現代ミステリー小説の読後評1999〜2000
1999年2月購入作品の感想 『黒い家』(貴志祐介・著/角川ホラー文庫)★★ 書店で見つけたときは、久々にミステリーらしいミステリーが読めると喜んだのだが、推理を楽しむほどの犯人探しもないし、難解なトリックもない。「角川ホラー文庫」という名前から、その方面のスリルを期待しようにも(個人的には好みではないが)、綾辻行人の『殺人鬼』を読んだ自分は感覚が麻痺して大抵のものは「ホラー」とは感じなくなっており、そちらの恐怖心もあまり感じない。クライマックスでは、洋画にありがちなヒーローの足を引っ張る鈍くさいヒロインを思い出させるような主人公の行動にイライラを覚えずにはいられない(それだけ自分が作品に感情移入しているのかもしれないが)のもマイナス。ただし、保険金殺人がテーマということで、世間を騒がせたカレー毒物事件を嫌でも思い起こさせるタイムリー性もあるし、保険業界の裏側や近代人の精神的な危うさを描ききったところは評価に値すると思うので一読の価値はあり。各方面で絶賛されただけのことは一応あるかなと。 『生ける屍の死』(山口雅也・著/創元推理文庫)★★ 上記の表にも記したとおり『このミスが選ぶ過去10年88〜97のベスト20』1位の作品。『このミス』の製作関係者の投票によってダントツの票数を集めたのだ。死者が次々に生き返るという現象が各地で多発しているという大胆な状況設定を行い、その中で発生する殺人事件を生き返った死者の一人である主人公が解決しようとする前代未聞の推理小説であり、様々な場でやり尽くされたと言われた推理小説の分野において「そんな手があったのか!」と新鮮な驚きを与えてくれるこの作品がこのような高評価を受けるのは当然といえば当然であろう。死者が生き返るという世界だからこそ生まれるトリックを堪能できる。ただこれも上記の表に記したが、読者の評価となると実は20位にも入ってこないのである。その理由は読んでみてなんとなく分かった。まずラストに向けて張り巡らされる数多くの伏線に今ひとつ惹きつけられるモノがなく、600ページを越えるこの文庫本を読むのにかなり退屈することがひとつ。そして肝心の主人公が他のキャラの陰に隠れてしまって今ひとつ描き切れていないのがもうひとつの理由である。前者についてはラストシーンで「ああ、なるほどね。」とは思わせてくれるのだが、そこに至る道のりが長すぎて感動するだけのエネルギーが残らない。もっとスリム化して読者をグイグイ引き込むテンポのいいものにすべきだったのではないか?平凡な推理小説に飽き飽きしている玄人にうけても、手軽に探偵気分にひたりたい、スリルを味わいたいという一般読者には、やはり今ひとつという評価になってしまうのではないだろうか。 |
1999年3月購入作品の感想 『毒猿−新宿鮫U』(大沢在昌・著/光文社)★★★ 巻末の解説の茶木氏の言葉がすべてを語っている。巻末の解説といえば、それはほめすぎだろうというものや、ほめ言葉も見つからないのか、やたら本文を引用したものが多いが、この解説には嘘いつわりはないと言っておこう。それにしてもこのシリーズは文庫化するのが遅すぎ。ノベルズの方を買えと言われそうだが、まあそれだけ売れてるってことなんだろう。 『鳴風荘事件−殺人方程式U』(綾辻行人・著/光文社)★★ ノベルズ版では4年も前に出たものだが、文庫版しか読まない自分にはバリバリの新刊!ホント楽しみにして読み始めたのだが、読んでみると意外と普通の内容。巻末の解説の「世間の評判はそれほどでもなかった」というコメントにも何となくうなずけてしまって、一ファンとしては残念な気がしないでもないのだが、解説者がそんな世間に「ちょっと待て」と言っているように、「殺人方程式」という副題がピッタリの緻密な論理の構築にはやはり唸らせられてしまうのも確かだ。データが出そろったところで「たぶんこの人が真犯人だろう」と推理できた読者がいたとしても、それ以外の人物が犯人ではないという説明が完全にできる人はいないのではないか?その理論が完璧に主人公の口から語られるラストシーンには、途中まで物足りなさを感じながら読み進めてきた全ての読者を必ず満足させるはずである。これ以上の感動は「館シリーズ」最新刊に期待しよう。 |
1999年7月購入作品の感想 『アヤツジ・ユキト1987−1995』(綾辻行人・著/講談社)★ 96年に講談社から出版された綾辻氏のエッセイ集がついに文庫化されたので、さっそく購入したのだが、エッセイ集というか、自著も含めた様々な書物に寄せたあとがきや解説、果てはアンケートまで、とにかく小説以外の彼の世に出た文章を網羅したマニアックな1冊。クライトンのエッセイ集でがっかりした記憶があるので、あまり期待していなかったのだが、これはいい!綾辻ファンなら、きっと満足できる。でもやはり新作の小説の方が早く読みたいけれども。 |
1999年9月購入作品の感想 『新宿鮫V 屍蘭』(大沢在昌/光文社)★★ 毎年新作が発表される『新宿鮫』シリーズだが、やっと3作目が文庫化された。今回は、ある人物にはめられた主人公・鮫島が事件の容疑者にされるという展開。ヒロインの晶がほとんど登場しないのが不満なファンもいるかもしれない。シリーズとしてすっかり読者に定着し安心して読める一作なのだが、欲を言えば、トリックやどんでん返しなどがなく、すっきりまとまりすぎているところが面白みに欠ける。『このミス』の上位にランキング入りしなかったのも、その辺に理由があるのでは? 『姑獲鳥(うぶめ)の夏』(京極夏彦/講談社)★ 貴重な時間を無駄にしたくない自分は、レストラン探しにしてもゲームの攻略にしても、なんでもガイドブックに頼ってしまうわけなのだが、ミステリー本探しのそれはというと、上の表で何度も登場させている宝島社刊の『このミス』である。そしてその書の中で毎年上位にこそ来ないが、常連として高い評価を受けているのが京極氏である。とりあえず唯一文庫化されているこの作品を読んでみたのだが、はっきり言って好き嫌いがはっきり出る作品である。最初何十ページと続く、登場人物達の哲学的議論につき合わされるのに辟易した読者も多かろう。これはこれでこの話の伏線となってはいるのだが、そこから導き出される最後の事件の解決についても、一生懸命推理をめぐらせていた読者を悪い意味で唖然とさせる。笠井潔氏は巻末の解説の中で「探偵小説の前提条件を徹底的に懐疑することにおいてのみ、かろうじて現代的な探偵小説は可能ならしめられるという逆説。この逆説を真正面から蒙った『姑獲鳥の夏』は(中略)現代本格の記念碑的な傑作である。」と結んでいるが、いくらなんでもあのオチ(これから読もうという人のためにあえて書かないが)はちょっといただけないと思うのは自分だけではないはずだ。とりあえず、この9月に文庫化第2弾として登場する『魍魎の匣(もうりょうのはこ)』は『このミスが選ぶ過去10年88〜97のベスト20』で4位にランキングされた名作らしいので、一応読んでみるつもり。 『眼球綺譚』(綾辻行人/集英社)★★ 待ちに待った綾辻氏の短編集の文庫化。とりあえず最初の『再生』だが、以前に読んだ短編『四〇九号室の患者』(これは間違いなく傑作!)と比べると結末は意外性の点で弱いかな、というところ。2作目の『呼子池の怪魚』も誰もが「こういうオチなんだろう」と思うところをさらりとはぐらかしてくれるが、そのはぐらかし方がちょっと物足りないかも。3作目の『特別料理』はインパクトではこの書の中ではナンバー1。最初からかなりキテる話だが、主人公の最後のセリフが想像をかきたたて、かなりコワイ。4作目『バースデー・プレゼント』は意味不明。5作目『鉄橋』はミステリーとしては平凡。6作目『人形』も今ひとつ。最後の『眼球綺譚』は中編小説で、この書のタイトルになっただけのことはあるボリュームのあるものだったが、おっと思うところが1,2カ所しかなくて結局期待はずれ。やはり次の館シリーズを待つしかないようだ。 『魍魎の匣(もうりょうのはこ)』(京極夏彦/講談社)★★★ さっそく買ったが『姑獲鳥の夏』以上のブ厚さ(解説を除いても1050ページもあるのだ!)。10月から年末にかけて乱歩を読みあさっていたので、これに手を着けたのは2000年に入ってからで、1月30日に読み終えた。前作の『姑獲鳥の夏』では少々期待を裏切られたところがあったので今回は警戒していたのだが、心配は杞憂に終わった。前作で苦痛すら感じた作者の分身と思われる京極堂こと中禅寺秋彦と知人達との議論は、今回は鼻につくこともなく、その論理の見事さを素直に味わうことができた。昭和20年代という設定も、やたら多い漢字も気にならない。謎解きも前回のような理不尽さは全くなく、この小説全体にこれでもかと張り巡らされた伏線がフィナーレに向けて収束していく様は、ただただ感動するしかない。ここまで計算され尽くされたミステリーがいままであっただろうか?この書は絶対「買い」である。綾辻氏に匹敵する好みの作家に出会えて非常に嬉しい。最近は高校の国語の教科書にも採用されるようになった江戸川乱歩の名作『押絵と旅する男』がモチーフになっているように思えるが、実際どうなのだろうか? |
2000年5月購入作品の感想 『ボーン コレクター』(ジェフ リー・ディーヴァー/文藝春秋)★★★ 乱歩全集を読むこととプレステの某ゲームにはまったせいで、しばらく小説開拓を怠っていたのだが、その一番大きな理由は開拓の指針となる「このミステリーがすごい」の今年度版を買いそびれたことであろう。そんな中、知人に強く勧められたのがこの本。文庫化されていなかったが、「このミス」2位作品ということもあって1850円という高価なハードカバー本を思い切って購入。最初の50ページは少々退屈。ありがちな展開に加え、舞台となるマンハッタン周辺の地理に関する描写についていけなくてストレスがたまるほど。しかし、探偵役のリンカーン・ライムが登場すると一気に世界に引き込まれていく。しかも、冴え渡るプロファイリングで犯人像を絞っていく主人公ライムは、なんと自殺願望を持つ四肢麻痺患者という設定!現場をひたすら歩き回る今までの探偵とは全く違うのだ。そしてベッド上から主人公の指示を受け駆け回るアメリア・サックスをはじめとするキャラ達がまたいい!!さて、この手の作品を読む読者なら当然挑戦する犯人探しだが、「作者は巧みに隠そうとしているがこいつかこいつだろう」と目星はつけたものの、最後は作者に見事にしてやられた。過去の名作がどうしてもかなわない点は、最新の捜査技術がこの作品に散りばめられていることだ。これがあって初めてベッド上の探偵が輝くのである。事件解決後もまだまだ読ませてくれるドラマがあり、サービスたっぷりのこの傑作は絶対オススメだ。(これは外国作品なので「小説のコーナー・その参」に載せるべきでは、と今気がついたがまあいいか) |
2000年8月購入作品の感想 『嗤う伊右衛門(わらういえもん)』(京極夏彦/中央公論社)★★ 久々に乱歩以外のミステリーに手を出したが、これはいつものように購入した文庫本ではなく、ウチの奥さんが図書館で借りてきたハードカバーで、それを借りて読んだ。一言で言えば、これは京極版四谷怪談なのだが、時代設定や主題などに重なっているところがあると言えるものの、基本的には一般的に知られているオリジナルの四谷怪談とは全く異なる内容だ。しかしオリジナルを超えていることは間違いなく、読んでみる価値は十分ある。「京極作品はボリュームがありすぎるし、延々と続くウンチクがねぇ…」と警戒する人もいるだろうが心配御無用。京極堂シリーズとは異なり、そのあたりは全く問題ない。あえて読みづらい点を挙げるなら、それは彼独特の古典的な漢字の用法で、こういう文章を読み慣れない人には多少つらいかもしれない。そして肝心の内容だが、ある意味救いようのない事件の連続に辟易する読者も出てきそうなものの、実際そいうことは稀であろう。目を背けたくなるような展開にもかかわらず、多くの読者はどんどん話に引き込まれていくはずだ。それは、多くの登場人物一人ひとりの人間性が実に丁寧に描かれていることに加え、ミステリーの醍醐味である「謎」が読者の前にいくつか提示され、存分に楽しませてくれるからであろう。中でも大きな「謎」は、「岩の顔が崩れた真の原因とは?」「岩はいつ○○○のか?」の2つであろう。前者については、話の展開とともに少しずつ明らかになっていき、終盤の伊右衛門の言葉ではっきりする。後者については最後の最後まで分からない、いや読み終えても分からない読者がいるかもしれない。そんな読者も、もう一度終盤を読み返せばおぼろげに想像はつくはずだが、その時の状況が断定できるほど作者が材料を読者に提示しないため、この作品には独特の余韻が漂うのである。ラストシーンをハッピーエンドととるか、最後まで救いようのない話だと感じるか、これも読者次第と言えよう。是非ご一読を。 『思春期病棟の少女たち』(スザンナ・ケイセン/草思社)★ これも購入したものではなく借りたもので、文庫ではなくハードカバー本だ。さらにこのコーナーの趣旨からはずれることには、ミステリーではない。それでもせっかく時間をかけて読んだ本を、いつか忘れてしまうのは忍びないので、感想をここに記そうと思う。この書を薦めてくれたのは「ボーンコレクター」を薦めてくれたH嬢。彼女は図書館で見つけて読んで気に入り、その後購入してしまったという。内容はというと、少女時代に精神病院に入院歴がある筆者が、自分の入院中の様々な体験を綴ったものである。つまりノンフィクションの私小説だ。「17歳のカルテ」というタイトルで映画化され、この夏日本でも公開されたらしい。まあ、この作品が評価されるのが分からないではない。一般人には想像もつかない精神病棟の様子の描写は何も知らない読者には新鮮であろうし、一般人が普段はさらけ出すことのできないものを、様々な病気によって何の遠慮もなく全身で表現してしまう少女達のみずみずしさが読者を強く惹きつけるであろうことは容易に想像がつく。しかし、個人的な意見を遠慮なく言わせてもらうなら、それだけの作品のように思える。読んでいる最中に、「檸檬」などの作品で知られる梶井基次郎の姿がちらっと頭をよぎったが、結局病人の常人離れした感覚が文学的香りを漂わせているだけではないのか?読者にはそれ以上の感動が得られているのか?精神病患者を差別するわけではないが、読んでいて不快感を覚える読者も少なくないと思う。自分もそのグループに含まれそうだ。こういう世界観に抵抗がなく、強い現実逃避願望がある方以外に対しては、残念ながらちょっとオススメとは言い難い。 |
2000年9月購入作品の感想 『狂骨(きょうこつ)の夢』(京極夏彦/講談社)★★★ 待ちに待った京極夏彦文庫版第3弾がついに発売!またまた強烈に分厚くてちょっとひいてしまうが、いざ読み出すとコレが止まらない!一人の女性の告白によって今回の話は幕があける。そして様々な場所で様々なことが起こり、それらにはこのシリーズおなじみのメンツが関わってきて、京極ファンは一気に世界に引き込まれる。読者の期待通りに、彼らは一堂に会し情報を持ち寄るが、なかなか複雑に絡み合った謎は解けない。それもそのはず、その謎の根底には壮大なスケールのある野望が横たわり、作中の各所で語られる心理学的な要素が、それらの謎をいっそうわかりにくいものにしているからである。解決を知る前に完璧な謎解きのできる読者はまずおるまい。せいぜい謎全体のほんの1,2割程度に気づくのがやっとだろう。かといって、この作品の結末には不条理さを感じることもなく、心地よい爽快感すら味わうことができる。前作に勝るとも劣らない傑作であることは間違いなく、誰にでもオススメできる。ただし、前作、前々作を読んでおいた方がより楽しめるということだけは断っておこう。 |
2000年10月購入作品の感想 『コフィン ダンサー』(ジェフリー・ディーヴァー/文藝春秋)★★ これは購入したものではなく借り物である。前作ですっかりジェフリー・ディーバーにハマったH嬢がその続編を早速購入し、読後の興奮さめやらぬうちに貸してくれた。その貸してもらうときに「絶対だまされる!」と何度も言われたものだから、そういう構えで読み始めてしまったために、このお話最大のトリックには最初のうちに気がついてしまったのだが、それを差し引いてもこの作品が前作に匹敵する傑作であることには変わりがない。前作を越えるとまで言えないのは、やはりその最大のトリックに問題を感じるからである。正直このトリックを読書中に完全に見抜けたわけではないのだが、それはそのトリックの種明かしとも言うべきある仮定をした場合どう考えてもその仮定を否定せざるをえなかったからであり、それはそのトリックにどうしても「そんなうまくいくわけがなかろう」としか言いようのない無理が感じられるからである。その無理だと思った部分が話の中では無理でないこととして通っており、それが前作ほどの「してやられた!」という爽快感を少しばかりそいでいるような気がしてならない。しかし、先に述べたように傑作であることは間違いなく、前作を気に入った人は絶対に読みたいと思う作品であろうし、読むべき作品であろう。後悔はしないはずだ。私も後悔していない一人である。 |
2000年11月購入作品の感想 『悪魔の涙』(ジェフリー・ディーヴァー/文藝春秋)★★★ これも購入したものではなくH嬢からの借り物である。この手の作品は、これから読む人の楽しみを奪わないために感想が書きづらいのだが、はっきり言って前作「コフィン ダンサー」と非常によく似た展開の話だ。ネタをバラさないでくれ!と言われるかも知れないが、前作を読んだことのある人が似た展開の話だと知らされてこの作品を読んだとしても絶対に展開の先読みは不可能である。私がそのいい例だ。前作同様に「ちょっと無理があるんじゃない!?」という気がしないでもないが、「やられた!」という爽快感(?)は十分に味わうことができるはずだ。ちなみに、この作品は厳密に言うと「ボーン コレクター」「コフィン ダンサー」の続編ではない。リンカーン・ライムは登場するが、ちょい役である。彼が活躍する続編は、そろそろ発売されそうであるが、この「悪魔の涙」の続編も可能性があるらしく楽しみである。 |