現代ミステリー小説の読後評2020
※タイトル横に【ネタバレ注意】の表記がある作品はその旨ご注意を
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2020年1月読了作品の感想
『霊媒探偵 城塚翡翠(じょうづかひすい) medium〔メディウム〕』
「このミス」2020年版(2019年作品)1位作品。主人公の推理作家・香月史郎が、霊媒の若い美女・城塚翡翠と出会い、協力しながら次々と難事件を解決するという物語。大学生の青年と若き女探偵がコンビを組む「このミス」2011年版(2010年作品)4位作品『隻眼の少女』(麻耶雄嵩)をちょっと思い出した。
第1話では、香月は彼に想いを寄せている大学の後輩の倉持結花から相談を受ける。彼女の枕元に現れる「泣き女」について占い師に紹介された霊媒に相談に行きたいから付き添ってほしいというものであった。
ヒロインの翡翠は登場シーンからずっと魅力的に描かれ、ミステリアスな霊媒という設定も興味深いが、想像以上に事件解決へ向けての展開が平凡で拍子抜け。翡翠に匹敵する魅力を持つ結花をダブルヒロインに据えるのかと思いきや、あっさり殺してしまい、しかも主人公の香月が、彼女の死にあまり執着していない様子にも幻滅(この点については第4話で多少納得できるのだが)。
第2話では、作家仲間の黒越篤が、香月や翡翠も滞在する水鏡荘と呼ばれる黒越の別荘で殺害される事件が発生。そこはかつて黒書館と呼ばれた曰く付きの館であった。 こちらも1話同様に平凡な印象。鏡視点からの翡翠の論理的説明にも特に感動はない。本作にますます不安を感じ始める。
第3話では、香月は彼のファンである女子高生・藤間菜月から、彼女の通う高校で起きた連続女子高生殺人事件の解決を依頼される。そして、現場を霊視した翡翠によって、犯人が高校3年生の女子高生であることまで判明する。 まず翡翠が降霊した菜月がなぜ次の犯行現場を知っていたのかが謎(一応第4話で説明はあるが)。この菜月の霊が「晴れやかな笑顔」を浮かべていたり、「先生のこと、恨んでませんからね」とコメントするのもよく分からなかった。
問題の第4話。プロローグの連続殺人犯が香月であることが明らかに。その犯行場所である別荘に連れて行かれる翡翠。香月は殺人鬼の正体を現すが、絶体絶命に陥ったように見えた翡翠は別人のように豹変し、自分に霊能力などないこと、これまでのすべての霊視は自分の観察力と情報収集能力によってなしえたものであることを香月に語り、香月を大いに困惑させる。
冒頭で述べたように、主人公=犯人というのはミステリの1つのパターンとして確立しているので香月の正体については想定内であったが、翡翠の壮絶な反撃は完全に予想外。ここまでの豹変は誰も予想できなかったはず。帯では、多くの作家が彼女の魅力を絶賛しているが、エピローグでその豹変ぶりに多少の演技が入っていたことも匂わされているものの、あれはやりすぎ。自分も含め、もう以前のような目で彼女を見ることは不可能だという読者も多かろう。自分には、彼女について最初の頃のような魅力はもう感じられない。 |
『刀と傘 明治京洛推理帖』(伊吹亜門/東京創元社)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2020年版(2019年作品)5位作品。混迷を極める明治初頭の京都を舞台とした時代物。時代物は、海外物、重い警察小説と並んで苦手なジャンルの1つなのだが、思っていたよりは読みやすかった。
第1話では、主人公の尾張藩士・鹿野師光(かのもろみつ)が、上洛したばかりの佐賀藩士・江藤新平を仲間の五丁森(ごちょうもり)のところへ案内するが、彼は何者かに殺害されていた。彼の隠れ家を知る者は、同じ仲間の多武峰(とうのみね)と三柳(みやなぎ)と上社(かみやしろ)のみ。 ここでは、鹿野はぱっとしない若者として描かれ、江藤は鹿野より身分は下ながら、堂々とした大物の風格を漂わせる人物として描かれている。ミステリとしては普通に面白い。
第2話では、出世した江藤新平が、弾正台の解体を進めるため、横井小楠と大村益次郎暗殺の資料を入手すべく弾正台に勤める渋川を間者に仕立てるも、渋川は密室で死体となって発見される。江藤のターゲットは大曾根という攘夷主義者で、彼こそが横井と大村の暗殺を命じた張本人だと江藤は考えていた。 密室トリックがあまりにお粗末。利き腕の件もありがちだが、部屋の引戸が開かなかった理由が、細い釘で敷居と引戸を固定していたからというのは余りに酷い。「戸が破られれば釘も折れる」「そんな物、修繕した跡の1つに過ぎん」なんて、そんないい加減な…。
第3話では、その日の夕刻に斬首が決まっていた罪人の平針が、鹿野の目前で昼食に盛られた毒で毒殺されるという謎の事件が発生する。 前作でやっと手を組んだ2人の間に一瞬でヒビが入るというエピソード。少々展開が早すぎる気もするが、本作で一番よくできた話ではなかろうか。
第4話では、市政局次官の五百木(いおき)が妾の沖牙に刺殺される。彼女は、女中の日々乃も刺殺し、五百木に恨みを持つ脱獄犯の四ノ切を手引きして五百木を襲わせる。四ノ切が五百木の異変に気づいたときには時すでに遅く、沖牙は短銃で彼を撃っていた。
沖牙の連続殺人の偽装工作があまりに杜撰。さらに沖牙の四ノ切殺害動機も苦しい。五百木も日々乃も一緒に殺してしまおうという発想も理解しがたい。
第5話では、志半ばで佐賀に帰る途中の江藤が京都の監獄に立ち寄り、そこで彼を追っていたらしき間者の刺殺体を発見する。そして、驚くべきことに江藤に間者殺害の容疑がかかり、駆けつけた鹿野によって江藤は投獄されてしまう。
あらすじをまとめ直してみても、鹿野の変貌ぶりだけが目立つ。江藤のやり方に同調しきれなかったから距離を置いたところまでは理解できても、江藤に殺したいくらいの憎しみを抱くのは理解しがたいし、最後には江藤を守るために無茶をし、勢い余って自害してしまうと言う展開には、ちょっとついて行けない。 |
『W県警の悲劇』(葉真中顕/徳間書店)【ネタバレ注意】★★★ 「このミス」2020年版(2019年作品)18位作品。女性警官にスポットを当てた警察小説ということで、前回述べたように重い警察小説は苦手ジャンルの1つであること、そして順位も低めということもあって不安もあったのだが、過去に読了した著者の作品2作(2014年版10位作品の『ロストケア』と2015年版11位作品の『絶叫』)については2作とも★3つという最高評価を付けているので、一応期待して読み始めたら期待以上だった。
第1話「洞の奥」では、誰からも尊敬される模範的な警官であった父の熊倉哲警部に憧れて警官となった熊倉清が主人公となる。熊倉警部は警察内部のスパイから情報を買っていたと思われる暴力団の若頭・柏木が港湾で謎の死を遂げた翌日、三屋岳で謎の死を遂げていた。
見事などんでん返しの連続である。谷口への容疑はもう少し引っ張っても良かったと思うが、熊倉警部こそがスパイだったという衝撃に加え、実は彼はもっと悪党で、それを娘が警察を欺して極秘に処理したという衝撃の二段構え。
第2話「交換日記」では、コンビを組む上原佑司刑事に想いを寄せる女刑事の日下凛子が主人公となる。2人は小6の江川瑠美殺害事件を追っていたが、一向に捜査は進展しない。瑠美が誰かと交換日記をしていたらしいという情報を得るが、その相手も分からないままだった。
著者は所々で「佑司」と「祐司」を書き分けているのだが、最低限の箇所なので読者はそんなことに気がつかない。上原聡美も寺田和音も日下を尾行したことがあるのだが、読者にはその識別はできず、しかも上原の妻がすでに故人であることは最後まで明らかにされないのは、かなりアンフェアである。
第3話「ガサ入れの朝」では、W県警本部鑑識課に所属する千春が主人公となる。彼女にはガサ入れで獲物を見つける才能があったが、過去のガサ入れの時に獲物のドラッグの隠し場所に気を取られていたせいで、彼女の代わりに半グレに撃たれて怪我をしたのが彼女が想いを寄せていた野尻警部補であったため、彼女は落ち込んでいた。
ドローンのトリックはたいしたことがないが、千春が臭いで屋上に運ばれた密造銃を発見するという展開にさすがに無理があるのではと思いきや、千春が実は警察犬だったという衝撃のオチ。 第4話「私の戦い」では野倉署生活安全課に所属する葛城千紗が主人公となる。 主人公の葛城の真の敵は電車痴漢の犯人ではなく、セクハラ上司の矢野だったというオチ。井浦一味のやりすぎ感は不愉快極まりないが、矢野が退職に追い込まれるラストにはカタルシスを感じる読者も多いのでは。お見事。 第5話「破戒」では、W県警日尾署刑事課所属の滝沢純江が主人公となる。 特に感銘を受ける内容ではないが、宗教がらみの事件ならではの展開はそれなりに面白い。 第6話「消えた少女」では、第1話から、脇役として登場を続けていたW県警初の女性警視・松永菜穂子がついにメインキャストとして登場する。
序盤から松永に付き添っていた巡査が、実は熊倉清だったという展開はお見事。しかし、熊倉が松永を殺害しようとするシーンで幕を下ろす物語展開はいささか乱暴すぎる印象である。確かにドラマチックでショッキングなエンディングであり、熊倉の殺した父親が悪党であった一方で、松永の殺したのは罪のない少女だったのだから松永はアウトだという論理は分からないでもないが、松永を殺して一体どうなるのか。 トータルすると第5話と第6話以外は十分に楽しませてくれたので、★3つということにしたい。5点満点なら4点かもしれないが、ミステリ好きな人にはオススメできる。 |
『昨日がなければ明日もない』(宮部みゆき/文藝春秋)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2020年版(2019年作品)8位作品。著者がいくつか持つシリーズの中でも人気の杉村三郎シリーズの第5弾である。第1弾『誰かSomebody』はこのミスランク外だったので未読だが、第2弾『名もなき毒』、第3弾『ペテロの祖売れる』、第4弾『希望荘』はすべて読了している。
第1章「絶対零度」では、筥崎静子という夫人から、嫁に行った娘の佐々優美が自殺未遂をして入院したと娘の夫の佐々知貴から聞かされるが、その原因が母親の静子にあるといって知貴が優美に会わせてくれないという相談が持ち込まれる。 本作にも相変わらず不愉快さMAXの連中が登場するのだが、それ以上に、読み始めた後の「先を読みたいと思わせる力」が半端ないため、ぐいぐい読める。この話単独なら★3つレベルである。
第2章「華燭」では、杉村は事務所兼自宅の大家である竹中夫人から、知人の結婚披露宴への同行を依頼される。
こういう結婚式でのドラマチックなトラブルは、映画やドラマなどの創作物ではありがちな展開だが、さすがに2つ重なることはない。
最後の第3章「昨日がなければ明日もない」では、究極のトラブルメーカー・朽田美姫とその娘の漣が登場。 本書の表題作でもあるので期待していたのだが、結論としては最悪である。 やはりこのシリーズは自分には受け付けないことがよく分かった。確かにミステリ作品は人の不幸が当たり前に登場するものであるが、病的なまでの究極の悪意など知りたくもない。途中までは★3つつけるつもりでいたが★2つが限界。第3章だけなら★1である。 |
『予言の島』(澤村伊智/角川書店)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2020年版(2019年作品)19位作品。恐ろしい伝承が伝わる瀬戸内海に浮かぶ孤島・霧久井島を舞台にした物語。 大原宗作…京大卒の30代。勤めていたベンチャー企業でパワハラにあい自殺未遂を起こして退職する。 岬春夫…定職につかず各地を旅しながら住み込みで働いたりボランティア活動をしたりしている。退職して地元に帰ってきた宗作を励ますため、宗作と同じく幼なじみの淳とともに旅行に行くことを企画する。藍というパートナーがいる。 天宮淳…駄菓子メーカーの平社員。父親に複雑な思いを抱いている。 宇津木幽子…宗作達が小学生の頃に人気だった霊能者。22年前の霧久井島のテレビ取材の2年後、 「20年後にこの島で6人が死ぬ」という予言を残して死去する。 虚霊子(うつろれいこ)…幽子を崇拝している霊能者で、宗作達と同年代の女性。宗作達と同じ船で霧久井島にやってくるが、船で島に向かう人々には行くことをやめるよう説得しようとしていた。「民宿あそう」に宿泊。山田タミ江という本名を嫌っている。 麻生…「民宿あそう」の主人。宗作達が予約していた「むくい荘」での宿泊を突然断られたため彼らを受け入れる。東京から脱サラして移住してきた。 橘昭二…霧久井島の駐在。よそ者の麻生夫婦を除けば島で一番若い57歳。 遠藤晶子…息子の伸太郎とともに旅行で霧久井島を訪れ、「民宿あそう」に宿泊している老女。子離れができていない。 遠藤伸太郎…晶子の息子で20代。小学校でいじめにあって以来、学校に行っておらず言動が子どものまま。晶子をママと呼ぶ。 江原数美…小柄でぽっちゃり体型で走るのが遅く、霧久井島に渡る船に乗り損ねそうになった女性。登場シーンでは年齢を示唆する描写が一切なかったが、後に30歳で元看護師であることを告白。「民宿あそう」に宿泊。 サナエ…霧久井島に住む老婆。宗作達のことをテレビスタッフだと勘違いする。 古畑…髭は伸ばし放題で襤褸をまとっている霧久井島の旗振り役。サナエに宗作達がテレビスタッフでないことを諭す。よそ者の麻生の島への移住を認め、彼にうち解けてくれた数少ない島民。 須永…「むくい荘」の主人。じきに怨霊が降りてくるからその対策のためにサービスできないという理由で、予約客の宗作達の宿泊を拒む。22年前のテレビ取材時にスタッフ達に対応した島民の1人。
今年の8月25日から26日の未明にかけて霧久井島で6人が死亡するという霊能者の予言があることを知った春夫は、幼なじみの傷心の宗作を励ますため、同じく幼なじみの淳と一緒に、8月24日に霧久井島に渡る。
まず、「今は亡き有名な霊能者による不吉な予言、そしてそれを現実のものにすべく起きる殺人」というテーマが、同じ年度の話題作であり「このミス」3位作品となった『魔眼の匣の殺人』と丸かぶりなのは不運としか言いようがない。 |
2020年2月読了作品の感想
『罪の轍』(奥田英朗/新潮社)【ネタバレ注意】★★ 「このミス」2020年版(2019年作品)4位作品。
舞台は終戦から18年後の高度経済成長期の日本。幼い頃に義父に虐待され脳に障害を負った20歳の青年・宇野ェ治は、集団就職した札幌で盗みを働き少年院に入れられ、その後故郷の礼文島に戻るが、島民には莫迦呼ばわりされ、網元の酒井にこき使われる毎日であった。
東京オリンピックを直前に控える中、障害者の扱いや児童虐待、収入格差、在日韓国人の問題等の問題を抱える社会の様子が描かれているが、まさに現在の日本と同じである。このあたりは著者の意図したところであろう。 |
『殺人鬼がもう一人』(若竹七海/光文社)【ネタバレ注意】★ 「このミス」2020年版(2019年作品)12位作品。先日読了したばかりの『W県警の悲劇』も悪徳女性警官の物語だったが、こちらはもっと分かりやすい女性悪徳警官の話。
「ゴブリンシャークの目」…辛夷ヶ丘市の場末の所轄に飛ばされて、やる気のない長身の女性主人公の砂井三琴と肥満体の田中盛とのコンビ。なにしろ勤務先が、全署員が総力を挙げて窃盗の被害をなかったことにし、平和な街を数値の上でも平和な町にしようとしているような警察署なのである。 女探偵・葉村晶シリーズは嫌いではないのだが、この話は面白いのか。悪人と悪徳警官が共存する話。1話目からこれでは、2話以降が心配になる。 倫理観がないならないで、それなりの面白さが欲しいし、そうでないなら最後に悪を追い込んで、それなりのカタルシスが欲しいところ。
「丘の上の死に神」…辛夷ヶ丘市の市長選において現職の高橋市長の勝利を希望する三琴の上司は、形勢が有利な対抗馬の英遊里子を貶めるべく、彼女の夫の死を彼女のせいにするよう指示を出す。
英を犯罪者に仕立て上げようと彼女を連行して一緒に取調室に立て籠もる課長の行動は滅茶苦茶。三琴がその取調室に入って課長を気絶させ英と話を付けるラストは、まあ面白いが、課長のその後がはっきりせず今ひとつスッキリ感がない。
「黒い袖」…七緒は妹の梅乃の結婚式の一切を取り仕切っている。代々警務のスタッフ部門である七緒の一家に対し、新郎側の内村家はバリバリの刑事系一家で、両家は仲が悪く七緒は苦労していた。
悪徳女性警官を主人公としているところに『W県警の悲劇』との類似点があるという話は前述したとおりだが、その第2章「華燭」と同じく結婚式場でのドタバタ劇がここにも登場して驚いた。警察関係者とは思えないクズばかりの参列者、そして何より立て籠もりを繰り返す新婦がうざい。
「きれいごとじゃない」…母親の向原悦子が経営する向原清掃サービス会社の専務でもある理穂は、年末の各家庭を回る仕事に、潜入捜査をしたいという三琴を新入社員として同行していた。大晦日に押し込み強盗があるらしく、その家には盗聴器が仕掛けられているようなので、それを見つけたいという。
三琴も、善人そうなその関係者も、お互いに悪の行為に手を染めているという構図が、第1章、第2章と共通なのは一貫性があって良いが、ラストシーンはサプライズというより、ただただ唐突。
「葬儀の裏で」…辛夷ヶ丘市千倉地区で本家として力を持っていた水上家。現在の当主・水上サクラは、何者かに襲われたことで入院し1年後に病院で死亡した姉の大前六花の葬儀に来ている。親戚達は六花の後継者問題で険悪な雰囲気を漂わせている。
サクラと三琴の数珠の交換シーンは、サクラが三琴の有能さと悪賢さに気がつき、何かあったときには上手く取り計らってもらえるよう、サクラが賄賂をつかませたということだろうか。
「殺人鬼がもう一人」…某組織の秘書を通して、様々なクライアントからの依頼を受ける殺し屋のローズマリーこと蒲原マリ。妻からの依頼で浮気をしている夫の殺害に成功したマリは、次に辛夷ヶ丘市の今田好継という結婚間近の老人の殺害を依頼される。 ハッピーデー・キラーの正体や、マリが精神に異常を来して植物状態の弟と常に会話していることも分かった。が、このエピソードでの三琴の目的はいったい何なのか?ハッピーデー・キラーの正体を明らかにしないことは、確かに警察の威厳を保つには必要なのかもしれないが、そのために、金丸を殺し、マリを出血多量で見殺しにするのか?その行為に見合う利益が彼女にあるとは思えないのだが。表題作の割には、かなり理解に苦しむ物語。
全体的に話の作りが雑。主人公の思考がよく分からない。ゆがんだ正義感に凝り固まった『W県警の悲劇』に登場する悪徳女性警官たちと比べれば、最初は親近感が持てそうかもと思った設定の三琴だが、あまりに冷酷すぎてまったくそんな気分になれない。ただのサイコパスではないか。 |
2020年4月読了作品の感想
『潮首岬に郭公の鳴く』(平石貴樹/光文社)【ネタバレ注意】★
「このミス」2020年版(2019年作品)10位作品。多忙だったこともあるが、あまりにも面白くなくて読了に2か月もかかった。まず、いきなり最初の登場人物紹介のページに並べられた人名が24人分。物語が進むにつれてさらに増えていき、覚えるのがどんどん面倒くさくなる。
第1章で函館の商事会社会長・岩倉松雄の孫の美人3姉妹の末っ子が行方不明になり遺体で発見される。第2章で次女が殺害され、その状況から、会長宅にあった芭蕉の4つの句にからめた見立て殺人と考えられた。
とにかく複雑な家族構成の岩倉家をはじめ大勢の人物が次々と登場するのに、まずうんざりさせられる。筆者としては、疑わしい人物をたくさん登場させて、読者に推理の楽しみを与えたいと考えたのかもしれないが、読者からすれば苦痛なだけ。文章が面白ければ救いはあるのだが、決して下手ではないにしろ、まったく面白みがない。なぜここまで存在感を殺す必要があるのかといぶかしく思えるくらい地味な主人公の捜査状況が淡々と語られていくだけで、読んでいて何の楽しみもない。 |
『殺人犯 対 殺人鬼』(早坂吝/光文社)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2020年版(2019年作品)17位作品。
前作読了後に、読書趣味から引退して映画・アニメ鑑賞に移行しようかと思っていたのだが、すぐに読書に戻ってきてしまった。
孤島の児童養護施設「よい子の島」に住む30人の子ども達は、船で本土の学校に通っていた。主人公の網走一人は、想いを寄せる少女・五味朝美(いつみあさみ)を自殺未遂に追い込んだいじめっ子達の殺害を、施設職員が不在になった実行に移そうとするが、最初に狙っていたいじめっ子のボス・剛竜寺が何者かに殺害されてしまう。その異常な死体の装飾を行った人物を殺人鬼と断じ、その正体を突き止めようとする網走。
最初に良かった点から。過去のシーンで語られる殺人鬼が、実は主人公その人であったというところはお見事。そして、いじめっ子グループのメンバーの一人が御坊でなく飯盛であったという部分の説明は少々苦しいものがあったが、いじめっ子グループへの復讐こそが主人公の殺人の動機であると読者に思わせる作者のミスリードも素晴らしかった。 しかし、感心したのはここまでで、突っ込み所も満載。
前回読了した『潮首岬〜』のように、ひたすら状況説明ばかりで何も起こらない超絶退屈な話と比べれば、テンポ良く話が進む本作は、ベタなクローズド・サークルものではあるものの普通に楽しめる。 |
2020年5月読了作品の感想
『本と鍵の季節』(米澤穂信/集英社)【ネタバレ注意】★★
「このミス」2020年版(2019年作品)9位作品。
高校2年生の図書委員の二人、主人公である堀川次郎と、その友人で皮肉屋の松倉詩門のコンビが、身近な人々から依頼を受け、日常に潜む謎を解いていくミステリ作品。 第1話「913」…★
まず問題なのは、書斎に並べてある本の分類番号が金庫のダイヤル番号になっているなど、所有者の孫が図書館司書になっていたとしても普通は気がつくまいということ。そしてこの手の小説にありがちだが、そんなことに気がつける高校生探偵もいないだろうということ。 第2話「ロックオンロッカー」…★★
美容室など、大学生の頃しか利用していなかったので、今ひとつイメージがつかめないが、隣に座った客同士でおしゃべりする様子に違和感。それだけならともかく、スタッフにカットしてもらっている最中に店長の言動についておしゃべりするのは「なし」だろう(さすがに途中で話題を変えていたが)。 第3話「金曜に彼は何をしたのか」…★
植田は、兄が無罪の証拠を持っていると言っているのに、なぜわざわざ堀川たちを自宅に招いてまでその証拠の存在を確認したがるのか。最後にちらっと話題に出てきたように、逆にその証拠を握りつぶそうとしているというのなら理解できるが。弟が勝手に同級生を家に上げて家捜しさせたことを知ったら兄は激怒するだろう。 第4話「ない本」…★★ 重いテーマを扱っているが嫌いではない。長谷川の嘘に気づいた理由が、本の装丁の細かい名称についてということでややマニアックなきらいはあるが、第1話の分類番号ほどではなくフェアではある。前話で見限りたくなった松倉が最後にちゃんと反省しているのも救い。 第5話「昔話を聞かせておくれよ」…★★
堀川に突然宝探しの話をしようと言い出す松倉。堀川が子どもの頃のプールでのエピソードを話した後、松倉は自分の過去について語り出す。
これも重い話ではあるが、「宝探し」というワクワク感があって面白い。堀川と松倉のそれぞれの父親の子どもに対する思いも伝わってきていい話だと思う。 第6話「友よ知るなかれ」…★★★
前話の続き。松倉の父の一件に疑問を感じた堀川は、図書館で過去の事件について調べ、松倉の語っていた偽警官こそ松倉の父であることを知る。そこに現れた松倉は、堀川が真相にたどり着いたことに感嘆し、堀川の想像通り収監中の父が弁護士なりを通じて駐車代金を払っていること、松倉の父は実際に自営業者から現金を盗んでどこかに隠しているらしいことなどを告げる。 前話の問題点は解決。松倉が、かつて自分の父が悪徳商人から盗んだ大金を我が物にするのかどうかは明らかにされず、読者の想像にお任せという余韻を残したエンディングが心地よい。松倉の気持ちも、堀川の気持ちも実によく分かる。このエピソードだけは★★★を付けたい。 この作品を読み始めたときは★1.5くらいかと失望していたのだが、後半で挽回し★2.3くらいまで上昇した。作者の作品が好きな読者には勧めても問題ないと思う。 |
『火のないところに煙は』(芦沢央/新潮社)【ネタバレ注意】★★★
「このミス」2019年版(2018年作品)10位作品。2015年11月に読了した「このミス」2013年版(2012年作品)17位作品の『残穢』(小野不由美)を想起させる、筆者によるルポタージュ風のホラーミステリ。『残穢』の方は、ホラーの苦手な自分にとって怖すぎないところは良かったのだが、逆に拍子抜けしてしまうレベルでオチもつかないところにがっかりした記憶がある。 第1話「染み」…★★ 新潮社の位置する神楽坂を舞台とした怪談をテーマとした短編小説の依頼を受けた小説家の著者=芦沢は、嫌な記憶を甦らせる。 8年前、ある出版社で働いていた新卒3年目の芦沢は、大学時代の友人である瀬戸早樹子に角田尚子という女性を紹介される。いいお祓いの人を紹介してもらうため、芦沢の知り合いのオカルトライター・榊桔平と連絡を取りたいというのである。 角田は、神楽坂の母と呼ばれる現在は行方不明の謎の占い師に交際していた彼氏との仲を占ってもらったが、別れた方が良いという占いの結果に、彼氏が占い師に対し激怒。彼氏は大声で怒鳴って代金も払わず出て行ってしまう。その態度に角田は彼氏に対する気持ちが冷えてしまい、悩んだ末に別れるが、彼氏は自殺し、角田が仕事で製作するポスターには謎の染みが印刷されるようになる。 その染みをルーペで拡大すると、そこには「あやまれ。あやまれ。あやまれ。…」という無数の文字が。最初は、角田に対し、彼氏の霊が「自分に謝れ」とメッセージを送っているのではないかと考えられたが、榊に相談した芦沢は、その占い師が「ヤバい」人物であることを聞かされ、彼氏の霊は「占い師に謝れ」というメッセージを送ってるのではないかということに気がつく。 しかし、時すでに遅く、角田に連絡を取ろうとした前夜、角田は突然悲鳴を上げて車道に飛び出し死亡していた。そして瀬戸までが同じ死に方をし、瀬戸に榊の言葉を伝えなかった芦沢は深い後悔を抱いていた。 そして、芦沢はこの話を掲載し、読者から占い師の情報を集めようとするのであった。 文字で染みを作るという物理的な霊障は、なかなかにインパクトがある。謎の占い師は、この後の物語にも関係していて、そのあたりのつながりも面白い。 1点だけ引っかかったのは、「少なくとも早樹子はあの占い師を怒らせてはいなかったはずだ」という芦沢のコメント。「絶対に別れたらいけない」と占い師に言われたのに、瀬戸も彼氏とその後別れていたのだから、占い師にそういうことを察知する能力があるなら怒らせる理由としては十分にありえるのでは? 第2話「お祓いを頼む女」…★★
病的な平田の言動にはとにかく不快感しかなく、霊的な怪異より何より、イカレた人間ほど恐ろしいものはないと痛感させられるが、ことのあらましを聞いただけで一瞬で事件の真相を見抜く榊の推理力には感服。 第3話「妄言」…★★
この作品のどんでん返しも面白い。が、前作の平田同様、前原の狂気的な様子に対する不愉快度が異様に高い。煽りすぎといってもいい。前原の異様な言動は、彼女の無意識的な予知能力によるものというオチがついたところで、すっきりしないのがこの作品の難点。 第4話「助けてって言ったのに」…★★ これも面白い。しかし、結局「火事の夢」を見る原因が突き止められないまま終わってしまっているし(あらゆる伏線を回収する最終話でも触れられていない)、智世の夫が気づいた静子と智世の共通点というのも正直しょうもない。せめて夫の罪を公に明らかにしてくれれば、多少スッキリ感があったかも。 第5話「誰かの怪異」…★★ アパートに現れる女の霊という話は特に珍しいものではなく、オチも特に意外性のあるものではないが、榊の話によって、芦沢の中の犯人像や解釈が色々と変わっていく様子は面白い。終盤がちょっと分かりにくいか…。 最終話「禁忌」…★★
ほぼ全ての伏線が回収される結末。謎の占い師が関係するのは最初の2話のみかと思いきや、やはり全てに関係していた。
紙のカバーを掛けて読んでいたので表紙は見ていなかったが、もしやと思って確認してみたら、裏表紙に例の「染み」がしっかり再現してあった(ルーペを持っていないので拡大してみていないが、おそらく例の文字で作られたものだろう)。こういう遊び心は好きだ。 |
『ノースライト』(横山秀夫/新潮社)【ネタバレ注意】★★★ 「このミス」2020年版(2019年作品)2位作品。帯にはデカデカと「本屋大賞ノミネート!」の文字が。2020年4月7日に発表された結果では、本作は4位で大賞は逃している(1位の大賞は『流浪の月』凪良ゆう/東京創元社)。「このミス」ランキング上位20作品の中では本作がトップで、「このミス」1位の『medium霊媒探偵城塚翡翠』は6位。それ以外の作品はノミネート(10作品)もされていないということで、本作にはそれなりに期待して良さそうだ。
一級建築士の青瀬稔は、インテリアプランナーのゆかりと結婚し、日向子という娘にも恵まれ、一見幸せな日々を送っていたが、コンクリート打ちっぱなしの洋風建築を得意としていた彼は、和風のマイホームを望むゆかりと対立し、さらにバブル崩壊の余波で仕事を失ったことからさらに溝が深まり離婚することになる。 このあたりまでで全426ページ中の90ページくらい。ここまではミステリーっぽくて、まあまあ楽しめる。ただし、主人公の青瀬にはなかなか感情移入できない。 青瀬が設計した自宅の完成をあれほど喜んでいた吉田が、その後一切の連絡を寄越さず、しかも実際には住んでいなかったことに怒りを感じている青瀬の気持ちは理解できないことはない。しかし、その吉田邸が空き巣に入られたことを警察に届けるべきだという岡嶋に対し、それを頑なに拒否して、淡々と業者に壊された鍵の交換を依頼する青瀬の態度は腑に落ちない。かなり病んだ感じの主人公だが、この後の展開は大丈夫だろうかと不安になる。
S市が計画している画家の藤宮春子の博物館「藤宮春子メモワール」の建設コンペへの参加を青瀬に内緒で岡嶋が狙っていることを知った青瀬は、自分を外そうとしているのではと疑う。
岡嶋の青瀬外しの心配は杞憂に終わったが、岡嶋の野心の印象は、自分の息子のためとはいえ、読者としてはあまり気持ちのいいものではなかった。
岡嶋の賄賂行為が記事になり、コンペから下りることになって意気消沈する岡嶋設計事務所のメンバー。さらに岡嶋は胃と十二指腸の潰瘍のため入院するが、病院の窓から転落死する。当然のように周囲は自殺と考えたが、青瀬は岡崎が残したスケッチを見て、メモワールを諦めていないことを知り、事故死と確信していた。
あまりにも退屈な展開に、これはもう★二つ確定かと思っていたところで、341ページの岡嶋の死で潮目が一気に変わる。岡嶋の遺志を継ぐべく必死でプランを作り上げていく事務所メンバーの熱意には感動を覚える。そして、ライバルの名前で世に出ることになったとはいえ、岡崎のプランが採用されそうな展開は文句なし。 |
2020年7月読了作品の感想
『蟻の棲み家』(望月諒子/新潮社)【ネタバレ注意】★ 「このミス」2020年版(2019年作品)19位作品。この著者の作品を読むのは初めてである。 プロローグ…1991年生まれの吉沢末男はシングルマザーの毒親に犯罪を強制されて育つ。なんとか就職したものの、母親の借金と、身に覚えのない自分の勤務先での手提げ金庫の盗難が明らかになり、このままでは会社にいられないと末男は考える。
第1章…蒲田署管轄内のゴルフ場近くで顔を潰された男の死体が発見される。同時に東中野のコンビニ近くの路地裏で身元不明の若い女性の射殺体が発見される。その4日後には、神崎玉緒の住むアパートの部屋で22歳の座間聖羅という売春で生計を立てていたシングルマザーの射殺体が発見される。やがて身元不明の遺体は、森村由南という風俗嬢であることが判明。森村の幼い息子がスーパーで大量の万引きをしたことがきっかけだった。
ここまでで65ページ。とにかく内容が胸くそ悪い。プロローグの毒親の話から始まって、本編に入ったらいきなり死体が3体。うち2人は同情の余地のない屑な生活をしていたシングルマザー。
愛理は、妹の借金を背負ったことで行き場のなくなっていた末男を翼に紹介する。翼は大手広告代理店の修飾への就職も決まっている順風満帆なイケメンであったが、怪しげなビジネスで裏社会とつながり稼いでいたが、街金から借りた莫大な借金に頭を悩ませていた。
ここまで150ページ。翼という人物が全く理解できない。頭が良いのか、悪いのか。
199ページ全体の6割あたりまで来たところで、犯罪グループ関係者があっけなく全員逮捕。翼と末男の証言は真っ向から対立するが、警察は、山東海人殺害についてアリバイのある末男よりも容疑が強い翼を、女性連続殺人の犯人と断定して捜査を進めていく。
翼、末男、愛理の逮捕後、やっとそれなりに読めるような内容になっていく。どうやらこの話のテーマは「命の重さは平等ではない」というダークなもののようだ。キレイ事を言っている人々を見下している筆者の姿勢が作品の端々に窺える。 |
『ビブリア古書堂の事件手帖U〜扉子と空白の時〜』(三上延/メディアワークス)【ネタバレ注意】★★★ なぜか「このミス」 にまったくランクインしないこのシリーズもついに9作目。8作目は栞子の娘の扉子が登場し、タイトルから通し番号が消えた。主人公交代でシリーズ継続と思われたが予想通り。ただし、タイトルに「U」が付いたのはなぜか今回から。前回は様子見だったのか。再販分から前作に「U1」、本作に「U2」と付くのかも。 プロローグ…扉子は祖母の智恵子に呼び出される。父の大輔が記録している事件手帖の2012年版と2021年版を見せてほしいというのだ。父の許可を取って待ち合わせ場所で扉子はその事件簿を読み始める。 第1話
横溝正史『雪割草』T…2012年、栞子は井浦清美という女性から、亡くなった伯母の上島秋世のもとから盗まれた横溝正史の幻の作品『雪割草』の行方の調査を依頼される。
いがみあう姉妹が、幻の本読みたさに奇策を練って実行する展開にはかなりの無理を感じるが、普通に満足できる作品である。 作中、何度も大輔の口から語られるように、横溝作品風の不気味な雰囲気を出そうとしているが、そのような雰囲気は特に感じられず、良い意味でいつも通りである。 第2話
横溝正史『獄門島』…小学3年生の扉子は、古書店「もぐら堂」に取り置きしてある『獄門島』で読書感想文を書くことを楽しみにしていた。
どこかに悪意がありそうで、実はまったくないという、閑話休題にぴったりのエピソード。扉子の探偵ぶりがなかなか様になっている。 第3話
横溝正史『雪割草』U…井浦初子が自分の蔵書をビブリア古書堂に売ってほしいという遺言を残して亡くなったという連絡が入る。 まあ、後味の悪い話ではあるが、9年後には創太を許せるかもしれないという乙彦の態度が、この話の救いになっている。ミステリとしては申し分ないと思う。
エピローグ…事件手帖を読み終えた扉子の前に祖母の智恵子が現れる。聡明な扉子は、智恵子の扉子を呼び出した目的が、この事件手帖を扉子に読ませることにあることに思い至る。
要は、智恵子が扉子の聡明さをテストしたという話だったということ。物語としてはよくできていると思う。 |
『まほり』(高田大介/角川書店)【ネタバレ注意】★★★
「このミス」2020年版(2019年作品)19位作品。読了まで大変だった『蟻の棲み家』とまったくの同点作品なのでちょっと心配だったが、amazonの評価が非常に高いことを知り、ちょっと期待値が上がった
。
第1章「馬鹿」…都会育ちの長谷川淳は妹の療養のため家族と山村に越してきたが、地元の子供たちに馬鹿にされないよう一人で沢に登り、山女魚を釣り上げて認めてもらおうとしていた。
第2章「説話の変容」…大学4年生の勝山裕は、大学院の社会学研究科を目指し、他の学生とはろくに交流も持たず研究に没頭していたが、「都市伝説の伝播と変容」というテーマに取り組もうとしている卒研グループ研究の一派から助けを求められる。
第3章「蛇の目」…裕は加藤の紹介で、その話を彼女に話した田淵佳奈という別の大学に通う女学生から詳しい話を聞くことができた。
第4章「帰郷」…裕は帰郷先の町の図書館で調べものに行き、そこで司書のバイトをしていた中学時代の塾の同級生・飯山香織に再会する。
第5章「神楽」…夏休みに入ると淳の曾祖母の家には親族の一部が集まり始めた。祭りの屋台で鍋いっぱいのおでんを買ってくるように頼まれた淳は、神社の境内で剣舞のような舞の奉納が行われているのに目を奪われる。
ここまでで全492ページ中の114ページ。現代にひっそりと息づいている山村の謎の因習の不気味さ、山奥のお堂に隠された謎、そして、それらの謎と主人公の出生の秘密との関係…。冒頭から面白すぎる。 第6章「縁起の転倒」…香織が伝手をつないでくれた歴史民俗博物館の学芸員・朝倉氏から神道と仏教の関係について持論を聞く裕。 ここには本作のこの後の展開の伏線になっている重要な要素が色々と含まれていると思われるが、自分も含め多くの読者には少々難解で辟易するかも。京極夏彦作品を思い出す。 第7章「井戸」…裕は香織と共に佳奈たちが小学生時代に訪れたお堂をついに発見する。穴の中は暗く、人影も像もなかったが、二重丸の札が祠の内壁を埋め尽くしている様子に二人は不気味さを感じる。 第8章「戒壇石」…裕はお堂の穴が古い墓ではないかと考える。そして車が停めてある所まで戻ってきた二人は、車を覗き込んでいる少年の姿を見つけるが逃げられてしまう。 第9章「資料館」…郷土資料館員の古賀から神社の由緒について問い合わせる裕。古賀は山寺の戒壇石のことも知っていた。古賀は、当時の飢饉の様子を様々な文献を挙げて教えてくれた。 第10章「巣守郷」…裕は香織と共に「こんぴらくだり」の支流筋からは尾根一枚向こうにあたる典型的な山間離村である巣守郷(うろもりごう)を目指した。途中の山道ですれ違った軽トラの老夫婦から不躾な視線を送られ憤慨する二人。 第11章「琴平、毛利」…ついに邂逅した裕と香織と淳。淳は裕たちに村ぐるみの虐待を訴える。 第12章「古文書」…悠は古賀から飢饉の時に口減らしのため全国で子殺しが行われていたことを聞く。そして、そのことを「山芋掘り」とか「蟹取り」とかいった言葉で言い換えていたことを知る。 第6章がさらにエスカレートしたのが第9章や第12章。やり過ぎ感のある延々と続く古文書の解説に、興味のある読者は楽しめるかもしれないが、アカデミックな内容が苦手な読者には少々苦痛かも。 第13章「翻刻」…裕は「毛利」の原型を「毛保利」と考え、子間引きの忌み言葉「芋掘り」の転訛ではないかと古賀に提案するが、古賀には恣意的な読み方だとたしなめられる。 第14章「市子」…裕に香織から緊急連絡が入る。淳が巣守郷の住宅に不法侵入したことで警察に補導されたという。 淳の父親が、裕に香織との関係を問いただし、裕がしどろもどろになるところから、裕の香織への告白、そして香織が勝ち鬨をあげて帰って行くという流れとなる一連のシーンは秀逸。ここまでの緊迫感が良い感じで和らぐ。 第15章「まほり」…飢饉によって子殺しが発生、そこから片目になりながらも生還した子供を巫女として養育するということがあったという話が、飢饉が連続したことで、片目の巫女を立てることで飢饉に対応しようとした、という因果関係が逆になっている文献があることに気がつく裕。つまりそれは、意図的に片目の巫女を用意したということに…。 第16章「孟蘭盆」…巣守で例の廃屋が証拠隠滅のため燃やされていることに驚く淳。隠されていた自分の自転車の残骸が見当たらなかったことから捨てられたと考え、捜索の末、何とか発見する。 第17章「奪掠」…裕と香織は淳を救出し、少女が目をえぐられる儀式を行うであろう毛利神社を目指す。 第18章「形見」…香織が気にしていた裕のお守りの中には亡くなった戸籍のない母親の形見が入っていた。それは蛇の目が描かれた義眼であった。裕の母もまさに毛利神社で目を奪われた巫女だったのだ。
裕の母親の正体については、多くの読者が相当前から見当をつけていたであろう。もう少しここで読者が衝撃を受けるような工夫が欲しかったところ。 |
2020年8月読了作品の感想
『凍てつく太陽』(葉真中顕/幻冬舎)【ネタバレ注意】 ★★
「このミス」2019年版(2018年作品)9位作品。終戦間際の昭和20年の北海道を舞台に、特高警察と連続毒殺犯「スルク」の戦いを描くという、何となく重々しそうなあらすじに、ちょっと抵抗があってなかなか手を付けられなかった作品だったが、いざ読み始めると意外にもペース良く読める。
序章「潜入」…昭和19年12月、日崎八尋は室蘭港の軍の支配下にある軍需工場で石炭を運ぶ人夫として働いていた。八尋は特高警察の刑事であるが、彼が暮らしているのは朝鮮人が集められた飯場。1か月程前に脱走が不可能なはずの飯場から抜け出した大山という人夫がいたことから、その逃走経路を探ることが彼に課せられた任務であった。
第1章「毒牙」…昭和20年1月、室蘭で軍需工場を統括している金田少佐と、朝鮮人人夫を仕切っている棒頭の伊藤は、遊郭の座敷で遊んだあと、芸妓の菊乃と月見に出掛ける。
ここまでで129ページ。アイヌ絡みの物語ということで、頭の中のビジュアルは完全に『ゴールデンカムイ』であるが、そういう読者は多いのではないか。
八尋は、自分が騙していた京子に謝りに行った後、独断で愛国第308工場の調査に向かう。工場裏の高台で設楽という男の遺体と、金田と伊藤の殺害現場にあったものと同様の血文字を発見するが、事件はもみ消される。
第2章「使命」…ドイツの降伏が伝えられた日、八尋に無期懲役の判決が下されたことを知らされる三影。三影は、は八尋逮捕の経緯を思い出す。
第3章「雷神」…三影は東堂たちの活動をつかみ、「雷神作戦」と呼ばれるウラン爆弾を使った特攻作戦が行われようとしていることを知る。
終章「敗戦」…敗戦と従兄の偽証が明らかになったことで、殺人と脱獄の罪を背負っていた八尋は裁判で無罪となる。能代と緋紗子、そして「鳥」たち悪党は全員死亡し、東堂が蓄財していた金塊は進駐軍に持ち去られたらしい。
カンナカムイや菊乃、カミサマの正体など、何から何まで先読みできてしまう展開が微妙な感じであったが、スルクの正体が能代であったことだけは予想できなかった。 |