現代ステリー小説の読後評2021

※タイトル横に【ネタバレ注意】の表記がある作品はその旨ご注意を
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2021年月読了作品の感想

『我らが少女A』(高村薫/毎日新聞社出版)【ネタバレ注意】★★

 「このミス」2020年版(2019年作品)15位作品。2019年の8月から読み始めて、2020年1月まで読了するのに4か月以上かかった。こんなに長い時間が掛かった小説は初めてかもしれない。
 もちろん作品の長さ(ハードカバー536ページ)もあるが、正直内容が面白くない。合田雄一郎刑事シリーズの6作目となる本作で、4作目の『太陽を曳く馬』以外はすべて読了したが、心から感動できたのは1作目の『マークスの山』だけで、あとは今ひとつの印象の作品が続いていた。その中でも本作は特に厳しいと思う。

 主人公は、これまで通り合田だが、警察大学校の教授となっている彼は捜査に積極的にかかわるわけではない。かつて関わった事件の進展と、元妻の兄で大学の同期だった判事の加納祐介の病を気に掛けている人物として登場するのみである。
 2005年の暮れに起きた合田が捜査に関わっていた未解決事件は、元美術教師・栂野節子が府中市の野川公園で何者かに殴られて死亡したというもの。
 2017年春、女優志望だった上田朱美が同棲していた男に殺害され、彼の証言から朱美が2005年の事件現場で拾った絵の具のチューブを持っていたことが判明し、警察は再捜査を始める。
 朱美の同窓生だった、現在は駅員の小野雄太、節子の孫の佐倉真弓、当時真弓のストーカーで容疑者扱いされた浅井忍、そして節子の娘で真弓の母である栂野雪子、朱美の母の亜沙子、忍の父の浅井隆夫らの人間模様が淡々と語られていく。

 昨年読了した『蟻の棲み家』ほどではないが、不幸な家庭、不幸な夫婦ばかりが登場し、皆がそれぞれに悩みを抱え、苦悶する様子が延々と語られるのに付き合うのは苦痛以外の何ものでもない。
 登場する不幸な人物たちの誰にも感情移入できないのは、読み進めるペースが落ちた一番の原因だと思う。
 結婚間近な雄太からは、幸福感よりもけだるさしか感じられないし、異様なまでに事件に興味を持ち、事件の真相を解明してやろうとかではなく、単なる興味本位で、かつて自分につきまとっていたADHDの忍や性的倒錯者の玉置悠一に積極的に関わっていこうとする真弓に対しては大きな違和感しかない。忍の持っていた事件当時の画像を、相手が知り合いばかりとは言え、のんきに拡散するなどどういう神経なのか理解に苦しむ。
 完全に別世界の住人である忍の頭の中の描き方は凄いとは思うが、やたらと現代のゲーム事情に詳しい筆者の若さアピールが途中から鬱陶しく感じるのも事実。
 由紀子も亜沙子も隆夫もその妻も、登場人物はみんな病んでいて、読んでいて不愉快でしかない(自分には彼らの心に寄り添ってやろうなどという心の余裕はない)。
 作品のちょうど真ん中あたりで登場する、かつて朱美につきまとっていて、現在広告代理店に勤める玉置悠一の登場は、彼が真犯人だった場合炎上確定だったが、さすがにそれはなかった。それでも多くの読者の不愉快さを十分に増幅させてくれた。

 事件が劇的に進展することは最後までなく(本当に最後まで事件の核心は何も明らかにならない!)、事件に関することが本当に少しずつ明らかになっていくだけの作品である。
 ネタバレになるが、はっきりしないとは言え一応明らかになった事件の真相はというと、どうやら節子に呼び出されていた朱美が、悠一などとの交友関係を注意してきた節子に対し、つい感情的になって衝動的に殺害してしまったというもの。そして、そのことに何となく気がついていた母の亜沙子は、これまでずっと見て見ぬふりをしてきたということのようだ。

 本作は新聞に1年間連載されていた連載小説ということだが、このハードカバーの読者も含め、最後まで我慢して読み続けた読者はこの結末に納得できるのだろうか。
 結局印象に残ったのは、事件の真相よりも、やっと社会に対応しかけていた忍がラストシーンであっけなく交通事故で死んでしまうところ。これは必要な展開だったのだろうか。これで本当に救いのない話になってしまった。最後の最後で「小野雄太は、夏には父になる」と結んだところで、まったく報われない。

 それぞれの登場人物の描き込みの緻密さには感心するが、それを楽しめるかどうかはまた別の話である。
 筆者は、平成という時代の終盤の10年あまりの世相を、当時存在した典型的な様々な種類の人物を作品中に配置することで描きたかったのだろう。そういうものを振り返りたいという願望のある読者(舞台となった地域周辺に土地勘のある人ならなおさら)はそこそこ楽しめるだろうが、自分も含めた、そうでない読者にとっては、やはり苦痛でしかない。

 個人的な3段階評価は1.7くらいで★2つ。5段階評価なら2.8くらいか。普通の人にはお勧めしかねる。

 

『逆ソクラテス』(伊坂幸太郎/集英社)【ネタバレ注意】★★

 「このミス」2021年版(2020年作品)15位作品。奇しくも前回読了作品と同じ「このミス」15位作品を選んでしまった。
 久しぶりの伊坂作品だが、過去に読了した作品は13作。そのうち4作が★3つ。残りが★2つで、★1つはゼロということで、期待して読み始めた。直前に読了した『我らが少女A』と比べると格段に読みやすく、周囲の先入観をひっくり返し逆転を狙う少年たちを描くという内容も読書感想文の課題図書っぽくて悪くない。「僕は、そうは思わない」という言葉で、いじめや差別に立ち向かおうとする話も好きだ。
 しかし、この作品のようにいじめや差別をテーマにした作品というのは、最後がどれほどハッピーエンドであっても、その過程で描かれる不愉快なシーンの印象が強すぎて正直気持ちよくない。
 全国で成人式の行われた日に読了したのだが、いじめられて自殺した子の親が肖像画を持って成人式に参加したというニュースがネット上に上がっていて、そのニュースに対するコメント欄には「加害者は平気な顔をしてのうのうと人生を謳歌している」とか「いじめは犯罪として加害者が処罰されるべき」といった言葉が並んでいた。
 まさにその通り。ちょっと反撃したところで相手にたいしたダメージが与えられていない本作のような展開では、多くの読者はまったくスッキリできないだろう。個人情報が公表されていない悪人の情報を「ネット特定班」と呼ばれる人たちがあっという間に突き止め、公衆にさらして叩きまくる時代。そういう現状に慣れている現代人には少々パンチが足りないように思う。
 あと、感心してしまうような賢い少年も登場するが、後先考えずに突っ走って読者をいらつかせる少年も登場する。バランスをとろうとしたのかもしれないが、子どものこととはいえ、こういう人物にも共感できない。子どもだけでなく、駄目な大人も多数登場するが、もちろんこれらはさらに不愉快。
 また、表題作の5つの短編は軽くリンクしているのだが、そこに結末でもっとはっとする仕掛けがあっても良かったのではと思う。いつも緻密な伊坂作品らしくないと思う。

 「逆ソクラテス」…主人公に「僕は、そうは思わない」という言葉を教えた安斎が、主人公たちと先生の誤った先入観を打ち砕こうとする話は好きなのだが、大人になった安斎はチンピラみたいになっていたというオチは、いくら現実社会が厳しいとはいえ、あんまりである。

「スロウではない」…ドン・コルレオーネのものまねをしている少年たちが面白く、転校してきた高城かれんがいじめられっ子ではなく、実はかつていじめっ子だったというオチも冴えているのだが、渋谷亜矢の存在はやはり不愉快。
 しかも彼女にほとんどダメージを与えられないまま話は終了。同じタイプの子にいじめられた経験のある子は気分が悪くなるのでは。「敵を憎むな」と言われても…。

「非オプティマス」…集団で授業中にカンペンケースを落とす騎士人をはじめとする子どもたち。それを注意できない教師。もう最初から不愉快全開である。
 騎士人の弱みをつかもうと騎士人の向かったゲームセンターに何の思慮もなく行ってしまい、自分が警察官にとがめられてしまう福生にもいらつく。
 ただし、有名企業に勤めている騎士人の父の大切な顧客の一人が福生の母であることが判明する結末はなかなか。そして、いつも同じ服を着ていて貧乏人と見られていた福生が実は裕福で、その服を着続けている理由が、父親が買ってくれたものだったからというオチは秀逸。

「アンスポーツマンライク」…冒頭の、いつも怒鳴り散らしているミニバスの老コーチを黙らせる三津桜の母の話は爽快。しかし、その後は…。
 バスケ好きな高校生が刃物を持った異常者を取り押さえ、その6年後、またその犯人と対峙する主人公たち。あまりにご都合主義で、期待していた犯人の事件背景についても何も語られず、たいしたオチもなく終わる。

「逆ワシントン」…登校してこない友人が自宅で義父に虐待されているのではないかと考えた主人公たちが、クレーンゲームでドローンを入手し、友人の自宅の部屋を覗こうとする話。
 落下したドローンを見つけて子どもたちに土下座をさせようとする原付バイクの男がただただ不快。結局虐待の事実はなく、最後まで感心させられるような展開はなく、前作「アンスポーツマンライク」で、バスケ動画で人気ユーチューバーになっていた駿介が、今度はプロのバスケプレイヤーになっていたというオチは、あまりにできすぎていて感動できない。

 子どもにはそこそこの良書として勧められるが、大人にはちょっと…。個人的な3段階評価は2.2くらいで★2つ。5段階評価なら3.7くらい。

2021年2月読了作品の感想

『透明人間は密室に潜む』(阿津川辰海/光文社)【ネタバレ注意】★★★

 「このミス」2021年版(2020年作品)2位作品。 この作者の作品を読むのは初。斬新なタイトルと、2位という順位に期待はふくらむ。本作は表題作を含む4編からなる短編集である。

「透明人間は密室に潜む」…「透明人間病」という病によって、普通に透明人間が存在している世界。当然ながらその患者は犯罪を犯さないように体を化粧等で非透明にすることを義務づけられている。
 その透明人間の1人である主婦の内藤彩子が、透明化を防ぐ薬品を開発している研究者を殺害を計画し、妻の行動に不信感を抱いた夫の謙介に依頼された透明人間の探偵が調査を開始する。結局殺害自体は止められなかったものの、密室に透明状態で隠れた妻を発見し、逮捕に至らせるという物語。
 真犯人は内藤彩子ではなく、渡部佳子という内藤家の向かいの部屋に住んでいたメイクアップアーティストであった。
 彼女も彩子同様に透明人間で、暴力を振るう夫の渡部次郎を殺害し、彩子も殺害して、彩子になりすましていたのだ。犯行の動機は、このことが新薬の普及によってばれることを防ぎたかったからというものであった。

 前代未聞の透明人間が日常に存在する世界。これは面白そう。透明化が犯罪に結びつくことは容易に想像できるが、透明人間に対するDVの増加や、血液まで透明なため適切な医療が行えないという問題が発生しているという視点にも感心。
 ただ作中の犯人の動機・事件の真相はあまりにつまらなくはないか。いくら犯人がメイクアップアーティストだったとしても、他人と入れ替わって化粧だけで他人の夫をだまし続けられるのものだろうか?
 この世界観を活かすなら、もっと面白そうな話はいくらでも作れそうな気がする。

「六人の熱狂する日本人」…アイドルグループオタクの2人が喧嘩の末、殴られた方が死亡してしまったという事件について、審議をするために集まった陪審員6名と裁判長と判事補、そして主人公の判事が登場。
 審議を終えて、これから判決を決める評議に移る段階になって、陪審員6名が、実はアイドルオタク、またはそれに類する人間であることが明らかになっていく。
 そして彼らが議論を重ねていくうちに、事件の真犯人がアイドルグループの一人、御子柴さきではないかという、警察すらもたどり着けなかった真相が明らかになる。
 しかも彼らは、御子柴さきを守るために容疑者のオタクを有罪にしようとする。評決は多数決であり、しかもそこに職業裁判官が含まれていなくてはならないというルールがあるため、不正は行われないだろうと安心していた主人公であったが、なんと裁判長の口から出た言葉は「有罪」。陪審員たちは歓声を上げ、唖然とする主人公。
 裁判長も、御子柴さきを愛してやまないアイドルオタクだったのだった。

 多くの登場人物のやりとりが少々分かりづらい。アイドルオタク事情を知らない読者にはさらに分かりにくいかもしれない。それを除けばまあまあ面白いかも。

「盗聴された殺人」…大学の先輩・大野が所長を務める小さな探偵事務所で働いている山口美々香。彼女には人一倍聴力に優れているという能力があり、推理力のある大野とのコンビで、これまでいくつかの事件を解決してきた。
 そんな時、国崎昭彦から浮気調査の依頼があった妻の千春が何者かに殺害される。美々香は自分たちが仕掛けた盗聴器に記録されていた音声の中に、大野には聞こえず自分だけが聞こえる不協和音があることに気がつく。
 その音の正体を調査中に、実は真犯人だった同僚の深沢が犯行に気づかれたと勘違いして美々香を襲うが、警官を連れて駆けつけた大野によって助けられる。

 不協和音の正体は加湿器とFAXの作動音だった。真犯人が犯行現場を本来の寝室からリビングに偽装しようとしたことで、リビングにあったFAXの音が美々香にしか聞こえなかったというオチ。大野と美々香の微妙な関係もライトノベル好きな読者にはウケそうだが、そこまで感銘を受ける作品ではない。

「第13号船室からの脱出」…脱出ゲーム企画会社「BREAK」が、推理小説家の緑川史郎とコラボして「名探偵・櫻木桂馬 豪華客船からの脱出!」というテストプレイイベントを企画。
 そのスポンサーの一人の息子ということで弟のスグルと共に招待されていた高校生のマサルは、そのイベント中に偽装誘拐事件を起こし、父から家出資金を巻き上げようと計画していた(実際には父に仮想通貨を購入させて相場が上がったところで、事前に安く購入していた自分が高く売り抜けるという作戦)。
 しかし、マサルから依頼を受けた中国人の船員が誘拐して閉じ込めたのは、マサルの同級生で招待プレイヤーとして参加していたカイトであった。カイトはスグルと共に行動していたためマサルと間違われてしまったのだ。
 しかし、カイトは優れた頭脳でゲームの謎をすべて解き、閉じ込められていた船室からも無事脱出。計画が狂いながらもカイトのふりをしてゲームに参加し続け、偽装誘拐を成功させようとしていたマサルであったが、何者かがマサルの名で最速で正解を提出したせいでマサルが優勝してしまい、偽装誘拐は失敗に終わる。
 マサルの計画を邪魔すべく、すべてを仕組んだのはスグルであった。マサルはもちろんカイトをも超えた頭脳で計画をやりきったことが最後に明かされる。

 マサルのあまりに大雑把な偽装誘拐計画や、鏡のトリックやメモに隠された頭文字のトリックなどの初歩的でバレバレのネタなどは気になるが、トータル的には「参りました」レベル。実写ドラマ化されそうな完成度。
 まったく毛並みの異なる短編を4作揃えたのはお見事。4作目は特にオススメ。個人的な3段階評価は2.7くらいで★3つ。5段階評価なら4.5くらい。

 

『Anotherアナザー2001』(綾辻行人/角川書店)【ネタバレ注意】 ★★★

 「このミス」2021年版(2020年作品)3位作品。
  シリーズ3作目であるが、過去の2作をほぼ覚えておらず、本作のパート1チャプター2を読了した時点(88ページまで/全体の約11%)で、その関係性を把握していないことに不安を覚えたので、自分がこれから読書を進めていくための参考メモとして、過去の自分の読書記録をまとめ直して以下に転載しておく。
 登場人物欄は、パート1を読了した段階(235ページまで/全体の29.5%)で加筆した。自分の読書記録を読み直して、本作に登場する人物が前作に多数登場していたことに驚かされた。それくらい前作の登場人物をすっかり忘れていた。

 シリーズ第1作は、2010年3月に読了した『Another』。「このミス」2010年版(2009年作品)の3位作品であった。

 両親のいない15歳の少年・榊原恒一は、中学3年の4月に東京を離れて夜見山市にやって来るが、転校先の夜見山北中学に登校する前に自然気胸を発症し入院することになる。彼はある日、病院で見崎鳴という不思議な少女に出会う。5月に入って退院し、叔母の怜子に夜見山北中学に伝わる七不思議と、そこでの心構えの一部を聞かされる。その翌日に初めて夜見山北中学に登校した恒一は、教室の窓際の席に鳴の姿を見つける。病院帰りに見つけた人形ギャラリーに興味を持った恒一は、そこが鳴の自宅であることを知る。
 恒一は、鳴から夜見山北中学で26年前に起こった出来事について聞かされる。3年3組にいたミサキという名の人気者が事故で亡くなった後も、クラスのみんなが、その生徒が教室にいるフリを続けたところ、卒業式の記念写真に写るはずのないその生徒が写り、翌年から3年3組では、教師や生徒、その家族に理不尽な死を迎える者が連続したというものであった。そのような「災厄」が「ある年」なのか「ない年」なのかは「クラスの人数が誰も気が付かないうちに1人増える」ことで分かるという。「ある年」には、4月の新学期に向けて用意された机がなぜか1つ不足する。誰かが1人余計なのだが、それが誰にも分からない。増えた本人すら気が付いていない。誰の作為でもなく「現象」としてそういうことが起きるのだ。関係者全ての記憶がいつの間にか改ざんされ、名簿などの文書記録まで自然に書き換わってしまうというとんでもない「現象」が、この中学では26年前の事件以降続いているのである。
 その「災厄」に対しては、防御策として生徒・教師全員が、クラスの誰かをとりあえず「いないもの」として振る舞うことが有効であることが明らかになっており、今年は「ない年」だと思われていたのに死者が出たため、5月1日から「鳴をいないものとする」ことがクラスで決められた。しかし、それでも死者が増え続けたことで、クラスは急遽「恒一もいないものとする」という決めごとを実行に移す。
 その増えた人間の正体は、過去にこの「災厄」によって死んだ人間がランダムに現れたものであり、卒業式後いつの間にかいなくなることで、その人物が「死者」であったことが判明する。それもきちんと記録に残しておかないと関係者の記憶はどんどん薄れていき、誰が「死者」だったのか完全に分からなくなってしまうという。
 26年前の3年3組の担任だった司書の千曳を訪ねた恒一に、千曳は「災厄」の歴史を語ってくれた。そして、怜子が3年3組の生徒だった15年前も「ある年」だったことが判明する。15年前に死んだ恒一の母は、怜子の関係者として「災厄」に巻き込まれた被害者の1人だったのである。そして怜子は、その年、「災厄」が途中で止まったことを思い出す。
 15年前にどうやって「災厄」が止まったかを何とかして知りたい恒一は、そのきっかけとなったと思われる、その年の夏休みに行われた合宿中に起こったことを怜子から聞き出す。「災厄」を止めようと、15年前と同じ日程で合宿を計画する担任代行の三神。そんな時、怜子の同級生の松永という男が、「災厄」の止め方を記録した何かを教室に隠していたことが分かる。7人目の犠牲者が出た日の前日、恒一は、旧3年3組の教室から松永の告白を録音したテープをついに発見する。彼の告白によれば、彼が誤って殺してしまった生徒の死体が消失し、みんなの記憶からその生徒の記憶までもが消えた後「災厄」が止まったというのだ。つまり、彼が殺した生徒こそ「災厄」の元となる4月に紛れ込んだ「死者」であり、「死者」を殺すことによってその年の「災厄」は止まるというルールが明らかになったのである。
 鳴は、自分が「死者」ではないかと心配している恒一が「死者」ではないことは分かっていた。それは、彼女の左の眼窩にある義眼が持つ、死に近い者を特別な色で認識するという特殊能力によるものであった。つまり鳴には、その能力によってすでにクラスに紛れ込んでいた「死者」が誰か分かっていたのだ。分かったところでどうなるものでもないためこれまで黙っていた鳴であったが、「死者」を殺せばその年の「災厄」は止まることが分かった以上、そういうわけにもいかなくなった。
 「死者」の正体は、担任代理であり、恒一の叔母でもある三神怜子であった。4月に「ある年」ではないと判断された、つまり教室の机は不足していなかったのに「現象」が始まっていたのは、教員の方に「死者」が紛れ込んでいたからであり、職員室の机が不足していたのであった。怜子を殺すべく、彼女にツルハシを振り下ろした恒一は、その後気を失った。
 翌日、怜子は最初からいないことになっていた。彼女のことを覚えていたのは、怜子の死に直接関係した恒一と鳴だけであった…。


 「怜子=三神先生」というトリックに気付くことができなかったのは悔しかったが、そのおかげで最後の「どんでん返し」を楽しむことができたとも言える。個人的には高く評価したい作品であったが、引っかかった点もいくつかあった。ちなみに当時感じた「3組を欠番にするという方法を取らなかったのはなぜか?」という疑問については、今回の最新作で「4組が災厄に襲われた」というフォローが入っている。
 まずは、やはり本作品の中核をなす「現象」の設定にあまりにも無理がありすぎる点。「現象」が関係者全員の記憶や文書の改ざんにまで及ぶというのはさすがにきついのではないか。これを拒否してしまうとこのシリーズは成立しないわけだが…。
 それ以外に当時一番気になったのは、結局根本的に問題が何も解決していないところであった。「死者」を殺せばその年の「災厄」は防げるというルールが明らかになっただけで、来年度以降に「現象」がなくなることをうかがわせるようなことは何も描かれていない。「現象」のメカニズムがまったく解明されなかったことも含めて実に後味が悪い。

 第1作読了後には、「死者」を見つける特殊能力を持った鳴が、高校進学後「仕事人」となって、毎年母校に現れる「死者」を探しだし葬っていくという続編のストーリーが浮かんでしまったのだが、今回の最新作はそういう話ではないのだろうか。この能力があれば、とりあえず「災厄」の早期収束が図れてしまうはずだが、この最新作は、なぜこんな長編(797ページ)なのだろう?

 シリーズ第2作は2013年10月に読了した
『AnotherエピソードS』。2013年7月に刊行されたが、「このミス」2014年版(2013年作品)ではランク外だった。

 『Another』のスピンオフ作品である本作では、恒一と鳴が夜見山北中学の3年3組で「災厄」に見舞われた年の夏、鳴が1週間ほど夜見山を離れたときに彼女が体験した話を恒一に語るという形になっている。その話の内容とは、幽霊となった知り合いの青年・賢木晃也と鳴が再会し、彼と一緒に彼の死体を捜したというもの。
 物語の前半は、晃也の視点で語られていく。彼は中学時代、例の災厄で事故に遭い、多くのクラスメイトを失うとともに足が不自由になっていた。そんな彼の生前の最後の記憶は、自宅の屋敷のホールで2階から転落し、姉の月穂と甥の想の目前で息を引き取る場面であった。その後、幽霊として復活した彼は、死の前後の記憶が欠落しており、自分の死の真相を明らかにするため、まずは自分の死体探しから始める。
 そんな時、彼を訪ねてきた鳴と再会する。鳴の左目は「死」を見ることができる義眼であり、その力で自分を見つけてくれたと認識する晃也。幽霊として現れることができる時間と場所は不特定であったが、なんとか鳴の希望の時間に合わせて出現できるようになる晃也は、自分が自殺しようとしていた可能性と共に、姉の月穂に2階から突き落とされたのではという疑いも持っていた。
 そして彼はついに死体の場所を突き止めた。何者かによって巧みに隠蔽された第3の地下室。しかし、その死体のある部屋に出現し、そこから出られなくなった晃也は、あまりの恐怖に半狂乱で助けを求める。その彼を助け出したのは鳴であった。そして鳴は彼に告げる。「あなたは死んでなんかいない」と。
 晃也の幽霊の正体は、甥の小学校6年生の想であった。憧れの晃也の転落死を目撃したショックで、晃也の人格がその中に生まれてしまったのであった。

 実に綾辻作品らしい叙述トリックである。晃也の死の前後の記憶が曖昧なのも、過去の記憶の多くが欠落しているのも当然のことであった。晃也本人ではないのだから。
 ただし、やはり突っ込みどころは多く、月穂と月穂の再婚相手である修司が身内の自殺は名家の不祥事になると考え、晃也の死体を地下室に隠し、彼は旅行に行っていると周りに告げていた件について、警察が介入しつつもニュースにもならず、修司も月穂も逮捕されることがなかったというのは、あまりに不自然。
 また、想に真実を告げないまま彼に付き合っていた鳴が、彼に真実を告げるシーンは確かにインパクトがあるが、彼が晃也の幽霊としてあちこちに出現している時、彼が想を見ていたことがあったし、本来は想である晃也に対し、鳴以外は誰も関心を払わなかったなどという数々の叙述を説明するのは、あまりにも苦しい。
 そして極めつけは、想から鳴に手紙が届くというラストシーン。想が、修司・月穂夫婦から離れ、夜見山市の「赤沢」家に住むことになったことが示されて終わるのだが、多くの読者は「?」という感じではないだろうか。
 夜見山市という住所については、将来彼が夜見山北中学に進学するかもという、続編が作られたときの前振りなのだろうが(予想通り!)、問題は「赤沢」だ。正直「誰?」という感想しか浮かばない。
 前作での重要人物の一人なのだろうと調べてみると、恒一と鳴のクラスメイトで、あの年の「厄災」で悲惨な死を遂げた一人であった。
 小説では目立たず記憶にもないのだが、アニメ版で人気キャラとなり綾辻氏のお気に入りでもあったようだ。アニメ版を知っている人は、このラストに感じ入るのであろうが、小説版しか知らない読者は置いてけぼりではなかろうか。

 そして、第3作となる『Another2001』である。パート1の登場人物は以下の通り。
※赤字はパート2の追加情報

【主人公】
・比良塚想…2年7か月前に母の再婚相手の比良塚家から追い出されて夜見山に帰ってきた夜見山北中学の3年3組の生徒。
 父の冬彦の実家である赤沢本家に引き取られたが、今年の4月から伯父の夏彦が経営する賃貸マンション「フロイデン飛井」5階のE-9の部屋で一人暮らしを始める。同じ5階に住む赤沢泉美に不吉なものを感じている。
 3年3組の生徒になる者が参加する「申し送りの会」で「いないもの」に志願した。3人しかいない生物部の一人。

【主人公の血縁者】
・比良塚月穂…想の母。最初の夫の赤沢冬彦と死別後、10年前に修司と再婚した。
・比良塚修司…想の母の再婚相手。
・比良塚美礼…修司と月穂の間に生まれた想の妹。
・賢木晃也…月穂の弟で想の叔父。想が兄のように慕っていた。3年前の26歳の誕生日に死亡。
・赤沢浩宗…想の父方の祖父。飛井町界隈の大地主。高齢のため隠居している。痴呆気味のせいか「現象」の影響を受けにくいようで、泉美が生きていることに違和感を覚えている様子がある。7月5日の大雨で庭の木が浩宗の部屋に倒れ死亡し、「災厄」の8人目の犠牲者となった。
・赤沢春彦…浩宗の長男。想を比良塚家から引き取った赤沢本家の跡取り。
・赤沢さゆり…春彦の妻。
・赤沢夏彦…浩宗の次男。賃貸マンション「フロイデン飛井」の経営者。
・赤沢繭子…夏彦の妻。夏彦と共に「フロイデン飛井」に最上階に住んでいる。
・赤沢泉美…夏彦と繭子の娘で想の従姉。「フロイデン飛井」5階のE-1の部屋で去年の夏から一人暮らしをしている。
 夜見山北中学の演劇部員で幼い頃からピアノを習っていることもあって部屋にはピアノがある。3年3組の「対策係」の一人。第1作で「厄災」に巻き込まれて死亡しているはずだが…。
・赤沢冬彦…浩宗の三男。想の父。想が生まれて間もなく精神を病んで自殺した。

【ヒロインとその関係者】
・見崎鳴…想の友人。3年前に夜見山北中学の「現象」を体験した夜見山第一高校の3年生。自宅には、人形作家である母の由貴代の「工房m」と、彼女の作品を展示しているギャラリーがあり、鳴は3階に住んでいる。
 かつて左の眼窩に「死」を感じ取る特殊な力を持つ蒼い義眼を入れていたが、最近茶色がかった黒い瞳の義眼に入れ替えた。由貴代は養母であり、由貴代の双子の姉妹である美都代が実母である。
 想が気にしている3年前の「災厄」が止まった理由をなかなか話そうとしなかったが、榊原の殺人という罪を公表するのをためらっているのかと思いきや、「現象」の力によって3年前の記憶を奪われていることが判明。ただし、その出来事の中心に榊原がいたことは印象に残っている。海外にいる榊原との電話によってついに記憶を取り戻す。

・見崎由貴代…鳴の母。霧果は人形作家としての彼女の雅号。
・天根のあばあちゃん…鳴の母方の大伯母。「工房m」の来客対応をしている。
・榊原恒一…鳴の中学時代の同級生で、かつて「現象」についての考え方を鳴と共に想に伝えた。
・見崎鴻太郎…貿易関係の仕事をしており、年中海外を飛び回っている。
・藤岡美咲…鳴の双子の妹。3年前の「災厄」で死亡。
・藤岡美都代…由貴代の双子の姉妹。鳴と美咲の実母。

【夜見山北中学の教員とその関係者】
・神林…夜見山北中学3年3組の担任を務める40歳前後の女性教師。担当教科は理科。
・神林丈吉…神林先生の兄。末期癌で、結香がゴールデンウィーク明けの月曜の授業中に「いないもの」の放棄を宣言した直後に入院先のホスピスで死亡。後にこの年の「災厄」の最初の犠牲者であることが明らかに。
・倉持…夜見山北中学の生物部の顧問をしている教師。
・千曳辰治…現在は夜見山北中学第2図書室の司書。32年前には夜見山北中学で3年3組の担任を務めていた社会科教師であった。「現象」についての考え方を想に伝えた。4月いっぱい一身上の都合で学校を休職していたが復職した。29年前の「始まりの年」から今年度まで「ある年」に「災厄」のせいで死んだ「関係者」の名前や死因、「ある年」に紛れ込んだ「死者」の名前を記録したノートを持っている(これは改ざんの影響を受けないのか?)

【夜見山北中学の生徒とその関係者】
・葉住結香…夜見山北中学3年3組の生徒で茶髪の美人。元演劇部。想に好意を抱いており、トランプを使った籤引きで二人目の「いないもの」を選ぶときに、意図的にジョーカーを引き、想と関係を深めようとした。しかし、想の気を思うように引けず、友人たちからも不吉な存在として避けられるようになったため、精神的に不安定になり、ゴールデンウィーク明けについに「いないもの」の役を放棄してしまう。
・矢木沢暢之…夜見山北中学3年3組の生徒で、想と3年間同じクラス。3組の男子委員長に立候補する。暢之の叔母と想の叔父の晃也は高校時代同級生で、一緒に「災厄」に巻き込まれ、暢之の叔母は死亡する。
・継永智子…夜見山北中学3年3組の女子委員長。5月25日の正午前に強風によって剥がれた体育館の屋根の一部が首に刺さって死亡し、「災厄」の二人目の犠牲者となった。
・幸田俊介…夜見山北中学3年1組の生徒。想が所属する生物部の部長。眼鏡を掛けている。6月25日にムカデに噛まれアナフィラキシーショックを起こし、水槽に頭を突っ込んでガラス片で首を傷つけて死亡し、「災厄」の4人目の犠牲者となった。
・幸田敬介…俊介の双子の弟で3年3組の生徒。テニス部員で眼鏡は掛けていない。6月27日に俊介を火葬する火葬場に向かう途中で車が転落事故を起こし、父の徳夫、母の聡子と共に死亡。「災厄」の5人目から7人目の犠牲者となる。
・江藤留衣子…夜見山北中学3年3組の女子生徒で「対策係」の一人。「いないもの」を二人にすることを提案した。3年前の「災厄」のときに同姓の女子が3年3組に在籍していたことを鳴が覚えていた。後に在籍していたのは、いとこであることが判明。
・多治見…夜見山北中学3年3組の男子生徒で「対策係」の一人。
・森下…夜見山北中学3年3組の生徒。生物部の幽霊部員。
・島村…夜見山北中学3年3組の女子生徒。結香と仲が良かったが、結香と一緒に下校中に自転車との衝突事故に遭い怪我をしたことで、結香を避けるようになる。
・日下部…夜見山北中学3年3組の女子生徒。結香と仲が良かったが、結香と電話で通話中に曾祖母の具合が悪くなったことで、結香を避けるようになる。
・小鳥遊純…夜見山北中学3年3組の女子生徒。夜見山北中学に進学した弟が生物部に入部。
・小鳥遊志津…小鳥遊純の母。5月25日に交通事故に遭い深夜に死亡し、「災厄の」3人目の犠牲者となった。
・牧瀬…夜見山北中学3年3組の女子生徒。控えめで影が薄い。4月から入院する予定があったため二人目の「いないもの」に立候補しようとしたが、結香に邪魔されて実現しなかった。結香が「いないもの」から脱落後、泉美の提案で結香の代わりに二人目の「いないもの」になってもらうことになった。4月以降、病院の内科病棟に入院中。
・青沼…夜見山北中学3年3組の生徒。多治見の幼なじみ。敬介の死後、想に声を掛けてくるように。
・中邑誠也…夜見山北中学3年3組の生徒。サッカー部。敬介の死後、想に声を掛けてくるように。
・福知…夜見山北中学3年3組の女子生徒。継永の親友だった。敬介の死後、想に声を掛けてくるように。

【その他の登場人物】
・夜見山岬…32年前、夜見山北中学3年3組在籍中に死亡した人気者だった生徒。彼の死後も教師や生徒が、彼が生きているように振る舞ったせいで、翌年から「災厄」が始まった。
・仲川貴之…夜見山第一高校の2年生で、「夜見山タウン通信」の発行人の某氏の縁者で、「夜見山タウン通信」の関係者の運転するバイクのタンデムシートに乗っているときに事故に遭い死亡。結香の兄の親友の弟であった。
・碓氷…夜見山市立病院精神神経科の医師。想の担当医。妻を亡くし娘と暮らしている。
・碓氷希羽…碓氷医師の娘。小学2年生。

〈パート1の感想〉
 パート1(全体の約30%)の内容をしっかり理解するためには、以上のような膨大なデータのまとめが必要であった。本書がこのシリーズの初見だという読者はもちろん、前2作を読了している読者ですら、簡単には頭の中で整理しきれないのではないか。
 本書は、読者が主人公とともに誰が「死者」なのかを推理していくのが、犯人捜しと同じ「本格」的楽しみとなっているものだと想像していたが、全体の1割を越えたばかりのパート1チャプター2のラストで、いきなり「死者」の正体が明らかに。その後も何も大きな動きはなかったが、パート1の終盤でついに不幸な出来事が起こり始める。さて、この後どのような展開が待っているのだろうか…?

 とりあえずパート1を読了して思ったこと。面白みのない地味な捜査や、登場人物のどうでもいい過去がダラダラ語られ続けるミステリと比べたら断然面白いのは間違いないのだが、このシリーズには根本的な問題がある。
 読めば読むほど疑問なのは、なぜ30年もの長い間、この異常な状況が放置されているのかということだ。
 いくら他に話を広めてはいけないという雰囲気が関係者の中に蔓延していたとしても、関係者の誰一人としてこの状況を止めようと動かないのはおかしい。少なくとも3年3組の出身者か学校関係者は、次の犠牲者を出さないために、こういう「現象」が起こっているのだということを世間に広めるべく動くのではないか。そういう行動を過去に起こそうとした人物が、ことごとく死亡したという事実があれば別だが、そのような描写は少なくとも本作の中にはない(過去の2作にはあったかもしれないが記憶にない)。3年生から3組の教室だけをなくすなどという生ぬるい対応ではなく、「廃校」を含めた大きな動きにつながるはずではないのか。
 関係者の記憶がすぐに失われてしまうというのなら仕方ないが、「申し送りの会」などが開催されていることを考えれば、学校関係者の中ではきちんと引き継ぎが行われているのだろう。
 自分が3年3組出身者だったら、またこの「現象」のことを知っていたら、引っ越ししてでも絶対に自分の子どもをこの中学には進学させないようにするだろうし、この「現象」を知らずに自分の子どもをこの中学に入学させてしまって、その結果「災厄」で子どもを失ったら、過去の「現象」を知っていながら放置していた学校関係者を絶対に許さない。「非科学的だからどうしようもない」という問題ではない。「申し送りの会」の設定自体が、あまりにのんきすぎる。3年3組の担任を引き受ける教員もいるわけがない。
 そもそも1年間に1つの中学校で特定のクラスの生徒が多数死亡したら、それだけで大ニュースである。まして、それが続けばマスコミが取り上げないわけがない。30年もの間、この異常事態がマスコミにかぎつけられないというのは、この「現象」には、関係者の記憶を改ざんするのみならず、マスコミの取材能力を激減させる力も備わっているに違いない。

〈パート2の感想〉
 パート1の最後での死亡者が「災厄」の最初の犠牲者であることが確定し、幸田家の4人が死亡した時点で「災厄」による死者は7人にものぼった。この幸田家の自動車事故で運転手が1名死亡しているのだが、3年3組の直接の関係者ではないため、これは「災厄」による被害者にカウントされないらしい。関係者だけではなく、無関係の人物が巻き添えで死亡することは過去の作中にもあったのだろうか。ここはちょっと引っかかった。こういうことがあるなら、なおさら「現象」や「災厄」の話は外部に広がりやすいと思うのだが…。
 フラストレーションを感じつつ読み進めていると、それまでの連続する死亡事故以上の見せ場がやって来る。「現象」によって3年前の正確な記憶を失った鳴に代わって、榊原が想に電話で3年前に実践した「災厄」の止め方を伝える場面がチャプター11の452ページから始まるのだ。
 「現象」の力と思われるノイズによって邪魔が入るものの、予想外に的確に榊原の意図は想に伝わる。そして鳴自身にも。すなわち、@年度初めにクラスに紛れ込んだ「死者」を殺せば、その年の「災厄」が止まること、そして、Aその死者を見抜く力が鳴の持つ「人形の目」に備わっていることである。
 この後、さらに予想外の展開が待っている。新しい義眼を「人形の目」に戻し、クラスの集合写真を使って一刻も早く「死者」を見つけようとする鳴の行動に、やっと期待通りの展開になってくれたと安心したのも束の間、写真の中から「死者」である泉美を発見し、想に伝えようとしたその時、二人の目の前に泉美が現れるのだ。そして482ページで躊躇なく想と泉美の前で泉美を「死者」だと断言する鳴。
 「この年には死者が二人紛れ込んでいて、泉美以外のもう一人が想ではないか?」と疑いつつ読んでいたのだが、その可能性を一瞬で排除した直後に泉美本人と主人公の想を前に「死者」を指摘するなんて、この展開は面白すぎる。さすが綾辻行人である。
 しかも「災厄」を終わらせるべく何の迷いもなく釘抜きで泉美を殴り殺そうと彼女を襲う鳴と、最初は必死でそれを止めるものの結局は事実を受け入れ、泉美を自分の手で濁流へ突き落とそうとする想の行動もインパクト大。そして、自分が「死者」であることを否定しながらも、想と同様に思い当たることを次々と思い出し、自ら濁流の中に身を投げた泉美の行動によって、想と鳴以外の人の記憶から泉美の存在が消えてパート2終了。本作最後となるパート3の展開が全く読めない。やはり綾辻行人は凄すぎる。

〈パート3の感想〉
 冒頭、泉美消失の現場に立ち会った想と鳴のみにしか泉美についての記憶がない様子が語られる。泉美が存在していたときに想と一緒に撮った泉美の写真については、写真自体の存在がなくなるわけではなく、想には泉美が見えて、それ以外の人には泉美の姿だけ見えないという現象が起こることが明らかになる(おそらく鳴にも見えるはず)。これは本作からの新しい設定と思われる。
 「死者」についてのさらに新しい設定は、復活期間に「死者」が購入したものが、消失した後も残るというもの。消失後の泉美の部屋に、彼女が買ってあった映画の前売り券が残っていたのを想が見つけて回収するシーンがあるが、これはどうなのか。
 泉美の制服などの衣類は3年前のものをそのまま使っているだろうから大丈夫だろうし、泉美が不要品と見なして捨てたものは関係者の記憶の改ざんで対処できるかもしれないが、食料品が泉美の消失後にそのまま冷蔵庫などに残っていたら、それはかなりまずいと思うのだが。部屋全体にしても、どんなに几帳面な人でもそれなりに生活感が残っているだろうし。映画の前売り券については、「死者」が復活中に強い想いを込めていたものについてのみ残り続けるという設定なのだろうか。
 パート3の序盤では、泉美の亡霊のような描写が2回出てきて読者をドキドキさせる。1回目は泉美の母の繭子を想が見間違えたものだった。2回目は限りなく本物っぽく、想を病院に入院している牧瀬の病室へ誘う。ここで江藤と出会って一緒に牧瀬を見舞う想は何事かを納得するのだが、私にはまったく分からない。なにか仕掛けがあるのだろう。種明かしは後の楽しみに取っておこう。
 そして、上記の謎を残したままチャプター14からまた物語が大きく動き出す。9月3日から担任の神林が学校に来なくなり、4日には結香の友人だった島村が来なくなり、5日には黒井というこれまで未登場だった生徒が家を出たまま行方不明に…。そして、6日になって、神林が2日に自宅の浴室で溺死していたことが明らかになる。生徒に事情を説明した千曳は「災厄」によるものではないと言い、自分が3年3組の担任を引き継ぐことになったと告げる。
 その日、矢木沢たちと一緒に下校していた想は、ビルの解体現場で落下物の下敷きになって小学生が死亡する事故を目撃してしまう。その被害者の名は田中優次。その兄は夜見山北中学3年3組の田中真一であった。
 「災厄」は終わっていなかったのだとすると、神林が9人目の犠牲者、田中優次が10人目の犠牲者ということに。8月には一人も犠牲者が出ていなかったため、「災厄」は完全に終わったものと思われていたが、実はまだ知られていなかっただけで、8月にも犠牲者がいたのだろうか。
 そして、9月7日、病休中だった島村が自室のベランダから転落死し、続けて市のゴミ処理場で黒井の死体が発見されたという知らせが入ってチャプター14が終わる。これで犠牲者は12人に。展開が加速し続けているが、ここまで639ページでちょうど全体の80%を越えたところ。
 そしてチャプター15に入った途端、9月9日、3年3組の生徒・多治見の姉の美弥子が遊園地で事故に遭い死亡。これで犠牲者は13人。
 10日には身を守るため登校してこない生徒も多数現れる。結香もその一人で、想が電話をすると、鳴が2回も自宅にやって来て気味が悪いと訴える。
 11日には、家族を守るため矢木沢が想の目の前で屋上から飛び降りる。3年3組の生徒の死後も家族に「災厄」が降りかかった前例があることを彼は知らなかったのだ。千曳は想に、家族どころか関係者以外の人間が巻き込まれたことがあることも伝える。パート2前半での幸田家の人間を乗せた車の運転手が死亡したことに疑問を感じたことを先に述べたが、あれは決して例外ではなかったのだ。
 12日、矢木沢は辛うじて死をまぬがれ、アメリカ在住の赤沢春彦・さゆり夫妻の長女・ひかりも911に巻き込まれず無事が確認される。そして千曳の言葉によって、また一つ私の疑問が解消される。マスコミなどの部外者はこの「現象」のことを知っても「現象」の力によってすぐに忘れてしまうとのこと。私が皮肉で述べたことは真実だったので驚いた。
 そして地震が発生し、3年3組教室では、犠牲者の机上に置かれた花瓶が割れた直後に大量のハエが教室に侵入し、さらに異臭による集団搬送騒ぎが発生。他の生徒と一緒に気を失った想は、鳴から聞かされたはずの3年前の「災厄」で死亡した、鳴の双子の妹の名前を思い出せないことに気がつく。
 搬送された病院で意識を取り戻した想は、軽症だったクラスメイトが集められた大部屋に向かう途中、碓氷先生の娘・希羽に出会う。そして彼女の予言通り強風が発生し、大量の鳩が窓に激突、その直後に取材中のヘリが病院に墜落し爆発を起こす。
 ヘリの操縦士、同乗していた記者とカメラマン、3年3組の江藤と中邑、関係者ではない患者と職員の計7人が死亡し、関係者の犠牲者は、それまでの13人から15人に(ヘリの乗員3人の中に関係者がいたという情報もあり)。
 そして再び泉美の幻影に導かれて牧瀬の入院している病室にやってきた想は、ついに真相にたどり着く。年度初めに泉美の提案で「いないもの」を2人にしたせいで世界のバランスが崩れ、過去に前例のない年度途中での二人目の「死者」の発生という事態が起こっていたのだ。その二人目こそが3年前の「災厄」の最初の犠牲者だった鳴の双子の妹の藤岡美咲だった。
 彼女の母の藤岡美都代の再婚より、藤岡美咲は牧瀬美咲として復活し、年度途中で関係者の記憶を改ざんした。鳴には死亡した双子の妹とは別に3つ下の妹がいるという記憶が、想をはじめとした3年3組の生徒には、「申し送りの会」のときに、4月からの入院を理由に「いないもの」に立候補しようとした牧瀬という名の存在感の薄い女子生徒がいたという記憶が植え付けられたのだ。
 病室で眠っている美咲を見つめる想の前に、同じように真相にたどり着いた鳴が現れる。「いないもの」が二人いることに気づいた彼女には、集合写真に写っていなかった3人、つまり想と結香と牧瀬の3人のうちの誰かが二人目であることが明らかであった。「現象」が始まったときに確認済みの想を除けば、可能性があるのは結香と牧瀬しかいない。9月10日に結香を「人形の目」で確認した鳴は、牧瀬こそが二人目の「死者」だと確信したのだ。彼女は何のためらいもなく果物ナイフで「妹」の美咲を「死」に還す。
 今度こそ本当に「災厄」は終わり、危険な状態だった矢木沢は奇跡的に回復する。それでもこの年は「夜見山現象史上最凶の年」とのちに呼ばれるようになるのではと考える想。しかし、実際には関係者の死者数は3年前と同じ15人である。確かに、関係者の可能性もある無関係な人がさらに4人も死亡していて、ヘリの墜落によって病院に大損害が出ていることも考えれば「最凶」と言えなくもないが、これだけの死者が出たらいつの年が一番かなんて関係ないようにも思うが。8月に犠牲者が発生しなかったことについても、うやむやになっているのがきになるところ。
 あとがきで著者は完結編となる続編の執筆を予告している。鳴が想に来年の春にでも「湖畔のお屋敷」に行こうと行っているので、そこが舞台になるのであろうか。しかし、夜見山北中学の3年3組を舞台にしないと話は盛り上がらないと思うので、2つの場所で並行して事件が起こるような流れになるのかもしれない。碓氷希羽が物語の中心に絡んでくるのは確定みたいなので、彼女が中学3年になる7年後くらいが舞台になる可能性も。

 個人的な3段階評価は2.8くらいで★3つ。5段階評価なら4.7くらい。前2作読了済みが条件だが、文句なしのおすすめ。 

2021年月読了作品の感想

『暗約領域 新宿鮫』(大沢在昌/光文社)【ネタバレ注意】読書中

 「このミス」2021年版(2020年作品)9位作品。 8年ぶりに発売された新宿鮫シリーズ最新作。その間隔にも驚いたが、自分が過去の10作をすべて読んでいたことにも驚いた。

 前作で、数少ない自分の理解者であった上司の桃井が殉職、さらに恋人の青木晶ともバンドメンバーの不祥事もあって別れることになった主人公の新宿署生活安全課の刑事・鮫島は、密売人の浦田から仕入れた情報により、北新宿のKSJマンションというヤミ民泊で栄勇会を破門になった阿曽という男が覚醒剤の取り引きを行っていることを知る。
 浦田にとっては商売敵を潰せるというメリットがあった。向かいのマンションを所有する淀橋不動産の山口と鑑識課の藪の協力で張り込みを始める鮫島。
 ある日、新宿署から張り込み先に向かった鮫島と藪は、マークしていた部屋の真上の部屋から射殺された男の遺体を発見する。藪の設置したカメラからは、深夜にサプレッサーをつけた銃のマズルフラッシュが確認された。
 KSJマンションのオーナーの呉竹宏は、山口の証言から会員制のサロンでのイカサマ賭け麻雀の負けのカタに所有権を奪われたものと思われていたが、意外にも所有権はそのまあであった。呉竹はスナックのマスター・遠藤にサロンを紹介されたらしい。
 元ヤクザのラーメン店主の安富は、サロンが呉竹らをカモにするために、遠藤のいとこで元一俵会組員の権現(別名酒井)によって作られたものだと言う。そして遠藤が元刑事の石森という男とつながっていたという情報も教えてくれた。
 そして署に戻った鮫島に、射殺体の顔を見るために、ある人物が現れたことを藪が告げる。それは、元組対の理事官で、現在内閣情報調査室の下部機関である東亜通商研究会に属する鮫島の同期の香田であった。
 鮫島は違法な運転代行を行っていた石森を問い詰め、勤め先の城西運転代行の経営者が権現であることを白状させ、権現と話ができるようにさせる。権現が差し向けた遠藤と話を付け、権現のいるマンションに向かう。そして射殺体のあった部屋の客の名が華恵新という中国人であったことを聞き出す。
 新しい鮫島の上司・阿坂景子は、鮫島の単独捜査を否定し、鮫島に新人の矢崎と組むことを命じる。鮫元は、極道の息子で国際的犯罪者である陸永昌が、恨んでいる鮫島に殺し屋を差し向け、週刊誌の記者が誤射で重傷を負ったという話を矢崎にするが矢崎は動じない。
 矢崎を連れて呉竹の務める雀荘に向かう鮫島。呉竹の生存を確認した直後、鮫島は捜査一課の係長の久米から、今回の事件が捜査一課の手を離れることを知らされる。事件を奪ったと思われる公安の鼻を明かしてやれと久米に言われた鮫島であったが、矢崎にも害が及ぶことを気にする。
 阿坂に相談する鮫島だが、阿坂は矢崎がやりたいというなら、自己責任で捜査を続けてよいと言う。そこへ石森から権現と連絡が取れないという連絡が入る。権現は古巣の一俵会の上の田島組の浜川という経済ヤクザとつながっていたらしいが、矢崎は、権現を攫ったのは一俵会でも田島組でもないのではないかと鮫島に意見する。
 鮫島は、一俵会の組長の下井と話すため遠藤を追い詰める。しかし、予想外にも鮫島に連絡をしてきたのは下井ではなく、彼から鮫島の話を聞いた田島組の浜川だった。
 鮫島は浜川と二人きりでKSJマンションで会う約束をするが、それを阿坂に報告すると、阿坂は彼女の指示に従おうとしない鮫島に憤慨し、「あなたの今後の行動に対し、いかなる支持もわたしがすることはない」と鮫島を突き放す。
 鮫島と会った浜川は、権現の携帯に華恵新の友人だという知らない男から電話が掛かってきて、華恵新から預かっているものはないかと尋ねたという情報を鮫島に話す。そして公安も同じものを探しているのではないかということや、色つきのマスクを付けた男に権現が監視されていたという情報も。
 浜川は、華恵新の仲間が、彼を殺害し彼から何かを奪った相手として田島組や浜川を疑っているのではないかと考え、鮫島に連絡を取ってきたのだった。
 華恵新が奪われたものの可能性として、武器や爆弾、生物・化学兵器の可能性を検討するが、いずれにしても難点があった。
 タイでビジネスを拡大していた陸永昌は、協力者である日本の警官からのメールで幼なじみの華恵新の死を知らされる。彼は、華恵新の死の真相を知るために日本へ向かうことを決意する。
 鮫島があらゆる輸入品を調べたものの、華恵新が奪われたものはいつまでたっても判明しない。そのような中で矢崎は、華恵新が行っていたのは輸入ではなく禁止された品の輸出ではないかと思いつく。
 そして鮫島はその意見に同意した上で、公安が他国の司法機関と連携している場合、日本側の都合でルートを潰すわけにはいかないため、公安部はほしには触れないことを利用して、凶器の銃から独自にほしを捜すことを宣言する。
 鮫島は凶器の情報と華恵新が行っていたことが禁制品の輸出であった可能性を浜川に伝え、浜川は権現の拉致犯の一人が韓国料理屋「ムグンファ」の従業員であったことを鮫島に伝える。イサンゴンという名のその男は北朝鮮の工作員で、神田和泉町の古本屋「栄古堂」に出入りしているらしい。
 来日した陸永昌は、彼の紹介で北朝鮮から覚醒剤を輸入し日本の暴力団に卸している黄と接触する。黄は、日本の警察関係者が用意し、華恵新が北朝鮮に輸出しようとしていたものが何か分からないという陸永昌の話に興味を持ち、彼に知り合いを紹介する。
 鮫島は「栄古堂」を訪れた直後に香田に出会うが、香田は「栄古堂」へ向かおうとしていたことを認めない。鮫島は「栄古堂」が二重スパイを行っているのではないかと考える。

 コロナ禍前に書かれた作品なので、鮫島が色つきマスクに着目して犯人グループが外国人ではないかと推理するシーンに読者は違和感を感じざるを得ないだろう。「日本人は白いマスクしかしない」という常識は現在ではまったくなくなってしまった。日本人全員がマスクをしているという現状も数年前には考えられないことであったのだが…。
 ここまで全709ページ中の320ページ。2月後半から読み始めて、3月後半に中断したまま5月を迎えてしまった。昨年末に読了に苦労した『我らが少女A』と比べれば、圧倒的に読みやすいのだが、とにかく多忙で読む時間がとれない。夜に読もうとすると、疲れているのか歳なのか、すぐに寝てしまう。

 黄は陸に「作家」の亀沢を紹介する。亀沢は華恵新こと李立声に関する調査を引き受けるが、報酬は陸からの情報で十分だからと断る。亀沢は李のビジネスパートナーを疑うが、彼女のことをよく知っている陸は、彼女と関わりたくなかったため、彼女のことを知らないと答える。
 鮫島達は、李殺害に使用されたものと同じ銃で殺害された会社社長・三井省二の射殺事件の存在を突き止める。元ホステスの新本ほのかという秘書が行方不明になっており、彼女が三井の動かしていた栄勇会の金を奪ったと考えられた。彼女は中国残留孤児の二世、三世によって組織された犯罪グループ「金石(ジンシ)」のメンバーだったのだ。
 陸は、李の死の真相を知るため、結局、李のビジネスパートナーだったマリカに連絡をとる。
 鮫島は、「金石」のメンバーで李の密貿易に関わっていたと思われる古橋一機、倉木智貴、高川和の存在をつかむが、公安部外事二課に先に古橋を押さえられてしまう。鮫島は倉木に接触するが、倉木の会社に勤める事務員の久保由紀子を尾行していた矢崎が何者かに襲われ入院する。久保は新本ほのかの親戚だったのだ。
 矢崎を襲った犯人は高川と考えられた。そして高川が黄と同一人物であることが明らかになる。さらに、矢崎が経歴を偽って新宿署に配属されたことも明らかになる。彼は公安のスパイであり、古橋が公安に素早く押さえられたのも矢崎の情報によるもので、李の扱っていたブツの在処を突き止めるのが彼の任務であった。公安に抗議しようとする阿坂に、鮫島は新宿署が動きやすいように、あえて知らぬ顔を続けることを主張し、阿坂はそれを認める。
 陸は李の日本でのビジネスを引き継ぐため、障害となる鮫島暗殺を計画し、殺し屋を探す。
 李が北朝鮮に密輸出しようとしていたのは医薬品のタミフル百万人分であった。権現の妻のミジョンは、北朝鮮の家族を救うため、北朝鮮指導部ではない誰かに届けるという「東亜通商研究会」のプロジェクトに協力することを権現に訴えていた。タミフルの見返りは拉致被害者の情報であった。
 陸はマリカが用意することになった殺し屋こそが、李殺害の犯人だと気づく。
 鮫島は栄古堂の店主で、元公安警察官の黒井と接触するが、彼は鮫島の名刺すら受け取らない。
 新井ほのかことマリカは北朝鮮指導部と取り引きがあるが、今回のタミフルの取り引き相手は指導部内にいるかもしれないが正体は知られてはまずい人物であったため、陸が李を「東亜通商研究会」に紹介したのではないかと鮫島は推理する。
 香田からの誘いで黒田と再び会うことになった鮫島は、黒井の指示で香田と情報交換することになる。黒井は権現が監禁されている場所を明らかにし、鮫島と香田との3人で田島組の組員を装って襲撃、救出に成功する。
 鮫島は、香田から李殺害の犯人が、死神ことユンヨンチョルと判明したことを知らされる。
 権現からタミフルの在処を聞き出した鮫島は藪を連れて確認に向かうが、タミフルの在処を黒井達を脅して知った陸、マリカ、そしてユンヨンチョルと現場で鉢合わせする。
 陸は誤射でマリカを射殺してしまい逃走、ユンヨンチョルは鮫島に撃たれて逮捕される。
 ラストシーンで、KSJマンションの一室で浜川と密会する鮫島。浜川は権現を助けてくれた礼を言い去って行く。KSJマンションを出た鮫島は新宿署へ戻っていくのであった。

 藪の定番サブキャラぶりはすっかり定着。黒井という若い頃の香田を知るシブい新キャラを通じて香田の魅力はさらにアップ。この二人は安定だ。
 鮫島を予想外に評価していた新上司の阿坂は一端鮫島を切り捨てるが、あっという間に和解して鮫島の理解者となる。もう少しいざこざがあると思ったが。というか鮫島は、こういう系統の作品の中ではまったくアウトローっぽくない紳士的なキャラであることが再確認できた。そんなに無茶もしていないし、次々敵を作るタイプでもないので、物足りなく感じる読者もいるかも。最初からこんなに落ち着いた礼儀正しいキャラだったっけ?
 実は公安のスパイだった鮫島の若き相棒・矢崎の今後も気になるところ。ヤクザの浜川との微妙な関係は少々引っかかる。ヤクザと仲良くしてはいけないのは分かるが、鮫島は少々冷たすぎないか。せっかくの二人のラストシーンが、それまでのやりとりのせいで今ひとつ感動できないのがもったいない気がするのだが。
 というわけで、桃井や晶の退場で少々雰囲気は変わってしまったものの、安定した面白さを維持している作品。かといって、「ものすごく面白いから是非読んで!」というほどでもない。「本シリーズのファンなら読んで損はないかな」という程度。個人的な3段階評価は2.3くらいで★2つ。5段階評価なら3.8くらいか。

 

 

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