建物の中が停電。暗闇の中に怪しい白装束の人物が出現する。朱鷺野の部屋に向かったらしきその姿を追っていくと朱鷺野の死体が発見される。
 魔眼の匣を飛び出した師々田純を追った者たちは、熊に襲われ死亡した茎沢の遺体を発見する。こうして男女2人ずつの4人が死亡し、サキミの予言は満たされた。
 そして皆の前に姿を現した剣崎は、自分の推理を披露して十色と朱鷺野を殺害した犯人を指摘する。犯人は王寺だった。王寺は三つ首トンネルの呪われた4人の生き残りで、その呪いとサキミの予言の両方を恐れ、朱鷺野に交換殺人を持ちかけて十色を殺害した後、約束を破った朱鷺野も殺害したのだった。
 サキミの服毒は自殺未遂で、しかも彼女の正体はサキミとその夫となった十色の祖父・十色勤に復讐することをもくろんでいた岡町という斑目機関の研究員だった。彼女はサキミの残した予言を利用して今日まで権威を保っていたのだった。剣崎は、岡町がインチキ予言者の烙印を押されないためには、自分の死を予言し自死するしかないと彼女に言い放つ。
 そして葉村は、剣崎が葉村を死なせないために犯人が死ぬかもしれない選択をしたことに気がつく。葉村は剣崎を守るつもりでいたが、実は自分が守られてたことにショックを受け、このままではいけないと決意するのであった。

 サキミの予言の力が本当なら、剣崎の自殺を装う行為にどれほどの意味があるのだろうか。ほんの僅かな時間稼ぎにしかならないのではないか。一応そこには彼女の深い意図があったことが後で明かされるのだが、ここも読んでいてモヤモヤするところの1つだった。
 十色の祖父とサキミの間に突然子供ができたという過去のエピソードの展開にも唐突感がありすぎる。
 そして師々田の旧姓が、サキミの被験者仲間の一人と同じだったという、いかにもといったミスリードのエピソード。まあ、定番中の定番だが、師々田自身の否定で一瞬にして疑いが晴れてしまうという中途半端な展開。
 本作の一番の衝撃は、サキミの正体が、彼女を恨む岡町という研究員だったという叙述トリックも絡めたどんでん返しだろう。特に珍しい展開ではないが、ここは素直に賞賛したい。しかし、この部分以外は、筆者の緻密なプロットがわかりにくすぎて今ひとつ感動できない。
 とにかく本作で一番引っかかるのは、前述したように、予言によって自分が死なないようにするために他人を殺そうとするという動機の部分。真犯人の王寺には、そこまで追い詰められる理由があったことが最後に語られるが、それにしても…である。
 結論としては前作のインパクトには到底及ばず、もやもやばかりが残る作品だった。

2019年月読了作品の感想

『グラスバードは還らない』(市川憂人/東京創元社)【ネタバレ注意】★★

  「このミス」2019年版(2018年作品)10位作品。京都大学推理小説研究会(通称:京大ミス研)出身のミステリ作家は、綾辻行人、法月綸太郎など多数おられるが、本作の筆者は、東京大学の文芸サークル・新月お茶の会出身。
 デビュー作であるマリア&漣シリーズ第1作『ジェリーフィッシュは凍らない』で鮎川哲也賞を受賞し、「このミス」2017年版(2016年作品)で10位にランクイン。私も★3つ評価をしている。シリーズ第2弾『ブルーローズは眠らない』も「このミス」2018年版(2017年作品)で11位にランクインしているが、こちらは未読。今回の本作はシリーズ第3弾で、冒頭部から「ジェリーフィッシュ」や「ブルーローズ」が登場している。
 登場人物が横文字ばかりで覚えにくいので、『雪の階』でやったように登場人物をまとめつつ、あらすじを記録していくことにする。

【登場人物】
ヒュー・サンドフォード…U国の不動産王。不法に入手したものを含め希少な動植物をサンフォードタワー最上階で飼育・栽培している。 ビジネスには厳しいが一人娘に甘い。3年前に所有するガラス製造会社・SG社で3人もの死者を出す爆発事故を起こしているが、10年前に所有するビルの一つが爆破テロに巻き込まれ事業に打撃を被ったことがトラウマとなって事件をもみ消した。

イザベラ・サンフォード…ヒューの亡き妻。元は経営の傾いたガラス工芸品店の娘で、店は彼女と結婚したヒューが大企業のSG社に育てたが、最愛の彼女は病死してしまう。

ローナ・サンフォード…ヒューの一人娘。19歳。

トラヴィス・ワンバーグ…SG社の技術開発部部長。ヒューの部下で技術者。開発した屈折率可変型のガラスにニーズがなく、透過率可変型ガラスの開発に方向転換を図っている。ヒューに秘蔵のコレクションを見せられる。44歳。

チャック・カトラル…SG社の技術開発部研究員。トラヴィスのさえない部下。なぜかヒューの娘・ローナに見初められ交際しているが、あまりの大きな格差に2人の将来に不安を抱いている。 ローナに見せてもらったヒューの飼育するグラスバードに魅入られてしまい、その不安はさらに増大している。童顔の30歳。

イアン・ガルブレイス…M工科大学の研究者であり助教授。24歳という若さで博士号を取得した容姿端麗な青年。SG社と協同研究を行っている。28歳。

セシリア・ペイリン…M工科大学の博士課程に籍を置く研究者。イアンの後輩であり交際相手。26歳。

パメラ・エリソン…ヒューのメイド。過去のどのメイドや秘書よりも優秀で口が堅いためヒューに気に入られている。I州の片田舎からNY州に出てきた理知的な女性。 ローナとチャックの中を知りながら、ヒューにばれないようにしてくれている。31歳。

ヴィクター・リスター…ヒューの顧問弁護士でありヒューの友人。ヒューの人使いの荒さに辟易している。ヒュー同様に最愛の妻を亡くしている。

エマ・グラプトン…九条漣が、爆発があったビルで出会った避難誘導をしていた女性。

マリア・ソールズベリー…独断専行型の女刑事。ヒューが希少動物の違法取引に関与しているという情報を得て捜査を始めたものの、早々に署長に捜査打ち切りを命じられ憤慨している。U国人。

九条漣(クジョウ・レン)…冷静沈着なマリアの部下で、彼女の監督係。J国人。

【あらすじ】
 物語の舞台は1983〜1984年のU国(明らかにアメリカなのだがパラレルワールド的な演出のため伏せ字となっている。日本らしき国はJ国と表記される)。
 女刑事のマリアは、不動産王ヒューが希少動物の違法取引を行っているという情報を得て、署長の捜査打ち切り命令を無視してサンフォードタワーに乗り込む。受付嬢にむげな扱いを受けたことにもめげず、ヒューの住む最上階を目指すマリア。
 サンフォードタワーは35階までがオフィスフロア、最上階の72階がヒューの家族が住む居住エリアとなっており、その間の階層はマンションエリアになっているが、価格が高すぎて誰も入居者がいない。最上階へは1階から専用のエレベーターでしか行けないため、マリアは35階から非常階段を使って徒歩で最上階を目指していたが、そこで異常な轟音を聞く。
 目指していた72階に入れず、下に戻ろうとしたマリアであったが、ビルの爆発によって非常階段は途中で失われていた。再び72階の非常ドアに戻ったマリアは、そのドアの向こうから助けを呼ぶ声を聞くが、その声が途絶えた後、ドアの下から血が流れてくるのを目の当たりにする。
 サンフォードタワー最上階でのパーティに招待されていたトラヴィス、チャック、イアン、セシリアの4人は、ヒューに睡眠薬を盛られて眠ってしまい、気がつくと部屋が50近くもある謎のフロアにいた。そこにはなぜか1羽のグラスバードもいた。完全に閉鎖されたフロアに閉じ込められ戸惑う4人に対し、メイドのパメラは、「答えはお前達が知っているはずだ」というヒューの言葉を伝える。
 その後、透過率可変型ガラスでできていると思われるフロア内のあらゆる壁が消失し、トラヴィスの刺殺体が発見され、グラスバードの姿が消える。さらに一番疑わしかったパメラが刺殺され、次にはチャックが…。
 マリアを追ってサンフォードタワーの35階にやってきた漣を、上階での爆発が襲う。漣はマリアの追跡を一時諦め、オフィスの人々の避難誘導を優先する。避難誘導を終えた漣は、マリア同様にヒューも行方不明になっていることを知る。サンフォードタワーの受付嬢の紹介でヴィクターの協力も得られることになった漣だったが…。(つづく)

 登場人物の名前がなかなか頭に入ってこないこと以外は特に問題なく読める。気になるのは、サンフォードタワーの構造について、特に最上階に行くには1階からでないと行けないということについて、何度も何度も繰り返し語られること。いい加減しつこい。
 4人が閉じ込められたフロアの壁が特殊ガラスで、その透過率が変わって向こう側が見えたり見えなくなったりするというのは斬新で面白い発想だが、「透過率可変型ガラスは完全に透明になっているときは高電圧がかかっていて壁に(ドアノブにでさえ)触れることができない」という設定はさすがに危険すぎて無理がないだろうか。犯人は、殺害対象を刺殺するまでもなく感電死させればよいと思っていたということか?
 その事実をチャックが知っていて、ドアノブに触ろうとしたイアンを止めたという展開は、この後の展開の何か伏線になっているのだろうか…。

 火災でビルの電気系統が焼き切れたのか、何とか電子ロック式の非常扉が開き最上階に入ることができたマリア。そこでマリアは5人の男女の刺殺体と、その奥のパーティルームでヒューとローナの銃殺体を発見する。しかし、炎と煙に追い詰められるマリア。彼女は、崩れ落ちるビルから、漣が要請した空軍のジェリーフィッシュによって辛うじて脱出する。
 ビルの崩落現場から発見された遺体の中から、まずヒューとローナの身元が確認され、残りの遺体も
トラヴィス、チャック、イアン、セシリア、パメラと考えられた。しかし、犯人の正体、侵入方法、脱出方法、動機など、すべてが分からない。
 脱出方法がジェリーフィッシュであることをつかんだマリアは、次に恐ろしいことをひらめいてしまう。ヒューによって飼育されていたグラスバードたちが人間であったという可能性だ。つまりビルの崩壊現場で発見された刺殺体はすべてグラスバードと呼ばれた人間だったのだ。
 マリア達が駆けつけたヒューの旧宅の地下は、マリアがビルで発見したフロアと同じようなガラスの壁でできており、そこには多数の血痕があった。こここそが、真の連続殺人の現場だったのだ。やがて、庭からトラヴィス、チャック、イアン、セシリア、パメラの遺体が発見される。
 事件の真相は複雑なものだった。過去にグラスバードの女の子の死を目の当たりにしたヴィクターは、現在のグラスバードたちの救出とヒューの悪行を暴く計画を立てる。恋人がSG社の事故で死亡したことでヒューへの復讐をもくろんでいたパメラを仲間にしてビルの爆破を実行に移したのだが、逃がすはずのグラスバード達は、チャックの心を奪ったグラスバード達を恨んでいたローナによって殺された後だった。
 計画を狂わされたヴィクターはヒューとローナを射殺し、残りのメンバーをヒューの旧宅地下へ移動させる。パメラはイアンを刺殺し、次にチャックを殺そうとするが、彼になついていたグラスバードの生き残りエルヤに殺されてしまう。そのチャックはセシリアに殺され、セシリアとイアンはエルヤに殺されたのだった。
 10年前にテロ事件のあったヒューのビルの屋上にたたずむヴィクター。そこに現れたマリアと漣。ヴィクターはマリアの追求に真実を語り出す。そして目的を達したヴィクターはマリア達の目前で銃で自殺、グラスバードの生き残りのエルヤは光学迷彩布をまとって屋上から飛び降り姿を消すのであった。

 結局、透過率可変型ガラスの開発がうまくいかなかったトラヴィス達は、セシリアの液晶技術を使って、それが完成したかのようにヒューにプレゼンしていたということで、壁には高電圧などかかっていなかったことが判明(まあ、そうでないと実用性ゼロだろう)。その技術によってできた光学迷彩布でグラスバードのエルヤが3人を殺害していたという展開。
 グラスバードが実は鳥ではなく人間だったというのが、本作の一番の売りとなる叙述トリックなのだろうが、そこにかなり無理が…。ヒューの詳細な嗜好までは分からないが、余程の美男美女でなければコレクション対象にならないであろうに、エルヤ以外にそのような魅力がありそうな表現はまったくない。彼らの遺体がトラヴィスやチャックの遺体と間違われるほどだから、少なくとも2人は普通の中年男性だったと考えられる(一応チャックは童顔という設定だが)。それはさすがに不自然ではないか。そんなものを自慢げにヒューは上客に見せびらかすだろうか。
 そもそも彼らが、トラヴィス達の身代わりとして用意されていたという設定ではなく、たまたまそうなったという展開にもかなりの無理が。本作中では、見つかった遺体が
行方不明になったSG社関係者で確定しそうな雰囲気だったが、グラスバード達の遺体の数が単に行方不明になったSG社関係者の人数と一致したからという理由だけでは警察の目をごまかしようがないだろう。遺体の破損が少なければDNA鑑定するまでもないし、破損が大きくてもDNA鑑定は確実にされるので、これで行方不明者の捜索が行われないということはあり得ない。

 本作の2番目の売りは、連続殺人の現場がサンフォードタワーと思わせておいて実は別の場所だったというトリック。そうではないかなというのは、綾辻作品で見たパターンだったので想像も付いたが、それを差し引いても綾辻作品と比べると、それが明らかになったときの感動はない。

 冒頭部分とリンクさせた、ラストシーンでヴィクターが語る、過去のグラスバードの女の子の死のエピソードは泣かせるところなのだろうが、ハッキリ言ってここが泣かせるどころか本作の最も納得のいかない部分。ヒューにとって最重要機密のグラスバードが、毎日のように抜け出して自由に外を出歩いていたなんてあり得ないのでは。

 そしてとどめはラストシーン。グラスバードの生き残りのエルヤが、屋上から飛び降りて姿を消すシーンで物語は幕を下ろすのだが、「地面にたたきつけられたはずの身体も、血だまりすらも見えず−ただ、摩天楼の合間を、冷たい風が吹き抜けるばかりだった」という一文で結ばれている。しかしこれは、エルヤの遺体が、彼女が纏っていた光学迷彩布に隠されて見えないだけだろう。それをこんな文学的表現で飾られても興ざめなだけなのだが…。まさか次回作に登場させる伏線…?

 直情型のマリアと冷静沈着な漣との掛け合いはそれなりに面白いのだが(ラノベみたいという批判も予想されるが)、複雑なトリックとその説明に埋もれてしまって十分に生かされていない。シリーズ第1作は高評価したが、正直そのレベルには達していないと思う。

 

『ひと』(小野寺史宜/祥伝社)【ネタバレ注意】★★

  ミステリ作品ではない、「本の雑誌」が選ぶ2018年上半期ベスト10第2位作品。本屋大賞2019にもノミネート。

 調理師だった父が交通事故死、それでも大学に通わせてくれた母も急死したことで大学を辞めざるを得なくなった聖輔。そんな彼がたまたま立ち寄った商店街の惣菜屋で、最後に残っていたコロッケをお婆さんに譲ったことで店主に気に入られ、そこで働くことになる。
 仕事の合間に父が過去に勤めていた店を訪ねて歩く聖輔は、将来父親のような調理師になる思いを強めるが、店主には将来的に跡を継いでもらおうと考えるくらい期待されながら、子供ができた先輩にその座を譲るべく店を辞めることを決意する。

 基本的にいい話。主人公にたかろうとする母方の親戚と、聖輔を煙たがる聖輔に好意を寄せる女性の元彼が不愉快極まりないが、あとは善人ばかり。そこを「できすぎ」「ご都合主義」と批判する向きもあるようだが、そこはあまり気にならない。
 気になるのはどのシーンも盛り上がりに欠けるところ。宣伝に使われている冒頭のコロッケを譲るシーンもたいしたことはないし、あらゆるエピソードが淡々としていて感動がない。物語の所々に挟まれる父の過去をたどる話もラストへ向けての伏線になっているわけでもなく、とってつけたような感じ。主人公が調理師を目指す目的も、それくらいしか思いつかなかったからという理由で、父の遺志を継ぎたいという強い気持ちがあるわけでもない。せっかくなじんだ惣菜屋をやめるシーンもそのような必然性をまったく感じない。先輩に将来の経営者の座を譲るにしても一緒に働けばいいだけのことではないか。
 なぜこれが本屋大賞にノミネートされるのか正直理解できない。

2019年月読了作品の感想

『麦本三歩の好きなもの』(住野よる/幻冬舎)【ネタバレ注意】★★★

 前回に引き続きミステリ作品ではない。5月に前半を読んで、7月上旬にやっと読み切った。著者のデビュー作にして代表作である『君の膵臓をたべたい』(2015年作品)は未読。『か「」く「」し「」ご「」と「』(2017年作品)を斜め読みした程度で、その時は特に何も思わなかったが、本作は好印象だった。
 ネットのレビューなどでは、「天然の主人公が好きになれない」「日常がだらだら書かれているだけ」という批判もあるが、そういう印象を受けても仕方がないかなと思うのは前半だけ。
 後半まで読み進めると、彼女なりに色々考えていることが分かり、仲の良い友人と旅行に行く話「麦本三歩はファンサービスが好き」では彼女の人の良さがよく伝わってくるし、勤め先をずる休みしてしまったことに悩み先輩に相談する話「麦本三歩はモントレーが好き」では、自分の欠点を指摘されて号泣しつつも素直に受け入れている点に好感が持てる。その話からエピローグ的な話「麦本三歩は今日が好き」に続けて全体を結ぶ流れも素晴らしいと思う。
 読者によって好き嫌いが分かれる作品なのかもしれないが、主人公の三歩は勿論、彼女を取り巻く同僚の「優しい先輩」「怖い先輩」「おかしな先輩」のキャラもしっかり立っていて、個人的には実に魅力的。続編を期待したいくらい。テレビドラマ化もない話ではないのではないか。読点を意図的に省略した著者の軽快な文体も嫌いではない。

 

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(上)』(富野由悠季/角川書店)【ネタバレ注意】★★

 またしてもミステリ作品から離れての読書。本作が2020年から3部作で劇場公開されることが決定したため、30年前に購入した本書を本棚から引っ張り出してきて読み返すことに…。

 地球に向かう特権階級の人々を乗せたスペースシップ・ハウンゼンの船内では、地球連邦政府の閣僚の一人が、この船に似つかわしくないブロンド娘のギギ・アンダルシアにお愛想を言っていた。マフティー・ナビーユ・エリンを名乗る反地球連邦政府組織討伐のために乗船していたケネス・スレッグ大佐は、魅力的な彼女に思い切って話しかけるも、マフティーについて意見を求められ軽くいなされてしまう。
 ケネスの部下のレーン・エイムは、10日前に新型MS・ペーネロペーと共に地球に降下していた。
 船のラウンジの奥でギギを中心とした閣僚達の談笑を眺めていた青年は、バーテンに対し、自分は植物観察官候補として地球に降りるのだと告げる。そこへもう一人のラウンジのスタッフであるブロンド娘のメイス・フラゥワーが登場しキャビンへ最後の注文を取りに行くが、そこへマフティーを名乗るハイジャッカーが現れる。

 メイスの登場シーンではギギに引き続いてのブロンド娘の登場に少々混乱する。さらに42ページのケネスとメイスとの会話シーンで「メイスはハサウェイのシートにもたれるようにして…」と突然ハサウェイの名前が登場してさらに混乱。
 ハサウェイらしき人物は冒頭からずっと登場しているが、「青年」という表記で名前は一切出ていない。このシーンの後はまた表記が「青年」に戻るのだが、51ページ、53ページでも「ハサウェイ」と「青年」がごちゃまぜに使用されている。55ページからの第5章「ハサウェイ」から、やっと呼称が「ハサウェイ」に固定されるが、この表記の乱れは明らかに演出ではなく校正不足だろう。
 本作品では他にも送り仮名がおかしいものや不自然な平仮名表記(「いらい(以来)」「けはい(気配)」「いじょう(以上)」「よゆう(余裕)」「たしょう(多少)」など)が目立つ。何かこだわりがあるのかとも思ったが、「よゆう」は中編では漢字表記が混在。

 「マフティーだなんてウソをいう連中なんか、やっちゃったら!?」というギギの言葉に動揺したハイジャッカーの隙を突いてハサウェイはハイジャッカーを鎮圧するが、なぜ彼らが偽者であることに彼女が気がついたのか彼は不思議に思う。
 ハウンゼンはハイジャッカーによるダメージのため、ホンコン行きの予定を変更してダバオに降下した。そこはケネスの新しい配属先であり彼にとって好都合であった。
 ハサウェイがマフティーのリーダーであることを見抜いたギギは、「絶対に間違えないでやれるというのなら」という条件付きで理想的な独裁政権の樹立を提案するが、ハサウェイは「それは神様だよ」と笑い飛ばす。
 ハサウェイは町中でマフティーの仲間とコンタクトを取るが、地球への不法滞在者を取り締まる「ハンター」と呼ばれる者達の暴挙を目の当たりにする。人々は、マフティーがハンターを討ってくれることを願っていたが、地球の延命策を講じるというコロニー移民時代の主旨と移民法の運用に則れば、ハサウェイの目には彼らが正義に見えるのであった。
 マフティーのMSパイロット、ガウマン・ノビルの操縦するMSメッサーは、ハウンゼンに搭乗していた要人の宿泊するホテルを空襲する。ガウマンの時間差攻撃のおかげでホテルを無事脱出したハサウェイとギギであったが、ガウマンはレーンの駆るペーネロペーに敗れ捕虜となってしまう。
 ケネスやギギと離れ仲間と合流したハサウェイは、隕石に偽装して地球に降下してくる新型MSクスィーガンダムを受領すべくメッサーで出撃する。ペーネロペーの猛攻の中、落下する隕石から現れたカーゴ・ピサに乗り移ったハサウェイは無事クスィーガンダムの起動に成功する。
 ペーネロペーのコクピットに人質としてガウマンが乗せられていることを知ったハサウェイは、レーンを「情けない奴」と挑発する。真面目で若いレーンはガウマンを空中で解放し、ハサウェイは彼を無事回収するが、ペーネロペーの猛攻が再開されハサウェイはピンチに。
 しかし、水しぶきの中でビームライフルをおとりにしてミサイルをペーネロペーに浴びせたハサウェイが勝利し、ペーネロペーは大きく損傷するもレーンは奇跡的に生還する。(上巻・完)

 ある程度ケネスは気がついていたとはいえ、ハサウェイがマフティーの一員であることや、マフティーの黒幕がクワック・サルヴァーなる人物であることをためらいもなくペラペラとケエスにしゃべるガウマンはどうなのか。
 最初からマフティーに対する盾としてガウマンをペーネロペーに乗せたのに、ハサウェイに批判されて急に彼を解放するレーンも変。
 しかし、この作品で一番違和感を感じるのはやはりギギの存在だろう。これだけ怪しさ満載の少女が、いくら有名な伯爵の愛人だとしてもケネスをはじめ連邦から全く疑われずVIP扱いされているのは不思議。ケネスは「泳がせている」つもりなのかもしれないが、冒頭であれだけ彼女の扱いに戸惑っていたのに、急にベタベタと彼女を追いかけ回す彼は少々気持ち悪い。若い将校ならともかく大佐なのに。シャアとクェスのオマージュなのかもしれないが、あまりに違いすぎる…。
 彼女がいるとツキが良いといったことを彼はたびたび言うが、そこまで彼女が物語の中で彼に幸運を運んだかというと、それほどの印象はない。
 しかし、色々突っ込みはしたが、さすがは富野監督で十分に読ませてくれる。とても30年も前の作品とは思えない。もう少し突っ込み所が少なければ★3つ付けたい。
 富野監督とは関係ないが、MSのデザインもそれほど古さは感じない。クスィーガンダムやペーネロペーは、この30年の間に多くの新MSが登場した今でも十分に未来的だし、メッサーも悪くない。ただ、グスタフカールだけは、デザインがどんどん変わって今では(良い意味で)別物になっている。

 

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(中)』(富野由悠季/角川書店)【ネタバレ注意】★

 302ページある上巻に対し、中巻は216ページ、下巻は221ページと、やや短くなっている。テンポ良く話が進んだ上巻に対し、中間は正直なところ見所が少ない。

 ギギは相変わらずケネスの用意したコテージでVIP扱い。ハサウェイの恋人のような存在だったらしいケリア・デースは、ギギに振り回されているハサウェイに嫉妬し、二人の関係は険悪に。そして読者サービスなのか、トップレスのメカニック、ジュリア・スガの登場。

 ネットを見ると劇場版でのジュリアの扱いを気にしている読者は多いようだが、不思議なくらい妄想イラスト画像は一切ネット上にない。作品が古すぎるからか。
 前半の見所は、ケネスが着任する前のキンバレー部隊が、集結していた反政府勢力を虐殺したオエンベリにマフティー軍が駆けつけるところであろうが、描き方が中途半端で今ひとつ深まっていない。

 ギギはケネスの元を離れ、カーディアス伯爵の用意したホンコンの屋敷に向かう。伯爵が気に入るような模様替えを行ったギギであったが、ハサウェイのことが気になってしょうがない彼女は、たった一晩でケネスの元へ戻るのであった。そして、そこにメイスがいることが気に障った彼女はあっさりとメイスを追い出してしまう。
 連邦政府の閣僚会議の会場は、予定されていたアデレードからコワンチョウに変更になったかのような動きが見られたが、ギギからの情報もあってハサウェイは変更なしであることを確信する。
 ギギは色々なことを予言してケネスの部下達の信頼を得る。

 やっとニュータイプらしさを発揮し始めるギギだが、ただ未来の出来事をいくつか予言しただけで、しかもそれが劇的に部隊に好影響をもたらしたとは思えないものばかり。それだけに彼女を誇らしげに部下に紹介するケネスや、それに乗せられている部下達の様子がなんかむなしい。

 地球連邦政府刑事警察機構局長のハンドリー・ヨクサンは、アデレードでの中央閣僚会議を確実に成功に導くべく、ケネスの率いるキルケー部隊の援護のため、独立第13部隊のブライト・ノアを呼び寄せることを画策する。軍を退役して妻のミライと共にレストラン経営の計画をしていたブライトは、その要請をやむなく引き受ける。
 ギギのエアーズ・ロックの観光がしたいというわがままを聞き入れたケネスであったが、そこに潜んでいたハサウェイ率いるマフティー軍にあっけなく捕まってしまうギギ。思いがけない再会に喜ぶハサウェイであったが、彼女の不用意な発言が二人の間に溝を作り、二人は悲しみに包まれるのであった。

 やはり上巻と比較すると内容が薄く退屈な印象が強い中巻。

 

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(下)』(富野由悠季/角川書店)【ネタバレ注意】★★★

 ギギがマフティー軍に捕らえられたこと、そしてブライト・ノアの率いる艦隊の増援が来ることを知らされる。ギギがマフティーのスパイであった場合を想定して、それが汚点にならぬよう、増援が来る前にマフティーを掃討してすみやかに軍功を上げようと考えるケネス。
 そして、突然始まった全世界に向けたハサウェイによる演説。ケネスはハサウェイが死を覚悟していることを感じる。
 その後、アデレード周辺で次々とマフティーのMSらしきものが自爆したという報告がケネスの元に届く。参謀本部の士官達や議会の議長はマフティー軍が事故を起こしアデレード襲撃はなくなったと安心するが、それがマフティー軍の陽動であると悟ったケネスは、その策にまんまと乗せられ混乱していた。
 テントの寝袋の中でクェスの夢を見てうなされていたハサウェイが目覚めると、心配そうに彼を見ているギギがいた。ギギはハサウェイのテロ行為を批判するが、ニュータイプではない自分には地球環境汚染という問題解決のためにこんなことしかできないと語る。クェスのことを持ち出されて、自分が彼女のことを忘れるためにギギを利用していることを思い知らされたハサウェイは彼女を追い出そうとするのであった。
 マフティー軍のアデレード襲撃は成功するが、再襲撃に出撃したハサウェイのクスィーガンダムは、レーンのペーネロペーと激闘の末、連邦政府軍の秘密兵器のビームバリアによって無力化され、ハサウェイは囚われの身になる。
 ハサウェイには速やかに銃殺刑の処分が下され、アデレードで多くの閣僚を死亡させた責任を取るため退役を希望していたケネスであったが、後任のブライトに息子を処刑させることを避けるため、処刑の指揮を執ることに。
 なんとかブライトにマフティー軍のリーダーの正体がハサウェイであることを知られずにすんだと安心していたケネスであったが、ケネスから事実を伝え聞いていた上官がマスコミにリークしてしまい、世間はもちろんブライトにも知られてしまうことになる。
 身の危険を感じたケネスとギギは、ハサウェイの母・ミライの故郷である日本へ逃亡するのであった。

 マフティー軍に捕らえられたギギのことをあっさり諦めるケネス。そして富野節で訳の分からない痴話喧嘩を初めて、最初は再会を喜んでいたギギを急に追い出そうとする身勝手なハサウェイには、なんだかなあという感じしかしなかった。
 このまま物語が終わってしまうことに不安を感じていたがラストはそれなりに盛り上がる。
 あっけない結末を迎えるハサウェイとレーンの戦いだが、ハサウェイが連邦に捕まって処刑されてしまうという結末のインパクトは絶大。覚悟を決めるハサウェイや、なんとかマフティー軍のリーダーの正体を父親のブライトには知らすまいと苦悩するケネスの描写も見事。結局そのケネスの努力を無にしてしまう大将の行為はえげつないが、読者の胸をさらに深くえぐるに十分な演出と言える。
 クェスほどではないものの今ひとつ理解に苦しんだギギという人物像に疑問は残るが、トータルとしてみればガンダムファンにはオススメの作品と言えよう。

2019年12月読了作品の感想

『崩れる脳を抱きしめて』(知念実希人/実業之日本社)【ネタバレ注意】★★

  色々と忙しかったのと、ちょっと読書に疲れてきたこともあって、半年近くまともに読書をしていなかったのだが、職場の同僚に面白いミステリーがあると勧められて久々に復帰した。2017年9月に発売された作品で決して新しいものではなく、「このミス」にランキングされたわけでもなく(調べてみたら投票者の1人が6位に入れただけで50位にも入っていない)、タイトルが住野よるの人気作『君の膵臓をたべたい』(2015年作品) のパクリみたいで少し抵抗もあったのだが、読んでみると普通に面白かった。

 冒頭部分で弓狩環(ゆがりたまき)という女性が病院で亡くなり、主人公が復讐に向かっているようなシーンが描かれる。
 そして時間が遡って本編がスタート。主人公は研修医の碓氷蒼馬(うすいそうま)で、彼は借金を抱えた父親が家族を捨てて、借金を家族に押しつけたまま海外へ愛人と共に逃亡、その後日本の山中で死亡するという過去を背負って苦しんでいる。彼は、過酷な研修先から、比較的のんびりした神奈川県の葉山の岬病院へ移ってきて、最悪の脳腫瘍と言われるグリオブラストーマという不治の病に冒された弓狩環という二つ年上の女性と出会う。
 彼女は自分の入院する3階の担当医となった碓氷に自分を「ユカリ」と呼ぶように頼み、自分の広い病室を彼の勉強に使っていいと申し出る。碓氷は父親の残した莫大な借金をなくすために、アメリカで脳外科として働こうと猛勉強中であったのだ。
 ユカリは、祖父母の残した莫大な遺産を相続したが、彼女の死後にその遺産を相続することが決まっている遠い親戚に命を狙われていると感じ、「金を払う奴の希望を何でも叶える病院」とも言われる葉山の岬病院を「ダイヤの鳥籠」と呼んで、そこにこもっていた。
 ユカリとの交流の中で碓氷は自分が少しずつ変わっていくことを感じていたが、そんなある日、ユカリの親友で2階に入院しているユウこと朝霧由(あさぎりゆう)に出会う。彼女もまた、巨大脳動脈瘤という、ユカリと同じく脳に爆弾を抱えた患者であった。
  あるとき、ユカリが碓氷の借金を払ってあげると提案し、碓氷は自分は物乞いではないと激怒する。ユウに諭されてユカリと仲直りしようとする碓氷であったが、ユカリはてんかん発作を起こして倒れてしまう。碓氷の応急処置によって一命を取り留めるユカリ。この出来事をきっかけに仲直りした二人は、ユカリの外出恐怖症を克服するため、こっそりと図書館に向かい、目的を達成した二人は喜び合う。
 その後ユカリは、碓氷の父親の死の謎を解明すべく、父親から届いていた絵はがきなどをヒントにして真相にたどり着く。父親は闇金業者には自分の生命保険金で借金を返済し、自宅から持ち出していた預貯金はコレクターの間で高額で取引される切手に換え、碓氷たち残された家族のために絵はがきに貼って送っていたのだった。
 長年の呪いから解放された碓氷は、ユカリに生まれて初めての恋をしている自分に気がつく。
 しかし、碓氷にこの病院を去る日がやって来る。広島の大学の脳外科に入局することが決まったのだ。思いを告げることができないまま葉山の岬病院を去った碓氷であったが、かつての恋人・榎本冴子に諭されて、ユカリに自分の気持ちを伝えることを決意する。
 ユカリの元へ向かおうとしていた碓氷のところへ弁護士の箕輪章太が現れる。彼は、彼女が碓氷に遺産の一部を残して死亡したことを告げ、碓氷は大きな衝撃を受ける。
 彼女の死について調べるため、広島から葉山の岬病院にやって来た碓氷は、院長からさらなる衝撃の事実を告げられる。弓狩環という女性が入院していたことは事実だが、碓氷が彼女を診察していたという事実はなく、すべては心を病んでいた碓氷の妄想だったというのだ。
 しかし、彼女がいたはずの病室で彼女の描いていた絵が隠されていることを発見した碓氷は、ユカリの存在が幻ではなかったことを確信し、彼女の死の真相を突き止めるために奔走する。そしてユカリが、牧島法律事務所の牧島の元で遺言書を書き換えていたらしいこと、弁護士の箕輪こそが、彼女の命を狙っていた彼女の親戚であることを突き止める。
 碓氷は、全ての遺産を慈善団体に寄付すると書き残したユカリの遺書を彼女が買ったばかりの墓から発見するが、そこに箕輪が現れ、碓氷を亡き者にしようと襲ってくる。箕輪にとっては、莫大な遺産のほんの一部を碓氷に残し、残りを独り占めできる、書き直される前の遺書の方が都合が良かったのだ。
 しかし、空手部の主将を務めていた碓氷は、屈強そうなボディガードもろとも箕輪を倒し、箕輪たちは警察に捕まることに。
 事件は一件落着したかに見えたが、あることに気づいた碓氷は、葉山の岬病院に向かい、院長を問い詰める。
 真相は、ユカリとユウの入れ替わりだった。ユカリの絵にサインがなかったことなどから、ユカリが失読症であることに碓氷は気づいたのだ。碓氷が交流していたユカリの本名は朝霧由(あさぎりゆかり)で、死亡したのは親友の弓狩環だった。弓狩環が箕輪の監視におびえることなく恋人のところへ外出できるように、ユカリが提案して入れ替わっていたのだ。
 碓氷はユカリに愛の告白をし、ユカリはそれを受け入れるのだった。

 まずは突っ込み所から。ユカリが解明した碓氷の父親の行った家族に遺産を残すトリックだが、切手のコレクションをしたことがある自分からすると、どんな高額な切手にしても絵はがきに貼るなどの手を加えれば、封筒に入れて送ったことで消印は押されなかったにしろ明らかに価値は下がるし、そもそも家族が気付かなかったら終わりなので、あまりにリスキーな行為だと思う。素直に感心はできない。
 また、いかにも碓氷が何者かに突然襲われたような「後頭部に衝撃が走った」というフレースが81ページと169ページとの2回も登場する件について。前者はユカリと仲直りさせようとするユウの再登場シーン、後者は第2章の冒頭での冴子の初登場シーンである。さすがに同じネタを2回も使うのは興ざめだ。
 何より一番気になるのは箕輪というキャラクター。環の余命が残り少なく、放っておいても自分に遺産が入ってくることが分かっているのに、なぜ彼女に警戒心を抱かせるような危険なことをわざわざするのか。彼がそんなことをしなければ、環が慈善団体に寄付をするなどという遺書の書き換えは行われなかったのではないか。彼が碓氷に負けないくらいの莫大な借金を抱えていて、早く返済しないと命の危険があるというのなら分かるが、そのような状況に陥っているわけでもなさそうだ。しかも、それなりの収入のある弁護士という立場。理解に苦しむ。
 良い点は、本作の一番のウリである最後のどんでん返し。ただし、インパクトは確かにあるのだが、ユカリの失読症に気づいたきっかけというのが弱いかも。
 登場人物のキャラの立ち方も見事。ちょっとライトノベル的というかアニメっぽい感じもするが嫌いではない。個人的には冴子がベスト。ユカリはありがちだが、冴子のようなキャラはなかなかいないと思う。

 

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